23話 サイジェン島合宿Ⅷ - 商売敵
「……何度見ても綺麗だな」
夜、サイジェン島リゾートホテルでチェックインを済ませ、夜は自由行動となった。
一旦ログアウトするも良し、好きにサイジェン島を観光するも良し。
ムラマサとミロルーティはエステに行ったし、アリアはショッピングへ、ネクロンは当然カジノに行ったし、パリナはレストランを巡るのだそうだ。
俺は1人で散歩しながら、山道を登っていた。
中腹にある広場から、サイジェン島全域が見渡せる。
春エリアと秋エリアは、桜と紅葉がライトアップされており、冬エリアは夜闇を静かに雪が降り、そして夏エリアはプール施設を色鮮やかなライトが照らしている。
「……見えた」
俺は何も無目的に散歩をしていたワケではない。
この山道を登った先には、俺の生産職としての最終目標────『Spring*Bear』の豪邸がある。
せっかくサイジェン島に来たのだ、改めて自分の目標を再認識すべく、ハウスの下見に来たのである。
正門に近付くと、暗がりにひとつの人影があった。
誰だ? どうしてこんな場所に、こんな時間に?
「あの…………」
俺はその人影に話し掛けようとして────言葉に詰まった。
ブラックのフォーマルスーツに身を包んだ銀髪の男性人間。
鋭い視線で豪邸を見つめており、声を掛けるまで俺の存在に気付いていなかったらしい。
「…………何か用か?」
警戒しているのか、それともコミュニケーション下手なのか、俺を睨むように見つめる彼の頭上には────『Lionel.inc』と表示されたネームプレートが浮かんでいた。
「いっ、いえ……すみません、なんか邪魔しちゃったみたいで……」
「構わん。もう用は済んだところだ」
「それは、よかったです……」
「…………」
「…………」
沈黙が気まずい。
なんで『Lionel.inc』がここに居る?
既に済ませたっていう用とは何なんだ?
そして何故用を済ませたのに去らない?
「お前は────」
「は、はいっ!」
「何だ。何をそう怯える。俺が怖いか?」
『Lionel.inc』の鋭い眼光が俺を刺す。
だってトップ生産職ユーザーなんだろ?
なんだろう、威圧感のようなものを感じるというか……。
言葉数が少ないから怖いんだよ……。
「お前、このハウスがマーケットに出品されてるって知ってたか?」
「えっ、えぇ、まあ……はい…………」
だって持ち主俺だからねぇ……。
「では値段は?」
「知ってます。9,999,999,999ゼル……でしたよね?」
「その通りだ」
「と、途方も無い金額ですよねぇ…………ははっ……」
「俺はいずれこの家を買う」
「……………………は、い?」
「無謀だと思うか? ああ、思うさ。だが為す、そう決めた。俺は金を稼ぐ、その為にマーケットの相場を俺がコントロールする、その為にあらゆるアイテムを生産する、その為に俺は生産職すべてのクラスを極めてみせる…………それは、この家を買うために必要な道程だからだ」
生産職すべてのクラスを極め、あらゆるアイテムを自作し、そしてマーケットの相場をコントロールする。
そして、金を稼ぐ。
確かに彼、トップ生産職ユーザーと名高い『Lionel.inc』はそう言った。
彼は言ったのだ、確かに。
────俺、『くまさん』と同じ目標を持っているのだと。
つまり俺達は争わねばならない。
俺が目標を達成するには、『Lionel.inc』よりも早く金を稼がなくてはならない、早くマーケットの相場を掌握しなければならない。
俺はアイツに、勝たねばならない。
「失礼、要らぬ話を聞かせたな。それでは」
「あの! あの、俺……生産職、始めてばかりの初心者でして」
「……そうか、クラスは」
「鍛冶士です。あの、ムラマサ先輩……知ってますよね?」
「……………………アイツがどうした」
「今俺、ムラマサ先輩の下で世話になってるんです。いろんなことを教えてもらってて……」
「アイツは、初心者育成が好きだからな。……俺にはできん、アイツの才能だ」
「実は貴方の事も、話の上では少しだけ聞いていまして……」
「どうせ不愛想な男だと評していたのだろう」
「いえ…………良し悪しは語っていませんでした」
「それで何だ。つまり何が言いたい」
「あぁ、えっと、すみません……何も考えずに、着地点も決めずに喋り始めちゃって、つまり…………」
「ゆっくりで構わない、俺はお前の言葉を聞いている」
「────────この家は、俺が買います」
「……………………」
あれっ、今俺、なんて言った?
もしかして俺、喧嘩売っちゃった?
「分かった、楽しみにしておこう」
「すみませっ────あれ?」
「何だ、俺が怒るとでも思ったか?」
「まあ、はい……だって真っ向から喧嘩を売るようなコト言っちゃいましたし…………」
「なに、心のひとつも揺れんさ。何故なら、負ける道理が無いからな」
「ッ! …………そう、ですよね。その通りだ! 俺みたいな初心者が貴方のようなトップユーザーに勝てるだなんて、誰も思わない!」
「なに、他にも良いハウスはある。じっくり探すと良い」
「だけど、大抵の事はやればできるものですから」
「…………懐かしい言葉だな」
「『クラフターズメイト』のルール、ムラマサ先輩やミロロさんから何度も言い聞かせられた……「できない」は禁止なんで、ウチ」
「まあ良い、好きにしろ。俺はお前を気にも留めない。俺のペースで金を稼ぎ、お前を待ちもせずに買える時に買っちまう。だからお前も自分のペースで上ってこい。道に乗らねば分かるまい────」
いつの間にか、新月が低い所まで降りてきていた。
『Lionel.inc』を、新月の微かな光が懸命に照らす。
その光すらも気に留めず、我が道を往かんとする『Lionel.inc』という個体の力強さはまさしく、戦場で敵を撃つ『Spring*Bear』と同じように見えた。
「────俺とお前の、差というものがな」




