20話 サイジェン島合宿Ⅴ - 史跡
時は遡り、雪山某所。
「おっ、あったあった」
くまさん達一行から離れ、単独行動をしていた電気技士のネクロンは、雪山エリアに出現した史跡を発見していた。
その史跡はまるで研究所のような内装をしており、至る所に謎の機械が設置されている…………とはいえ、そのほとんどが既に機能していないのだが。
史跡────大昔、ホルンフィア大陸に存在したと言い伝えられる古代文明の名残が現代まで遺った建造物。
現代のホルンフィア大陸は、科学と魔法をバランス良く混ぜ合わせ発展した文明が大陸中に広がっている。
電気技術を用いた家電があれば、魔力を動力とする魔導列車なる乗り物があったりと、その技術系統の統一感の無さこそが、却って『The Knights』シリーズの個性ともなっているのだ。
しかし史跡から考察できる古代文明は、魔法技術の一切を使わず──あるいはそもそも持たず──、科学のみの力によって文明が発展していった形跡がある。
強いて言葉にするならば、サイエンスパンクの世界とでも言おうか。
リアルの世界と比べても圧倒的に科学技術が進んでいるであろうその古代文明が何故滅んだのか、その理由は…………実はまだゲーム内ストーリーでは判明していない。
こういった説明は止そう。
肝要は、史跡に何があるのか、であろう。
「よっしゃ、よろしく頼むよ『ダブ東』君」
ネクロンはインベントリから、人型の“機械人形”を実体化させた。
“機械人形”とは、電気技士のスキルによって生産できる特別なアイテムである。
生産時に特定の行動をプログラミングし組み込むことで、自動でその行動を繰り返してくれるという優れものである。
この“機械人形”生産時のプログラミングなのだが、なんと実際にコードを書けるというやり込み要素のひとつでもある。
リアルでプログラミングを熟知しているユーザーであれば、高度な行動分岐を持たせることもできるし、慣れていなくともゲーム公式側が用意しているサンプルコードを用いて簡易的かつ汎用的な行動分岐をプログラムできる。
とあるソロ戦闘職ユーザーは、電気技士のクラスも習得して“機械人形”を生産し、戦闘時のサポートをさせているのだとか。
戦闘にも、生産にも、そしてもちろん採取にも役立つのが、この便利な便利な“機械人形”なのだ。
「わーお、ジャンク品が大漁だ」
『マスター、こちらに未開封のコフィンがございます』
ダブ東からネクロンへ、チャットが送られた。
『ないすー、中身確認してチャットに送っといて』
十秒も経たず、ネクロンの元に再度チャットが届いた。
ネクロンは送られてきたアイテムリストを確認し、見定め、淡々と返信をする。
『全部マーケットに出品、価格は共有してるリスト参照で』
ダブ東はネクロンの返信に対して「了解!」のスタンプを送り、プログラミングされた通りに回収したアイテムをネクロンの名義でマーケットに出品した。
史跡で拾えるアイテムは、史跡でしか入手できない。
更に史跡は全マップ上にランダムで出現する小型エリアで、そこで得られるアイテムならばレアリティや品質が低くとも、マーケットではそれなりの値段で売買されている。
史跡で入手できるアイテムはそのほとんどが電気技士の生産素材として使われる物ばかりで、電気技士以外のクラスのユーザーにとっては使いにくい。
しかしその入手難度の高さもあり、電気技士は客に素材を持ち込んでもらい、それを素材にして生産してあげるといったような代理生産依頼が度々行われる。
その背景もあってか、何だかんだ言ってマーケットでも売れ残ることが少ないアイテム群となっているのだ。
「うーん、ここはハズレだったんかな……」
一通り史跡内を探索し終えたネクロンは、溜息を吐きながら呟いた。
『ダブ東、なんか見つけた?』
ネクロンからダブ東へチャットを送ると、“機械人形”にしては歯切れの悪い返信が送られてきた。
『何やら妙な機械が見つかりました。未発見のギミックの可能性があります』
ネクロンの瞳が輝いた。
急いでミニマップを頼りにダブ東の元へ向かい合流したネクロンは、ダブ東の言う妙な機械を発見した。
「なにこれ! ロボットじゃん!」
ネクロンが発見したのは、大量の電気線が接続されながらも動く気配の無い大型のロボットだった。
体長にして4メートルほどで、胸部付近に搭乗スペースがあるように見える。
接近しても何も反応が無い。
そのロボットに繋がれている電気線を辿っていくと、ひとつだけ光っているコンソールのような物があった。
「うわ絶対これだ!」
ネクロンの推測通り、コンソールに近付くといくつかのスイッチが見つかった。
「マスターお言葉ですが、不用意に触るのは危険かと」
「大丈夫だって。もしもの時は移動用の“機械人形”で逃げるし」
ネクロンはダブ東の進言には聞く耳を持たず、コンソールのスイッチを乱雑に押しまくった。
────ビー! ビー! ビー!
「おっ、起動したんじゃないこれ!?」
突如施設内に鳴り響く警報、真っ赤なランプ、その如何にも緊急事態然とした状況の中で、ネクロンはむしろ興奮していた。
「マスター、謎のロボットから異常な電磁波を検知────起動したようです」
「いいじゃんいいじゃん! どうなんのどうなんの!?」
ロボットの頭部らしき部位の中心に赤い単光点が点灯、自らの腕部パーツで全身に接続されていた電気線を引き抜いた。
『侵入者ヲ検知、侵入者ヲ検知』
「おっと」
「マスター言わんこっちゃない」
このダブ東、かしこいのである。
『侵入者ヲ排除シマス、侵入者ヲ排除シマス』
ロボットの腕部が変形し、マシンガンらしき武装が展開された。
その照準は迷いなく、ネクロンに向けられている。
「よーっし逃げるよダブ東! “機械人形”『一気通貫』、実体化!」
────────無反応。
「えっ? 実体化! 実体化!」
何度操作を行っても、一向に移動用“機械人形”の一気通貫は現れない。
「マスター、ロボットの発する電磁波によって機械系アイテムの新規使用を封じられています」
「うっそー!? 自分の足で逃げろって言うの!?」
「だから言ったのにマスター」
『侵入者ヲ排除シマス。照準固定、斉射開始』
「うぎゃああああああ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! 逃げるよダブ東!」
「もしどちらかしか助からない状況になりましたら────」
「まさかダブ東、自分を置いて逃げろとか言わないよね!? きみは初めて作った“機械人形”、一番の相棒だろ!?」
「────マスターを囮にして逃げますので、そこんとこよろしくお願いいたします」
「この恩知らずっ!」
ネクロンとダブ東は逃げる逃げる。
出口に向かってノンストップダッシュ、もっとAGIを鍛えておけば良かったと後悔したネクロンである。
「マスター、そこを曲がったら出口です」
「よーっし逃げ切りだー! さすがに外までは追い掛けてこないっしょ!?」
角を曲がる。
そこには外から銀白の光が射しこんでいる────はずだった。
「閉まってるっ!? ちょっとどうやってロック解除すんのこれ!?」
「マスター、あのロボットの討伐クエストが自動的に受注されています。そのクエストの達成がロック解除の条件かと思われます」
「いや無理だから! あたし全然戦闘職のクラスレベル上げてないし、そもそも武器も持ってきてないんだけど!?」
「ではマスター、大人しく死に戻りをしましょう」
「それは困る! 欲しかった素材が結構集まったんだって! これ全部ロストすんのは困りすぎる!」
『侵入者ヲ排除シマス』
ネクロンがダブ東に諭されているうちに、ロボットはすぐそこまで迫っていた。
「ああもう無理だこれ! 助けてみんなー!」
最期の祈りのように、ネクロンはムラマサにチャットを送った。
切羽詰まったこの状況で、ただ一言4文字だけ────『たすけて』と。
────ドゴォオオオオオオオオオン!!!
ムラマサにチャットを送った、数秒後のことであった。
背後の出入口が外側から破壊された。
「いくらなんでも早すぎじゃね!? でもありがとうムラマサ!」
振り返ると、真白な銀雪が太陽光を反射しているせいで、救援にかけつけた者達の姿がシルエットになってよく見えなかった。
「あら、案外簡単に開きましたわね」
「いや開いたっつーか、ブッ壊しただけじゃね? まあ入れるなら何でも良いッスけど!」
「ムゥ? 既に先客が居るようだぞォ! ガハハハハッ! これでは最前線攻略組の名が廃るなァ!」
人影は3つ、そのどれもが…………アリア製の採掘装備は身に着けてはいないようだった。




