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第13話 クラフトフェスタⅦ - ライバル

 昼時を過ぎてようやく、パリナの店の行列が落ち着いてきた。



「そろそろ昼休憩を入れようかっ!」



 ムラマサの提案により、俺達はしばしの休憩を摂ることになった。


 ユーザーの周りに屋台が現れるというシステムのおかげで、泥棒対策に誰かが留守番をする必要も無い。


 30分後に再集合という約束で、自由にクラフトフェスタを回ることになつた。



「くまさん、着いてきなさい」



 俺を誘ったのはなんと、アリアだった。


 アリアに連れられ歩いていると、ホルンフローレンのメインストリートに出た。



「アンタ、全然売れてないんですってね」


「ンなっ、アリアさんまで直接的に……」


「理由はもう分かったの?」


「いえ、それが実は全然……」


「ったく……じゃあヒントをあげる。買い物をしてる客をよく観察してみなさい」


「売れてるお店を観察するとかじゃなく、客側をですか?」


「店を見たってまだどうしようもないでしょ、アンタ初心者なんだから」



 それもそうか。


 アリアに言われた通りに観察していると、ひとつの共通点────いや、逆だな。


 ある要素だけは絶対に含まれていないことが分かった。


 クラフトフェスタの客には、初心者がほとんど居なかったのだ。


 まったく、よく考えたら当たり前のことじゃないか。


 このゲームを始めたてのユーザーが、クラフトフェスタというユーザー発非公式イベントを知っているはずが無いではないか。



「アンタの店は、そうね……イイ店よ。ターゲットは定まってるし、想定している客が来れば絶対に売れてるはず」


「でもそもそも、ターゲットの客層がマーケットに存在しなかった」


「そ。つまりアンタは、存在しない相手に商売をしていたのよ」


「ははっ、そりゃ売れないワケですね……」


「仕方ないわよ、クラフトフェスタ初参戦だもの」


「アリアさんはそれを教える為に連れ出してくれたんですか?」


「べっ、別にそんなんじゃないしっ!」


「じゃあ何故です?」


「えっあっ、えっと…………あ、アレを食べるためよっ!!!」



 アリアがとある屋台を指さした。


 その店はパリナのような料理士が出店しているファストフード屋台のようだった。



「アリアさん、本気ですか?」


「えっ?」



 きっと、アリアは取り繕う為に適当に指を指したのだろう。


 何せあの店は────。



「カップルにオススメ! 激甘特盛スイーツ売ってるよー!」



 ────なんてことを店主が叫んでるのだ。



「そうですかそうですか、アリアさんは! 俺と! カップル向けのスイーツを食べたかったんですね!」


「…………もし、そうだって言ったら」


「えっ……?」


「アンタは、うれしい……?」



 アリアの声はか細く、俯いているから顔は見えず、胸の前で握りしめられた小さな手は震えており、その様子はまるで────。


 まるで、恋をしているような。


 乙女の姿そのものであった。



「そ、そりゃ、アリアさんみたいな可愛い女性に慕われたら、嬉しくない男なんて居ませんよ! でもクランメンバー内で付き合うとかそういうのは……」


「嘘に決まってんじゃないの、アンタ意外と純情なのね」


「……は?」


「だから今の、ぜーんぶ演技。煽られたから仕返ししたの」


「演技、上手すぎですって……」


「まあね、リアルじゃ演技かじってるし。でもスイーツ食べたい口になってきたわね、ほら行くわよ彼氏役」


「ええっ!? アレ買うんですか!?」


「カップル向けとか言ってんのは店主の勝手、こっちはスイーツが食べたいだけ。何の問題も無いでしょ?」



 意外とさっぱりしてるんだな……。


 ムラマサが言うには少女漫画脳で恋愛したいざかりなはずなのに、まさかそれさえもアリアの演技がそう思わせてるだけだったりするのか?


 いや、考えるだけ無駄だし考える意味も無いか。



「アンタどれがいい?」


「アリアさんが食べたい味で良いですよ」


「そう? じゃあ…………良いラインナップね、普通に悩んじゃう」



 アリアはメニュー表をひとしきり睨んでから、注文を告げた。



「「レッディベリークリームマシマシで」」



 偶然にも、隣からまったく同じ注文をする少女の声が重なってきた。



「あっ、すみま────んなっ! アンタぁっ!」


「アリア様ぁ!?」


「逃げるわよくまさんっ!」


「えっ、スイーツは……」


「それよりアタシの貞操の方が大事っ!」


「逃がしませんっ! 今日こそアリア様をマイハウスに拉致監禁いたしますっ!」



 逃げようとするアリアが、ピンクミディアムボブヘアーの人間(ヒュマニ)の少女から羽交い絞めにされて捕まった。



「ふふふふふ……そんなに恥ずかしがらなくては良いではありませんかっ! こちらのスイーツ、カップルで食べたら一生の愛が約束されるとワールド中で噂になっております。つまりアリア様は、このわたくしと食べる為に購入しようとしていたのでしょうっ!?」


「離してっ! 違うからぁ! そこのスキンヘッドと食べようとしてたのよっ!」


「何を仰いますアリア様……スキンヘッドなんてどこにも居ませんよ?」


「はぁ!? ちょっまさかくまさん逃げたんじゃ……いや居るじゃないっ!」


「はい、居ますけど」


「居ませんっ! わたくし達の愛の前では、この世界には他の人間など居ないも同然ですわっ!」


「訳が分からないからっ! ちょっとくまさんアンタ、見てるだけじゃなくて助けなさいよっ!?」


「百合の間に挟まる男はクソですからねぇ」



 なぁんだ、必死に男とフラグを立てなくたって、もう相手が居るんじゃないか。


 ……いや、むしろこの子から逃れるために相手を見つけようとしてる気がするな。


 しかしなぁ、助けて逆に因縁付けられたら面倒だしなぁ……。



「アリアさん」


「何っ!? さっさと助けてっ!?」


「昨晩、ネクロンに金借りたんですよ。で、その返済はネクロンからアリアさんへの返済に充ててほしいって言われたんですけど、チャラにしてもらえます?」


「いくらっ!?」


「1万ゼルです」


「チャラにするっ! するから早くコイツを何とかしてーっ!」



 俺はアリアに絡みつくピンクボブを無理やり剥がしてやった。


 こらっ! 人が嫌がるコトをしてはいけませんっ!



「何なのですかあなたっ!? 誰の許可を得てわたくしとアリア様の純愛を邪魔していますのっ!?」


「君こそ本人の許可も無く服を脱がせようとするんじゃない」


「はぁ? あなた何をバカなコト言ってますの? アリア様は許可の言葉を口にしていましたでしょう?」


「そうだったっけ」


「そうですともっ! アリア様は「離して」と言っていましたでしょう?」


「???」


「知らないのですか? 「離して」は「一生離さないで」という意味なのですよ?」


「やべぇ! この女()()()()だッ!!!」



 などとごちゃごちゃ言い合いをしているうちに、アリアはピンクボブの魔の手から抜け出し俺の背後に身を隠していた。


「一生離さないで」では無かったらしいぞ。



「ところであなた、アリア様の何なのです? 見たことの無い顔ですね、『クラフターズメイト』の方ではないように思えますが」


「『クラフターズメイト』に入ったばかりの新人の、『くまさん』と申します」


「あっ、ご丁寧に……『ミカリヤ』と申します、よろしくお願いいたします」



 あっ、そういう律義な一面もあるんだ。


 まさかリアルでは会社員だったりする?



「……ではありませんっ! あなた、アリア様とスイーツを食べようとしていましたよねっ!? それがあなた、許されると思っているのですかっ!?」


「許されるも何も、アリアさんから誘われたんですけど」


「アリア様が確かにそう言ったのですかっ!?」


「言ったわよっ!」


「ご本人は黙っててくださいっ!」



 それはおかしいだろ。



「それに、言葉の裏を読まずにすんなり信じるとは……そんな生易しい考えでアリア様と並び立とうなどちゃんちゃらおかしいですーっ!」


「アリアさん、そろそろ30分経っちゃいますよ。もう戻りませんか」


「そうねそうしましょうすぐに戻りましょう」





               * * *





「いやぁ、厄介な目に遭いましたね」


「ほんとよ、交通事故よアレは」


「ははっ、それは災難だったねっ!」


「でも良いじゃない~、あんなに自分のことを好きだって言ってくれる相手なんてそうそう居ないわよ~」


「いやいや、アレはそういう可愛いモンじゃないでしょ」


「でもすごいと思いますぅ……私、あんなに自分の好意を表せるのは才能だと思いますよぉ…………」


「さすがパリナさん、愛の何たるかをよく分かっています。わたくしのアリア様への愛は才能、そしてアリア様の美貌と美的センスもまた才能です」


「「「「「「…………」」」」」」


「何です? ゴキブリを見るような目でわたくしを見ないでくださいます?」



 おかしいな……ミカリヤから逃れるために戻ってきたというのに、どうして彼女がここに居るんだ?



「コラそこのくま畜生、今すぐお店の場所を変えてください。あなたのようなへっぽこ店舗が近くにあってはアリア様のお店に厄が移ります」


「…………はい、すんません」


「ミカリヤ、アンタねぇ……今コイツに絶対言っちゃいけないコトを言っちゃったわね…………」


「えっ、もしかしてそんなに売れていないんですか?」


「…………はい、売り上げゼロです。俺みたいな初心者が物売ろうとしてすみません…………」


「あっ、そっ、そのっ、えっと、元気を出してくださいなっ! そこまで落ち込むことはありませんっ! えっと、その……そうですわっ! アリア様の運を分けていただきましょうっ! それならきっとお客さんも来るはずですからっ!」


「あっ、すみません、俺なんかにそんなお言葉、勿体無いですよ……」


「……ミカリヤはねぇ、普段からこういうキャラならアリアも振り向いてくれるかもしれないんだけどねぇ」


「うふふっ、どちらの顔もミカリヤちゃんの魅力よね~」



 俺はアリアの方に向かって合掌した。


 よろしくお願いしますアリア様、わたくしめに少しばかりの商売運を分け与えてくださいまし。



「やっと見つけた、ここに居たのかミカリヤ」



 メインストリートから続く道から、金髪の如何にも色男といった風体のイケメン人間ヒュマニがやって来た。


 腰に黄金に輝くハンマーを提げていることから、メインクラスは鍛冶士だろうと推測できる。



「げっ! ごめんみんなっ! ボクはちょっと急用が────」


「────おっと、捕まえたよムラマサ。こんな所で会えるとは……恋の女神は僕達を惹き合わせたいようだ」


「ムラマサ先輩、この人は?」


「さあ知らない人だよ」


「そんな悲しいコトを言わないでおくれよ! 僕の名前はミステリオ、メインクラスは鍛冶士。生産職クラン『Initiater(イニシエーター)』のクランマスターにして、ムラマサの恋人さ!」


「違うからねっ!? 昔からコイツが言い寄ってきてるだけで、ボクはくまさん一筋だもんっ!」


「くまさん? それはまさかキミのことかい?」


「はい。つい先日『クラフターズメイト』に入った鍛冶士の『くまさん』と申します」


「驚いた……まさかムラマサが男を囲い込むとはね。これは僕もうかうかしていられないらしい」


「久しぶりね~、『Initiater』は相変わらず盛況みたいね~」


「おやすまない、ムラマサに夢中でもう一人の旧友に気が付かなかったよ。そちらも元気なようで何よりだよ」



 ふむ、ミステリオはムラマサやミロルーティと知り合いなのか。


 うちの中でもムラマサとミロルーティは古参ユーザーだし、昔からの馴染みといったところか。


 それにムラマサとはただならぬ因縁があるみたいだし……やはり10年も続いているゲームは最早もうひとつの現実だな。



「…………さてミカリヤ、帰ろうか。彼への鉄槌を振り下ろすべきは今じゃない」


「そうですね。コラくま畜生っ! アリア様に手を出してみなさい、わたくしの針がおまえの心臓をめった刺しにしますからっ!」



 何やら物騒な捨て台詞を残し、二人はメインストリートの人混みに姿をくらました。


 休憩時間だったはずなのに、何やら疲れが増したような気がする。


 が、そんな外的要因に負けてはいられない。


 疲れた顔をしていては、ただでさえ少ない初心者客を逃してしまう。


 ここは空元気でも良い、無理やり元気を出し、俺は客寄せの声を上げた。




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