鈴鈴と劉帆2
その日の夜も、俗にいうもてなし料理だった。
「ねぇ、劉帆、毎日こんなんじゃなくっていいよ?」
「いいんじゃないか、周りは喜んでいると思うぞ。」
「ならいいけど・・・」
目の前の豪華な料理に鈴鈴は複雑な気分になっていた。
「俺がいた時も同じようなもんだったじゃないか。」
「まぁ、そうなんだけど・・・」
「客人が来た時ぐらいしかこんな事はないんだ、別に毎日なわけじゃないし、いいんじゃないか?」
「そっか!じゃぁ食べる!」
鈴鈴と食事をする時間は懐かしく、落ち着くと劉帆は思った。
大きな部屋でいつも一人で食事をしている毎日を想えば、こんなに明るい食事は崔国での捕虜時代以降は孫文と吏志が来た時以来だと思い返した。
「なぁ、鈴鈴。」
「なにー?」
「お前達はいつも食事ってどこでしてるんだ?」
「食事?お昼とか夜とか?」
「そうそう、それだよ。」
「食堂でみんな一緒だよ。」
「他の使用人達とか?」
「うん、そう。」
「町では?」
「町?家ってこと?」
「そう、お前んちとか。」
「そんなのみんな一緒に決まってるじゃん!」
「ふーん・・・そっか、」
劉帆のつまらなそうな表情を見て、鈴鈴が首をかしげる。
「劉帆は誰と食べるの?」
「・・・一人、」
「えっ?」
「いつも、一人。」
「つまんないじゃん!」
「まーなぁ・・・」
鈴鈴は箸を止めて、相変わらず悩ましそうなつまらなそうな劉帆の横顔を見つめた。
「王様って、そうなの?」
「たぶんな、」
「んじゃ王様なんてやめちゃいなよ!」
「はぁ!?」
劉帆は鈴鈴の言葉に驚いて反らしていた顔を勢いよく向けた。
「だってつまんないじゃん、王様なんてやめて一緒に暮らそうよ劉帆!」
「・・・はぁ!?」
鈴鈴のその言葉に深い意味はないとわかっていても、顔が真っ赤になるのを感じる劉帆。
「そしたら毎日一緒にご飯食べられるじゃん!」
「あのなぁ、出来るわけねーだろそんな事!」
「王様って辞めらんないの?」
「だめだめ、俺は王様になるの。そう、決まってるの。」
「そうなんだ・・・」
しょぼんとした鈴鈴、そんな鈴鈴を見て劉帆も口をつぐんだ。
「俺は王様になって、この国を守るの、それが仕事なんだよ。」
「そっか、劉帆は偉いんだね。」
また、劉帆は複雑な気分になった。
部屋の外で常に女官達が聞き耳を立てていた。女官達は、この若い二人のやり取りに身もだえしていた。二人の距離があまりにいじらしくてたまらなかった。
三日目は城の中を探検し、四日目は鈴鈴の部屋でたわいもない事を話していた。
劉帆は鈴鈴に言いたい事が山の様にあった、しかし、その言葉をどの機会で言うべきか迷ったまま今日の日を迎えてしまった。
どうしたら、鈴鈴に自分の想いが届くか、鈴鈴はどう想っているのか、今まで全てが自分の思い通りになってきた劉帆にとってそれは未知の領域だった。
劉帆は、権力で鈴鈴を捕まえたくはなかった。
「なぁ、お前、もうじき城勤めの契約が切れるんだろ?」
「うん、年が変わったら終わりだよ。」
寝床に転がりながら劉帆の言葉に返事をする鈴鈴。
「そしたらどーすんの?」
「う~ん・・・」
鈴鈴は枕を抱え、首をかしげて悩む。
「私、本当はね、お父さんお母さんみたいになりたいの。」
「ん?どーいう事だ?」
劉帆は首をかしげる。
「お父さんとお母さんはとっても仲が良くって、私以外に弟と妹がいるんだけど、優しくて、大好きな家なの、いっつもみんな一緒で。お金はなかったけど、楽しかった。」
「・・・んじゃ、実家に帰んの?」
その言葉に鈴鈴はまた悩ましい顔になる。
「でも、弟と妹に美味しいのたくさん食べさせてあげたいし、そのためにはお金が必要だから、帰りたいけど、どうしよっかなって。」
町人達とはこう言う者なのだと劉帆は学んでいた。
家族の為に、時には誰かが犠牲にならなければならない、貧しければ貧しい程、そうなのだろうと思った。崔国のような大きな国であってもこういう民が多くいると言うことを劉帆は知った気がした。家族弟妹のことを想うと勤め先から帰りたくても帰れない、そんな貧しい者達も多いのだろうと劉帆は思った。
自分の悩みなど、贅沢なのかもしれないとさえ思った。
「・・・お父さんお母さんのようになりたいってことはさぁ、早く結婚したいってこと?」
「うんそうだね!子供はたくさんほしいよ!」
「・・・そっか、」
また、劉帆は複雑な気分になった。
「あっ!」
そんな悩まし気な劉帆の事を見ていて、鈴鈴は突如思い出したことがあった。
鈴鈴はぴょんと寝床の上に座っておもむろに帯をほどき出した。
劉帆は鈴鈴の突然の行動に大慌てだった。
「ちょっと!おいっ!お前何してんの!?」
鈴鈴は関係ないと言わん気に帯を外し、通していた瑪瑙の飾りを外した。
「これ、劉帆のお母さんのなんでしょ・・・?」
「・・・・・」
差し出されたその飾りを見て、劉帆は言葉に詰まった。
「形見なんでしょ?」
「あぁ、そーだよ。」
「お母さん、死んじゃったの?」
「そう、俺を産んですぐ。」
鈴鈴は帯を巻き直し、劉帆が座っている長椅子までやってきて、隣に座った。
「これ、返すよ。」
「いいよ、お前にやった物だ。」
「でも、お母さんの大事な形見でしょ?」
「いーの、お前にやったんだから!」
「ダメだよそんな大事なの!もらえないよ!」
「いーんだってば!」
「だめだよ!」
「お前に持っていてほしいの!!!」
劉帆の大きな声に、鈴鈴は固まる。そして外で聞き耳を立てている女官達も思わず固まった。
固まっている鈴鈴を見て、バツが悪くなった劉帆は、顔を背けた。
「それは、お前にやったの、お前だから、やったの。」
「どうして?」
劉帆は簪を髪から抜いて、鈴鈴に見せた。
「あっ、同じ石だ。」
「同じ石を持っていれば、また会えるかもしれないって、思ったから・・・」
「・・・・?」
鈴鈴は首をかしげる。
「お前、意味わかる?」
鈴鈴には言われている意味がさっぱりわからず、頭上には疑問符が浮いている。
女官達はあまりに恋愛に疎い鈴鈴にもはや発狂しそうになっていた。
「俺は!お前にもう一度会いたかったの!」
「会えてるよ?」
「そーじゃないの!」
「道出来たじゃん。」
「そーでもないの!」
「どういうこと?」
鈴鈴は眉間にしわを寄せて首をかしげる。その様子からしても鈴鈴には全く何も伝わっていないことが容易に想像ついた。
劉帆ももはやどうしていいかわからず頭を抱えてしまった。そして頭を抱えたまま、劉帆は口を開く。
「鈴鈴・・・」
「なに、」
「この国で、備国で暮らさないか・・・?」
「備国で?」
「そう、ここで。」
「崔のお城から、備のお城にお勤めを変えるの?」
「そうじゃない。」
「引っ越し?」
「まぁ、そんな感じ。」
「なんで備国に引っ越すの?」
「備国に引っ越すんじゃないの。」
「・・・ねぇ、どういうこと?」
鈴鈴にはさっぱりわからない。
劉帆は深い溜息を吐いて、手にしていたかんざしを、鈴鈴の髪にそっと刺した。
「俺と、一緒に暮らさないか・・・?」
赤い顔で、まじめな表情で、劉帆は真っ直ぐ鈴鈴に伝えた。
鈴鈴はそんな自分をじっと見つめてくる劉帆に満面の笑みで返事を返す。
「いいよ!」
扉の向こうで聞き耳を立てている女官達は大騒ぎ、しかし鈴鈴に免疫のある劉帆は目を閉じ息を吐いた。
「おまえさぁ、意味、分かってる?」
「崔のお国の契約が終わったらこっちで働くんでしょ?」
「ちーがーうー!!!!」
女官達は静まり返った。
「違うの!違う!俺と一緒に暮らすの!王様と一緒に暮らしてるのって誰!?」
「お妃さま!」
「それ!」
「・・・・え?」
鈴鈴、やっと事態が飲めて固まる。
「お前を!俺の妃にしたいの!」
「・・・・・・・え?」
鈴鈴の目はもはや点だった。
「無理だよ?劉帆、私下女だよ?」
「そんなのどうでもいい。」
「私、お妃さまになんてなれないよ?」
「なれんの、俺が王様なんだから。」
「字とか、書けないよ?」
「いい。」
「町人だよ?」
「いい。」
「崔国の人間だよ?」
「いいの!」
「えっ、えっ・・・???」
「俺は、お前がいいの!お前と一緒にいたいの、ずっと一緒にいてほしいの!」
「でも・・・」
突然全ての事態が雪崩のように鈴鈴の頭の中に押し込まれてきて、整理整頓が付かない鈴鈴。劉帆は必死だった。
「お前が嫌だと言うなら無理は言わない、実家に帰って町人として暮らすことが夢であるなら止めない。答えてほしい、俺と、ずっと一緒にいてくれないか?」
「・・・・・・」
おしゃべりな鈴鈴が、完全に黙った。
その様子は、口は動くが声は出ていないと言う表現がぴったりだと劉帆は思った。事態の整理が付かず、答えがすぐに出せない、気持ちの整理が付かない、そんな様子だと劉帆は思った。
劉帆は深く息を吐き、立ち上がる。
「・・・考えといてくれ、」
そう言って、劉帆は部屋から出ようと戸の方へと歩き出した。
鈴鈴はそんな去り行く劉帆を見つめた。
その姿は体は大きくなっているけれど、背中がとても寂しそうに見えた。寂しそうで悲しそうで、劉帆が泣いている様に鈴鈴には見えた。
鈴鈴は咄嗟に立ち上がり劉帆の後を追う、そして、劉帆の背に飛びついた。
「わぁぁぁぁ!」
劉帆が悲鳴を上げた。
「いいよ劉帆!私劉帆が好きだもん!」
「えぇぇ!?」
背中に飛びついて背負われた状態の鈴鈴は、劉帆の顔の横で満面の笑みで答えた。
「ちょっと降りろよ!何してんだよ!?」
「いいよ劉帆!ずっと一緒にいよ!いっぱい子供作ろ!きっと楽しくなるよ!」
「子供ぉ!?」
「うんそう!楽しい王様にしよ!」
「わかった!わかったから降りろよ!」
「ずっと一緒にいてあげる、だから寂しくないよ?泣いちゃだめだよ?」
「泣かないよ!なんで泣くんだよ!」
戸の向こうにいる女官達は狂喜乱舞の大騒ぎ。
こうして劉帆の二年越しの再求婚は成功した。
五日目の朝、吏志が馬車で迎えに来た。
鈴鈴は劉帆以外にも、劉帆の世話を行っている多くの女官達に見送られ馬車に乗った。そんなお見送りの様子を見て、吏志はきっとうまくいったのだろうと思った。
帰りの馬車の中、鈴鈴の髪にはかんざしが一本付いていた。それはいつぞや劉帆が付けていた瑪瑙の飾りのついたかんざしだった。
「楽しかったですか?」
「はい!とっても!」
「それは良かったですね。」
吏志が微笑む。
「あの、吏志様?」
「はい、何でしょう。」
「私、劉帆のお妃になる約束したんですけどどうしたらいいんですか?」
今お茶を飲んでいたのなら間違いなく吹いていたであろうと吏志は思った。
「そう、でしたか、良かったですね。」
「はい、うん・・・?」
吏志は鈴鈴を見て、この子はきっと妃たるものが何だと言う事が理解できていないだろうと思った。
「そうですね、劉帆様のお相手となりますと少々手続きが必要かもしれません。準備も必要かと・・・」
「えっ、そうなの?」
「えぇ、そうですね。劉帆様は備国次期国王になりますから、そう簡単には・・・」
「えっ、そんなに大変なの!?」
「えぇ、そりゃぁまぁ・・・」
「えっ、やだ・・・・」
「まぁまぁ、大丈夫ですよ、劉帆様ですから。」
婚約破棄しそうな鈴鈴を吏志は必死でなだめる事となった。
「やったじゃないか、劉帆の奴。」
吏志から報告を受けた清爛が笑う。
「これでうちと備国はこの先しばらく安泰だな。」
「えぇ、鈴鈴がおとなしくしていればですけど・・・」
吏志には苦笑いしかできない。
「鈴鈴は町の出だったか?」
「えぇ、どちらかと言うと貧しい家です。」
「それじゃ輿入れに困るな・・・」
王族への輿入れとなれば妃はそれなりの嫁入り道具一式を持っていくのが通常であり、その輿入れ道具によって妃の位が決まると言っても過言ではなかった。
そしてそんな家具一式は当然ながら町人がそろえられるようなものではなかった。
「鈴鈴をうちで預かりの身にして、それから出せばうちで輿入れ一式を用意しても問題ないでしょうね、もしくは・・・」
「もしくは?」
「先に使用人として城に入り、劉帆様が見染めたとなれば輿入れは必要ないかと。」
吏志は翠明を見た。
「前例がありますし。」
「・・・・・。」
黙々と仕事をしている翠明、清爛は黙った。
「とりあえず、備国側の準備もあるでしょうから、それまで鈴鈴には妃教育でも受けさせましょうか。」
「だな、じゃないと追い出されるかもしれない。」
「字は誰が教えますか?」
清爛と吏志は翠明を見た。
「翠明はダメだろ、字が似てしまう。」
「そうですね、鈴鈴に負けそうですし・・・」
「やっぱり、玉連だな。」
「そうなりますね。」
「荒れるな・・・」
「荒れますね・・・」
鈴鈴が嫁ぐのは、もう少し先になりそうだと清爛と吏志は思った。
「文でも書くか・・・」
清爛はやれやれと言いながらも、どこか嬉しそうに文をしたためた。
END




