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華と夢33

清爛に変化の兆しが見えないまま更に半月ほど経過した。

吏志はやっと戦の事後処理が終わった高蓬の元を訪れる。高蓬の部屋に入ると、高蓬は軍人の男二人と話をしていた。吏志は頭を下げ、黙って戸の前に立った。

「お前ら、下がれ。」

高蓬はそんな吏志を見て、男達に指示を出す。二人の男は高蓬に頭を下げ部屋を出て行った。

「吏志、清爛は元気か?」

「その事で、お伺いしたいことがあります。」

高蓬の何気ない挨拶の言葉に、吏志は真っ直ぐ高蓬の元に歩みを向けながら真面目に返した。広い部屋に吏市の足音だけが響く、それはいささか緊張した空気を演出した。そんな吏志の反応に高蓬は首を傾げた。

吏志は高蓬の前に着くと膝を折り挨拶をした。

「清爛は軍に行きたいとでも言っているか?」

高蓬がそんな空気を一蹴する。

吏志は高蓬の冗談に付き合う余裕はなかった。

「高蓬様、この度の戦で、清爛様に何がありましたか?」

「何があったかと言うと?」

「清爛様に、策士以外に何かさせましたか?」

「どういうことだ、吏志。」

高蓬が目を細めた。

吏志は、戦から帰ってきてから本日までの清爛の現状を高蓬に伝えた。帰って来た時の容姿、廃人の様になってしまっている事、夜中に暴れる事、過去に何度も戦に行っているがこんな事はなかったとを訴えた。

「この度の戦で、清爛様に何があったのですか。」

噛みつかんとばかりの吏志に、高蓬はやれやれと言わん気に息を吐いた。

「吏志よ、今回の戦、長かったかと思わなかったか?」

「えぇ、長引くとは思っていましたが、初めから清爛様をお連れになった割には長くかかったと思います。」

「清爛の策はいつも通り完璧だった、しかしどうにもうまくはまらなかった。それは俺も気が付いていたし、あいつも気が付いていたはずだ。何かがおかしいとな。そして多分、俺もあいつも同時に内通者がいて情報が洩れているんじゃないかと思った。しかし俺たちはそれを口にはしなかった。どこで誰が聞いているかもわからないからな。それでもなんだかんだ戦も後半に向かい、少しずつ状況が有利に傾き始めた時、本陣が襲われた。内通していた者が俺が不在で手薄な本陣を襲い、清爛の首を狙った。」

高蓬が思い出しながら話をした。

「まぁ、お前もわかっているだろうが、そもそも奴も剣術の腕はそれなりだ。襲った側は驚いただろうよ、それでも置いていた兵は全員殺されて、奴一人で相手をした様だ。そして奴はその中の一番上の男の首を切り落としその首を掴んで馬を走らせ俺のところに来た。返り血を浴び、俺に切り落とした男の首を投げつけて内通者がいると言ったあいつの姿は悪魔だったと、俺でさえそう思ったよ。」

なるほど、と吏志は思った。

「策はある程度完成されていたし、後は実行するだけだった。敵兵以外にも内通者を探し出し斬った。陣を離れてからのあいつはずっと前線の兵士だったってわけだ。」

吏志は以前、清爛から聞いたことがあった。策士である間は前線の兵の事は一切考えず、見ないのだと。考えてしまえば情が出てしまい策を見誤る事があるからだと。前線の兵は碁盤の駒だと思うのだと。

「策士清爛の姿も恐ろしいと思う事があったが、戦場で剣をふるうあいつもまた恐ろしいと思った。いい戦士だ、その辺の兵なんかよりはよっぽどいい。よく働いたよ、清爛は。」

高蓬は高笑いをした。

吏志は、この男は清爛を策士だけではなく、兵士としても見始めていると感じた。

「吏志、その病はな、若い兵士の中ではよくあるものだ。」

高蓬は相変わらず笑いながら吏志に答える。

「初めて戦で仲間を失ったり、人を殺めたりした兵士がよくなるものだ。平民上がりの民兵や心の弱い者がよくなる。元の状態に戻って来れた者はより強くなり、戻れないものは死ぬ。弱い男だな、清爛は。」

相変わらず笑っている高蓬に、吏志は強い不快感を覚える。

「今回の戦で清爛には策士以外の使い道がある事を知ることが出来た、いい発見だ。あいつは実にいい剣士だ。吏志、清爛を死なすな。どんなことをしてでも呼び戻せ。」

反論できない自分が悔しいと吏志は思った。

ここで、もう清爛を戦に連れて行かないでくれと言えない自分が歯がゆかった。

高蓬と清爛が共に動かなければ戦には勝てない、つまりこの国の存続にかかわる。それが分かっているからこそ吏志は唇を咬むことしかできなかった。

「近いうちに顔を出す、雅陵としてな。」

吏志は高蓬の部屋を後にした。

今回の戦がいかに清爛にとって特殊だったかを吏志は知った。高蓬の話が全て本当ならば、自分は二十年間仕えてきた主の悪魔と呼ばれる姿を見た事はもちろん、想像した事すらなかった。あの自由で平和を望む清爛が、人を殺め、刈った首を掴んで投げるなど、想像もできなかった。

高蓬がそんな清爛を見て恐ろしいと言うのだから、もうすでにその時には壊れてしまっていたのかもしれないと吏志は思った。であれば、壊れてからだいぶ長い事時間が経ってしまっているのだろうと思う。

そうであるならば、そう簡単には戻らないだろうと思った。

「戦に何の利があるのだろう・・・」

吏志は青い空を見上げてつぶやいた。

翠明は音を上げなかった。

表情もにこやかで、清爛の身の回りをすべて一人で行った。一向に自分で何かをする様子のない清爛に筆を持たせ、字を教え、箸をもたせ、着替えを教える。子供の方がまだ成長が見られるのではないかと吏志も玉連も思った。

身だしなみは翠明が整えてくれているため、髪もだいぶきれいになって来たと吏志は思った。それだけ時が過ぎたのだろう事を想うと、この先の翠明が不憫だと吏志は思った。

吏志は何とか、清爛に戻ってもらいたかった。

「茉莉花が香る季節になりましたね。」

窓から柔らかく入って来る茉莉花の香り、お茶をしている時に吏志が声をかけた。

清爛の世話と、書官としての仕事に追われていた翠明は最近すっかり庭に出ていないと思った。

【午後少し、庭に出る時間をもらえませんか】

「かまいませんよ。」

吏志は微笑んだ。

「清爛様もお連れしますか?」

翠明はうなずく。

「暑くなってきていますから、あまり長居はしないでくださいね。」

翠明はうなずいた。

翠明は清爛を立たせ、手を引いて裏庭の長椅子に座らせた。翠明はだいぶ雑草が生えてしまっている裏庭を目の当たりにして、そんなにも触れていなかったかと思った。

延びっぱなしの茉莉花、終わった花がそのままの紫陽花、翠明は大きく息を吐いて両手を腰に当て背を伸ばした。そして袖をまくり屈んで草を抜き始めた。

久しぶりに庭をいじるそんな時間は翠明にとって少しばかり日常から離れた心落ち着く時間だった。

土の香りに青い香り、そこに茉莉花の香りが混ざりなぜか懐かしささえ感じると翠明は思った。しばらく草を抜いていると、横に人影を感じ翠明は見上げた。そこには清爛が立っていた。

清爛は翠明の横にしゃがむと、黙って草を抜き始める。

翠明はそんな清爛の自発的な行動に驚くも、微笑んで一緒に草抜きをした。

草を抜き終え、小さな鋏で咲き終わった紫陽花を斬り、清爛と一緒に伸び切った茉莉花を手入れした。

その際に切った花の付いた茉莉花の枝を書斎に持ち帰り花瓶に飾る。そして書斎の清爛の机の上に置いた。

「いい香りですね。」

吏志が微笑む。

「お部屋には置けませんね、投げ捨ててしまう人がいますから。」

翠明がくすりと笑った。

清爛が夜暴れる頻度が減ってきたと翠明も吏志も思った。

それでも暴れるときの力は衰えず、吏志は部屋を離れることは出来なかった。翠明の首に着いたあの手の痕は今思い出しても恐ろしいと吏志は思った。

耳の聞こえない翠明にとって、清爛の変化を聞き取ることは出来ない。翠明は必ず清爛の手を取って眠った。そんな仲睦まじい不思議な関係を見ながら、吏志はふと、今この場で清爛の意識が戻ったのならばどれだけ慌てふためくだろうかと思った。きっと真っ赤な顔をして寝床の隅に張り付いてしまうのだろうなどと思っていたら面白くなって一人笑ってしまった。

早くそんな日が来てほしい、吏志はそう思いながら眠った。


戦が終わって、清爛が我を失ってどのくらい経ったか。

もうそんな生活すら普通になりつつあったある日の夜、翠明は清爛を寝かしつけようとしていた。

そんな最中、誰かが清爛の部屋の戸を開けて入って来た。

翠明はその事に気付いていない。

翠明は清爛の足を拭き、拭いた手ぬぐいを机に置こうと立ち上がった時、部屋の戸の前に立つ男を見て驚き身を固めた。そこには雅陵に扮した高蓬が立っていた。

「なるほど、重症だな。」

高蓬は清爛を見てつぶやいた。無精ひげを触りながらじっと清爛を見つめる高蓬、清爛は高蓬に顔を向けなかった。

「これはこれは翠明殿、随分とかいがいしくお世話をなさっているとうかがったが?」

翠明は雅陵が好きではなかった。失礼な物言い、荒々しい態度、何よりも軍服で清爛の前にいる事が気に入らなかった。翠明は、清爛をかばう様に、清爛の前に立った。

「まったく、戦が終わっていったいどれだけ経ったと思ってるんだ、民兵の方がまだマシだ。」

「・・・・・」

翠明は睨むように雅陵を見つめた。

高蓬は翠明に言葉をかけながら、ちらちらと清爛を見ていた。

「この度の戦で、孫文殿の活躍はめまぐるしいものがあったと聞く。まぁ、俺は見ていないがな。」

高蓬は少しずつ、翠明に近づいてきた。

「策を練るだけの頭脳を持ち、高蓬様にも引けを取らないほどの剣の使い手、孫文殿が本当にそんな男であるのならばぜひ一度手合わせを願いたいものだ。」

翠明は両手を広げ、雅陵の前に立ちはだかった。

「しかし・・・まぁ、こんな廃人みたいになってしまってはもう使えも仕舞い。やがて衰弱して死に行くだけだろう。」

高蓬は、翠明の真正面に立った。

息のかかる距離、翠明は大きな雅陵を見上げて睨み、高蓬はそんな翠明を見降ろした。

翠明の自分を睨みつける目の強さに、高蓬は翠明の本気度を理解する。体格差が歴然である軍人にこれだけの目を向け立ちはだかるのだ、相当な覚悟だろうと思った。

「いい度胸だな。」

高蓬は、翠明の顎を掴んだ。

「どうだ、こんな男の世話などに身を費やさず、俺の所に来ないか?いつ目が覚めるかもわからない男の世話などでお前の美しい時間を台無しにしたくはない。書官なのだからいい頭も持っているはずだ、俺の専属策士にならないか?俺のところに来い、翠明、損をさせない自信がある・・・・・・ん?」

翠明がいよいよ雅陵の手に咬みついてやろうかと思っていたまさにその時、背後から伸びてきた手が、雅陵の手首を掴んだ。翠明は何が起きているのかわからず、数度まばたきをして固まった。

「相変わらず無礼者だな、雅陵。俺の女に手を出して、処分を逃れられると思うか?」

「これはこれは、孫文殿、お元気そうで。」

雅陵がそう言ったのを翠明は見た。

翠明はゆっくりと顔を動かし、手の伸びている背後へと目を向ける。

そこには、見慣れない、でも見慣れた、怪訝そうな顔をしている清爛が立っていた。

高蓬は翠明から手を放す、それと同時に清爛は高蓬から手を放し、翠明の肩にその手を置いた。

「大丈夫だったか、翠明?」

翠明が見上げている清爛は、清爛だった。

翠明の目から涙が零れ、床に落ちた。

「そんなに怖かったか!?」

翠明は首を振る。

「・・・わかった、極刑にしてやる。」

「おい待て!俺のせいじゃないだろ!」

「今ならできるからな。」

高蓬は一歩下がり、やれやれと呟き笑う。

「わかった、もう二度とここには来ないと誓おう。自分の女だなどと言われたら手出しは出来まい。」

高蓬は振り返る。

「邪魔したな、清爛。」

高蓬は声だけでそう返して去って行った。

うつむき涙をこらえる翠明に、清爛は訳が分からないと言う様子で屈みこみ、翠明を見つめた。

「翠明、これはどういう事だ?この部屋は一体どうなっている・・・?」

翠明は清爛の困惑気な表情を見て、ボロボロと泣き始めた。

「どうした翠明!?何が起きた!」

翠明は、清爛に抱き付いて泣いた。

その勢いで清爛はバランスを崩し腰を落としてしまう。

清爛は今日今までの事が断片的にしかわからず、翠明が何故こんなにも泣いているのかが分からなかった。自分の身体をしっかりと掴み、張り付いて泣き続ける翠明。清爛はただただ翠明を抱き留めてなだめるしかなかった。


高蓬は部屋の外で待ち構えている吏志と鉢合わせた。吏志は腕を組んでおり、やれやれと言わん気だった。

「どこに行かれるんですか、雅陵様。」

「どこって、軍に決まっているだろう?」

高蓬は笑った。

「髭を伸ばすのに思いのほか時間がかかった。バレない様にするのも大変だな。お前らには感心するよ。」

高蓬は両腕を伸ばす。

「早く行ってやれ、今までの事を何も覚えていないみたいだ。女に泣かれて困っているぞ。」

「わかりました。」

「もうこの部屋には来ないと約束した、じゃないと極刑を食らうらしい。今のあいつなら本当にやりかねないだろうよ。」

そう言うと高蓬は去って行った。

吏志は、高蓬の腹の中ほどわからないものはないと思った。

自分の利の為にここに来たのか、それともどこかに贖罪の想いがあるのか、それとも兄弟愛なのか。とりあえず今は、清爛を優先しようと思い吏志は部屋に入った。

部屋には翠明に泣きつかれて困惑している清爛がいた。清爛は部屋に入ってくる吏志を見て助けをも求める視線を送った。その表情を見て、吏志は清爛が本当に戻って来たのだと理解した。

吏志は口の前に指を立てて、清爛に静かにするように伝える。

清爛はそんな吏志の姿を見て声を発するのをやめ、うなずいた。

吏志は、筆を水に付け、紙に文字を書く。そしてそれを翠明に気が付かれない様に清爛の前にかざした。

【あなたは数か月意識を失っていました。その間の翠明様のご苦労を想えば、今のあなたは動くべきではありません】

「・・・・・・。」

清爛は目を見開いて驚いた表情を見せる。

【翠明様が泣き疲れて眠った後、今までの経緯をお伝えいたします、書斎にお越しください】

清爛は黙ってうなずいた。

吏志はその事を確認して、清爛の机の引き出しの中にある翠明の日記を静かに取り出すと、そっと部屋を出て行った。

清爛は翠明の身体を優しく抱きしめ、頭に手をそえる。そしてそのまま、翠明が落ち着くまで抱きしめ続けた。

やがて静かになる翠明、清爛はそんな翠明を抱え、寝床に寝かせる。寝ても尚止まらない翠明の涙、清爛はそんな涙をぬぐった。そして布団をかけ、自身は上着を羽織り書斎に向かった。


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