華と夢27
吏志は清爛に続いて清爛の部屋へと入った。
清爛は長椅子ではなく机に座る、そんな清爛の姿を見てまじめな話なのだろうと察した。
「お茶の準備をしますか?」
「いや、いい。」
清爛は吏志に座る様に促し、吏志は清爛の正面に座った。
「教えてほしい事がある。」
そう言って清爛は、香月の文を机に広げた。
「香月様の文が、どうかされましたか?」
「気が付かないか?」
清爛にそう言われ、吏志は再び文を読む。しかし文の内容はごく一般的な内容で何か意図を感じる様なものではなかった。
そんな吏志を見て、清爛は自分だけしか気が付いていない事に気付き、複雑な気持ちになった。
「同じなんだよ・・・」
「同じと申しますと・・・?」
「字が、同じなんだよ、翠明と。同じ癖がある。」
その言葉に吏志は目を閉じる。
吏志は、清爛の翠明に対する想いが尋常ではない事を思い出した。あれだけ毎日文字で会話をしている清爛なら、香月の文から翠明の欠片を見つけてもおかしくなかった。
吏志は今ここに呼ばれている理由と、この後の流れを察した。
「吏志」
「はい」
「お前は何か、知っているんじゃないか?」
吏志は、考えた。
一度整理する時間が欲しいと思ったが、今この状況下で時間をくれと言うのは逆に怪しく、不信感を抱かせる事になるだろうと思った。清爛は不信感を抱いてもそれを口にも態度にも表さないだろうと吏志は思った。しかし、先日清爛が劉帆の前で言った自分への信頼の言葉を思い返すと、清爛を裏切りたくはなかった。
清爛もまた、孤独な存在である事を吏志は思い出す。
そして、例え自分は首を跳ねられる事になったとしても、清爛に忠義を尽くすのだと言う事を思い返した。
「清爛様、今からお伝えすることはまだどなたにもお伝えしていない事です。もちろん高蓬様にも。もう少し自分の中で整理をしてからお伝えしようかと思っておりましたが、今、調べた事の全てをお伝えさせて頂きます。」
吏志は自分が見聞きしたことの全てを清爛に伝えた。翠明の出生、母親の名前、耳が聞こえない理由、父親と思われる人物、妓女としてどうやって生きていたのかなど。清爛は一言も言葉を発することなく黙って最後まで聞いた。
「吏志、翠明の父親は、現国王だと思うか・・・?」
「もしくは、前国王ではないかと・・・」
「なんて恐ろしい・・・」
清爛は目を閉じ、頭を抱えた。
吏志も口を閉じた。
「翠明様の事です、同じ時を過ごされて、文を見て、香月様に何かを感じているかもしれません。」
「香月の事は伝えても構わないだろうが、父親については言えないぞ・・・?」
「えぇ、言わない方が良いでしょう。」
知ったところで翠明は大した反応を示さないだろうと清爛も吏志も思った。しかし、こんな残酷な話、聞きたいとは思わないだろうとも思った。感情表現が豊かではない翠明、その心の奥を測ることは非常に難しいため、事実を知った時の傷を見て取ることは出来ない。
「兄貴には、どう伝えるつもりだ・・・?」
吏志には当然ながら高蓬への報告義務がある。
吏志は一度大きく息を吐いて、考えを述べた。
「高蓬様には、妓女の娘と伝えるつもりです。幸か不幸か、今の桜薇楼は遊女のように妓女も身を売るそうです。であれば父親が不明でも何もおかしくはないでしょう。現に翠明様もそのご認識ですし、その様に伝えます。」
官僚である吏志が上司である高蓬に虚偽の報告をする事がどんな罪に問われるか、清爛にはわかっていた。しかもただの嘘ではない、国が絡む様な大嘘を付く覚悟をした吏志。清爛は何も言えなかった。
「私の主は清爛様です。清爛様が大切だと思う者は私にとっても大切ですし、守りたいと思う者は守ります。たとえそれが大罪になろうとも、私は構いません。」
清爛は立ち上がり、床に膝をついて頭を下げた。
そんな清爛を見て吏志は慌てて立ち上がり清爛の元へ駆け寄る。椅子は激しい音を立てて床に転がった。
「やめてください清爛様、お顔を上げてください。」
吏志は清爛を立たせようとするが、清爛は立ち上がらず頭を上げなかった。
「俺は、本当にお前がいないとダメだと思う。本当に、感謝している。」
吏志は清爛の横にしゃがみ、両手を肩にかけた。その肩は細かく震えていた。
「・・・大丈夫です、清爛様。私はあなたに一生ついて行きますし裏切りませんから。ですから、頭を上げてください。」
吏志は顔を上げた清爛を引き上げ、長椅子に座らせた。そして静かに湯を沸かし茶を入れ、清爛に渡した。
「と言う事は、翠明は、劉帆の姉になるのか・・・」
「いろいろ複雑ですね・・・」
やれやれと清爛はため息をついた。
「なら余計に会わせるわけにはいかないな。」
吏志は、今この状況下で劉帆までが翠明争いに入ってきては、もはやどう転んでも自分も含め全員斬首なんじゃないかと思った。
「そうですね・・・劉帆様には早めに鈴鈴を与えておきましょう。」
「そうだな・・・」
清爛は再びため息をつく。
「翠明様の存在は備国には知られない方が良いでしょう、もしその存在を知れば備国の中が荒れるどころじゃすまないでしょう。」
「あぁ、翠明が狙われる可能性が高い。」
「もし翠明様が狙われれば、我が国としても敵対の姿勢を示さなければならなくなります。それだけは避けなければならないですね。」
「あぁ、そんな事になったらとんでもない数の犠牲者が出てしまう。備国にいるうちの石工達はもはや捕虜だ。」
「何より翠明様が傷つくでしょうね。」
そんなことになれば翠明が自ら命を絶つだろう事は容易に想像ついた。
「かわいそうではあるが、香月との文のやり取りは、この一度きりだ。以降は俺のところで止めておこう。」
「そうですね、それがよろしいかと。」
やれやれと言って清爛は茶を飲み干し、空いた器を吏志が受け取った。
「俺は翠明の事になると少しおかしいのかもしれない。」
だいぶですよと言いたくなる衝動を吏志は飲み込んだ。
「あまりにもおかしい時は言ってくれ。」
「えぇ、わかりました・・・・・あ。」
吏志はそう言って、清爛を凝視した。
清爛は突如真正面から吏志に見つめられ、固まる。
「・・・なんだ。」
「清爛様、」
「なんだ、」
「もしお子様が出来た場合、どちらのご子様にされるんですか?」
「はいっ!?」
吏志の言葉に清爛は顔どころか体中が真っ赤になった気がした。
「だって、毎晩通われているんでしょ?ここに来る前に翠明様におっしゃっていたじゃないですか。」
「・・・はいっ!?」
清爛はその時初めて、自分が翠明に向けた何気ない一言がとんでもない一言だったと気が付いた。
「いや!違う!そう言う意味で言っていない!」
「その辺は先にご相談頂かないと助けきれないですよ?」
「違う吏志!何もしてない!」
「寝室用意します?」
「違うんだってば!」
「はいはい。」
「吏志―――!!」
吏志は笑って茶器を片付けに行った。
吏志は高蓬に翠明の出生について報告をした。
桜薇楼の妓女の娘であり父親不明、母親は男と夜逃げし所在不明であると。高蓬もその内容で納得し、吏志の長い長い心労は終わった。
報告を終え書斎に戻って来てみれば清爛が翠明に叱られている様だった。
紙を顔の前に突き付けられ何か言い訳をしている清爛、そんな光景は微笑ましく、吏志はこの光景を命ある限り守っていきたいと思った。




