華と夢26
劉帆の半ば強引な計らいで、清爛と吏志はこの日も備国へ宿泊する事となった。
「これは今夜も劉帆様はいらっしゃいますね。」
部屋で吏志が翠明に声をかける。
「あぁ、下手したら質問攻めで寝かしてはもらえないかもしれないな・・・」
やれやれと言いながら二人は笑った。
「しかし、実に立派になられましたね、劉帆様は。」
「ほんとだ、とんでもない悪魔だったのに。」
やがて劉帆がやってきて、昨日同様毒見を行い、使用人をすべて出しての食事が始まった。昨夜同様探り探りのたわいもない会話から始まり、吏志がお茶の準備を始めた頃、劉帆は本題に入り始めた。
「清爛、あの天柚と言う若者はどうだ?」
「いいと思いますよ、やり切れると思います。」
「お前達は天柚の人選が良いと言った、それはなぜだ。」
食いつくような目で清爛を見つめる劉帆、清爛は出来るだけ丁寧に説明をした。
「天柚は若い、ですから同じ年頃の仲が良い者が側にいた方が安心でしょう。自分の考えを表現しやすいでしょうし、補い合えますから。でもだからと言って側近2名両方共を同じ歳だけでそろえてしまうと言うのは危険です、なぜなら天柚以外の職人は皆、天柚より年が上であり、きっと経験も豊富な者達だからです。若さと勢いだけで走ればきっと派閥が出来、二つに分かれてしまうでしょう。そうなれば良い物は作れないし、必ず事故が起きます。それを未然に阻止するためには多数派であるそれなりに年齢も行った経験豊富な者を側近として出しておくべきです。天柚は自分が未熟である事、そして職人として世代を継いでいかなければならないことを十分に理解していて、だからこそ燈流と博文を選んだ、そう思いました。」
「なるほど、だからお前は二名を選べと言ったのか。」
「えぇ、彼がどんな人選をするかが見たかったので。」
「お前は随分と人を信じるんだな、方方の事もそうだ、文を偽って書いていた様な男だぞ?なぜ再び機会を与える。」
「確かに、憂繰殿と方方殿の主張は違いました。ですが今回ここに来て、方方殿の言い分も理解できました。方方殿が危惧していた様に、工程を変え場所を変えれば確かに莫大な費用がかかります。そして憂繰殿はそこをわかってはいなかった。彼は役人として、そこが譲れなかったのでしょう。軍人と役人です、考えは根本的に違いますよ。」
清爛と吏志は顔見合わせ、覚えがあると言わんばかりに苦笑する。
「お前は不思議な奴だな。」
劉帆は机に頬杖をついて清爛を見つめた。
「お前は皇帝の使いで来ている、であれば位は高いはずだ。憂繰も方方も、ましてや石工どもなどお前に比べたらかなり低い身分だぞ?なぜそんなに丁寧にへりくだって物を言う?命令すればいいじゃないか。」
清爛は、劉帆に若さ事を感じ、微笑む。
「では劉帆様?嫌々やらされている学問と好きな武芸、どっちが上達するとお思いですか?」
劉帆は頬を膨らまして黙った。
「彼らには彼らの仕事があります、それは職人であったり、軍人だったり、官僚だったり様々です。その技術は経験を積めば積むほどに磨かれて、きっといい仕事をしてくれるでしょう。そのためには多くの機会が必要です。しかしそれを嫌々やるのか、やりがいを持ってやるかで仕上がりは当然違いますよね。私には彼らのように道を引く事はできません。だからこそそんな仕事をする者達には敬意を払います。誰かに信じてもらうって嬉しい事だと思いませんか?」
「俺は、そんなに誰かを信じる事は出来ない。ましてや初対面の人間だ、信じられない。」
劉帆はいじけたように、つぶやくようにそう言った。
清爛と吏志は何となく、劉帆の周囲の環境を察した。そして捕虜として出されたときに見せたあの態度は誇りからだけではなく、本当に人を信じる事が出来なかったのではないかと思った。
周囲に大人しかいない帝王学とは案外と孤独なのだろうと清爛は思った。だからこそ、自分より早く生まれた兄もまた側近を持っていないのだろうと思いを馳せた。そして自分は兄と歳の離れた次男で生まれたために自由を得ているのかもしれないとも思った。
「人を信じると言うのは難しい事です。そうですね、私も天柚を完全に信じているかと問われれば、完全にとは言い切れません。裏切られるかもしれない、そう考えなくもないですよ。実際に私だって今まで騙されたり裏切られたりした事はもちろんあります。だからこそ、一割程度は心に余白を置くようにしています。」
「余白って、なんだ・・・?」
「要は、信じているでもいないでもない、と言う事です。」
「どういうことかわからない。」
「表現するのは難しいですが、完全に信じてしまえば意にそぐわない結果が出た時に、それは裏切りに感じたり失望になったりするでしょう。相手を完全に信じていたのですから。でも、そこにわずかでも余白を残しておけば万が一の時にも『仕方がない』と思える余裕が生まれます。まぁ、逃げの様なものです。最初から完全には信じていなかったと、自分を慰めるための。」
そう言って清爛は笑った。
「孫文、お前は吏志を信じてはいないのか?」
そんな劉帆の言葉に清爛は目を丸くし、思わず吏志を見た。吏志も清爛に目を合わせる。
清爛はすぐに、劉帆に答えた。
「まさか、吏志ほど信頼できる者はいませんよ。」
「光栄です。」
劉帆には清爛と吏志が笑い合っている光景が非常にうらやましく思えた。
「天柚と、燈流も、そうなのかな・・・」
完全に机に伏せている劉帆に、吏志がお茶を差し出した。
「吏志、お前はどう思う。」
劉帆が吏志を見上げて問いかけた。
「そうですね、天柚は最初から燈流とやりたかったんじゃないでしょうか。燈流とやるために、自分が名乗りを上げたのではないかと。」
「私もそう思いますよ。」
「そうなのか・・・」
清爛と吏志には劉帆がどことなく哀れに見えた。王位継承者として何不住なく暮らしてきたであろう劉帆、しかしその内側は誰も信じられず、心置きなく話せる様な友や、信頼できる部下もいない、孤独な青年なのだろうと思った。
清爛はこの場に鈴鈴を連れて来るべきだったかもしれないと思った。
そして劉帆にとって鈴鈴は、自分にとっての翠明になるのだろうと思った。
「劉帆様はまだお若い、いろんな事をされて、いろんな経験をされてください。町に出てみるもいいでしょう。できるだけ多くの人と話をして下さい。下級官僚に成りすまして石工達の長屋に顔を出して話をしてみるのもいいと思いますよ?天柚や燈流は歳も近いでしょうから、楽しいと思いますよ。」
「そんな事、できないだろ・・・」
「それは劉帆様次第です。国を作っているのは平民と呼ばれる国民です、私達ではありません。ぜひ多くの人と出会って下さい。そして道が出来た暁には、鈴鈴にも会いに来てやって下さいね。」
「あいつは関係ないだろ。」
清爛と吏志は笑った。
劉帆は不思議と、清爛と吏志に絶対的な信頼を置き始めていた。一時は敵対国になっていた大国の官僚、捕虜として過ごした数か月さえそんなに話した事はなかった。しかしこの二日間で、劉帆には清爛が一度たりとも偽りを述べている様には見えなかった。
圧倒的に賢く、自分がどう行動すれば人が動くかをよく知っている、下級の平民にまで慈愛の言葉を口にする清爛に劉帆は自分が教えられてきたものとは全く違う事を教わっている気がした。もっと多くの事をこの男から学びたい、劉帆はいつの間にかそう思っていた。
「孫文、」
「はい、なんでしょう?」
「お前は本当に、ただの書官なのか?」
劉帆の何気ない言葉に、清爛と吏志は笑顔のまま固まった。
「・・・もちろんですよ、皇帝にでもお見えですか?」
「書官にしてはあまりに卓越しているように見える。」
清爛と吏志は乾いた笑い声を上げた。
「なぜそんなに何でもできる?なんでも知っている?」
清爛は思わず吏志に助けを求め見上げた。
そしてそんな清爛の視線を受け、吏志が笑いながら劉帆に答えた。
「それはですね劉帆様、この方は脱走壁が酷いからですよ。」
「脱走壁!?」
清爛は笑うしかなかった。
「最近は落ち着かれましたけどね、よく変装して町に遊びに出かけていました。朝書斎に行った時にもぬけの殻だったときは諦める様にしています。」
「お前そんなことやってんの!?」
「楽しいですよ?今度お越しの時はうまい饅頭屋を教えますよ。花街が良ければそちらもご案内しましょう。」
「変な奴!」
そう言って劉帆は笑った。
翌朝、朝食を終えた後に清爛達一行は帰路についた。
「孫文、持って行け。」
劉帆の声に振り向くと、劉帆は一頭の馬を連れていた。
「すごくいい馬ですが、良いのですか?」
「ぜひ国の者達に見せてやってくれ。この度の礼だ。」
「ありがとうございます、軍の者たちも喜ぶでしょう。」
清爛と吏志は膝をついて礼をした。
「それと・・・」
そう言って、劉帆は懐から文を取り出した。
その文はとてもいい紙だった。
「これは、香月から清爛殿へ、だそうだ、渡してくれるか?」
「確かに、必ずやお渡しいたします。」
清爛は文を懐に大切にしまった。
帰りの馬車の中、清爛は香月から翠明に当てた文を眺めていた。
「開けてみたらいかがですか?一応、あなた宛ですよ。」
「翠明にだろ。」
清爛は文を再び懐にしまった。
「いいのですか?本来であれば立場上まずあなたが開封し、内容を把握する文ですよ?」
香月から翠明に宛てた文は、本来ならば皇族から皇族に宛てた文であり、まず最初に書官孫文が検疫する物だった。
「いや、いいよ。これは翠明への土産だ。その後に見せてもらうよ。」
「そうですか。」
吏志は微笑んだ。
「しかし・・・あの勢いじゃ劉帆様は我々を帰してくれそうになかったですね。」
「あぁ、危なかった。無事に帰路につけて良かった。」
「次来るときは鈴鈴を連れて行きましょう、きっと喜びます。」
「鈴鈴が一番喜ぶだろうな。」
清爛も吏志も、備国に来てよかったと思った。
何よりも劉帆の成長を見れた事は一番嬉しいと清爛はもちろん、吏志も思っていた。
「翠明が捕虜として行く時、こっちに来た捕虜を最大限丁寧に扱う様にと言ったんだ、そうすればその捕虜は必ず自国に帰ってこの国の事を良く言うからと。そうすればその後の両国関係は上手く運ぶと。」
「さすが翠明様ですね。」
「翠明と劉帆が会ったらどうなるだろうな。」
「きっとあなたと同じですよ。」
吏志が微笑む。
「どういうことだよ。」
「すぐに魅了される、と言う事ですよ。」
清爛は口をとがらせる。
「なら、連れて行かない。」
頬杖を着いて顔を背ける清爛に吏志が笑った。
「翠明様、馬が帰って来たようですよ。」
玉連は翠明にそう伝えた。
翠明はその言葉に安堵し、フッと息を吐いて微笑んだ。
「お疲れでしょうから、お迎えの準備を致しましょう。」
玉連のその言葉に清爛は立ち上がり、二人は竈へ向かった。
内宮で皇帝への謁見と報告を終えた清爛と吏志は書斎に向かった。わき目もふらずに書斎に向かう清爛に吏志は笑いそうになるのをこらえる。
「そんなに急がなくとも、玉連様がいらっしゃるんですから。」
「急いでなんかない。」
宮中に高蓬がいなかったことが清爛を急がせているのだろうと吏志は思った。
清爛は書斎の前にたどり着く。そしてそのままの勢いで戸をあけそうな姿を見て、吏志が一言たしなめた。
「そのままの勢いで入られますか?」
その言葉に清爛は我に返る。
そして戸を開けようとした手を止めて、一呼吸置いて、静かに戸を開けた。
開いた戸の正面には翠明が静かに立っていた。
翠明は開いた戸の向こうに立っている清爛と吏志に優しく微笑むと頭を下げた。
「・・・戻った」
思わず言葉に詰まる清爛を見て、吏志はいよいよ笑ってしまう。
「なんだよ吏志!」
「いえいえ、劉帆様みたいだと。」
「はぁ!?」
何やら楽しそうな清爛と吏志を見て、翠明は無事に帰って来た事に安堵した。
翠明はそんな二人に歩み寄り、再び軽く頭を下げると二人を清爛の部屋へと案内する。部屋の中には玉連がいて、お茶と茶菓子を準備して待っていた。
「お帰りなさいませ、お疲れでしょう。」
清爛は椅子に腰を下ろして深くため息をついた。そんな清爛を見て笑う三人。
清爛は体の中から魂が抜け出たのではないかと思うほどに全身から力が抜けて行くのが分かった。
この日ばかりは吏志も座り、玉連と翠明に労をねぎらわれた。
清爛と吏志は備国の話をし、翠明と玉連はそんな土産話を聞いては笑った。
「我々が席を外してから、雅陵殿は来られましたか?」
「いいえぇ、一度も。この玉連がいるうちは近寄らないでしょう。」
「さすがの雅陵様も玉連様がお相手では太刀打ちできませんね。」
「人選は完璧だったな。」
清爛、吏志、玉連が笑い、翠明も微笑んだ。
「そうだ翠明、香月殿から文を預かったぞ。」
清爛はそう言うと、懐から文を取り出し、翠明に渡した。
「おや、良い紙ですね。」
玉連がそのしっかりとした紙を見て答える。
翠明は渡された手紙が封をあけられていないことに気が付き、清爛を見た。
「それはお前に宛てた手紙だ、先に読んだらいい。その後、目を通させてくれ。」
翠明は頭を下げ、文を開いた。
【清爛様 前略、お元気でいらっしゃいますでしょうか。芽吹きの季節を終え緑が美しい季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。甥の劉帆から捕虜の時崔国では大層なもてなしを受けたと聞きました。それを聞き、我が国は清爛様になんて無礼な事をしていたのかと、未だに心苦しく、恥ずかしく思っております。知らぬ事とは言え、どうかお許しください。この度、両国間に新しい道が出来ると聞きました。孫文様の計らいにより大層なご支援を頂く様で心より感謝申し上げます。どうか道が出来ました暁にはぜひ今一度我備国にお越しください。その時は改めておもてなしをせて頂きたいと思います。それまで、どうかご自愛ください。 香月】
翠明は文を読み、清爛へと渡した。
渡された文を見て、清爛も吏志も、もちろん玉連もその達筆さに驚いた。
「美しい字だ、劉帆が言うだけの事はある。」
「えぇ、これだけの字が書ければ人に教えることも出来ますね。」
「翠明、ひと時この文を預からせてもらう。その後返すから、返事でも書いてやればいい。」
翠明は頭を下げた。
ひとしきり笑い話をし、清爛と吏志は湯に入った。
そしてその後四人で夕食を囲む。
「俺はやっぱりこっちが落ち着くわ・・・」
出された玉連と翠明の料理に箸を付けながら清爛は深く息を吐いてつぶやいた。
「そうですね、もてなされ続けると言うのも、なかなか堅苦しいものでしたね。」
「全くだ、落ち着かない。」
玉連と翠明はそんな男達の会話を聞き、顔を見合わせ笑った。
食後、清爛は翠明に声をかけた。
「翠明、今夜は吏志と話がある。顔は出せないから寝ていてくれ。」
その言葉を聞いて、吏志は今夜呼ばれるのだろう事を知った。
翠明は清爛の発言に一瞬目を見開いて数度まばたきをした。そしてやや顔を赤くして頭を下げた。そんな翠明をみて、玉連と吏志はやれやれと苦笑いをしてしまった。




