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華と夢18

清爛は高蓬と話し合う時間が多くなった。全ては雪解けとともに交渉を開始し、翠明を連れ帰すためだった。

吏志はこの期間で清爛がぐっと大人になったと思っていた。今までは幼さが強く落ち着きのなさばかり目立っていたが、今目の前にいる清爛は立ち振る舞いも急に男らしくなったと思っていた。翠明を失った事実が清爛を急速に成長させている、吏志はそう感じていた。

男として、慕っている女を失った事実。自分の力で取り返す事、そして失敗した場合その女を永遠に失うかもしれない現実、その重責が清爛を男として成長させていた。

清爛は宮中での話し合いを終えて、庭に出ていた。

うっすら雪の積もっている庭は風情があって美しいと思った。しかしその光景を自分一人で見ていると言う事実が孤独感を強くした。

十年以上想い続け、やっと手にしたたった一人の女。見た目こそだいぶ変わってしまっていたが、自分の思い描いていた通りの美しく賢い女になっていた。清爛ではなく孫文と言う一人の官僚として向き合い、対等に話し、共に仕事をし、いろいろなものを共有してきた。このまま何にも遮られることなく当然の様に共に生きていくのだと清爛はどこかで思っていた。

そんな最愛の者を、自分の手で異国に渡さなければならなかった事を清爛は今でも後悔していた。

あの時の翠明の提案は最善だった。しかし、最善であったとは言え、他に何か方法があったのではないかと清爛は未だに悔やんでいた。だからこそ、それが正しかったと証明するためにはこの話し合いをうまく進める以外他になかった。

高蓬は清爛を部屋へ呼び出した。

「清爛、雪解けとともに使者を備国に送り話し合いの日程を調整し来城させる。この雪中期間で向こうもそれなりに策を考えているはずだ、お前はそこで備国を従えるだけの提案をしなければならない。」

「承知しています。」

「もし、今回の席で話の流れが変わらなければ、軍を動かすことを考えなければならない。これ以上長引かせても無意味だ。」

高蓬の言葉に清爛は黙った。

状況は理解していた、いずれはそうなると思っていた。

「こちらが動けば、向こうは翠明の首を落とすだろう。こちらも劉帆の首を落とさねばならない。」

清爛は無表情だった。

高蓬は清爛と翠明の関係が分からなかった。当然の様に翠明を男だと思っている高蓬は、ごく親しい気の許せる友なのだろうと思っていた。清爛が町に出て遊んでいる事も知っていた。与えられた妃もすべて手放し、翠明と共に仕事をする道を選んだ弟の心の内が、高蓬には全く理解できなかった。

しかしそれと同時に、自分にはそこまで気の許せる友はいないとも思った。

自分とは全く逆な生き方をする弟を、高蓬は少しうらやましく思った。

高蓬はそんな清爛を横目で見て、再び視線を外す。

「できればそうはなってほしくない、お前にかかっている。」

「承知しております。」

最近の吏志は清爛の命で町に下りることが多かった。町に下り、清爛の指示通りに動いた。吏志もまた、翠明を取り戻したいと思っていたし、清爛を救いたいと思っていた。

「もうすぐ年が変わるな。」

「えぇ、そうですね。」

「年が変わればやがて雪が溶ける、そうしたらすぐにでも動き出そうと思う。」

「えぇ、水仙の花をお見せしたいですからね。」

清爛は窓から外を見た。

井戸の周囲に植えた水仙は本当に芽吹くのだろうか、春が来て花が咲いた時、その場に翠明はいるだろうかと清爛は急に不安になった。もし翠明がここに帰って来ることが出来なかった時、自分もきっとここにはいられなくなるだろうと思った。きっとまともではいられないのだろうと思った。身を投げるだろうと、思った。

「早く劉帆様をお国へ帰しましょう。じゃなければ鈴鈴が怒り出してしまいます。」

「それは、困るな。」

「正月料理は奮発しなければなりませんね、劉帆様と鈴鈴は同じものを食べるのですから。」

「そうだなぁ、食費だけはなぜか二倍だからなぁ・・・」

清爛が笑った。

そんな清爛の顔を見て、吏志もまた微笑んだ。


「劉帆掃除するから椅子持って!」

「なんだよ一体!」

「もうじき正月だよ!?掃除しなきゃ!良い気は入ってこないでしょ!」

「俺は掃除なんかしないよ!」

「この椅子をどかしたいの!そっち持ってってば!」

「やだよそのままやれよ!」

「そっち持って!!!!」

鈴鈴が叫び、劉帆はしぶしぶ椅子の端を持って二人で一緒に移動した。

身の回りの事は全て女官達がやっていた劉帆にとって、掃除を見ることも稀であり、ましてや自分が参加させられた事など人生で初めてだった。

「お正月になったら箒は使えないんだから、今のうちにしっかり掃除しておかなきゃ!」

鈴鈴はせっせと劉帆の部屋を掃除した。劉帆の部屋は来賓様なのでそれなりに広い、そんな部屋を鈴鈴は一人で掃除していた。そんな鈴鈴の姿を見て、劉帆はふと疑問を抱いた。

「お前、自分の部屋の掃除はどうしてる。」

鈴鈴はほとんど毎日朝から夜まで劉帆の部屋にいた、帰るのは寝る時だけ。

「私の部屋?同部屋の子達が掃除していると思う。」

「お前の部屋には他にも誰かいるのか?」

「うん、大部屋だから何人かと同じ部屋だよ。」

「それは、みんなそうなのか?」

「下女はみんなそうだよ、女官になったらお部屋もらえるのかなぁ?」

鈴鈴はう~んと考え出した。

「じゃぁお前も女官になればいい。」

「女官になんてなれないよー!」

「何でだよ。」

よくある劉帆の質問攻め、鈴鈴は掃除している手を止めて腰に手を置き劉帆に向き直った。

「劉帆って本当に何も知らないんだね、女官は字が読み書き出来て頭が良くなくっちゃなれないんだよ。私は読み書き出来ないから女官にはなれないの。」

「お前読み書きできないのか?」

「できないよ!町出身の下女達は出来ない人がほとんどだよ。」

「へぇー。」

「劉帆のお世話だって本当は女官の人達がやるんだよ、私は劉帆と年が同じだから孫文様と吏志様に呼ばれただけ。」

「孫文と吏志って、あのでかい男二人か。」

「孫文様は書官で吏志様は官僚、二人ともすっごいかっこいいよね!下女達はもちろん女官達もみんなの憧れなの!」

「所詮書官と官僚じゃないか。」

劉帆は面白くなさそうな顔をして見せた。

「書官も官僚も偉いんだからね!」

「俺は国王になるんだぞ!?」

「またそんなこと言う!あっ劉帆この机どかしといて。」

「嫌だよ!」

「いいからどかして!」

城内は内宮も外宮も新年の準備を始めた。そしてどこの町もどこの国もみな新しい年を迎える準備を始める。それは崔国だろうが備国だろうが同じで、書斎や清爛の部屋は玉連が掃除をした。

清爛は翠明と別の場所で正月を迎えなければならない事に寂しさと共に罪悪感を覚えていた。

翠明もまた、くすんだ色の空を見上げ、自分があの城にいない事に言いようもない寂しさを覚えていた。何年もずっと一人で過ごしてきたはずなのに、なぜこんな気持ちになるのかわからず、翠明はただ空を見上げるだけだった。


年が変わり、何日も続いたにぎやかな日々がやっと終わった頃、備国から使者が来た。

使者は皇帝に謁見し早期に話し合いの場を設ける様提案してきた。対応した高蓬も清爛もその提案に乗り、次の話し合いの日時が決められた。

「清爛様は丁重にお預かり致しております。」

使者がそう皇帝に告げる。

その言葉を聞いて清爛はより一層、翠明を早く取り戻したいと思った。

「吏志、職人たちの方はどうだった。」

「問題ないと思います、それぞれの職人の中で最も腕がいいと言われる類の者たちは数人確保しております。すぐにでも動かせましょう。」

「そうか、こちらの提案はそろった。後は向こうが乗って来るかどうかだな。」

「私は乗って来ると思います、備国にとっても良い提案でしょう。こちらの利もとても大きいと思います。」

「待つばかりだな・・・」

清爛は机に肘を付いて想いを馳せた。


備国の使者は早い時間にやって来た。

交渉を担当する官僚達数人と、高蓬清爛は向かい合った。吏志は間の奥で立ってその様子を見守った。

「備国は水資源に富み肥沃な土地は作物や家畜の飼育に適している。我が国は乾燥しており綿花や麦の栽培には適しているが食料資源は乏しい。しかしながら我が国は貿易の中心であり、東西の国から多くの物資が集まって来る。そこでこちらから改めて提案をする。わが崔国と備国は兄弟国として同盟を結び、互いの国が持ち得る生産品や技術を共有する。いかがか。」

「孫文殿、その提案では我が国に利がない。崔国は確かに貿易の中心ではあるが我が国にとってそれらが必要かと問われれば国を明け渡してまで必要なものとは考えにくい、農産業品の共有となれば崔国から得られるものは限られている。これでは圧倒的にわが国には不利な取引だ。」

使者の男は怪訝な顔をして見せた。

しかし、それは清爛の思惑通りだった。清爛は口調を変えた。

「つかぬことを聞くが、備国では定期的に河川が氾濫し、民の生活に被害が及んでいると聞くが、それは本当かな?」

「確かに、我が国は山から続く多くの川があり、長雨の度に氾濫を繰り返すが・・・?」

使者の男は清爛の質問の意図がわからない。

「我が国には鉱山が多くあり優秀な石工職人がいる、他国までつながる長い道を引くことの出来る優秀な職人だ。そちらがこの取引に同意をするならば、我が国は我が国の優秀な職人たちを備国の河川整備に提供する用意がある。こちらは技術を提供する、そちらは生産品を提供する。我が国に入る異国商人の市に入ることも認めよう。いかがかな、これならば悪い取引ではないと思うが。」

備国の使者達はざわついた。

「吏志、」

「はい。」

吏志は清爛に丸めた大きな紙を渡した。

清爛はその紙を机に広げると、備国の使者たちは更にざわついた。それは崔国とその周辺国の詳細な地図だった。

「我が国の領土はここからここまでだ、ここも時期に我が領土に入る。ここには西へと延びる石造りの道が何千里と続いている。その道もまた我が国の職人たちが引いたものだ。騎馬民族に対する壁はここからここまで続いており、見張り台は強固な耐火煉瓦を使用している。町の主要な通りも全て整地されており建物も備国より強固と言えよう。答えを、頂きたい。」

交渉の場での清爛は、最も強く美しいと吏志は思っていた。相手を見透かす様な鋭い目に自信に満ちた張りのある通る声、筆を持つための美しい手はその感情を表現するのには最適だと思った。自分が知りえる清爛はいろいろな顔を持っており、どれが本当の顔かわからない。しかし今目の前にいる清爛はその中でも最も完成されていると吏志は思った。

「軍に関しても同じことだ。」

高蓬が口を添えた。

「兄弟関係を築くと言うのであれば我が軍は備国に協力を惜しまない、逆に我が国が必要とする時は備国もまた軍を出す。」

備国の使者たちは左右で話を始めた。

「孫文殿、高蓬殿、今の条件が誠であるとならば書面にして頂きたい。書面にする事が出来ると言うのであれば間違いなく我が国王にその提案を届けよう。」

備国使者はこの提案が口約束になるのではと疑った、なぜならばそれは、この提案があまりに完璧なものだったからだ。

「いいでしょう。吏志、紙と筆を。」

「承知いたしました。」

吏志はすぐに、最も上質な紙と筆、清爛の印を渡した。

清爛はすぐに、それは美しい字で流れる様に今回の提案をしたためた。そして印を押し書を丸め、木箱に入れると備国の使者に渡した。

その後、備国の使者は数日のうちに返事をすると言って国へ帰って行った。

誰もいなくなった交渉の間、清爛は座ったまま椅子の背に体を預け、ぼーっと天井を見ていた。何も考えたくなく、考えられず、歩こうとさえ思えなかった。清爛は、今の自分に考えられる事、やれる事は全てやり尽くしたと思った。

吏志はそんな清爛を見て、まるで抜け殻のようだと思った。

もしこの提案で備国が首を縦に振らなかったのならば、それは清爛の敗北になる。清爛は自分の力のなさを思い知らされるだけではなく、一人の女すら守れなかった事になる。その時の彼が追う傷はいか程だろうかと吏志は思った。下手をしたら、自ら命を絶つ可能性さえあると吏志は思った。それくらい、今の清爛から生きる力を感じる事は出来なかった。

吏志は清爛にそっと手を差し出す。清爛はそんな吏志の手に気が付き、ゆっくり顔を向けた。

「お部屋に戻りましょう。」

吏志は優しく微笑んだ。

清爛は孫文の部屋に戻ると、ベッドに倒れ込み、そのまま眠った。そしてそのまま翌日の夕方まで起きなかった。

吏志と玉連が度々顔を覗くも、清爛はピクリとも動かなかった。その寝顔は安らかと言うよりも、まるで死んでしまっている様だった。

起きてきた清爛に最初に気が付いたのは、やはり吏志だった。

吏志が清爛の部屋に入った時、清爛はベッドの横に立っていた。

「おはようございます、起きましたか。」

「あぁ・・・」

「お茶にしませんか?」

「厠に行ってからな、」

そう言うと清爛は歩いて部屋を出て行った。

戻って来た清爛はそのまま椅子に座り、深い溜息をついた。

「いったいどのくらい寝てた?」

「ほぼ一日ですかね。」

「仕事は溜まっているか?」

「えぇ、そこそこに。」

そう言うと吏志は濃い茜色のお茶を出した。

「すごい色だな。」

「西の国の発酵茶です、最近手に入りました。とても良い香りですよ。」

「ほんとだな・・・」

清爛は茶器を手にして香りをかいだ。それはとても落ち着く香りだと思った。

「孫文としての仕事はしばらく考えなくていいですよ、今の孫文様がお忙しいのは皆よくわかっていますから。」

「すまない、」

清爛はそう言うと机に伏せた。

「お疲れでしょう。」

吏志はそんな清爛に声をかける。

「あぁ、疲れた・・・」

清爛は、翠明にもたれて眠りたいと思った。全身の力が抜ける様に落ち着く翠明の香りも柔らかさもすべてが恋しかった。もう、限界だった。

「大丈夫ですよ、やがて朗報が来ます。」

「だと、いいな・・・」

「あなたの答弁は完璧でした。絶対に落ちますから、もう少し待ちましょう。」

「だと、いいな・・・」

それからしばらく、ただ待つだけの清爛は抜け殻のままだった。見かねた玉連が身の回りの世話を全て引き受けてくれていたが食欲も落ち、生気が欠けていた。

こんな生活を長くやっていたら、それこそ翠明が戻ってくる前に清爛がおかしくなるんじゃないかと吏志も玉連も思っていた。そんな矢先、備国から使者が入るとの知らせがやって来た。吏志は清爛を着替えさせ内宮に連れて行く。玉座の間には皇帝と高蓬が待っていた。

「備国がこちらの条件を飲んだ、数日中には備国に向かう。」

皇帝は清爛に書面を渡す。清爛はその内容を読んだ。そして、膝から崩れ落ちそうになった。

【…孫文なる男の提示した条件は損得なく対等と言え様、兄弟国として備国を存続させる提案に感謝する。近日中には清爛殿をお返しし…】

「早馬を出し、劉帆殿をこちらからお連れする旨を伝える、清爛、劉帆と共に備国に行く準備をしろ。」

「承知いたしました。」

清爛は頭を下げた

「清爛、よくやった。翠明と共に褒美を取らせよう。」

「ありがとうございます。」

清爛は膝をつき、頭を下げた。

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