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華と夢16

城に帰った清爛は翠明を失った喪失感をかみしめる時間もなく、すぐに内宮に呼び出された。

そしてある一室に通されると、ドン引きしている女官数人の顔を見た。清爛と吏志は顔を見合わせる。部屋の奥に足を踏み入れると、そこには床に散らばった食事や器、そしてふんぞり返っている備国皇太子劉帆がいた。劉帆は明らかにふくれっ面だった。

「これはこれは・・・一体何事ですか。」

女官達はやって来た孫文と吏志を見て、一斉に助けを求める視線を向けて来た。

「お前か!毒を盛るのは!」

「毒!?」

劉帆は清爛を指さして叫んだ。

「どういう事だ!?」

清爛は女官に声をかける。女官は必死に首を振った。

「そんな事は決して行っておりません、全て毒見済みございます。」

「嘘を言え!我を毒殺しようと毒を盛り込んであるに違いない!こんなもの食えるか!」

「誓って毒など入っておりません!」

女官は必死だった。

清爛と吏志は唖然として劉帆を見つめた。これは厄介なことになったと二人は肩を落とし、この先がとんでもない騒ぎになるだろうと覚悟した。

静かに過ごす事になると思っていた矢先に清爛をかき乱すこの劉帆はまるで小皇帝だった。捕虜にされた事に怒っているのか、担当の女官達に当たり散らしていた。そんな参事はもはや清爛に孫文としての仕事を全くさせない状況となり、翌日も朝から呼び出される羽目になった。

「今朝はどうした・・・」

清爛は頭を掻いた。

床には粥やらいろんなものが散らばっていた。

そして長椅子でふんぞり返ってふてくされている劉帆、清爛はため息をついた。

「劉帆様、お気持ちはお察ししますが何か召し上がらなければ体が持ちませんよ?」

「こんな物食えん!」

「何がお好みですか、用意させますよ?」

「我を備国に帰せ!」

清爛はため息をついた。

「しばらくの間です、我慢して下さい。」

「嫌だ!」

清爛は項垂れそうになった。

書斎に帰ってきて机に伏せて倒れ込む清爛、吏志はそんな姿を見て苦笑いする。

「勘弁してくれよ~・・・なんだあのクソガキ。」

「孫文様、お口が・・・」

「備国め、高くつくからな!」

「あの性格じゃ、国王も捕虜として差し出すのに何の躊躇いもなかったでしょうね・・・」

「あーっくそ!全然対等な取引じゃないじゃないか!翠明を返せ!」

この調子では孫文としての仕事は全く手に付かないどころか、当分国同士の話し合いにすらならないだろうと吏志は思った。どうしたものかと頭を悩ませていたとき、清爛が勢いよく顔を上げた。

「どうかしましたか?」

「吏志!」

「はい、」

「鈴鈴とかいう威勢がいい娘がいたよな!」

「鈴鈴ですか、はい、おりましたねぇ。」

「その娘、あのクソガキに付けろ。」

「鈴鈴をですか!?」

「同じくらいの年頃だろ、あの悪魔の面倒を見させろ。」

「それはどうでしょう・・・鈴鈴は女官ではなく下女ですよ?作法も何も躾けられていないですし・・・」

「それでいいんだ。」

清爛は体を起こして深く息を吐き、吏志を見つめた。

「同じ歳だからこそいいし、何も知らないからいいんだ。女官どもなら萎縮するところを、何も知らなければ立ち向かっていくだろう。ましてやお前に直訴するくらいの娘だろ?負けん気は強かろう。」

「ですが、女官達が何というか・・・」

「あのクソガキを扱わなくて良くなるんだ、文句は言わないだろう。そこは俺も定期的に目を向ける。呼んできてくれ。」

「かしこまりました、ですが、責任は取れませんよ?」

「責任は備国国王に取ってもらうからいい。」

鈴鈴はすぐに呼び出され、書官孫文の前に連れて来られた。

「鈴鈴、急に来てもらって申し訳ない、頼みがあるんだが聞いてもらえるか?」

「なんでしょう孫文様?」

「今、ちょっと預かっている男児がいる、歳は同じくらいだ。お前にその男児の世話を頼みたいんだが頼めるか?」

「私がですか?」

清爛はあえて劉帆の身元を伝えなかった。

「ちょっと世間知らずでな、手を焼いているんだ。言う事を聞かなかったら叱っても構わない。いろいろと教えてやってもらえないか?」

「・・・はい、」

鈴鈴は今一意味が分かっていなかった。

「名を劉帆と言う、さっそく頼みたいのだが、いいか?」

「わかりました!」

鈴鈴は大きな声で返事をした。

清爛は孫文として内宮に入り、鈴鈴を劉帆がいる部屋へ連れて行った。女官達はまるで逃げる様に清爛の元へとやって来る。

「まだやってるのか・・・」

清爛と吏志はため息をついた。

「お前達じゃ手におえないだろう、適任の娘を連れて来た。鈴鈴だ。」

鈴鈴は頭を下げた。

「孫文様、この子に面倒を見させるおつもりですか!?」

「同じ年くらいの方が良いだろう、」

「鈴鈴です!よろしくお願いします!」

「鈴鈴、大変よ!?大丈夫!?」

「???」

女官達が鈴鈴を哀れんで声をかけたが鈴鈴にはわからない。

「いいか、鈴鈴。この中にいる劉帆はちょっと妄想の気があると言うか・・・世間知らずでよくわからない事を言う。彼が言うことは真に受けなくて構わないからな。」

「そんなに変わってるんですか?」

「まぁ、だいぶ世間知らずなんだ。いずれは自分の国に帰るんだが、それまで預かることになってる。面倒を見てやってくれ。」

「わかりました!がんばります!」

清欄は女官達の刺すような視線を背に受けながら鈴鈴を部屋の中へと通した。

「劉帆様、今日よりあなた様の身辺のお世話を担当します鈴鈴です。」

「鈴鈴です!よろしくお願いします!」

そっぽ向いていた劉帆は鈴鈴を見て開口一番「ガキじゃないか!」と叫んだ。

その言葉に鈴鈴が怒った。

「ガキですって!?あんただって同じ位の歳でしょ!?」

「はぁ!?なんだお前!」

まるで犬同士の喧嘩のようなその光景を見て、清爛はそっと外に逃げた。

扉の前には鋭い目の女官達と、遠い目をしている吏志がいた。

「備国の皇太子って事は鈴鈴には言わなくていい、もう、やり合ってもらって構わないだろ・・・」

「鈴鈴にもしもの事があった時は孫文様、責任取って下さいね・・・」

女官の一人が清爛に冷たい視線を投げかけた。

「鈴鈴は大丈夫だろう・・・劉帆がやられる可能性の方が高いと思う。」

その言葉に女官達は扉の奥に目を向けた。

「しばらくは俺も顔を出す、中の事は全部鈴鈴にさせろ、食事の世話も掃除も。鈴鈴が負けたらあの悪魔の世話はお前達がするんだからな、彼女の補助を頼んだぞ?」

清爛はそう言って出て行った。


城に身を置いて丸三日、劉帆は一切食べ物を口にしなかった。

鈴鈴が食事を机にきれいに並べてもそっぽを向いて動かない、鈴鈴はいい加減呆れて来ていた。

「ねぇ、もう三日も食べてないんだよ?死んじゃうよ!?」

「俺は軍人だ!軍隊は戦に出たら食べない事なんて何日もある!」

「ふ~ん、そんなんじゃ力出ないから負けちゃうと思うよ?」

「負けるだと!?そんな訳あるか!」

はいはいと流しながら鈴鈴はこの日も昼食を片付けた。

「食べ物を粗末しにたら怒られるって教わらなかったの?勿体ない、こんなおいしそうな料理。」

女官達は思いのほか鈴鈴が頑張っていると思った。そしてそんな鈴鈴が負けないよう、女官達もあの手この手を考え始めた。

「鈴鈴?」

「はい。」

女官の一人が声をかけ、戸を開けた。

「これ、あなたによ。」

女官が鈴鈴に渡したのは饅頭に煮た肉を挟んだものだった。

「劉帆様のお下がりだけど、お食べなさい。」

「ありがとうございます!」

鈴鈴はキラキラした瞳で饅頭とお茶を受け取った。

「いただきます!」

机の上にそれらを並べ、嬉しそうに食べる鈴鈴。そんな鈴鈴の姿を劉帆はじっと見ていた。

「劉帆様も食べる?おいしいよ!」

「いらない!」

「もう、強情だなぁ。」

鈴鈴はそれは美味しそうに、嬉しそうに饅頭を食べた。

「こんな大きなお肉なんて久しぶり!本当にうれしい!なんで食べないのかなぁ、おいしいのに!」

「・・・肉なんて、あたりまえだろ。」

「あたりまえじゃないよ!こんなに大きなお肉なんて偉い人しか食べないんだから!」

「じゃぁお前は何を食べているんだよ。」

「ご飯はみんな食堂で食べるんだよ、お肉も出るけど、もっとずっと少ない。饅頭とか粥とか麺とか。漬物とか汁物とか?ここじゃ魚は滅多に食べないよ。」

「魚も食べないのか?」

「この国は水資源が乏しいから魚は高いんだよ。」

「俺の国は水が豊富だから、魚も肉もたくさんある。」

「えー、いーなぁー。お肉いっぱい食べられるんだ。」

「でも川はよく氾濫する。」

「そうなの?怖いね。氾濫しなきゃいいのにね。」

   ぐぅぅぅぅ~

話の最中、お腹が鳴る音がして鈴鈴は劉帆を見た。

劉帆は恥ずかしそうに顔を背ける。

「ねぇ、お腹空いてるんでしょ?食べなよ。」

「食べない!」

「だって、お腹なってるじゃん!」

「食べない!」

鈴鈴は饅頭を一つ手に取って、劉帆の横に座った。

「なんだお前!無礼だそ!」

「はい、あげる。」

「いらない!」

「だって、私だけじゃ食べきれないもん!私が食べてるんだから毒はないよ!?」

「それには入っているかもしれないじゃないか!」

「じゃぁ、私の食べかけ食べる?」

「・・・・・」

鈴鈴は半分食べた饅頭を劉帆に差し出した。

「・・・食べかけなんて食えるか!」

そう言って劉帆は、口のついていない方の饅頭を取った。

「おいしいよ?」

「・・・・・・」

ここまで来たら我慢比べだった。劉帆は手に取った饅頭を見ながら己と戦っている。その横で鈴鈴は饅頭を食べていた。数分の我慢比べの後、鈴鈴が叫んだ。

「あっ!垂れる!早く食べて!!」

饅頭の横から肉汁が垂れそうになっているのを見た鈴鈴が叫んだ。その言葉に劉帆は咄嗟に饅頭を口に入れた。

「もう、油汚れはなかなか落ちないんだからね!」

「・・・・・・」

「おいしいでしょ!」

「・・・・・・」

劉帆はそのまま、饅頭を食べきった。

「あと一個、どうぞ。」

鈴鈴はもう一つの饅頭を皿に乗せたまま劉帆に差し出す。劉帆はそれもまた、黙って食べきった。

「おい!お前!」

「もう、鈴鈴だってば!なに。」

「お前、これから俺の毒見役をしろ!」

「だからぁ、毒なんて入ってないよ!?」

「お前が食べた物なら、食べる。」

「・・・ん?ってことは劉帆と同じ物が食べられるの!?やったー!やるやる!!」

鈴鈴は喜び勇んで部屋を飛び出て行った。

「・・・なんだ、あいつ。」

劉帆は饅頭を持っていた手を舐めながら鈴鈴が飛び出て行った扉を見つめた。


「鈴鈴が思いのほかうまくやっているみたいですね。」

「その様だな、これで余計な仕事が一つ減ったよ・・・」

やれやれと清爛はため息をついた

「これでやっと、備国との話し合いに本腰を入れられる。」


翠明はただ部屋で過ごす事を余儀なくされていた。

食事は米が主食らしく、それ自体は何も問題ないと思っていた。

特に何をするわけでもされるわけでもない。ただ、時間だけが流れて行く事の方が苦痛だった。せめて本でも読む事が出来たのなら、そう思いながら翠明は窓から外だけを眺めていた。

そんな毎日を過ごしていたある日、秋も終わりに近づいてきた頃、女性が翠明の部屋を訪ねて来た。

「よろしいですか?」

翠明は気配に気が付き戸の方を見る、そこにはしっかりとした服装の中年女性が立っていた。

翠明は立ち上がり挨拶をした。

「香月と申します。」

香月は翠明を近くで見て驚いた。線が細く色の白いその容姿は美しく、男性にあるまじき容姿だと思った。そしてその品の良さと立ち姿を見て、とても良い躾を受けているのだろうと思った。

「清爛様、このような所に留まって頂きまして大変申し訳ございません、何か不都合がございませんか?」

翠明は静かに首を振った。

「もうじきこの国では雪が降ります、そのような身なりではお寒いでしょう。上掛けをお持ちになっていらっしゃいますか?」

翠明は再び首を振った。持ってきていたとしても、すでにここにはないだろうと思った。

「そうでしたか、では準備をさせましょう。布団もそれではお寒いでしょうし、火鉢も用意いたしましょう。」

翠明は頭を下げた。

翠明はこの香月と言う女に見覚えがあると思った。玉座で王の後ろにいた女だったと思い出す。玉座にいたとあれば位はかなり高いだろうと思った。そんな女が何故ここにいて、自分の事を気にするのかさっぱりわからなかった。やがて女の使いと言う男が上掛けと布団を持ってきた。豪華な刺繍をされたそれらはきっと身分が高い者の使う物だろうと思った。火鉢もまた、とてもきれいな装飾の物だった。

翠明はふと、清爛の暮らしを思い出してみた。

同じように皇族の人間として生まれたはずの清爛、しかし清爛の周囲にはこんな贅を尽くした物はなかったと思った。孫文としての身分ではこれ程の物を置く事はないのかもしれないが、それでも質素だったと翠明は思った。玉座に上がった時に身に着けた清爛の服も、皇帝や兄の高蓬の着物に比べればおとなしいものだった。

しかし清爛の服が全て奪われたことを思うと、やはりそれなりの着物だったのかもしれないとも思う。

翠明が知っている清爛は孫文であり、清爛ではなかった。

そして今は自分が清爛であり、清爛は清爛には戻れない。不思議な事が起きていると翠明は思った。


交渉が一向に進まないまま時は過ぎて行く。清爛はイライラしながら書斎で文を片付けていた。

「字が乱れてますよ、孫文様。」

「わかってる・・・」

吏志にも、清爛の胸の内は痛いほどわかっていた。

最愛と言うべきかはわからないが、最も慕っている女性を奪われ、取り返すこともできない状況で落ち着いていろと言う方が難しいだろうと思っていた。

「窓をあけましょう、少し空気を入れ替えた方が良さそうですね。」

最近は気温が下がってきたせいか、あまり窓を開けていなかった。吏志は窓を開けた。すると冷えた風と共に桂花の香りが舞い込んでくる。

清爛は筆を止め、窓の方に向いた。

「もう桂花は終わる頃か・・・?」

「そうですね、だいぶ落ちてしまってますね。」

翠明と最後に並んで見た桂花の木は、まだいくつかしか花を付けてはいなかった。しかしこうして慌ただしく過ごしている間に花はほとんど落ちてしまい、満開の時期を逃してしまっていた。

翠明がいたのなら、その時期を見逃すこともなく、並んで花見をしただろうと清爛は思った。清爛はふらりと立ち上がり、庭へと出て行った。その後をそっと、吏志が追った。

見上げた桂花の木にはもうほとんど花はなく、茶色く枯れた小さな花が足元にたくさん積もっていた。また一年、この花を見る事はないのだと思うと、清爛は横に翠明がいない寂しさをより強く感じた。

「なぁ、吏志、」

「はい。」

「翠明も、この花の香りを感じる事が出来ているだろうか・・・」

「だと、いいですね・・・」

「そろそろ水仙を植える頃だと思うんだ、花が咲くまでには連れ帰したい・・・」

「そうですね・・・」

「文を送ったとしても翠明の元に届く事はあるまい、会いに行くのも不自然だ。備国はやがて雪深くなるだろう・・・寒いだろうに。」

「ここもやがて雪が降りましょう、雪が降れば馬車での移動は難しくなります。そうなれば、お迎えに上がるのは雪解けの頃になってしまいますね。」

「そんなに待てない!何とかする!」

「そうですね、早く劉帆様を返さないと、女官達が過労で倒れて行きます・・・」

「それは、困る・・・」

「鈴鈴が倒れたら終わりです・・・」

「何とかしろ・・・」

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