華と夢
崔国:さい国
泰然 崔国皇帝
清爛 現皇帝の次男
孫文 清爛の書官としての名前
丹任 清爛の町人としての名前
吏志 清爛の世話人
吏千 吏志の町での名前
翠明 妓女(璃林)の娘
高蓬 現皇帝の息子、清爛の兄
雅陵 高蓬の軍事名
翔栄 高蓬の息子
玉連 清爛、高蓬の世話人、姥
白皙 医師
桃花 清爛の第一妃
英敏 軍人
愛麗 清爛の第二妃
陏宇、仔空 庭師(父・息子)
鈴鈴 下女
天柚 若い石工
燈流、博文 石工
楼蘭 桜薇楼の元主
蘆、華凛 桜薇楼の元妓女
備国:び国
香月 翠明の母、備国皇帝の妹
璃林 桜薇楼での芸名
劉帆 備国皇太子 15歳
憂繰 備国軍人
方方 備国役人
「おまえ、何してるんだ?」
男の子は、同じ年くらいの女の子に声をかけた。女の子は気の強そうな目で男の子を見上げ、じっと見つめた後、再び地面に何かを書き始めた。
「おい、おまえ、何してる?」
女の子は男の子の問いかけに答えず、地面向かっている。
「字、書いてるのか?」
男の子は女の子の横にしゃがんだ。女の子はまた、男の子をじっと見つめる。しかしまたすぐに字を書き始めた。
「何書いてるんだ?」
男の子はしゃがんで女の子の顔を覗き込む。
女の子は小さく息を吐き、そして、自分の耳を触り、顔の前で手を振った。
男の子は一瞬ぽかんとして、そして、気が付いた。
「お前、耳が聞こえないのか?」
その言葉は、女の子には届かなかった。
女の子はまた字を書き始めた。
【翠明】
「?」
男の子は女の子を覗き込み、書かれた文字を見つめた。
【名前、翠明】
「・・・・?」
男の子は黙った。
女の子は、男の子に自分の持っていた木の枝を差し出した。
「え?」
そして、女の子は、地面を指さし、書くように促した。
「えっと・・・」
男の子は、読み書きができなかった。
女の子は、フッと息を吐くと、木の枝を男の子から取り上げて、再び字を書き始めた。
「あのさ、俺清爛っていうんだ!お前名前は!?」
「・・・・」
「なぁ、何て書いてあるんだよ!」
「・・・・」
「教えろよ、なんて書いてあるんだよ!?」
「・・・・・」
男の子は、女の子の耳が聞こえないと言う事を忘れてムキになった。
「清爛様!」
男の子を呼ぶ大人の声、男の子は振り返った。
「清爛様!こんな所で何をしているのです!戻りましょう!」
「まって、吏志!」
「さぁ、戻りますよ!」
男の子は、男に連れて行かれた。
男の子は、女の子に手を伸ばして必死に抗ったが、女の子にはその男の子が何故連れて行かれているのかも、なぜあんなに嫌がっているのかも、そして、何を叫んでいたのかもわからなかった・・・
「清爛様、また遊びに出かけていましたね?」
「気のせいじゃないか?」
清爛は宮廷内を足早に歩いていた。足音を立てる事は決して優雅な事ではないと言うのに清欄にとってそんなことはお構いなしだった。きちんとした服装に結髪の吏志とは対照的に、清爛は長い髪をそのままに服も腰ひもでくくっているだけと言った雑な姿だった。
「バレでもしたらどうするんです、そんな事せずに妃たちの所に通って下さい。私の所には苦情がすごいんですから・・・」
「お前は大変だなぁ、吏志よ。」
「またそうやって、他人事の様に・・・」
清爛はもう二十五歳だと言うのに子も設けず、与えられた妃の所にも滅多に顔を出さず、隙を見ては町に出て遊び歩いていた。
「皇帝がお元気なうちに早くお子を設けてください、このままじゃ国が滅びてしまいますよ。」
吏志は清爛が幼き頃より世話役をしている。
「別にいいじゃないか、兄には子もいる、俺を縛るものは何もないだろ?」
自由奔放な清爛の振る舞いはもはや宮中全員が知っていて、黙認されていた。それは王位継承の順位が高くないことも理由の一つだった。
「妃たちは何不自由なく暮らしているだろ?それに、たまには行って相手をしてやってる。」
「その頻度を増やしてくださいとお願いしてるんですよ。」
吏志は最近ため息しかついていない気がしていた。清爛は若き頃から自由ではあったが、最近は度を増しているように思えた。
二人は清爛の書斎に入る。
「やることはやってる、子が出来ないのは俺にその能力がないからかもしれないじゃないか。」
その言葉に、吏志はため息をついた。
「老いたんだよ俺も。」
「やめてください、そんな事を言ったら私はどうなるんですか・・・」
ぼやきながらも吏志は大量の書物を抱えて清爛の元へやって来た。
清爛は目の前に突き付けられた大量の書物に頭を抱えた。それらはほぼすべて皇帝である父に宛てられた物であり、清爛の仕事はそれらに事前に目を通し、必要不必要を分ける事だった。実際の書状で皇帝の元へ行くものはごく一部、ほとんどのものは清爛が【書官孫文】と言う名で返事を書いていた。
今もまた、清爛は筆を執り、返事を書いていた。
「しかし、清爛様の字は本当に美しいですね、万人が読みやすく尚且つご達筆でいらっしゃる。」
吏志はそんな清爛の字を見て、改めて思った。
「兄貴と違って、俺には武芸に才がないからな。」
兄である高蓬は父親に似て雄々しく武芸に秀でた男だった。隊を率いて戦に出ては勝利を得ている典型的な軍人。一方、弟の清爛は長い髪が美しく整った顔立ち。兄に比べて線も細く学問に秀でていた。
兄が最前線で剣をふるうのならば、弟は裏で交渉を行う。そんな違いのある二人だった。
「そんないじけたような口調をしないで下さい、清爛様には清爛様にしかできない事があります。」
清爛は脹れ面のまま筆を動かしていた。
「高蓬様はあなたよりもだいぶお歳が上です、もし高蓬様に何かあった時、まだ幼いご子息ではこの国を治めることは出来ません。ですから、清爛様も早く落ち着かれてください。」
「お前は親父みたいなことを言うなぁ。」
清爛は筆を置き、頬杖をついて吏志を見上げた。
「それだけ長い間、あなたの事を見て来たと言う事ですよ。」
吏志は笑った。
「しかし、あんなに勉強嫌いだったのに、人とは変わるものですね。」
「まぁね、ちょっと悔しい思いをしたもんでね。」
清爛は小さな窓から外を眺めた。