少女A(2作目)
ただいま、は長らく言っておりません。
それはもう、私が小学4年生の頃ーー5年前。
この小さなワンルームマンションに、新しく住み始めた時からでした。
〜〜〜〜〜〜
母。
私の母は再婚して、現在の義父との間に、ひとりの男の子を授かりました。名は光照。私たち家族の将来を照らす光ーーそんな想いで付けるのだと、当時、母から聞かされていた記憶があります。
…光ほど、塗り潰すのが簡単なものは無いのに。
冷蔵庫から、コーヒーを取り出します。
ブラックコーヒー。
甘さの無い、苦みだけのーーしかし何故か一般的に支持されている、黒い液体。
それを好きでもないのに、大人ぶって飲み干します。
この世の不条理を、少しでも理解するために。
そしてまた、顔をしかめます。
そしてまた、私にはまだ分からないなぁ、と思いながらーー
この狭く小汚い部屋で、太宰の価値観に心酔するのでした。
母と光照は、死にました。
母が光照を産み落とす際ーー
未成熟児の光照はそのまま死んで、母も衰弱で死にました。
家族の中で、残されたのは私と義父だけーー
血の繋がりも無く、ただお互いを枷のように思いながらーー
この一つ屋根の下で、暮らす日々が始まったのです。
夜7時、義父が音も無く帰って来ました。
そしてなにも言わずにシャワーを浴びた後、いつものように無言でカップラーメンを啜りながらーー
死んだ魚のような目で、ニュースをぼぅと眺めています。
「今日、俳優のKさんと、女優のTさんが結婚を…」
ニュースでは、誰かも知らぬ芸能人の、結婚発表の話題が取り上げられていてーーそれを義父は、頭に入れているのかいないのか、分からぬ様子で、じっと見つめておりました。
「クラスメイトの男の子と、お付き合いさせて頂く事になりました…」
おもむろに、そう呟きが口から出ました。
普段殆ど、義父と会話をする事などないのに。
…義父の人生を無駄にしている罪悪感が、少なからずある故でしょうね。
だからこそ、こんなハリボテでも、何かを得たというだけで、口にしたくなるーー。
義父にとっては、何の関係もない事なのに。
「…………。」
義父は相変わらず、何も言いませんでした。
やはり私の事など、どうでも良いのでしょう。
義父がこうして私を養っているのは、母と結婚し、私と縁を結んでしまった事による、ほんの少しの義務感ーー
…いや。
呪い、でしょうか。
全ての人間が持つーー倫理観という名の呪い。
すぅ
と、義父が煙草を喫う音と、白い煙が部屋中に広がります。
最近になって、義父は私のいる前でも、堂々と煙草を喫うようになりました。
それを見て私はーー
義父への呪いが少し解けて来ているような気がして、
罪悪感が何となく和らぐのでした。
おわり