02 留学生
プロローグからさかのぼること1カ月とちょっと前のこと。
「そういえば来月から、アレクシス帝国の皇太子、レオナルド殿下がこちらの学園に留学生として在籍されるそうよ。側近で従兄弟にあたるルイス・クラーク公爵令息とご一緒に」
「まあ、楽しみですわね」
「帝国の皇族は美形で有名ですわね。レオナルド殿下は規格外のイケメンで、ルイス様もかわいい系イケメンだと聞いておりますわ」
「イケメンは大好物よ」
「何でもお二人は、短期留学の形で周辺国に滞在されて、各国の王侯貴族との人脈づくりや文化交流をされているとのことですわ」
「ご立派ですわね」
「……というのは表向きの話で、本当はレオナルド殿下のお妃探しとの専らの噂でしてよ」
「あら、では万が一見初められたら、アレクシス帝国の皇太子妃になるということね?」
「私たちではありえませんわ。とにかく目の保養ができるだけで御の字よ」
「殿下は3年生でしたかしら? このAクラスに来られる可能性は高いですわね」
「ルイス様なら狙えるでしょうか?」
「「ムリよ ムリムリ~」」
クラスメイトがワイワイ噂する声を聞きながら、ソフィアは、アレクシス帝国で有名なスイーツを思い浮かべていた。
(アレクシスといえばベリーのロールケーキが食べたいわ)
「ソフィー、今、とある国のスイーツのこと考えていたりしませんわよね?」
エリザベスに話しかけられる。
「あのロールケーキ、美味しいですものね」
マリアベルもそれに続く。
「……ベス、マリィ、人聞きが悪いわ。アレクシス帝国と聞いていきなりスイーツを連想する人がいるとお思いで?」
「少なくとも目の前に1人いるわよ」
「ソフィーは、色気より食い気よね~。特にスイーツ」
仲良し3人は同じクラスであった。
ソフィアはなぜ思考を読まれてしまったのか解せなかった。
翌月、ソフィアのいるクラスに噂の留学生がやってきた。
教師とともにすらりと背が高い二人が入って来ると、そのオーラに圧倒されてクラスの雰囲気が引き締まる。
「今日から、この3年Aクラスにアレクシス帝国のレオナルド殿下と帝国宰相のご子息のルイス・クラーク公爵令息が在籍される。共に学ぶ仲間として交流を深めていただきたい」
先生から紹介されると、レオナルドとルイスが簡単な自己紹介を始めた。
クラスの生徒たちが羨望のまなざしで彼らに見入っている時、ソフィアはレオナルドのある一点に視線が釘付けになっていた。
(えっ? ……レオナルド殿下の肩に、黒猫が? ……乗っている?? 成猫なのに子猫サイズ? ……どういうこと!?)
いま目にしている光景が信じられず、思考回路はショート寸前だ。彼らの自己紹介はぜんぜん頭に入って来ない。
あまりそこばかりじろじろ見ては失礼かと思い目を逸らすが、どうしても気になり、横目でチラチラ見てしまう。平静を装いつつも、ソフィアは大混乱していたのであった。
(クラスの皆さまは貴族教育を受けているだけあって流石だわ。あんなにキュートな黒猫様を目の前にして静観できるなんて)
誰か黒猫のことを質問してほしいのに、クラスメイトは誰一人反応していないのだ。
(誰か話題にしてくれないかしら。あ、“毛づくろい”始めたわ。手を舐めてる。どうしましょう。かわいいわ~)
その時教師からソフィアに前に出て来るよう声がかかった。正確には、ダミアン殿下と婚約者候補3人に、だが。
「レオナルド殿下、ルイス様、このクラスには我が国の第一王子ダミアン殿下と婚約者候補の令嬢3人がそろっています。こちらからエリザベス公爵令嬢、ソフィア侯爵令嬢、マリアベル伯爵令嬢です。3人ともとても優秀でして、学園生活のサポート係を彼女たちに頼もうと思っているがいかがでしょう?」
「ありがとうございます。彼女達の負担にならない程度でかまいませんが慣れるまでお願いします」
「わかりました。3人とも頼みますよ。ではレオナルド殿下とルイス様の席はこちらです」
3人はきれいなお辞儀をして元の席に戻る。
ソフィアはこの時初めて皇太子レオナルドの顔を認識した。
黒髪でダークブルーの瞳の貴公子。為政者のオーラをまとい、背も高く程よく筋肉もついているのが分かる。
規格外のイケメンというのも納得だった。
帝国では飛び級で学園に相当する学校を卒業しており、本来なら留学の形をとる必要はない方なのだ。だからお嫁さん探しというのは案外本当なのかもしれない。
側近ルイスも噂通り、ライトブルーの髪に紫の瞳でかわいい系イケメンなのだった。