第伍話 兄の思いと決意
さて、ぐうだらな兄を起こしにいかないと。
桔梗は今日も日常をこなすため、鼻歌交じりに兄の部屋へ向かうのである。
そこで異変に気付く——
「に…兄さまが起こす前に起きてる……!?」
いつも勢いよく開け放つ襖が開いており、問題の兄は起きていたのである。
「あの。本当に兄さまですか?昨日変な物食べたとか?そうか、これは夢ですね!」
いつもの楽しみが。。じゃない。私は夢を見ているのだと。
あまりの現実離れした出来事に、彼女は現実逃避をしようと部屋を後にしようとするが頭を『ガシッ』と掴まれ。
「こら、僕を何だと思っている。たまにはな、起きる時もあるんだ。それに・・・だ、今日から忙しい日々が始まるんだ」
そういって不快そうに翡翠の瞳を細め桔梗を見入る。
今日という日は、奏にとって大切な日の始まりだ。
最愛の妹が武術を学ぶ日だからだ。
本音を言ってしまえば、彼女を妖狩りという生業につかせたくないのが心情であり。
普通の女子として成長し、結婚をし、その生涯を謳歌して欲しかった。
結婚する男は僕が見定めると考えていると拗らせつつ。
けれど、神楽の家に生まれたしまったが故に、普通に生活できるのもあとわずか。
その理由は神楽の家は12歳の年、獣神との契約をし妖狩りの教えを始めるのである。
それは、今年でありもう目前なのである。
獣神との契約ののち徐々に日常が変わっていき、非日常が始まるのである。
幸いな事に、桔梗は天力に秀でていた。
天力が多ければ多いほど術を行使する回数が増え、身を守ったり攻撃に使うことができる。
最悪な話、剣術は二の次でいいのである。
それに、僕がいる。桔梗が狩りに赴く時は僕も同行をすれば安心だ。
今日、強大な妖の出現は確認されていないし
一般的な女性獣士の生業の活動限界は20歳の頃までとされている。
それは、跡継ぎを健康で若いうちに残すためにだ。
8年・・・長いかもしれない、その時まで僕が桔梗を守る。
天力こそ低いが剣術であれば絶対の自信が僕にはある。
奏は強い決心を秘めた翡翠の瞳とはにかんだ笑顔で桔梗を真っすぐ見つめ。
「桔梗、今日より獣士の教えが始まるが・・・まず生き残るすべを学んで欲しい。
妖は僕が倒す。狩りにゆく時は、いつも一緒だ。離れることはない」
兄の思いは重かった。恋人へかける言霊に感じるぐらい重かったのである。
「兄さま。そういった言葉は、百合姉さまにおっしゃった方がいいかと思いますよ?それと……なんか気持ち…わ…なんでもないです」
「はぁ……」っと大きく溜息をつきつつ目を鋭く細め、変質者を見るかのように、この人本当に大丈夫なの?
っと眉根をくの字に曲げ思いを伝える桔梗。
当の「百合」《ゆり》とは奏の婚約者である、18歳の頃に家により決められた婚約である。
奏は妹が好きすぎてを拗らせているからに乗り気ではないが。
百合にとって奏は《《最愛の人》》であるからに、妹への愛情が尋常でないことに少し疑惑を感じている。多角的な意味でだ。
「僕は、桔梗が心配なんだ……」
妹の心ない言葉の暴力により、戦意を失った兵曹のような顔になりつつ。
奏は再三、心配する思いを伝えるのであったが。
「はい。起きれてるようなので、私は朝餉にゆきますね。皆、待っていますよ。それと明日からは、こちらには赴きませんので!」
では、失礼します。っと感情の見えない能面のような顔で去っていく桔梗であった。
奏は彼女の去っていく後姿を見つめつつ、自身を奮い立たせ朝餉に向かうのであった。