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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
97/204

1 裏切り(1)

第三部開幕です。

ここから戦記らしく戦いシーンが多くなる。・・・・はず。

「ほ、報告いたします! ネ、ネアンがドーグラス公の手に落ちました!」


 トゥーレを始め、その場で聞いていた誰もがすぐにその言葉の意味を理解することができなかった。

 ネアンが落ちたとの報告は、彼らにそれほどの衝撃を彼らにもたらした。

 エン砦からの定期報告では異常はなく、トノイに潜んでいる斥候からの報告でもドーグラス軍出陣の準備は整っていないとの連絡が上がってきていた。

 いきなりネアンが敵の手に堕ちたいう事実をすぐに理解できなかった。


「どういうことだ?」


 衝撃から立ち直ったかに見えるトゥーレが言葉を(こぼ)すが、その表情には困惑が貼り付いたままだ。

 しかし、その疑問に答えるべき使者は息も絶え絶えといった様子で、絞り出すようにその情報をもたらすと、力尽きたかのように仰向けにひっくり返り、昏倒(こんとう)していた。彼をこの場に連れてきた衛兵が介抱しているが、直ぐに話を聞けそうな状態ではない。

 見れば身体中土埃(つちぼこり)(まみ)れ、鎖帷子(くさりかたびら)も所々破れてしまっている。落馬時にできたのか頭部にも傷があり、頬を流れた血が黒く凝固していた。


「トゥーレ様」


「ん? そうだな。今日の出陣は中止だ! 使者の回復を待って軍議をおこなう。どう状況が動くか分からない。兵たちには申し訳ないがこの場で待機させておいてくれ」


 側近の声に考え込んでいたトゥーレは出陣の中止を告げると、集まっている兵に食事の手配し、主だった者を連れて領主邸に引き上げていった。

 ネアンが陥落したのが本当ならば、フォレスへの援軍を送る余裕はなくなり、集まった軍勢はそのままネアンの奪還に動くことになる。だがそれも今のように状況が分からなければ動かすこともできない。

 ピエタリには偵察のためネアンに船を出させていたが、それが戻るよりも使者の回復の方が早いだろう。

 一時間ほどが過ぎ、ようやく回復した使者が広間へと通されてくる。顔にべったり付いていた血は拭き取られているが、顔以外は埃にまみれたままだった。


「さ、先ほどは失礼いたしました」


 居並ぶ騎士に恐縮した様子で片膝を落とす。


「勤めご苦労! 早速だがどういうことか?」


 一同を代表してクラウスが一歩前に進み出ると問い掛ける。使者はその姿勢のまま、ネアンで起こったことを語り始めた。






 前日の夜の事だ。

 ネアンからは、防衛のため今回の遠征に兵は出さないことに決まっていたが、代わりに支援物資を供出する手筈となっていた。

 その準備のためオイヴァはネアンの港で、精力的に商人と会合を重ねていた。

 ネアンはカモフ内ではサザンと並んで重要な都市だ。

 その成り立ちも集積地を守るために防壁を築いたことが始まりとなっているため、サザン同様城塞都市の形態をとっている。

 キンガ湖から唯一流れ出るセラーナ川の畔に建ち、サザンから出荷された岩塩は一度ネアンに集積され、ここから各地へと送られていく。

 街域はサザンよりふた周りほど大きいが、中州に建つサザンに比べると平地に造られているため、サザンほど堅牢というイメージはない。

 城壁の周りには堀が巡らされ、城門を守るように側防塔も設けられているが、肝心の城壁の高さはサザンの半分ほどしかないのだ。

 それでもカモフにとっては重要拠点に違いなく、数万の軍勢が押し寄せたとしても簡単に落とせるほどの防御力ではなかった。


 港で忙しく指示を下しているオイヴァの下に、エンを預けているビリエルが面会を求めてきた。


「ビリエルが? 何事か?」


「いえ、それが、直接お伝えしたいことがあると」


 取り次いだ衛兵の歯切れの悪い返事に、オイヴァは怪訝な表情を浮かべた。

 先触れなく面会を求めてきたビリエルを不審に思うが、彼はオイヴァが最も信頼を置く騎士の一人だ。

 彼は商人との会合を終えると、ビリエルを待たせている城門の待合室へと向かった。


「どうした? 其方がわざわざ来るとは珍しいな。ドーグラス公に動きでもあったか?」


 待合室にいたのは壮年の騎士だ。

 ほっそりとした体格だがよく鍛えられた引き締まった体付きをしている。撫で付けられた黒髪と茶褐色の瞳、立派な顎髭が特徴の騎士だった。

 ビリエルはオイヴァが入室してくると、直ぐに立ち上がって片膝を落として控えた。オイヴァはひとつ頷くと彼を立ち上がらせ、テーブルに向かい合わせで腰を下ろした。


「いえ、これと言って動きはありません」


「ならば何だ? 其方が来るくらいだ。余程の事があるのだろう?」


 前線のエン砦に詰めているため、ビリエルは軍装を纏っている。ドーグラスの動きがない中、夜間に急ぎオイヴァに面会を求める理由をオイヴァはそれ以外思い当たらない。

 ビリエルがジャラリと鎖帷子を鳴らしながら顔を上げる。


「さすがオイヴァ様、よく分かっていらっしゃる」


「・・・・!?」


 ビリエルの慇懃無礼な言い回しと態度に違和感を覚える。彼が知るビリエルはこのような言葉遣いをする人物ではなかったからだ。

 オイヴァの戸惑いに気付かない様子で、ビリエルはそのまま口を開いた。


「実はドーグラス公、いえドーグラス様より伝言がございます」


「ドーグラス()、だと!?」


「ええ、そうです。先日、ドーグラス様の使いが私を訪ねて参りました。当然ながら最初は追い返していたのですが、余りにしつこいので一度話を聞いたのです」


「それで?」


 ムスッとした顔を浮かべて先を促したオイヴァだったが、その返事を前向きなものと捉えたのか、ビリエルは笑みを浮かべて続ける。


「その使者によれば、ザオラルを見限ってドーグラス様への忠誠を誓えば、その見返りにカモフを与えると言うではありませんか。これはオイヴァ様にとっていい話かと思い、急ぎお伝えせねばと参りました」


 領主であるザオラルを呼び捨てにし、敵対している相手に敬称を付けて呼ぶ。その時点でもうビリエルの思惑が分かってしまった。要はトルスター家の首と引き換えにカモフ領主の座を買うということだ。

 ザオラルは現在フォレスにいるため不在だが、明日にはトゥーレが援軍を率いてフォレスに発つ。道中このネアンに立ち寄りそのまま一泊することになっていた。

 そこでトゥーレを討ちドーグラスへの手土産とする。残るサザンはザオラルとトゥーレが居ないならば、いくら難攻不落といえどそれほど苦戦はしないだろう。それどころかオイヴァが新領主として立てば、サザンは素直に城門を開くかも知れない。

 彼は一瞬でそのような筋書きを立て背筋が凍る思いがした。


「ウンダルではオリヤン公が亡くなったのを機にエリアス殿が兵を挙げ、ダニエル殿はこれを迎え撃とうとしております。ザオラルはフォレスに滞在しておりますが、エリアス殿が代わりに討ち取ってくれることでしょう。

 我々は明日トゥーレを討ち、サザンへと攻め込みます。最悪サザンを堕とせずともカモフから出さねばエリアス殿への援護となりましょう。ザオラルのいない今こそこのカモフを手に入れる好機にございます」


 ビリエルは酔い痴れたように自らの考えを披露していた。目の前で困惑する彼の主人など見えていないかの様だった。


「・・・・トゥーレ様を討つとして、我らの兵だけではサザンを落とせぬぞ」


「そこはご心配には及びません。既にドーグラス様とは話が付いております。と言えば分かるでしょう?」


 彼らがトゥーレを討てば直ぐにストール軍が呼応して援軍が入る。ビリエルが言わんとすることはこういうことだろう。

 確かにザオラルが不在の中、カモフを手に入れるには千載一遇の好機といえる。ビリエルの目論み通り成功する可能性は高いだろう。

 しかし万全を期すつもりなら、トゥーレ率いる主力がフォレスの援軍に向かった後の方が確実だ。ドーグラス公の援軍が入るとはいえ、カモフの主力と衝突すればこちらも無傷では済まない。

 援軍と言いつつ実際は、ネアン側、カモフ側共に疲弊したところで労せずカモフを手に入れるドーグラス公の作戦ではないのか。オイヴァはそう考え、顔を上げると目の前に座るビリエルを見る。

 ビリエルはオイヴァの護衛騎士を務めていた人物で、彼との付き合いは古い。

 かつてザオラルと後継者を争った際には、最後までオイヴァが領主として立つことを主張していた人物だ。文武に優れた騎士であるが、他人の意見よりも自らの知謀に頼るところがあった。

 オイヴァがネアンを任される事になってからは、彼の右腕として重用してきた。最も信頼できるからこそ大事なエンを任せたのだ。

 しかし今回ドーグラス側から(そそのか)され、かつてのオイヴァを領主にするという野心が呼び覚まされたのだろう。いやその野心を上手く利用されたと考えるべきか。元々ギルドとの繋がりが濃い人物であるため、そちらからも後押しがあるのだろう。

 オイヴァが黙考しているのを肯定と捉えているのか、ビリエルは彼の言葉を嬉々として待っている。


『ビリエルにそこまで推してもらいありがたいが・・・・』


 オイヴァはひとつ大きく溜息を吐くと、諭すようにゆっくりと口を開いた。


「ビリエル、少し頭を冷やせ。其方の考えは確かに上手くいく確率は高いだろう。だが、ドーグラス公に踊らされているだけだ。用が済めば簡単に使い捨てにされるぞ」


「これはおかしな事を仰いますな。それではドーグラス様が一度した約束を反故(ほご)にすると聞こえますな」


「!? 誰だ?」


 ビリエルの後方で彼の護衛に立っていた男が、主人の許可を得ずに突然口を挟んできた。

 記憶を探るがオイヴァには見覚えのないカイゼル髭の男だ。日に焼けた褐色の肌に不釣り合いなほどひょろっと長い手足と、曲がった猫背がどこか昆虫を思わせた。


「ご挨拶が遅れましたことをお詫び申し上げます。私はドーグラス・ストール閣下にお仕えしておりますヒュダ・マギトと申します。以後、お見知りおきを」


 オイヴァの刺すような視線に動じる様子もなく、ヒュダは恭しく挨拶をした。


「それで、ドーグラス側の人間が何故ここにいるのだ? ビリエル!」


「わ、私がご説明申し上げるよりも実際に話を聞いて頂いた方が早いかと思い、お連れしたのです」


 不意に怒気を孕んだオイヴァの様子に若干動揺の色を浮かべながらも、ビリエルはなお疑っていない様子だ。


「もう結構だ! どれだけ言葉を重ねようと結果は変わらん。其方には失望したぞ! 二人を拘束し牢に入れておけ!」


 甘言に乗せられこんな場所にまで敵の騎士を引き入れるとは。オイヴァは諦めたように首を振ると衛兵を呼び二人を拘束するように命じた。


「なっ!? オイヴァ様! 何故わからないのです? これはオイヴァ様が領主となるチャンスですぞ!」


「其方こそ、これが破滅へ向かうということが何故わからんのだ!」


 感情的になって口論する二人に対しヒュダは一人ほくそ笑んで、その青い瞳を輝かせる。


「何をしておる。早く連れて行け!」


 二人が罵り合う異様な状況に戸惑い、入口で躊躇うように立ち尽くす衛兵に気付くとオイヴァはあらためて命を下す。


「オイヴァ様! もう一度お考えください」


 焦ったように声を上げるビリエルに対し、ヒュダは抵抗することなく衛兵に両脇を拘束される。


「よろしいのですか? 私を拘束すれば確実にドーグラス閣下と敵対することになりましょう」


「お、お待ちくださいヒュダ様! オイヴァ様、このままでは我らは滅びます。ど、どうかご再考を!」


 ヒュダの脅しともとれる静かな言葉に、真っ青になったビリエルが身を捩りながら金切り声を上げる。

 敵の只中で涼しい顔で相対しているヒュダに対し、パニックを起こしたようなビリエル。分かりやすい対比にビリエルの姿が滑稽に思えてくる程だ。

 オイヴァは狼狽えるビリエルを冷めた目で見つめる。


「何を今更。我らはずっと以前よりドーグラス公とは敵対しておる。今更寝返ってまで生き延びようとは思わぬ」


 そう静かに告げると連れて行くように命じた。

 ビリエルを翻意できなかったことに深く息を吐いたオイヴァ。ビリエルは拘束を解こうと抵抗を繰り返しているが、ヒュダは逆に大人しく従ったまま、静かに連れて行かれようとしていた。

面白い! 気に入った! まだまだだけど頑張れ!

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