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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第一章 都市伝説と呼ばれて
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9 岩塩坑

ユーリが村を離れるきっかけとなった事件。

 カモフにある岩塩坑では、坑夫は六人単位で組織され掘削に当たっていた。

 その中でも膂力に優れた三、四人が鶴嘴を持って掘削作業をおこない、残りが掘り出された岩塩を含む岩や魔法石を中継地点まで運び出す。

 ひとつの坑道に対して二〜三組で競い合わせながら掘り進めていくのだ。

 商業ギルドが立てた掘削計画を元に、塩坑ギルドの役人が坑夫に指示を出し、坑夫の家族や子供達が中継地点から坑道の外へと運び出していく。外では年老いて動けなくなった老人たちがそれらを選別する。

 坑道近くに作られた坑夫の村人総出で、岩塩坑の作業に従事していた。




 三年前、十五歳となったユーリは、坑道に入ることを許されたばかりだった。当時から体格もよく力に優れていた彼は、掘削役を担うこともあったが、若く経験が浅かったため、中継地点までの運び役を担うことが多かった。

 その年、カモフでは流行病(はやりやまい)が蔓延していた。

 罹患すると高熱にうなされ、体力のない老人や子供たちが、相次いで命を落としていく。体力のある大人でも数日間寝込むほどの高熱に苛まれ、まともに動けるようになるまで十日ほどかかった。

 ユーリの村でも猛威を振るった流行病は、多くの坑夫にも容赦なく襲いかかっていた。ユーリの掘削組でも二人が寝込み、一人は五日間生死を彷徨いようやく動けるようになったばかりで、六人中半数が罹患していた状況だった。


「おら! 休んでんじゃねぇぞ!」


 そんな中、役人からの叱責が容赦なく飛んでいた。

 中継所として利用している天然の鍾乳洞の中だ。

 掘り進めていくと、こういった鍾乳洞に突き当たることは希にあった。しかしここまで大空間となると非常に珍しく、カモフに無数にある岩塩坑でもここだけだった。

 大きさはサザンの中央広場に匹敵するほどだ。篝火の光が届かないほど天井が高く、ドーム状の広大な空間が広がっていた。気の遠くなるほどの年月を重ねたこの鍾乳洞は、大小様々な鍾乳石や石筍に加えて端の方には石柱が連なっていた。

 この空間の最も奥まった場所に高さ二十メートルを超える立派な石柱が三本、天井を支えるように聳えていた。

 その根元には祭壇が設けられており、いつ作られたのか分からないが、巨大な岩塩の結晶で作られた高さ二メートルの一心に祈る女神像が安置され、掘削作業の安全を祈願する(よりどころ)となっていた。

 この巨大なドームを起点として、放射状に坑道が伸びていた。

 その内の一本、ユーリたちが担当していた坑道は、数ヶ月前から産出量が減ってきていたのに加えて、流行病の流行により坑夫の数が激減していた。そのため役人は先日からかなり苛々し、坑夫たちに当たり散らしていたのだ。

 叱責された坑夫は、ふらふらした足取りで岩塩を運んでいた。


「自慢の怪力はどうした?」


 その坑夫はすでに息を切らしていた。顎が上がり、足元も覚束ずフラフラだ。

 ユーリと共にこの日運び役に就いていたセノは、本来ならば村一番の力自慢だった。ユーリの倍はあろうかという量を運べるほどの膂力を誇っていた。だが、五日間高熱により寝込んでいた彼は、前日まで起き上がることすらできなかったのだ。ようやく動けるようになったとはいえ、本来ならばまだ仕事ができる状態でないのは明らかだった。

 役人はセノの体調が万全でないのを分かった上で煽り立てていた。

 この役人の名をジャハと言った。

 サザンを牛耳る商業ギルドの豪商の息子だ。

 本来なら塩坑ギルドが担当する監督役を務めるような身分ではない。しかし彼は普段より素行が悪く、よく街でトラブルを引き起こしていた。

 あまりの素行の悪さに庇いきれなくなった彼の父親は、そのほとぼりが冷めるまでという条件で、ジャハを塩坑ギルドに出向させた。そして、たまたまこの坑道で監督役に就いていたのだった。

 ジャハは苦労を知らずに育ったせいか、プライドの塊のような男だが、親の立場を鼻に掛けて怒鳴り散らすばかりで、産出量が落ちたのは、坑夫が働かないせいだと公言して憚らないような人物だった。

 役人を統率する立場の人間も、商業ギルドとの関係の悪化を恐れてジャハには表だって口を出せず、見て見ぬ振りをするばかりだった。


「怪力を家に忘れてきたんじゃねぇのか!」


 ジャハはしつこくセノに絡んでいた。

 起き上がることができるようになったといえ、まだ熱は引いておらず呼吸も荒い。誰もが『まだ無理だ』と彼を止めたのだが、ジャハ自身が『運び役でもいい』と休むことを許さなかったのだ。


「セノっ!」


 力尽きたセノが、遂にその場に崩れ落ちる。

 額には玉のような汗が浮かび、顔は真っ赤を通り越して紫に近かった。呼吸も荒く意識も朦朧としているのか、視線が定まっていない。


「貴様! 誰が休んでいいと言った!」


 言うが早いか、周りが止める間もなくジャハが駆け寄ると、蹲るセノの横っ腹を躊躇なく蹴り上げたのだ。


「うぐっ!」


 呻き声を上げつつ地面を三回転し、仰向けに横たわるセノ。

 さらにジャハは大股に近付いていくと、容赦なく続けざまに蹴りを加えていく。周りの坑夫も他の役人も、病人に容赦のないジャハの行為に唖然とし、誰もすぐに止めることができなかった。


「や、やめろっ!」


 一方的に暴力を振るうジャハを止めたのはユーリだった。

 見ていられなくなった彼は思わず声を上げていた。

 空気が凍り付いたようにジャハの動きが一瞬止まり、ゆっくりと振り向いた彼の狂気に染まった視線がユーリを捉える。


「なんだ小僧! 俺様に命令するのか?」


 怖気を覚える視線に、思わずユーリは身体をたじろがせ、その身を震わせた。


「セ、セノはまだ無理だ。今日は休ませてやってくれ!」


 射竦められそうな視線に負けないよう、腹の底に力を入れて一歩踏み出したが、ユーリの口から出たのは思いの外上擦った声だった。


「お、俺がセノの分も運ぶ」


「ああっ!? 笑わせるな小僧! お前は黙って自分の仕事をしてろ!」


 ユーリを睨みながらそう言うとセノの頭を右足で踏みしめる。

 人を人とも思わないその態度に、頭に血が上ったユーリは思わず叫ぶ。


「やめろぉぉ!」


 ジャハの態度に必死で我慢していた(たが)が外れた。

 後先考えられなくなり叫ぶような声を上げながら、ジャハに向かって足を踏み出そうとした。


「・・・・!?」


 だが次の瞬間には誰かに左腕を掴まれ、元の位置に引き戻されていた。

 驚いて目を見開くユーリを引き戻したのは、ユーリとは別の組のリーダーの男だった。頭頂部付近でひとつに束ねた髪と顔を覆うような髭面の熊のような大男で、普段からセノと仲が良く、村ではセノと双璧をなす力自慢の男だった。


「よく言った。あとは任せろ」


 彼は小さくそう言うと、ユーリの代わりに前に出る。

 周りを見渡せば、ジャハの周りには大勢の坑夫が取り囲むように立っていた。皆一様に殺気を含んだ視線をジャハに容赦なく向けている。


「な、何だ貴様ら! さっさと持ち場に戻れっ!」


 振り払うような仕草で坑夫たちに持ち場に戻るよう命じるジャハだったが従う者はなく、逆に取り巻いている輪がじわじわと狭まっていく。


「ジャハさんよう、これ以上俺たちの仲間を傷付けるなら、困るのはあんただと思うが、いいのかい?」


 ユーリを庇うように立つ大男が、抑揚を抑えた低い声でジャハを睨み付ける。


「な、何が言いたい?」


「ただでさえ流行病で人が少ねぇんだ。これ以上人が減っちまうと、困るのはあんただと思うんだがいいのかって聞いているんだ?」


「俺を脅すのか!?」


「いや、確認しただけさ。お節介かも知んねぇが、忘れてるように見えたもんでな」


 静かな声で語っていたが、周りを囲む坑夫たちの怒りの籠もった目を見れば明らかだった。

 本来坑夫と役人の仲はそれほどいいとは言えないものの、このジャハとの関係のように険悪まではいかない。坑夫がいなければ役人は岩塩を採掘できず、商業ギルドに卸すこともできない。また、役人がいなければ坑夫は稼ぎを貰うことができず、食うに困ることになるからだ。現場によってはお互い協力しながら採掘を進めている現場もあるくらいだ。多くの現場では、それぞれ不満があっても、お互いに折り合いを付けて仕事を進めていた。

 逆に言えばこの現場は、ジャハとの衝突を覚悟しなければならないほど、坑夫たちが追い詰められていたとも言えた。

 やがて他の役人が間に立つことで、ジャハと坑夫は禍根を残しながらもこの場は治まった。

 しかしこのことがきっかけとなり、ジャハの暴発を招くことに繋がっていくのだった。


覚悟を決めたユーリですが、いいところは大人に取られてしまいます。

まだ彼は若く、空回りしています。

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