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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第二章 巨星堕つ
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40 斜陽

「ほう! これは見事だ!」


 目の前に広がる絶景に船上のトゥーレが息を飲み、次いで目を細めて感嘆の声を上げた。

 視線の先には夕陽によって真っ赤に染まったフォレスの街並みがあった。

 フォレスの入り江に停泊している数多(あまた)の船、城に向かって積み重なるように連なる街並み。丘の頂上に建つフォレスの城の象徴的な二本の尖塔と空に広がる赤紫に染まった夕焼け空。目に映る全ての物全てを燃えるように紅く染め上げていた。


「天候が回復して幸いでした。これが見ていただきたかった景色です」


 ほっと安堵した表情と得意気な表情が入り交じったような顔のアレシュが手を広げてみせる。彼が以前から是非見ていただきたいと語っていた景色がこれだったのだ。


「アレシュ殿が力説していただけはある。想像していた以上の素晴らしい景色だ!」


「わたくしもお城が赤く染まっているのは何度か見たことがありますが、目の前に広がるこの景色はまるで絵画のようですね!」


 トゥーレに続いて隣に立つリーディアも見惚れたように感嘆の声を上げる。

 夕陽に染まる城は彼女の自慢の景色のひとつだったが、目の前に広がる光景はそれを越える圧巻の景色だ。街も城も田園もそして空も。目に映る全てが真っ赤に染まっていたのだ。


「一年のうちでもこの時期しか見ることができません。また街の中からでは全体が分からないので、住人の殆どは実はこの景色を知らない筈です」


 通常は城だけが赤く染まることが殆どで、今回のように全てを真っ赤に染め上げるとなれば年に数回見ることができるかどうかであるという。

 今回はタカマ高原への二度目のホーストレッキングからの帰路であった。

 前回は往路、復路ともに陸路を移動したが、今回は往路は前回と同じく馬で移動したが、帰りは船を使っての帰還となった。

 船を使うには内陸にあるガハラから川沿いの街オモロウへと移動する必要があり、遠回りとなってしまうが、万一の待ち伏せや襲撃を防ぐためもあって、今回はオモロウ経由で船便を利用しフォレスまで下ってきたのだった。

 前回の襲撃に遭って以来、一年と数ヶ月振りとなるタカマ行きだった。

 襲撃以降トゥーレのフォレス訪問時には、毎回厳重な警備体制が敷かれ、フォレスの外へと出掛ける際も箝口令が敷かれるほどで、行き先も一部の者しか知らされないなど、徹底した襲撃対策を取られていた。

 それは訪問するトゥーレにも及び、毎回のようにリーディアを伴って街の外へと出掛けていたが、ここ一年ほどは行き先はフォレス近郊に限られ、日帰りもしくは翌日の帰還に限られていたくらいだ。

 ダニエルがウンダル領主となってから必死になってエリアスの行方を追っていたが、未だに手掛かりすら掴めていなかった。その皺寄せはトゥーレのデートにも影響し、フォレス近郊以外への外出もなかなか許可が出ず、今回の宿泊を伴ったタカマへのホーストレッキングは実に十五ヶ月振りだった。

 毎回百名程度で行動し今回も同様の人員だったが、彼らとは別にガハラには一〇〇〇名を越える兵士が投入され、前回のような村人との交流を取ることも禁止された中でのタカマ行きだったのだ。

 彼らは二日間ガハラに滞在した後、昼過ぎにオモロウに移動しダニエル自らが手配した軍船に搭乗してフォレスへと戻ってきたのだった。

 最初の襲撃以降、警備の責任者はアレシュが一貫して任されていた。

 今回のタカマ高原行きが決まってからは、出発前から『是非とも見ていただきたい景色がある』とトゥーレが辟易するほど力説していただけに、アレシュは念願が叶い心底嬉しそうに笑顔を見せていた。

 ガハラに逗留中、前日は一日中雨となり今日の天候の回復をやきもきしながら心配していたが、幸いにも出発前には雲間から太陽が顔を出していた。


「息を飲むというのは正にこのことを言うのだろうな」


 息をするのも忘れたように無言のまま景色を見つめていたトゥーレが感慨深そうに言葉を零す。

 U字谷であるカモフは東西を断崖に挟まれた形となっている。また谷の出口は北に位置するため夏でも日照時間は短かく、冬は昼前に太陽が顔を覗かせたと思えば昼を過ぎると断崖の稜線に隠れてしまう程だ。夕焼けに谷が染まることはなく、日の長い夏場に夕陽が断崖の先端を辛うじて染める程度で、遠くのンガマトの山を赤く染めているのを眺めるくらいでしか夕焼けは見たことがなかった。

 トゥーレはカモフの過酷な状況に思いを巡らせた。

 ウンダルと同盟を結び、婚約したリーディアとの仲も良く輿入れの時期について人々の噂に上るなど前途が明るく照らしているように思われていたが、周りが思うほどトゥーレは状況を楽観はしていなかった。

 塩鉱山によりアルテミラ有数の潤沢な財力を有しているカモフだったが、それ以外の産業には乏しく塩鉱山を除けば、痩せた土地と死の湖と呼ばれる塩湖があるだけの狭いU字谷がカモフ領の全てなのだ。

 岩塩が採れなければドーグラスが食指を伸ばすことはなかったが、サザンやネアンの街ができることもなく、忘れられたような寂れたままの辺鄙な土地のままだ。

 谷の唯一の出口となる北側は、同盟を結んだウンダルと境界を接している。良好な関係により交流は活発に行われているが、穿った見方をすれば出口に蓋をされ谷に押し込められているような格好だ。唯一勢力を伸ばせるのはゼゼーだが、現在そこを領しているのは虎視眈々とカモフを狙っているドーグラス・ストールだ。

 新しい国を造るという野心を持っていたトゥーレだったが、現実はカモフから身動きができない息苦しさに喘いでいたのだ。

 積極的に軍備増強を図り、最大十五倍あったビトー軍との兵力比を現在は八対一にまで縮めていたが、急激な兵力の増強は古参の兵と新参の者との間で軋轢(あつれき)が生じる結果となっていた。

 僅かな期間に倍近くまで膨らんだ兵力は、殆どが坑夫たちだ。元々彼らは農奴と同じような扱いであったため徴兵の義務がなく従軍の経験がなかった。しかしトゥーレは常備の兵として彼らを麾下に加え、鉄砲などの最新兵器も優先的に彼らに回していた。

 流石にザオラルやクラウスの手前、表立って不満は見せている訳ではないが、今までカモフを支えてきたと自負する古参兵からすれば面白くはないだろう。

 それは合同での訓練で既に明らかとなっていた。

 連携どころか行軍すらギクシャクする新兵らを無視するように彼らは動いたのだ。まだそれほど動くことが出来ない新兵を合同訓練に投入したのは早計だったが、古参兵の嫉妬心の大きさは予想以上だった。訓練で連携できないのは仕方ないとしても、一丸となって迎え撃たねばならない戦場では致命傷となってしまう。


「どうかしましたか?」


 深刻な表情を浮かべていたトゥーレに心配そうな顔のユーリが声をかける。

 いつの間にか随分と時間が経っていたようだ。太陽が沈み、真っ赤だった街は濃い青い色が強くなっている。夕陽の名残は日の沈んだ地平線にわずかに残すだけとなっていた。


「何でもない。帰ったらまた忙しくなると考えていただけだ」


 考えることを中断したトゥーレは、顔を上げてそう答えた。あれこれと思考を巡らせたところで出来ることは限られている。楽観できる状況ではないが、悲観するほど悪くもない。

 太陽は地平線の下へと沈み、空は深紅から紫紺へとその色を変えていた。

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