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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第二章 巨星堕つ
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18 ピエタリ

第一部の閑話で出てきたピエタリが本編にようやく登場です。

 ニオール商会との会談を終えたトゥーレは、港へと足を向けた。

 以前は長く伸びた浮き桟橋があるだけの砂浜で港など姿形もなかったのが、思わず目を見張るほどの変貌を遂げていた。

 浮き桟橋はまだ残っていたが、その位置は村はずれの方へと大きく移動。今まで桟橋があった砂浜は、大きく掘り下げられ護岸工事の真っ最中だった。


「港だ・・・・」


 誰が呟いた言葉だろうか。彼らの心の声を代弁する言葉が思わず零れおちた。

 まだ先の話になるだろうが、完成すればサザンへとやってくる商船なら五隻は停泊できそうな広さがある。もちろんフォレスの港には遠く及ばないが、規模だけで言えばサザンの港を上回っていた。

 もともとサトルトの浜は遠浅で、三十メートル以上岸から離れなければ、小型のキャラック船でも停泊できないくらいだった。そのため現状建築資材は浮き桟橋を使い、それでも足りない資材を陸路を使って運搬しているくらいだ。港としての機能を持たせるためには、深く掘り下げる必要があったのだ。


「トゥーレ様、お待ちしておりました」


 トゥーレが振り返ると、ボサボサの黒髪を後ろで束ねた男が跪いていた。その男の後ろに副官なのか数名同じように跪いていた。皆潮焼けの赤褐色の肌に厚い胸板と太い腕を持ち、見るからに力仕事が得意そうな男たちだった。


「ピエタリ、もうここまでできたのか?」


「いえ、まだまだです。護岸工事は進めていますが、港として整備するにはもう少し深く掘り下げなければ使えません」


 ピエタリは三十半ばを過ぎたくらいの年齢だ。背はそれほど高くはないが、筋骨隆々で赤褐色の肌に眼光鋭い青い瞳でトゥーレを見上げていた。

 彼の後ろに控える者も違うのは瞳の色ぐらいで全員が赤黒く日焼けしている。潮焼けした赤褐色の肌はさすがにこの辺りではほとんど見ない。特にカモフでは日照時間が短いため肌は白い者がほとんどだ。

 ピエタリを筆頭とする彼らは、元々アルテ近郊で捕鯨を生業としていた海の男だった。彼の父ヘカテとザオラルは、キビキの乱の後に続く戦乱時に出会い、彼の操る船で戦ったことがある仲だ。

 当時村一番の銛撃ちとして活躍していたヘカテとザオラルは不思議と馬が合い、ヘカテがザオラルを招いて彼の家に泊まったこともあるくらいだ。その際、まだ幼かったピエタリはザオラルの膝の上に座り、父が語る捕鯨の話を一緒に聞いたことがあった。

 幾度となく共に戦場を駆けた二人の付き合いは、ザオラルがカモフに戻った後も変わらなかった。

 その後ヘカテが現役を退き一番銛をピエタリが継ぐと、ピエタリが父の代わりに戦場に出るようになった。そのため彼自身も従軍経験が豊富で戦場で船団を操った経験もあった。

 しかし数年前に彼らの村は記録的な不漁に見舞われた。それだけに留まらず不幸な遭難事故が重なり、多くの人命が失われてしまったのだ。

 事故が発生した当時、ピエタリらの捕鯨漁の主力を担う男たちは、徴兵に従い村を離れていて不在だった。彼らが村に戻った時には、代々乗り継いできた多くの舟も、未来へ紡いでいく若い漁師たちも全て失われてしまった後だった。

 その後ザオラルの誘いもあって、ピエタリは一族郎党二〇〇名を引き連れてザオラルを頼り、この春移り住んできたばかりだったのだ。


「港の完成が早いに越したことはないが、貴様はまだ仮住まいのままだと聞いたぞ。港や船を整えることも大事だが、今のままじゃ落ち着かないだろう?」


「我らは親方様にひとかたならぬご厚情を賜り、トゥーレ様には余所者の我らにこうして活躍の場を与えていただきました。お二方には返しきれぬ恩を賜っております。少しでもこの恩をお返しするまでは、我ら一同安穏とする訳にまいりません」


 大仰な言葉に思わずトゥーレが顔を引き攣らせるほどだが、ピエタリ一同彼らは至って真剣な様子で、誰も大袈裟な言葉だとは思っていない様子だ。


「気持ちはわかるが、少しくらい家族を大事にしても罰は当たるものでもないだろう?」


「お気遣いは有難いですが、これは我らの総意でございます故、どうかご容赦くださいませ」


「そうか、ならば無理強いはしないでおこう。だが無理はするなよ」


 さすがに一族の総意と言われれば引かざるを得ない。頑なな態度を崩さないピエタリに、トゥーレは苦笑いを浮かべながら頷くしかなかった。


「それで、いつ頃ものになりそうか?」


「港は最優先で進めてますので、遅くとも次の春には稼働できるでしょう」


 そう言ってピエタリは胸を張った。見れば彼が引き連れて来た漁師を含めて、彼に預けた人足の大半が港に投入されていた。今は砂が巻き上げられて茶色く濁っている湖に、首まで浸かりながら護岸用の石を積み上げている。

 沖の方では水をせき止める柵を打ち込む作業がおこなわれていた。柵が完成すれば、柵の中の水を抜いて湖底を掘り下げていくのだという。冬には作業がストップしてしまうため、それまでに急ピッチで作業をしているところだった。


「ほうそれは早いな。オレク、ルオに伝えておけ。春には物資搬入に港を使えそうだ」


「はっ! これで開発のペースが上がるでしょう」


 物資搬入の遅れはそのまま開発の遅れに直結する。春からは少しはルオの胃にかかる負担が軽減できそうだ。オレクはホッとしたような笑顔を見せて頷いた。


「それで、肝心の船はどうなっている?」


「あちらのドックで建造を進めています」


 そう言ってトゥーレの右手を指す。そちらを見れば、現在は木組みの足場が組まれているところだった。足場は三階建ての建物ほどの高さがある。

 稼働するドックはまだひとつしかないが、今後大型のドックがもうひとつと中型、小型の共通のドックが五つ、完成次第順次稼働させていく予定となっている。


「まだ建造にとりかかったばかりですので、進水できるのは来年の秋から冬、もしかしたら年が開けるかも知れません。艤装が完了するのは夏を過ぎたあたりでしょうか。それ以外となるともう少し掛かります。それでもルオ様のお陰で船大工の目途が立っております。二年後の秋には最低限は揃えることができるでしょう」


「そうか。ギリギリ間に合いそうだ。厳しいスケジュールは承知しているが、引き続きよろしく頼む」


「それでも操船訓練などを入れれば、時間があるとは言えませんがね」


 ある程度船の見通しが立ったことで胸を撫でおろすトゥーレに対して、ピエタリは練度に関しての不安を口にする。


「そこまで贅沢は言えんな。どうにもならなければ全面的に貴様たちに頼ることになるが、おそらくは攪乱が主任務となる筈だ。最低限手足となって動かせる船があればそれでいい」


 ドーグラスとの戦いで想定している主な戦いは陸戦なる予定だ。その場合、用意している軍船は攪乱や運搬が主任務となる。高度な連携が必要なほど練度を必要としないのだ。


「それでも旗艦だけは完成させて欲しいがな」


 最後に冗談めかしてそう付け加えたトゥーレは片目を瞑って笑うのだった。

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