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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第一章 都市伝説と呼ばれて
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6 再会

 街中で派手な決闘を演じてからひと月近く経っていた。

 あの日以来、ユーリは仲間を総動員して金髪の少年の行方を追っていたが、残念なことに少年の手がかりすら掴めていなかった。

 それほど大きな街でないにも関わらず、(いち)が終わるとパタリと少年の姿が見えなくなり、それどころか不思議な事に誰に尋ねても彼の素性すらも掴むことが出来なかったのだ。

 行商人に尋ねてみても、他の街では噂にすらなっていないらしく、この街を出たのかどうかすら分からない。


「まるで都市伝説を探してるみたいだ」


 とはオレクの言だ。サザンで広く噂になっている都市伝説、領主様の隠し子とも言われる存在するかどうかもわからない少年だ。これだけ探して見つからないとなれば、それに重ね合わせるのも分かる気がした。

 余りの手掛かりの無さにユーリ自身も、あの決闘は夢だったのではと考える事もあったが、胸の傷は現実だと訴えるように時折しくしくと痛んだ。


「やっぱりまだ冷てぇな」


「でも、この間よりましだぜ!」


「うわっ!」


「はははは、お前ぇ何やってんだよ! この間も転んでただろ?」


 少年の行方は依然として知れなかったが、今日ユーリたちは先日と同じ河原で魚取りに興じていた。

 ひと月前に比べれば随分と水温が上がり、先日のように長時間水に入っていても凍えてしまうという事はない。ただ水温が上がった分魚の動きは活発になっていて、魚に翻弄されて転ばされる者が続出し、前回以上に盛り上がりを見せていた。

 あの少年を探させてはいるものの、ユーリには捕まえて報復するという気持ちは薄かった。

 少年から突き付けられた言葉に、自分でもどうしたいのか答えが出ないままだが、単にもう一度会って話をしてみたいという漠然とした思いがあるだけだった。

 胸の傷は完治とはまだいかなかったが、普段の生活をする上では支障がないまでは回復している。しかし少年の言葉が痼りとなって、折れた肋骨の周りにへばり付いて離れないような気がしていた。考えないようにすればするほどその痼りは大きく重くなり、嫌でも考えさせられるのだ。


「冷てぇ!」


 水中に転んだ少年が、水を滴らせながら河原に上がってくる。


「お前、何やってんだよ」


「そうは言うが、今日の魚は手強くてさ」


 苦笑いを浮かべ上がってきた少年は、前回と同じように焚き火で暖を取りながら焼き上がってる魚に手を伸ばし、頭から齧り付いて舌鼓を打つ。


「旨っ!」


 春を迎え活発に餌を求め活動している魚は、ひと月前よりも脂がのって旨味が増している。


「あっ! てめえ! 自分では捕れてないくせに喰いやがった!」


「うっせぇよ。んなもん早い者勝ちだ!」


 そう(うそぶ)きながら二本目に手を伸ばす。


「ちょ、人数分まだ捕れてねぇんだぞ!」


 周りの苦情にも何処吹く風で、そのまま二本目に齧り付く。

 ユーリは焚き火に当たり、仲間の遣り取りを聞きながら笑顔を見せていた。

 いくら考えても靄の中に迷い込んだように考えは纏まらず、胸の痼りも相変わらず消えなかったが、気の置けない仲間達との遣り取りは、一瞬でもそれらを忘れる事ができた。


「楽しそうだな?」


 そんな時に不意に聞き慣れない声がした。

 視線を上げ川に目を移すが、誰も話し掛けてきた様子はない。

 『こっちだ』と言う声に何気なく振り返ったユーリは、雷に打たれたように全身が強張るのを感じた。


「お、お前は!?」


 思わず上擦った声が出る。

 あれだけ探しても、手掛かりすら見つけられなかった金髪の少年が、目の前にいたのだ。

 先日の街での派手な出で立ちと違って、濃い赤褐色のローブ姿に長革靴という地味な格好だ。ローブから覗くチュニックも濃灰色の地味な色で、着崩す事なく身に着けていた。

 どうやら狩りの帰りらしく、鞍の上に既に血抜きの処理をした鳥や兎などの獲物を満載した栗毛の馬の手綱を手にし、狩りに使ったのだろう一挺の鉄砲も無造作に獲物と一緒に載せられていた。


「俺にも一匹くれ」


 呆然とするユーリを尻目に、少年は人懐っこい笑顔を浮かべて焚き火に近付いてくる。今日は供を伴っておらず、たった一人だ。


「て、てめえ! おめおめとよく顔を出せたもんだな!」


 傍で魚を囓っていた仲間が、今にも掴み掛かろうとするのをユーリは何とか抑えた。だが、急に向き合うことになった少年への言葉が出てこない。

 思っても見なかったタイミングでの再会はもちろんだが、探していた確固たる理由が見つからなかったからだ。

 少年に気付いた仲間が、川から上がって続々と集まってくる。皆殺気だった目で少年を睨んでいた。

 やがて焚き火を挟むようにしてユーリたちと少年が向かい合った。

 少年が連れていた馬は、主人から離れすぎず近付きすぎない位置で、河原の草を食んでいる。ユーリたちが少年に襲い掛かったとしても、少年の方が一瞬早く飛び乗る事ができそうな絶妙な距離だ。

 彼らの間には緊張感とは裏腹に、場違いな魚の焼ける香ばしい匂いが辺りに漂い、匂いにつられて口の中に唾液が溢れてくる。


「旨そうだな」


 少年は彼らが発する殺気にも動じることなく、無造作に焚き火に近付くと焼けていた串を一本掴み取る。

 ちょうどいい具合の焼け具合に、周りの少年の何人かが生唾を飲み込んだ。

 少年は腰の瓢箪を取って栓を抜き、キラキラ光る砕かれた岩塩を川魚に振り掛けた。

 旨そうな匂いに誰かの腹が『ぐぅぅう』と鳴き、彼らの緊張感が少し緩む中、少年は瓢箪に栓をすると、旨そうに頭から魚に齧り付いた。


「お、おい、お前!」


 ユーリはそこで、ようやくそれだけを何とか絞り出した。


「ん? 食ったら駄目だったか?」


 少年はそう言いながらも悪びれた様子はなく、齧り付くのを止めない。緊張感を漲らせているユーリたちに対して、少年は街中と同じように飄々とした態度のままだ。

 しかしユーリたちにとっては、ひと月前に少年から向けられた殺気は、忘れようとも忘れられるものではない。目の前で無邪気に魚を囓る姿を見ても、緊張と恐怖は消えることはなく今すぐにでも逃げ出してしまいたかった。

 しかし、どれだけ探しても手がかりすら掴めなかった少年だ。この機会を逃せば二度と会えないかも知れない。

 ユーリは挫けそうになる心を励まし、震える足を一歩前に踏み出した。


「お、お前は・・・・」


 上擦った声で何とか振り絞ったものの、その次の言葉が出てこない。

 黒い靄が渦巻く頭の中で必死に言葉を探す。


「どうした? もう一度勝負してみるか?」


 笑顔を見せながら少年は意地悪そうな顔で尋ね、半分残っていた魚を串から引っこ抜き口に放り込む。もぐもぐと咀嚼しながら彼らを見回す。

 冗談めかした口調だが彼らにとっては、自分たちのリーダーが勝負にならなかった相手である。彼らのほとんどが顔を引き攣らせ、少年から目を逸らす。


「・・・・お前は、俺に目的があるのかを聞いたな?」


 ぐるぐると頭の中には混沌が渦巻いたままだったが、ぼんやりと輪郭のようなものが見えてきた気がした。

 ユーリはもう一歩踏み出す。


「どうだったかな?」


 相変わらず目の前の少年は、はぐらかすように答える。

 彼の態度や表情からは何を考えているのか一向に分からない。だが、食べ終わった串を焚き火にくべると、身体をユーリに向け彼に先を促しているようにも見える。

 ユーリは更に一歩少年に近づく。

 頭の中の輪郭が、よりはっきりしてきたように感じる。


「俺は・・・・、俺たちは、かつて(あな)で働いていた」


 自分でも思っても見なかった言葉に、自分自身が驚いていた。

 咄嗟に出た言葉だったが、何故だがひどく腑に落ちた気がした。しつこく纏わり付いていた黒い靄が晴れていくような感覚が広がっていく。

 一度出てしまえば、後は堰を切ったように言葉が溢れ出してきた。


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