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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第二章 巨星堕つ
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10 長い夜(4)

 少し時間を遡る。


 日が暮れ始め街の各所から炊煙が棚引く中、フォレスが俄に慌ただしくなった。

 オリヤンは傷の治療を受けながらも矢継ぎ早に指示を出していた。

 ラーシュやユッシにゼメクとの境界線への警戒を強めるよう指示を送り、レボルトにダニエルを差し向けて警戒に当たらせた。さらにヴィクトルには街の警護で各所を見回らせ、ヨウコには三〇〇騎を与えてガハラへと救出に向かわせようとしていた。


「頼むぞ!」


「お任せください。必ずやリーディアとトゥーレ殿を救出して参ります!」


 ヨウコは父の激励に応えると急ぎガハラへ向けて急行して行った。

 オリヤンの傷は深かったが、幸いにも内臓や動脈には達していなかった。縫合が終わってきつく巻かれた包帯からは血が滲み、オリヤン自身疲れを覚えていたが休んではいられない。

 怪我の処置が終わりひと通り指示を出し終えたオリヤンは、一人になった執務室で考え込む。

 彼は今回のエリアスの意図を考えていた。

 一連の事件がエリアスが語った通りだったとすれば、計画は余りにも杜撰(ずさん)すぎると言わざるを得ないのだ。

 単身で父の元に乗り込み、父を殺害あるいは無力化しフォレスを掌握する。

 掌握できるかどうかはともかくそこまではまだ理解できる。


「・・・・奴め、どうするつもりだった?」


 今回エリアスは、ほとんど単身といって差し支えないほどの少数で帰還していた。護衛は僅かに三〇騎だけだ。

 仮にオリヤンの無力化に成功していたとして、その後の行動はどうしていたのかがはっきりとしない。

 エリアスはガハラの後そのままカモフに攻め込むと語っていたが、奇襲とは言え僅か三〇騎ではカモフどころかフォレスですら制圧するのは不可能だ。運良く事が運んだとしてもダニエルが必死で抵抗するに違いなく、時間が経てば経つほど形成は悪化していくだろう。

 例え街を制圧できたとして、兵や兵站の準備もなくカモフへの遠征は不可能だ。

 本当にエリアスはクーデターを狙っていたのか。

 オリヤンを排除したところで、そのままウンダルの実権を握れるほど政治は甘いものではない。オリヤンと同時にダニエルを排除できればその可能性は高まるだろうが、それでも城内のほとんどが敵に回る可能性があるため難しいだろう。

 苛烈な性格のエリアスだったが、そのようなギャンブルに打って出るとも思えなかった。

 そうなると結論は自ずと導き出されてくる。


「このフォレスにエリアスの息がかかった者がいる・・・・か?」


 比較的冷めた思いで呟いたが、その可能性が高いだろうと確信していた。

 オリヤンの元には、表だってはいないものの現状に不満を抱えていたり、今回の同盟にはっきり反対の立場の者がいるとの報告が上がってきていた。そのような考えの者が密かにエリアスと繋がっているとしてもおかしくはない。

 クーデターが成功していれば、エリアスと同調して行動を起こす手筈になっていたとすれば・・・・。


「フォレスの制圧ぐらいは出来ていたか」


 現時点で、エリアスとの同調勢力は確認できていない。しかし確認できないからといっていないと考えるのは短絡的だ。


「まったく、厄介なことになりそうだ」


 事の重大さを考えれば今夜の件を公表し、その上でエリアスを処分するのが一番だが、オリヤンは彼を処刑することを躊躇っていた。


「・・・・ふぅ」


 窓からガハラの方角を見つめ、溜息をひとつ吐く。

 ガハラには側勤めや使用人を含めても三〇〇名もいない。さらに戦闘員に限れば一〇〇名足らずだ。それだけの数であの広い城域は守ることはできない。

 万全を期すならばもう少しヨウコに兵を付けておけば良かったとも思うが、数よりも速度を優先したため仕方がなかった。


「間に合えばいいが・・・・」


 オリヤンは知らず知らずに祈るような言葉を吐き出していた。




 幸いなことにそれから程なくして、二人を保護したとの連絡がヨウコよりもたらされた。


「そうか・・・・」


 その報告を受けたオリヤンは、ホッとしたように一言だけ呟いた。

 トゥーレらがフォレスへと戻ってきたのは、空が白み始めた明け方近くのことだ。彼らの無事を喜んだオリヤンは、トゥーレらを広間に集めて彼らの無事を喜ぶと共に警備の不備を謝罪した。そしてガハラでの報告をひと通り受けた後、昨夜フォレスで起きた出来事を語った。


「エリアス兄様がお父様を・・・・」


 リーディアにとっては倍以上歳が離れ、物心がつく頃にはすでにフォレスを離れていたこともあり、また血の繋がりもないため決して親しい間柄ではない。とはいえそんな人物でも兄に変わりなく、その兄が父親を殺そうとしたという事実にショックを隠しきれず、疲れが色濃く残る青い顔をさらに青ざめさせた。


「それで、エリアス兄様はどうされたのですか?」


 今にも倒れそうな顔をしながら気丈にもリーディアが自らを奮い立たせるように尋ねる。


「今は地下牢に収容している」


「兄上の処遇はどうなりますか?」


 詰問するように強い調子で口を開いたのはヨウコだ。だが彼が強い口調でオリヤンに迫る者の、彼は押し黙ったまま口を開かなかった。




「こればかりはオリヤン様次第だな・・・・」


 オリヤンとの面会が終わって、トゥーレはシルベストルや側近を引き連れて部屋へと戻ってきた。エリアスの処分に対してヨウコがその後オリヤンに詰め寄るように迫っていたが、エリアスの処分は何も決まらぬままだった。

 事情が分からなかったユーリたち側近に対して、シルベストルがその重い口を開いた。


 七人いるオリヤンの子の中で、正妻のインドラが産んだのがエリアスだった。彼女はオリヤンをミラー騎士に任命した当時のアルテミラ王シグフリッドの娘だ。

 王は当時から最強と名高かったオリヤンの能力や人柄に惚れ込み、自らの娘を嫁がせたのだ。またオリヤンとインドラの仲も睦まじく、ほどなくしてエリアスを授かった。

 しかしキビキの大乱を経てミラー騎士を返上し、アルテを離れることを決断したオリヤンに対し、インドラはアルテミラを離れることを嫌がりアルテに残る決断をした。二人は離縁こそしなかったが、オリヤンはインドラをアルテに残したままエリアスを伴ってフォレスに戻ったのだった。

 幼い頃のエリアスは身体は父に似て大きかったが、気が弱く大人しい子供だった。そのため厳しい父よりも優しかった母が大好きでよく甘えている子だった。フォレスに来た当初は寂しくて一人塞ぎ込むことが多かったが、当時は父と子の関係はそこまで悪くはなかった。

 その関係が悪化したのは、数年後にインドラが病に倒れこの世を去ったとの知らせが届いてからだ。

 当時のオリヤンは側室としてシャルロタを娶り、その腹の中にはダニエルを身籠もっていた。また間の悪いことに、周辺の勢力との小競り合いが激化していた時期でフォレスを離れることが出来ず、インドラの葬儀に出席できなかったのだ。

 だが幼いエリアスの目には、その行為は大好きな母に対する裏切りと映った。それ以降、目に見えて父に対する反抗が目立つようになっていく。


「周辺との関係もそうだが、オリヤン様自身もウンダルの領主を継いでまだ日が浅く、葬儀に出席したくてもできなかったというのが真相なのだが、オリヤン殿はそうとらえることができなかったのであろう。ダニエル殿が幼い頃には、親の敵のような目でダニエル殿を睨み、暴力を振るわれていたのを記憶しておる。エリアス殿にとっては腹違いの弟妹もその恨みの対象なのでしょうな」


「それでも今回の件では、エリアス殿は処刑とまではいかないだろう」


「何か理由が?」


「ああ見えてオリヤン様がエリアス殿の能力を高く評価していることもあるが、一番の問題はエリアス殿自身が王家の血を引いているからだ」


 トゥーレに告げられた言葉にユーリは息を飲んだ。

 現在では代替わりが進みシグフリッド王の直系ではなくなっているため、継承順位は下がっているが、万が一にも巡ってこないとも限らない。

 またシグフリッドの血を引くエリアスを処刑すれば、権謀術数に長ける傀儡王朝にとって格好の餌食となり、王家に対する反逆と捉えられてもおかしくはなかった。

 なぜならアルテミラの食料庫と呼ばれる大穀倉地帯を有するウンダルは、勢力拡張を狙う各勢力にとっては、カモフと並んで是非とも手に入れておきたい土地なのだ。


「同盟締結後、せっかく落ち着いた情勢だ。それを自分の手でひっくり返すような原因を作り出すことは避けたいだろう」


 今やエリアスの存在はストランド家のみならず、トゥーレらカモフ陣営にとっても扱いに困る大きな痼りとなっていたのである。


「さて、そろそろ寝かせてくれ。少し疲れた」


「そうですな、昼食までお休みになってください。トゥーレ様は私の護衛騎士が守るので、皆も少し休まれよ」


 すでに窓の外が白んできていた。

 張り詰めていた糸を解きほぐすように、右肩を回しながらふらりと立ち上がったトゥーレはベッドに向かう。疲れからか心なしか顔色も悪い。

 その様子を見たシルベストルが側近たちにも休むように伝え、ようやく彼等の長い夜が終わったのだった。


長かった逃避行もようやく終わりです。

次回はトゥーレが倒れます。

犯人はまさかのユーリとオレク!?

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