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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第二章 巨星堕つ
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9 長い夜(3)

「残念ですが私は主を裏切ることはできません」


 アレシュがそう言って拒絶の意思を伝えると、リーズスは一瞬何を言われたのか分からなかったらしくポカンとした表情を浮かべた。次いで言葉の意味を理解すると沸騰したように真っ赤な顔になり激高する。


「き、貴様ぁ! 裏切るのか!?」


「おかしな事を仰います。裏切るも何も元より私の主は、リーディア様であって貴卿ではございません」


「おのれっ! 許さぬぞ!! ユディタ様がどうなってもいいのだな!」


 淡々と事実を述べたアレシュに対し、地団駄を踏んで悔しがったリーズスが右手をさっと振り上げた。すると左右に開いていた部下が一斉に鉄砲を構える。


「主とともにここで死ぬがいい!」


「簡単に殺られる訳にはいかんな! アレシュ殿、目を潰れ!」


 リーズスが腕を振り下ろそうとした瞬間、いつの間にか遮光器を着けたトゥーレがそう叫びながら地面に向かって淡い金色に輝く魔光石を投げつけた。


―――カッ!


 着弾した瞬間、魔光石を中心に辺りに暴力的な青白い光が爆ぜた。

 リーズスの騎馬が驚いて竿立ちとなって主人を振り落とすと、無人のまま闇の中へと駆けていく。


「がぁぁっ、め、目がぁ!」


 発光していたのは一秒に満たない刹那の時間だが、照準を付け射撃体勢になっていた者には効果抜群だった。リーズスを含めて射撃手たちが目を抑えて悶絶していた。


「姫! ここは俺達で食い止める。走れっ!」


 遮光器を外しヤミヅキから飛び降りると、抜剣しながらリーディアに叫んだ。


「リーディア様を頼む!」


 アレシュも残った護衛にリーディアを護るように命じると馬を飛び降りていた。


「で、でも、トゥーレ様は!?」


 遮光器を外したリーディアが戸惑った声を上げる。


「心配するな! 後で会おう!」


 振り向いてリーディアに笑いかけたときには、すでに左端の兵士を倒し二人目を相手にしていた。少し反応が遅れたアレシュはようやく右の兵士に斬りかかるところだった。


「貴様ぁ! よくも! リーディアを逃がすな! 撃てっ! 撃てぇ!」


 二人目を切り伏せたところで、落馬から起き上がったリーズスが、残っている兵にリーディアを狙撃するよう狂ったように命じる。視力はまだ回復していない様子で目を覆ったままだ。


「姫っ! 早く!」


「くっ! 頼みます!」


 苦しげな表情を浮かべたリーディアが、後ろ髪を引かれる思いでホシアカリに拍車を当てる。

 ここで迷いを見せ留まることでトゥーレやアレシュの行為を無駄にすることだというのが痛いほど解っていた。だから『ご無事で!』という言葉をぐっと飲み込むと、ただ『頼みます』とだけ告げた。


「ちっ! 姫様っ!?」


 残る敵を視界に捉えたアレシュは背筋が凍る思いでリーディアの名を叫んだ。

 魔光石のダメージから立ち直っていないものの、狙撃手の一人が目を瞑りながら銃を構えていた。もちろん標的はリーディアだが、兵は蹄の音を頼りに狙いを付けていたのだ。


「間に合えっ・・・・」


 必死で手足を動かすが、焦る気持ちとは裏腹に身体が思う以上にゆっくりとしか動かない。

 絶望の表情を浮かべていたのはアレシュだけではなかった。馬上のリーディアからもその兵士の姿ははっきりと捉えられた。


『殺られる・・・・』


 当てずっぽうに向けられたとはいえ凶悪な銃口は彼女自身に確実に向けられていた。

 リーディアは青緑の瞳を見開く。向けられる殺意に全身が粟立った。


「させるか!」


 撃鉄が落とされようとする瞬間、トゥーレが両手を広げて射線上に割り込んだ。


―――ターーン


 乾いた銃声が響いたが、その銃弾はリーディアを掠めもしなかった。


「ぐっ・・・・!」


 至近距離で放たれた銃弾は、トゥーレの左肩付近を抉り鮮血を飛び散らせていた。

 思わず蹈鞴(たたら)を踏んだトゥーレは、堪えきれずに膝を突く。


「トゥーレ様!」


「俺に構わず行けっ!」


 悲鳴を上げるリーディアに鬼気迫る表情でトゥーレが怒鳴る。

 トゥーレは直ぐに立ち上がると、次弾を装填していた敵兵に突進するように突っ込むと素早く討ち取った。


「くそっ! 行かさんぞ!」


 リーディアの眼前に今度はリーズスが立ちはだかる。

 アレシュが彼女に付けた護衛は少し遅れてまだ彼女とは距離があるため、リーズスと対峙するのは必然的にリーディアとなる。


「くっ!」


 リーディアは一瞬手綱を引くが、それにトゥーレの叫ぶ声が重なった。


「ホシアカリを信じてそのまま走れっ!」


 彼女は顎を引くと無意識に腰に差した短剣を引き抜く。リーズスを睨みながら拍車を馬の腹に強く押し当ててホシアカリを加速させていく。

 両者の距離が急速に縮まり、リーズスがハルバードを上段に構える。


「死ねい!」


 だが、ビュンと空気を切り裂いて振り下ろされたハルバードは空を切った。

 驚く彼の上を羽が生えたかのようにホシアカリが跳んでいた。

 ありえない跳躍を見せられ信じられない思いで慌てて振り返るリーズス。だが振り返ったときには彼女を乗せたホシアカリは、すでに闇に溶け込もうとしていた。


「なっ! 馬鹿な!?」


 呆然と立ち尽くす彼に、キラリと鈍色に煌めく物体が飛んできて右の太股に突き刺さる。


「ぐぁあああ!」


 すれ違いざまリーディアが投げた短剣が、見事リーズスを捉えていたのだ。リーズスは短剣を無造作に引き抜くと地面に叩きつけて悔しがる。


「くっそう! あの小むす・・・・」


 だが彼の悪態は最後まで吐き出されることなく途中で遮られた。恐らくは何が起こったのか永遠に解らず仕舞いだろう。

 一瞬の後ゆっくりとリーズスの首が滑るようにずり落ち噴水のように血飛沫が上がる。一拍遅れて首を追うように身体がゆっくりと倒れていった。身体からは間欠泉のように血が噴き出したままだ。その血だまりに自らの首が沈んでいった。

 後には剣を振り抜いた残心の姿を残したトゥーレの姿があった。


「トゥーレ様。大丈夫ですか?」


 駆け寄ってきたアレシュが手早くトゥーレの傷の手当てを始める。

 チュニックの袖を切り落として確認する。幸いにも弾丸は抜けていたが左の二の腕が大きく抉られていた。


「これは! 何て無茶をされるんですか? 敵の前に身体を投げ出されたときは身が縮む思いでしたよ」


 溜息を吐きながら呆れた様に言葉を零す。


「すまない。あのときは姫を守らなきゃってそれだけだったよ。身体のどこかに当たれと必死だったんだ」


 指で頬を掻きながら照れたように呟く。

 アレシュの目の前で笑っている青年が、先ほど奮迅の働きを見せた人物と同一とはとても思えない。


「姫様も大事ですが、トゥーレ様の方こそ代わりがいません。どうか無茶だけはしないでください。」


 彼の主人であるリーディアはもちろん大事な主であるが、トゥーレは将来のカモフ領主という立場だ。軽々しく命を投げ出すような行為は慎むべきだった。

 アレシュは呆れるような怒ったような口調でそう諭しながら傷口をきつく縛っていく。


「うぐっ! ちょ、もうちょっと緩めてくれると助かる」


「無茶をした罰です。我慢してください!」


 珍しく泣き言を言うトゥーレにアレシュは呆れながらも淡々と止血を続けた。


「しばらくは左腕は使えないでしょうが、傷が思ったより綺麗で安心しました。・・・・それと、姫様を守っていただきありがとう存じます」


 応急処置がすむと、アレシュは身を挺してリーディアを守ってくれたことに対して感謝を述べた。


「気にするな。俺も礼を言わなければな」


「えっ?」


「貴殿がリーディアの護衛騎士で本当に良かった。これからも姫を頼む」


 そう言ってトゥーレはアレシュに対して頭を下げたのだ。

 フォレスに戻れば彼はおそらく罰を免れないはずだ。アレシュのはっきりしない態度が、彼らを危機に陥れたことに違いはない。

 しかし予想以上に相手も手練れだった。トゥーレたちもほぼ単騎で脱出するはめに陥ったのだ。もっと早めに襲撃を知っていても対応するのは難しかっただろう。

 逆に襲撃情報があったからこそギリギリで逃れることができたともいえる。アレシュに対してトゥーレは最大限の感謝を伝えたのだった。


「トゥーレ様・・・・。このアレシュ、身命に変えてもリーディア姫様をお守り致します」


 目頭を熱くしたアレシュが嗚咽を漏らしながら肩を振るわせた。


「さ、姫を追うぞ! 心細い思いをしてるだろうからな」


「はい。行きましょう!」




 二人は馬を連れ戻すと再び馬上へと上がり、ゆっくりとフォレスへの帰路を進めていく。

 一時間ほど経ち、丘陵地から遠くにフォレスの街明かりが見えるとようやく人心地を吐いた。街の周囲には多くの松明の明かりが点り、三〇〇ほどの松明の明かりがこちらに向かってくるのが見えた。

 しばらく進むと後方からも馬蹄の音が響いてくる。それも十騎どころではなく、暗闇の中を何かを追い立てるかのような速度でだ。


「追っ手か?」


「・・・・」


 トゥーレらは無言で頷くと、街道を逸れて田畑の中に身を潜めた。

 やがて闇の中から騎馬の集団が現れる。

 その集団の先頭を進む者の姿を認めると、トゥーレは安心したように立ち上がり叫んだ。


「ユーリ!」


「トゥーレ様!」


 集団も彼の姿に気が付いたようで、ホッとしたように速度を緩めた。

 ユーリが安心したように近付いてきた。


「皆も無事だったか!?」


 ユーリやルーベルトの顔が見える。身体中傷だらけのオレクも笑顔を見せていた。


「残念ながら数名やられましたが私たちは何とか無事です。トゥーレ様こそご無事で何よりでした。アレシュ殿も。それでリーディア姫様は?」


 リーディアが居ないことに心配そうな表情を浮かべるが、次のトゥーレの言葉に大きく息を吐いた。


「先に行かせた。恐らく無事だろう」


 そう言って振り返った暗闇の先から、松明の明かりが近付いてきていた。

 一瞬警戒したユーリたちだったが、先頭を駆けてくる少女の姿に警戒を解く。


「トゥーレ様っ!」


 リーディアはホシアカリから飛び降りると真っ直ぐトゥーレの胸に飛び込んだ。


「うっ・・・・」


 その勢いに傷口が圧迫されたトゥーレは思わず呻き声を上げる。

 そんなトゥーレに構わず抱きついたリーディアは顔を胸に埋めしばらくの間嗚咽を漏らしていた。

 彼女が最後にトゥーレを見た光景が銃撃を受け負傷した姿だ。ヨウコ率いる彼らの救出部隊と無事に合流できたとはいえ、拭いきれなかった不安があったのだ。

 トゥーレの無事を確認した彼女は言葉にならない言葉を吐き出し、彼の胸を涙で濡らすのだった。


「・・・・リーディアが無事でよかった」


 痛いほどのリーディアの気持ちを受け止めたトゥーレは、彼女の震える肩を抱きしめ小さく呟いた。だがその言葉を聞いたリーディアはガバッと身を離し、目を吊り上げて腰に手を当てると、呆気にとられるトゥーレを睨んだ。


「それはこちらの台詞ですわ! わたくしがどれほど心配したかおわかりですか? 銃口の前に身体を投げ出すなんて無茶、二度としないでくださいませ!」


「あ、ああ・・・・分かった。二度としない」


「・・・・本当ですね?」


 リーディアの剣幕に戸惑ったように言葉を発したトゥーレだったが、彼女はそれでも安心できないのかジトッとした疑いの眼差しを向ける。


「もちろんだ。約束する」


 トゥーレがそう約束すると彼女はようやく表情を柔らかくし、もう一度胸に顔を埋めるのだった。

トゥーレ「今回はマジでヤバかった」

オレク「・・・・」

トゥーレ「どうした?」

オレク「何時になったら襲撃はなくなるのでしょうか?」

トゥーレ「相手に言ってくれ」

ユーリ「都市伝説に戻ればなくなるんじゃないですか?」

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