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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第一章 都市伝説と呼ばれて
34/204

34 エン砦

ラブコメから戦場へ!

 カモフとウンダルの間で正式に同盟が結ばれたのは、春分を過ぎて新しい年を迎えて直ぐのことだ。

 お互いに『元』という冠が付くとはいえ、ミラーの騎士に名を連ねた者同士の同盟締結という史上初のニュースは、驚きとともに王国内に瞬く間に広がっていった。そしてそれは、ザオラルが想定した以上の効果を生みだした。

 ポー制圧のため、ポラークの軍勢と対峙していたストール軍はでは、ダフやンバイというドーグラスの支配がまだまだ安定しているとはいえない地域で、住民の蜂起が相次ぐこととなる。そのためストール軍はポラークの本拠を目前にしながら兵を引かざるを得ない状況へと陥ってしまった。

 これにより早ければこの年の夏頃と見られていたカモフへの侵攻が白紙となり、ザオラルは望んでいた貴重な時間を手に入れることができたのであった。

 それはウンダル陣営でも同様だ。

 グスタフとの小競り合いを様子見していた周辺の小勢力から同盟や共闘の申し出が来るようになり、こちらもグスタフに対する有効な牽制となっていた。

 王都からは予想通り同盟締結に対する説明と撤回を求める使者が訪れたが、その違反に対して実力行使に出る手段が王国にはなく、両陣営の同盟は実質的に黙認された。

 一時的とはいえ安定した情勢を手に入れたザオラルは、春の市が終わると直ぐに奪われたままのエン砦奪還に向けた軍事作戦の準備に入っていた。

 エン砦はその地形のためカモフ側にとっては難攻不落といってよく、砦奪還のため攻勢をかけてもトルスター軍の被害ばかりが増えていくという悪循環に陥っていた。そのためザオラルは一旦砦の奪還を諦め、砦を包囲するように四つの砦を配置して防御を固め監視の強化をおこなっていた。

 入念な準備を整えた上で、満を持してエン奪還に動いたのは、夏の市が近付いた少々蒸し暑い日の早朝である。

 兵力約三五〇〇名。現状のカモフの総力を上げての奪還作戦であった。

 軍勢は砦へと続く葛折りとなった登山道にザオラル率いる主力部隊三〇〇〇名を配置、残りの五〇〇名をトゥーレが率い、周りの四つの砦に分散して着陣した。

 峠に築かれたエンの砦は、ストール軍によって防御に特化した堅牢な砦へと造り替えられていた。高さ十メートルにもなる城壁でV字に開いた岩壁の裂け目に蓋をするような造りとなっていた。

 壁面の中央に設けられた扉は、内側からしか開くことができない跳ね上げ式の扉となっていて、攻め手の行く手を文字通り壁となって阻んでいた。

 さらに城壁の上には回廊が設けられ、接近する者には容赦なく銃弾の雨が降り注ぎ、それをかいくぐって城壁に取り付いたとしても焼いた石や熱湯が降り注ぐ。

 城壁は丸太を組んだだけの木製だったがカモフ側から見上げる威容は、砦と言うよりも正に壁と言っていいほどの威圧感を備えていた。

 正面に陣取ったトルスター軍は、これまでと違って射程ギリギリから盛んに鉄砲を撃ちかけるのみで、不用意に砦に近付いていかなかった。

 砦からの攻撃に倒れる者が出るが、前面に鉄製の大楯を展開しているため被害はそれほど出ていない。しかしこの距離からの射撃では、撃ち下ろすストール軍の方が遙かに有利で、こちらからの攻撃では壁の表面を僅かに削りはするが壁の破壊には至らず有効性のある攻撃とはなっていない。

 だが今回は千挺揃えた鉄砲から間断なく放たれる圧倒的な火力によって、砦からの組織だった反撃を封じることには成功していた。


「ええい、ザオラルめ! 流石に力攻めでは来ないか」


 砦の守備を任されたデモルバ・オグビスは、正面に陣取ったトルスター軍が近寄ってこないことに業を煮やしていた。

 ドーグラス・ストールより直々にエン砦防衛を命じられた彼は、槍使いとして戦場では知られた存在だった。

 まだ三十路を越えたばかりと若いが、ストール家に古くから仕える家系でドーグラスからの信頼も厚かった。

 本来であれば辺境のこのような地の守備を任せるような人物ではないが、カモフ攻略への橋頭堡を確保したいドーグラスは、ザオラルに対抗できる騎士として数多いる騎士の中からデモルバを抜擢したのだ。

 彼は本来は守りよりも攻めを好む騎士であるが、音に聞こえたザオラルと刃を交える絶好の機会と二つ返事で拝命したのであった。

 ここで期待に応えることができれば、後のカモフ侵攻の際には先鋒の名誉を賜ることが実現する可能性も出てくるのだ。


「反撃は?」


「ほとんど効果を上げられていません」


 前回までは砦に取り付こうとする相手に対して、回廊から投石や熱湯で充分な効果を上げることができていたが、主力で寄せてきた今回は逆に近付こうともせず、鉄砲での射撃をおこなうのみだ。

 デモルバは櫓の上から動きをみせないトルスター軍を見下ろし、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 険しい登山道のような街道を堰き止める形で築いた砦は、守りに徹する上では無類の頑強さを誇るが、攻撃手段は楼上からの射撃や投石に頼っていた。しかしこの街道の幅が二十メートル程しかなく、壁面上に回廊を作っているとはいえ一度に攻撃できる人数は精々数十名程度だ。そのため攻め寄せない相手を前にすると、火力という点では圧倒的に不足していたのだ。


「デモルバ様、撃って出ましょう!」


 傍に控えている若い騎士が攻撃に出ることを進言する。

 周りの顔も同じような意見なのだろう。決意の籠もった目で頷いていた。

 彼等に言われるまでもなく、先ほどからデモルバは撃って出たい衝動に駆られていた。

 元より攻撃を好む性格だ。何より相手の陣中にはあのザオラル・トルスターがいるのだ。退団したとはいえ、ミラーの騎士と手合わせできる機会などそうそうあるものではなかったからだ。

 だが、ひたすら射撃を繰り返すトルスター軍は、デモルバが痺れを切らして撃って出てくるのを待っているのは、火を見るよりも明らかだ。

 誘いに乗って撃って出れば、登山道を下る勢いのままザオラルのいる本陣まで肉薄できることだろう。しかし相手の誘いに乗る以上、こちらの勢いを殺すような罠があるのは明白だ。勢いに乗っている間はよいが、進軍を阻まれれば今度は急峻な登山道に追い立てられることになるのは自分たちなのだ。

 デモルバはドーグラスから砦の死守を厳命されている。そのために砦は防御に徹した造りにしていた。

 このまま守備を固めておけば、お互いに攻め手を欠く両者では勝敗はつかず、弾薬が尽きたトルスター軍は引き上げるしかないのだ。


「駄目だ。殿下からこの砦を死守せよとのご命令だ。敵の弾薬は長くは保たないはず。このまま守っていれば我らの勝ちだ!」


 自らに言い聞かせるように騎士達を諭すが、力一杯握り込まれたデモルバの拳は色が白く変色し、爪が深く皮膚に食い込んでいた。

次回、残念ルーベルトの思わぬ活躍。

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