27 第二次タカマの戦い(2)
連合軍がタカマへと移動したのは翌日早朝の事だ。
ウンダル正規軍を先頭に行軍し、トゥーレとリーディアの二人は軍勢の中団を轡を並べて歩を進めていた。
「緊張しているのかい?」
周りに大勢の目があった昨夜と違い、今二人の周りには彼らの護衛がいるだけだ。そのためトゥーレの口調も昨夜からは気安い言葉に変わり、リーディアを気遣うものとなっていた。
「ええ、多少は。でもそれ以上にトゥーレ様と肩を並べて戦える事ができると思うと嬉しく存じます」
リーディアは幼い頃から父と共に戦いたいと願っていたが、最後までそれは叶わなかった。
以前のタカマからの脱出行もそうだが、先のフォレスでの戦いでは初めて戦場に立つも、最後まで何もできずにザオラルやトゥーレに守られていただけだった。
しかし今回は長年の希望が叶って、トゥーレとは同志として初めて戦場に立つ。
緊張よりも共に戦場に立てる事が嬉しかったのだ。
「俺も嬉しいよ。ただ心配も同居した何ともいえない複雑な気持ちだ」
そう言ってトゥーレは苦笑を浮かべた。
リーディアが機嫌を損ねるため流石に口にはできないが、より正確な気持ちを表すならば、娘のデビュタントを見守る親の気持ちと言うべきだろうか。
とにかく内心ではそんなことを考えていたトゥーレだった。
ガハラからタカマ高原は目と鼻の先だ。それほど時間がかかることなく、連合軍はタカマ高原に入った。
「なるほど、事前に聞いていた通り思った以上に起伏がありますな」
タカマ高原を一目見たクラウスがそう感想を零し、ヘルベルトやケビもそれに同調するように頷いている。
全体的に牧草となるマメ科やイネ科の植物が自生している広大な高原地帯だが、均一になだらかではなく所々にうねるように起伏の激しい箇所があり黒い岩肌も露出している。
「これは二手に分けるしかなさそうですね」
「それを望んでいるような敵の配置でもありますな。さて、いかが致しますか?」
起伏の形状によりこちらの攻め手が限定されるような敵陣の配置だ。
アダルベルトの意見に同意したデモルバが腕組みをしながら振り向いた。
反乱軍はおよそ一三〇〇〇名を二手に分けてすでに配置が完了している。
こちらが布陣するのを待つつもりなのか、すぐに動きだすことはなさそうだ。とはいえいつまでも待ってはくれないだろう。
「わたくしたちが右翼を相手させていただきます。皆様方におかれましては左翼をお願いいたしたく存じます」
一瞬の沈黙を突いてリーディアの凜とした声が響いた。
すでに同意済みなのだろう。傍に立つイザークやアレシュらに動揺はなく黙ったままだ。
「それは正規軍だけで大丈夫だということか?」
「もちろんでございます。我々の戦力だけで右翼は支えてご覧にいれましょう」
トゥーレの念を押すような問いかけにもリーディアの態度は変わらなかった。
しばらく見つめ合った二人だが、最後は根負けしたようにトゥーレが息を吐いた。
「わかった。リーディア閣下の案でいこう、右翼は正規軍に任せる」
「ありがとう存じます。必ず我が兄ヴィクトルを討ち取ってご覧にいれましょう」
そう言ってリーディアはニッコリと微笑んだ。
彼女が言ったように敵の右翼側に陣を構えていたのは兄であるヴィクトルだった。
そのリーディア率いる正規軍二五〇〇名に対して、対面のヴィクトルは倍の五〇〇〇名で布陣していた。
ヴィクトルは正面に布陣したのがリーディアだという事を知ると嘲笑するのだった。
「まさかあのリーディアが相手とはな。俺も舐められたものだ。だが騎士の真似事をしていたあの妹が今は亡命政府軍とかいう巫山戯た組織の盟主とはな。お飾りとはいえ今では奴がウンダルの正規軍の大将とは何かの冗談のようだ。その細首を刎ねてトゥーレの前に無様に晒してくれる!」
そう意気込むと自ら軍の先頭に立つと陣に前進を命じた。
一方左翼を任されているユッシとフベルトの二人の前には、トルスター軍が陣を構えていた。
「リーディア姫様でないのは残念だが、金髪の小倅を討てば逆にカモフを手に入れる事もできる。オモロウではいいようにやられたが地に足を付けての戦いでは我々が最強だ」
「いかにも。奴を討てばエリアス様からの評価も高まる。どのみち我らには勝ち続けるしか道はない。逆賊という不名誉な呼び名も勝ち続けていれば正規軍へと変わるだろうよ」
二人は前方に布陣したトルスター軍を睨みながら出陣の指示を出す。逆賊となった彼らには、勝利し続けるしか生き残る道は残されていないのだ。
ある意味悲壮感を漂わせながら二人はそれぞれ兵を率いて動き始めるのだった。
「さて、ようやく我々の出番だ! ここまでの戦いでは左翼大隊の活躍によって念願だったウンダルの地への上陸を果たす事ができた。ここからは我々右翼大隊の番だ。相手はかつてウンダル四天王と呼ばれ恐れられた相手だ。だがドーグラスを討った我々ならば必ず打ち破る事ができるだろう! よいな、ここからは我々の力をトゥーレ様に見せ付ける番だ!」
これまでは左翼大隊ばかりが活躍していたため期するものがあったのだろう。演説は自然と熱が籠もったものとなり、クラウスは拳を振り上げながら兵の士気を高めていった。
『応っ!!!』
クラウスの檄に右翼大隊は喚声で応えた。
因みにあかぐみ、しろぐみとは、《《赤》》地の隊旗を使っている左翼大隊と《《白》》地の右翼大隊とそれぞれの隊旗の色から呼ぶようになった名だ。
元々は右翼大隊の一部の兵たちが呼んでいたのだが、今では大隊内でその呼び名が定着しているのだった。
「エリアスとヴィクトルの不和は聞こえてきていたが、どうやら敵の陣営は思った以上にガタガタなのかも知れんな」
「ガタガタ!? ですか?」
布陣を整えていく様を眺めながら、トゥーレは傍に立つユーリにボソリと呟く。
その言葉に目の前の敵軍勢を凝視したユーリだったが、トゥーレの言うような雰囲気を感じる事はできなかった。
「何だ、その胡散臭そうな目は?」
「え、だって目の前の軍勢は整然と動いているじゃないですか。理由を伺ってもよろしいですか?」
「それはこの戦いの間に自分の目で確かめろ!」
ユーリの質問を、トゥーレは意外にも突き放すような態度を取った。
「マジすか!?」
「右翼大隊はおそらく全員分かっているぞ。多分リーディアも気づいている筈だ。お前もそろそろそういう感覚も養っておいた方がいい」
そう言って前方に目を向けるのだった。
その先では両軍がおよそ数百メートルの距離で睨み合っていた。
徐々に緊張感が高まり、同時に高原がシンと静まり返っていく。
やがて、どちらからともなく進軍の命令が下され、両者はタカマ高原中央でぶつかるのだった。




