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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第四章 伝説のはじまり
199/204

23 オモロウ海戦(4)

「ようやくか、思っていたよりしぶとかったな」


 敵船を睨んでいたピエタリがそう呟いた。

 海戦が始まってから一時間近く経ち、漕ぎ手の疲れからガレー船の動きが目に見えて鈍くなってきていた。

 ガレー船は機動力が自慢の船だが、その機動力は人力に頼っているため長時間戦えないという致命的な欠点があった。

 ヴィクトルはその弱点を補うため、櫂一本につき五名一組で漕手を編成し、常に三名で櫂を漕ぎ二名を待機させ、随時交代させながら戦闘時間の延長をはかっていた。しかしいくら交代要員がいたとしても長時間全力機動していれば体力の回復も覚束(おぼつか)なくなる。現にジャンヌ・ダルクに損傷を与える事ができたものの沈めるまでには至らず、接舷しての白兵戦に持ち込む事すら叶わなかった。

 機動力が失われてしまえばガレー船に勝ち目はなかった。

 特にジャンヌ・ダルクの右舷側に展開していた船は顕著だった。櫂を必死に漕いでいるが、統制が取れなくなっており動きがバラバラだった。あれでは効率よく水面を搔く事はできないだろう。


「ようし、皆よく(こら)えた。ここからは我らの時間だ!

 まずは右舷の船から仕留めるぞ! 大砲の準備は出来ているな?」


 ピエタリは反転攻勢に出る事を宣言し、それを聞いた水兵らが(にわか)に活気づいた。

 ここまで集中的に狙われていたジャンヌ・ダルクには多くの火矢が刺さり、いまだに火が点いたままの矢がいくつもあった。それでも致命的なダメージは皆無で、肝心の機動力も健在だった。

 舵を切って右舷のガレー船に近付いていく。


「くっ、来るなぁぁぁ!!」


 恐怖に顔を引き攣らせた兵が狂ったように矢を放つが、焦りのためかジャンヌ・ダルクには届かず全て手前に落水してしまう。


「よし外すなよ、撃てぇ!」


 満を持したようにピエタリの号令が響き、右舷の大魔砲が火を噴いた。

 オレンジの尾を引きながらまるでスローモーションのような魔砲弾がガレー船へと吸い込まれていく。


――ドゥオオォォォォン


 それでも三発中で命中したのは僅か一発だったが、船体中央に着弾した魔法弾が甲板で火球が開き、メインマストを根元からポッキリと折った。

 さらに船のすぐ傍に着弾した魔砲弾が水蒸気爆発を引き起こし、その余波をまともに受けたガレー戦は抵抗する間もなく転覆した。

 さらにジャンヌ・ダルクの左舷側でもブブリナ・ラスカリナからの砲撃によって、ガレー船が炎を上げていた。

 甲板の兵らが炎を避けて川へと飛び込んでいくが、漕手たちはそうはいかない。炎と煙に巻かれて地獄の苦しみに飲まれながら焼かれていく。


「くっ、やってくれたな!」


 ヴィクトルが怒りに顔を紅潮させるが、彼の見つめる先で最後まで残っていた一隻もすでに機動力を失っていてはどうしようもなく、ジャンヌ・ダルクとブブリナ・ラスカリナの二隻に挟撃され為す術もなく炎に包まれるのだった。


「閣下、この船だけでは相手できません。撤退しましょう!」


 青い顔をした船長が退却を提案する。

 事実、疲れから自慢の機動力を失ったガレー船では数分と持たずに全滅してしまった。そのガレー船よりも機動力が劣るガレアス船一隻だけでは、戦いにすらならないのは目に見えていた。

 トルスター軍の水軍が二隻のキャラベル船が中心だという事は早くから分かっていた。

 そこで継戦能力に難があるものの、キャラベル船を超える機動力が自慢のガレー船での短期決戦を選択したのだった。

 いきなり一隻失った事は誤算だったが、残った四隻で旗艦を追い立てる事はできていた。但し予想以上に相手が手練れだったため白兵戦に持ち込む事ができず、のらりくらりと(かわ)されている内に漕手の体力が尽きてしまった。

 継戦能力の短さへの対策として交代要員を用意し、継戦能力を高めていたにもかかわらずだ。現に三〇分が限界と言われていた中で一時間近く戦う事ができていたのだ。

 だが相手水軍の能力を過小評価していたため、仕留める事ができずに駆逐されてしまった。


「くっ、・・・・オモロウで迎え撃つ!」


 強張った表情を浮かべたヴィクトルが、苦渋の表情で頷いた。

 彼としてもこのまま戦ったところで勝利の見込みがない事は痛い程分かっていた。だが、トゥーレに背を向けて逃げる事に激しい葛藤があったのだ。

 トゥーレとは歳が近かったため、短い間だったがかつてはリーディアと共に仲良く遊ぶ仲だったこともある。しかし彼は密かにトゥーレに嫉妬を覚えていた。

 その当時のオリヤンは多忙で、食事ですらゆっくり時間を取る事ができず、ヴィクトルは父との会話はおろか顔を見る事すら殆どなかった。だがトゥーレがお忍びで訪問した際には、父は彼らと談笑し食事をも共にしていた。

 自分は父と話す機会すらないのに、トゥーレとは共に食事までする。当時のヴィクトルは理解できず混乱した。

 その後、年齢が近いため事あるごとにトゥーレと比べられるようになり、小さな嫉妬心はやがて父に対する叛意となり、エリアスへと接近するきっかけのひとつとなったのであった。


「回頭だ! オモロウで迎え撃つ。大砲は各個迎撃して敵船を近寄らせるな。甲板の者は石と投石機を投棄しろ! 少しでも船を軽くするんだ!」


 船長が金切り声を上げて矢継ぎ早に命令を下す。

 特に甲板に(うずたか)く積まれた石は、完全にデッドウェイトとなっていた。ただでさえ船足の遅いガレアス船に文字通り重しとなっていた。


「うわあっ!」


 至近に着弾した魔法弾による水蒸気爆発の波を頭からかぶりながらも、必死になって石を投棄していく。船内でも漕手監督の音頭に従って、漕手たちが必死になって櫂を漕いでいた。

 死に物狂いの思いが天に通じたか、キャラベル船と等距離を保ったままオモロウの港が近づいてくる。


「このまま突っ込め!」


 ゆっくりと接舷しようとすれば追いつかれてしまうのは目に見えている。ヴィクトルは上ずった声で、この勢いのまま港に突っ込めと指示を出す。


「ひぃっ、しょ、衝撃に備えろ!」


 船長も恐怖に目を見開きながらもヴィクトルの指示を追認するかのように、舵の台座をがっしりと掴んで身体を固定した。

 砲撃が立てる水柱に弄ばれながら、ガレアス船は全速力で港へと突入していく。


「馬鹿が!? あの勢いじゃ漕手はただじゃすまんぞ!」


 甲板上にいる兵は衝撃に備えているが、今も全力で櫂を回している漕手たちまでは配慮はされていないだろう。このままでは突っ込んだ衝撃で大惨事になるのは目に見えていた。


「おそらく向こうの漕手は罪人や奴隷だろう」


「使い捨てって訳ですかぃ」


 ピエタリは信じられない思いで前方を見つめた。

 彼が育った村では漕手や陸に残る老人や子供も含めて鯨取りのチームだった。村全体で一頭の鯨を追い、仕留めた獲物で村全体が潤った。そのため他の村よりも仲間意識は強かった。

 そんな環境で育ってきた彼には、それに加えて元来の面倒見の良さがあった。

 多くの部下を持つようになった現在もそれは変わらない。全体に目を配る事はもちろん、どんな下っ端の水夫だったとしても分け隔てなく相談に乗った。

 そんな彼だからこそ、漕手をモノのように扱うヴィクトルに怒りを覚えた。


「トゥーレ様!」


「任せる、好きにしろ!」


「ありがとうございます。しっかり掴まっててくださいよ!」


 一瞬の目配せの後トゥーレから許可を得たピエタリは、そう言い残すとジャンヌ・ダルクのスピードを上げさせた。

 ガレアス船と併走させるとそのままジャンヌ・ダルクの船体をガレアス船にぶち当てた。


――バキバキバキ、ガガガッ!!!


 ガレアス船の左舷側の櫂がへし折れ、次いで船体同士が激しく衝突した。双方の船から砕けた木片が飛び散り、衝撃に耐えきれなかった兵が数名川へと投げ出された。

 しかし重量に勝るガレアス船の進路は依然として直進のままだった。


「もう一度だ。弾き飛ばせ!」


 港が目前に迫る中でピエタリの怒号が飛んだ。

 その指示に従って反動を付けるとジャンヌ・ダルクがもう一度船体をぶち当てた。すると今度は弾かれたようにガレアス船の進路が右へ逸れた。


「よし、取舵一杯、回避だっ!」


 既に結果を見届ける余裕はなかった。

 一瞬でも遅れれば港へ突っ込んでしまうのだ。

 ジャンヌ・ダルクも左へと舵を切り急旋回を試みる。


「曲がれぇぇぇぇ!!」


 操舵手の悲鳴のような絶叫が響き渡る。

 その願いが通じたのかジャンヌ・ダルクは、すんでの所で激突を回避する事に成功した。

 一方、ガレアス船はジャンヌ・ダルクのように回避といかなかった。進路が逸れたお陰で桟橋への正面衝突は何とか回避したが、桟橋へと斜めに突っ込んでいく。


――ドガガッ!!


 衝突の衝撃に甲板上にいた多くの兵も川へと投げ出され、ヴィクトルは落下こそ免れたものの帆柱(マスト)に激突し頭を強打した。船長は堪える事ができずに川へと投げ出されてしまった。

 正面衝突は免れたとはいえ、桟橋へと突っ込んだガレアス船の舷側には巨大な穴が空いた。そこから浸水し船体が急速に傾いていく。

 突然の浸水に罪人や奴隷たちはパニックになるが、彼らの足は鎖で繋がれていたため殆どがそのまま船と一緒に水中へと没するのだった。


「撃てぇ!!!」


 海戦に勝利したトルスター軍から程なくオモロウの防御施設への砲撃が開始されると、小さな町はあっと言う間に炎に包まれた。

 ヴィクトルは頭がパックリと割れ激しい出血をしていたが命に別状はなく、無事にオモロウからの脱出を果たしていた。フベルトとユッシの二名もズブ濡れになりながらも、大きな怪我もなく無事だ。


「おのれトゥーレめ!」


 ヴィクトルは怒りに前進を振わせるが、防衛機能の喪失したオモロウの惨状を知ると撤退するしかなかった。

 頭に巻かれた包帯に血を滲ませたヴィクトルは、戦力の立て直しのためオモロウから引き上げていくのだった。


「よし、一番隊と二番隊は町の前方に展開。予定通り塹壕(ざんごう)の構築を急げ!」


「ようしお前ら! 得意の穴掘りだ。二番隊に負けるなよ」


 後方に控えていたキャラック船が接舷すると、兵が勢いよく吐き出されていく。彼らは小隊長の指示の元、隊列を整えると急いで燃え盛る町を抜け、ヴィクトルの逆襲に備えて荒野に穴を穿(うが)っていくのだった。

海戦はあっさり決着し、トルスター軍はウンダルへの上陸を果たしました。

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