表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第四章 伝説のはじまり
198/204

22 オモロウ海戦(3)

 キャラベル船から一斉に放たれた魔砲弾は、横隊に並んだガレー船の左翼に集中していた。

 虚を突かれた船団は慌てて漕ぎ出したものの時既に遅かった。


「うわぁぁぁっ!!」


「火がぁ!?」


 魔砲弾の集中砲撃を受けた左端に陣取っていたガレー船が敢えなく炎上し、炎から逃れようと多くの兵が川に飛び込んでいく。


「ちっ、何やってる油断しすぎだ!」


 開戦直後に早速虎の子のガレー船を一隻失ってしまい、最後方のガレアス船で指揮に当たっていたヴィクトルは地団駄を踏んで悔しがった。

 通常の大砲よりも射程の長い魔砲仕様の大砲だ。まだ射程外と油断のあったガレー船は、弾速が遅いとはいえ(かわ)す事ができなかったのである。

 トルスター軍が当初の予定通りにキャラック船を下げ、ジャンヌ・ダルクとブブリナ・ラスカリナの二隻が前に出て行く。


「どうやら敵はキャラベル二隻で我らの相手をするようです」


「たった二隻だと!? 舐めやがって。ユッシとフベルトに伝えろ。奴らを魚の餌にしろとな!」


 その命令により残ったガレー船四隻が蛇行しながら、水面を滑るように一斉に距離を詰めていく。

 甲板の兵は火矢を(つが)え、接近してくるキャラベル船に狙いを定めていた。また同時に随伴していた中型、小型船が戦場を取り巻くように広く展開し、こちらも兵が火矢を番えて待機している。

 反乱軍の基本戦術は物量による包囲に加え、ガレー戦の機動力を活かして衝角や突撃船首による打撃と乗り移っての白兵戦なのは明らかだった。

 一方で火力に優れるトルスター軍は、魔砲弾による敵船撃破というシンプルなものだ。

 やがて川の中央付近で両軍の攻防が始まる。


「狙いは各自に任せる。弾幕を張って接近させるな!」


「目標はトゥーレの乗ったキャラベルだ! 横っ腹を取れ! 侵略者に鉄槌をくれてやれ!」


 ガレー船の指揮を執るユッシとフベルトが巧みな連携を見せながら、ジャンヌ・ダルクとブブリナ・ラスカリナの間に船体を滑らせて分断しようと動く。

 ピエタリはそれをさせまいと声を張り上げ、水兵たちは必死で船を操ってガレー船の突撃を回避していく。甲板に陣取るユーリたちも、揺れる船にしがみつきながら弾幕を張って敵船を牽制する。


――ガガガッ!!!


 衝撃に船体が(きし)み大きく揺れた。

 甲板にいた兵は船にしがみついて何とか投げ出される事を防いだが、マストの見張り台に立つ水兵が空中に投げ出され、命綱で宙吊りとなり何とか落下を免れた。

 船腹への突撃をすんでの所で回避していた。

 敵はトゥーレが座乗するジャンヌ・ダルクを集中的に狙ってきていた。

 戦い序盤は機動力に優れるガレー船がジャンヌ・ダルクを仕留めようと追い立て、ブブリナ・ラスカリナが必死に援護という図式となっていた。


「くっ!」


 ユーリたちが舷側に張り付きながら懸命に魔砲を放つが、弾速が遅いため動き回るガレー船を捉える事ができない。

 大火力を誇る大魔砲は、高機動を続けるガレー船相手では狙いを付ける事ができず、敵船を葬った初撃以来沈黙したままだ。僅かに舷側に多数装備した旋回砲の攻撃が効果を上げていたが、通常の砲弾であり且つ口径が小さいため、敵を撃退するまではいかなかった。

 時間の経過と共にジャンヌ・ダルクには、相手から放たれる火矢が甲板や帆に刺さっていた。船全体に施された塗装のお陰ですぐに燃え上がる心配はなさそうだったが、このままでは船腹に突撃を喰らうのも時間の問題に思われた。


「気合いを入れろ! ここが我慢のしどころだぞ!」


 防戦一方の戦いだったが、ピエタリは絶望した様子もなく檄を飛ばし続ける。水兵たちもよくそれに応え、歯を食いしばりながら必死で操船していた。


「想像以上に敵の連携が厄介だな?」


「私もこれほどとは思っていませんでした。あれは相当鍛えられていますね」


 トゥーレに答えたピエタリも、敵ガレー船の連携に脱帽の様子だ。


「しかしこれだけの高機動、そんなに長くは続きませんよ。取り敢えず高みの見物を決め込んでいるヴィクトル殿を慌てさせましょうかね」


 彼はニヤリと凶悪な笑顔を浮かべる。

 それから暫くは状況が変わらず、これまでと同じようにガレー船に追い立てられる展開が続く。

 やがて鋭い視線で敵船の動きを睨んでいたピエタリが叫んだ。


「今だ、取舵(とりかじ)全力!」


「とぉぉりかぁぁじ!」


 ピエタリの声に操舵手が復唱で応えながら大きく左に舵を切った。

 めいっぱい船を軋ませながら左へ旋回したジャンヌ・ダルクは、左舷を併走していた二隻のガレー船の丁度真ん中に突っ込んでいく形となった。


「ぶ、ぶつかるぞ!!」


「避けろぉ!!!」


 衝突コース上にいたガレー船は大慌てで左に舵を切り、辛うじて衝突を回避することに成功する。


――バキバキ・・・・


 だがジャンヌ・ダルクの急接近に対応できず右舷側の櫂が巻き込まれて半数近くの櫂を失ってしまった。


「これも喰らえ!」


 自慢の機動力を失い、明らかに動きが鈍くなったガレー船。

 ジャンヌ・ダルクと併走した恰好となり、左舷に陣取っていたユーリらには絶好のチャンスとなった。


「よし今だっ!」


 旋回砲が船体の側面を穿ち、ユーリらが放つ魔砲弾が甲板に幾つもの火球を咲かせる。


「トドメだ!」


 左舷側の大魔砲が火を噴き、ガレー船に三つの火球が開いた。


『うわぁっ!!』


 火だるまになった兵がたまらず川へと飛び込んでいく。

 集中砲火を受けたガレー船は炎上し、コントロールを失ったのかそのまま川を下っていく。

 ジャンヌ・ダルクは右舷の敵を牽制しつつそのまま直進していく。その進路上にはこの戦いが始まってから、まだ一度も戦闘に加わっていないガレアス船があった。


「ちっ小癪な! 狙いはこちらか。船長、分かっているな!?」


 ヴィクトルが振り返ってそう叫ぶのと、船長が発進命令を出すのはほぼ同時だった。

 だが、ガレー船と違ってガレアス船は武装が強化されているが、その分重量が増加し機動力が犠牲になっている。本来はズラリと横に並べ、浮き砲台として使うような船だ。単艦での戦闘力はそれほど高くなかった。

 案の定、櫂は激しく水面を搔いているが、思った程速度が上がっていかない。


「せ、船長!?」


「くっ、各自迎撃。近寄らせるな!!」


 焦ったような声を上げるヴィクトルと船長の声が重なった。

 その声とほぼ同時に船首の大砲が咆哮するが、丸い船首楼(せんしゅろう)が仇となって五門ある船首の大砲のうち僅か二門しか撃てなかった。少し遅れて甲板上から投石も開始されるが、狙いを付けていない状態ではダメージすら与える事ができない。

 ガレー船団による包囲網を抜け出したジャンヌ・ダルクは、一気にガレアス船との距離を詰めていく。

 大砲がジャンヌ・ダルクの船体を掠めユーリは肝を冷やすが、多少のダメージにかまわずそのままガレアス船に接近していく。


「よし、面舵(おもかじ)だ!」


 あわや衝突かと思われた刹那(せつな)、ピエタリは右への急転回を命じた。


「おもぉぉかぁぁじ」


 すぐに復唱の声が響き、ジャンヌ・ダルクがガレアス船の鼻先で急旋回していく。


「左舷、見せ場だ! てぇぇぇっ!」


――ボシュッ


 転回の波によってガレアス船が木の葉のように翻弄される中、ジャンヌ・ダルクの左舷側三門の大魔砲が再び火を噴いた。

 流石に高速機動中のため魔砲弾が命中する事はなかったがガレアス船の至近に着弾した一発が、水蒸気爆発を起こして水面で爆ぜた。


――うわぁ!?


 至近距離で起こった爆発で船が不気味に軋み、甲板にいた船員が投石機ごと船外に投げ出されていく。船内でも彼方此方(あちこち)で浸水が起こり、漕ぎ手たちは沈没の恐怖と戦いながら必死に櫂を動かし、待機中の漕ぎ手が慌てて水を掻き出していく。


「ヴィ、ヴィクトル閣下、ご無事ですか?」


 辛うじて転落を免れた船長が、全身を激しく打ち付けられて悶絶しているヴィクトルを助け起こす。二人とも頭から水を被って全身ずぶ濡れとなっていた。


「おのれっ! よくも!」


 水を滴らせながら舷側に身を乗り出した時にはすでにジャンヌ・ダルクは離脱し、ガレー船との戦いに戻っていた。


「船長、船を出せ!」


「正気ですか!?」


 キャラベル船やガレー船に比べ、機動力に難のあるガレアス船だ。ガレー船と同様に機動力勝負に出るのかと考えた船長が目を剥くが、ヴィクトルは意外にも冷静だった。


「既に二隻やられた、このままでは(まず)い。大砲で牽制する程度でいい、有利な内に味方を援護するんだ!」


 三隻にまで減らされてしまったガレー船を援護するため、ガレアス船で加勢する事をヴィクトルが決断した。

 彼としてもガレー船と同じような戦い方が出来ない事は分かっていた。だが三隻となり戦況が不利へと傾いていく中で、最早高みの見物をしていられる状況ではないのだ。

 まだ戦力でいえば圧倒しているとはいえ、ガレアス船以外は小型の船ばかりだ。あれほどの機動戦の中へ入った所で足手まといにしかならないだろう。


「・・・・承知した」


 ヴィクトルに気圧された船長は覚悟を決めた表情で了承すると、ガレアス船はのっそりと戦場へと向かっていった。

 しかし、ヴィクトルの判断は残念ながら少しばかり遅かったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ