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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第四章 伝説のはじまり
197/204

21 オモロウ海戦(2)

 艦隊の内訳はキャラベル二隻、一番艦ジャンヌ・ダルクにユーリ指揮する左翼一番隊から選抜した一五〇名。二番艦ブブリナ・ラスカリナにルーベルトの左翼二番隊より一八〇名が搭乗。残りは八隻のキャラック船に分乗していた。

 艦隊指揮はピエタリが担い、トゥーレもジャンヌ・ダルクに搭乗している。

 メインマストにはトゥーレ座乗艦を示す赤い山羊の紋章が掲げられ、すぐその下ともう一本のマストには赤地の左翼大隊の隊旗が翻っていた。

 因みに赤地の左翼大隊に対して右翼大隊は白地で統一されていて、各部隊ごとに識別のため意匠が違っていた。ユーリの率いる一番隊は鶴嘴(つるはし)、ルーベルトの二番隊には鉄砲、そしてピエタリの三番隊には潮を吹く鯨が描かれている。

 艦隊全体はピエタリの指揮する三番隊の管轄のため、キャラック船には三番隊の隊旗が掲げられているが、ユーリとルーベルトの座乗するキャラベル船のメインマストには彼らの隊旗が翻り、ジャンヌ・ダルクはフォアマストに、ブブリナ・ラスカリナはフォアマストとミズンマストに三番隊の鯨の隊旗が掲げられていた。

 随伴するキャラック船にも同じように隊旗は掲げられているが、商船からの転用のため固定の兵装はなく、武装は搭乗する兵員の鉄砲頼りであり実質的に戦闘艦はキャラベルの二隻だけだった。

 戦闘艦の少なさを指摘する声は少なからずあったが、自ら設計に携わったキャラベルに自信のあったピエタリが『戦闘はジャンヌとブブリナで十分。キャラックは輸送に専念するべき』と主張したためである。結局彼の意見を採用しキャラックには固定武装の搭載を見送り、その分積載力を上げて一隻につき約三〇〇名の兵員輸送が可能になっていた。


「さぁ行こうか」


「ようし、出港するぞ。抜錨(ばつびょう)!」


 トゥーレの出航合図を受けたピエタリの檄が各船に素早く手旗信号で伝えられ、各船の水夫が手慣れた様子で錨が巻き上げていった。


「帆を上げろ、出航だ!」


 その合図でジャンヌ・ダルクとブブリナ・ラスカリナでは、キャラベル船の特徴ある大三角帆(ラテンセイル)が一斉に(ひるがえ)り、キャラック船も二本ないし三本の帆柱に横帆(おうはん)が下ろされていく。

 順風に大きく帆を膨らませた艦隊が、二隻のキャラベル船を先頭に隊列を整えてセラーナ川を下っていった。


「いよいよですね」


「どうした、緊張しているのか?」


 ユーリの硬い表情を(ほぐ)すように(おど)けた調子でトゥーレが声をかけた。

 これまでの防衛目的の戦いとは違って、トルスター軍初の遠征となる今回の戦いだ。周りを見渡せばユーリ同様に緊張した顔が多く見えた。


「そりゃそうです。そもそも私は穴を掘ってた人間です。これまでの戦いも穴に篭もる方が多かったんです。どれだけ訓練を重ねたって船の上での戦いは落ち着かなくってしょうがありません。この中で張り切っているのはブブリナに乗ってるルーベルトくらいですよ」


「そうだな、彼奴(あいつ)は今頃子供のようにワクワクしてるだろうな」


 そう言って二人は苦笑を浮かべた。

 ユーリが言うように彼はエン攻略戦やカントの戦いなどで、隧道(トンネル)塹壕(ざんごう)を掘ったり城壁を築いたりと、戦い以前に土木作業の指揮をする事が多かった。

 これは彼と彼の部隊の多くが元抗夫であり土木作業に慣れていたという事もある。また規律を伴った行軍に不安のあったユーリが、火器を用いた塹壕戦術を確立させた事も大きかった。そのお陰で火力を活かす事が可能となり、足並みが揃わないという自軍の欠点を露呈させずに済んだのだ。

 しかし今回は防衛に専念してきた前回までの戦いと違い侵攻作戦となる。

 相手の拠点や軍勢を撃破しなければならないのだ。ましてや緒戦は慣れない海戦だ。船の運用はピエタリに任せるとはいえ、経験のない戦いに不安は拭いきれなかった。


「だがあれだけ訓練を重ねたんだ、お前たちならやれるさ。というかやって貰わないとその後の予定が全部駄目になる」


「ま、やれるだけやってみますがね」


 口角を上げたトゥーレの人事のような発言に、うんざりした様子でユーリは肩を竦めた。

 ユーリやルーベルトを含めた左翼大隊の隊員は、昨年の夏の終わりから冬になるまでそれこそ嫌という程繰り返し船上で訓練をおこなってきた。その結果、彼らは揺れる船上でもふらつく事なく動けるくらいまでは鍛えられていた。隊員の多くが最初船酔いに苦しんでいたが、最終的には荒れた波の中でも余裕の表情で談笑している者の方が多くなっていた。

 ユーリも訓練によって海戦への自信は深めていたが、部隊の指揮を執らねばならず結果を求められる立場故に自然と慎重な言葉遣いになっていただけだ。




「そろそろオモロウが見えてきますぜ」


「皆聞いたな。食事が終わった者から順次戦闘準備に入れっ!」


 ネアンを発ってから三日。

 早朝から甲板で車座になって朝食を摂っていた兵たちに緊張が走る。


「よっしゃ、ようやくか! 腕が鳴るぜ!」


 そう言って口の中の食物を水で流し込むと悠然と持ち場へと移動していく。

 その者を見て、遅れまいと慌てて口に含んだ食べ物を咀嚼(そしゃく)しようとして盛大に()せる者、パンを(くわ)えたまま持ち場に駆けていく者など、甲板は(にわか)に騒然となった。


「まだ時間はあるぞ。慌てるな、食べ終わってからでいい!」


 兵たちの状況に苦笑したユーリは、落ち着かせようと声を張り上げなければならなかった。

 それからまもなく、彼らにもオモロウに布陣する軍船の様子が目に入った。


「ちょっと数が多くないですか?」


 想定外の敵戦力だったようで思わずユーリから驚きの声が零れる。


「初めて見るがあれはガレー船か? ガレアス船もあるな」


 トゥーレらの眼前に多数の小舟を従えた五隻のガレー船と、それらを従えるように中央に陣取るガレアス船がオモロウへの航路を塞ぐように布陣していた。

 彼らの目の前に展開するガレー船は全長約三十メートル。片舷に二十五本の櫂を備えた二段櫂船だ。二本のラテンセイルを備えているが戦闘時に使う事はない。そのため敵のガレー船の帆も全て畳まれた状態となっている。

 この船の特徴が最も出ている箇所は船首部分で、喫水下に衝角(しょうかく)を装備した船が三隻、突撃船首を装備した船が二隻あった。

 どちらも機動力を生かして敵船の横腹への突撃を目的とした装備で、衝角は船体の喫水下に穴を開けて浸水を狙い、突撃船首は敵船を転覆させる目的がある装備だ。また船首甲板には可動橋が直立しているため、突撃後の白兵戦も想定されているのだろう。

 一方ガレアス船はガレー船から発展させた船である。船体もガレー船よりも大きく片舷に三十六本の櫂を備えている。大型化した船体に合わせて三本の帆柱があり、船首と船尾の楼閣に計八門の大砲を備えていた。


「ちっ、どうやら奴らフォレスの水軍を呼び寄せたみたいですね。ここで我々の上陸を阻むつもりでしょうよ」


 事前の情報ではオモロウに水軍は展開していなかった筈だ。

 敵船の数からみてピエタリが言うようにフォレスに駐留していた水軍を移動させたのだろう。


「勝てそうか?」


「ガレアスはともかくガレーは少々やっかいですぜ」


 ピエタリが苦々しい表情で悪態をついたように、ガレー船は喫水が浅く船体が細いため船足が速い。短時間の速力だけで言えばジャンヌ・ダルクなどよりも早いかも知れない。また舷側に張り出した櫂を使えばかなり小回りが利き、風に左右されずに機動する事ができる。

 トゥーレが初めて見たと言ったように、ガレー船は積載量が少ないため商船としての役目は既に終えていたが、軍船として見れば高い機動力によって限定的な戦いではまだまだ現役で活躍できる船だ。


「ガレアスはどうだ? 大砲に加えて投石機も積んでいるようだが」


「あんなものただの浮き砲台ですぜ! ガレーさえ沈黙させちまえばどうとでもなります」


 そう言ってピエタリはにべもなく切って捨てた。

 ガレー船から発展させたとはいえ、ガレアス船は大型化し重装備化させたため、ガレー船のような機動力はなく船足も遅かった。

 ガレアス船の基本運用としては密集艦隊戦となるだろう。集団での浮き砲台として運用すれば脅威だったが、たった一隻だけのガレアス船では、ピエタリにとって脅威でも何でもなかったのである。


「トゥーレ様はキャラベルに待避を」


「いや、このままでいい」


「マジすか!? 激しい戦いとなりますぜ」


「構わん、指揮もピエタリに任せる」


 後方に待避するよう要請したピエタリに対し、トゥーレはこのままジャンヌ・ダルクに残ると譲らない。また海戦の経験のあるピエタリに指揮権まで譲ると言い出した。


「いいんですかい?」


「もちろんこの戦いだけだ。この戦いは何が何でも取らなければならない。海戦が初めての俺よりも貴様が指揮を執った方が勝てるだろ?」


 そう言ってトゥーレはニヤリと口角を上げた。


(おだ)てたって何も出ませんぜ。それと戦闘中は接待できませんのでご自分の身はご自分で守ってくださいね」


「心得ている。一兵卒としてこき使って貰って構わない!」


 その言葉には流石のピエタリも苦笑を浮かべた。


「流石に後が怖いんでそれは遠慮しときます。

 よし、野郎ども、漁の時間だ!」


『おうっ!!!』


 ピエタリが戦闘の準備を命じると、水兵たちが一斉に動き始め船は俄に慌ただしくなっていく。

 彼によって鍛えられた水兵は、細かい指示がなくともやるべき事が叩き込まれているらしく無駄な動きが一切なかった。

 ほんの数分の内に各自が持ち場につき、甲板に残っているのはユーリら一番隊の兵とトゥーレだけとなっていた。


「この戦いは左翼大隊一番隊としての初の実戦だ!

 左翼大隊としてもトゥーレ様座乗艦としても、あの隊旗に賭けて負ける訳にはいかん!

 敵の数は多いが今までの厳しい訓練を乗り越えたお前たちなら出来ると俺は信じている。ここから我ら左翼一番隊の名を轟かせていくぞ!!」


『おおう!!!』


 ユーリの檄に隊員たちが持ち場へと散っていった。

 一番隊から選抜された一五〇名は数こそ少ないものの、ユーリ自ら選んだ優秀な精兵たちだ。もちろんこの中には古くからの仲間であるユハニとヨニの二人もしっかりと顔を揃えていた。


『ヒャッハ―!! やっっってやるぜっ!!!』


 少し遅れて僚艦のブブリナ・ラスカリナからも独特の喊声が響いてきた。


「大丈夫か彼奴(あいつ)ら?」


「考えても仕方ない。ルーベルトが手綱を握っている間は大丈夫と思うしかないさ」


 異様なテンションで聞こえてくる喊声にトゥーレとユーリは顔を見合わせる。

 二番隊については考えるだけ無駄だ。全体的に有能だがその分異様な程好戦的になってしまった彼らはルーベルトにしか制御できないため任せるしかないのだ。


 この戦いに勝利して始めて初めてウンダル上陸が可能となる。そうなって漸くエリアス討伐を進める事ができるのだ。

 ウンダル奪還の成否はこの海戦にかかっているといって過言ではなかった。


「雑魚には目も暮れるな。まずは三番隊が先手を取るぞ!

 狙いは大物だ、派手にぶっ放ぜ! 大魔砲用意、てぇっ!!!」


 ピエタリの下知に両船からオレンジの尾を引く魔砲弾が一斉に放たれた。

 この攻撃を合図に、後に言うオモロウ海戦の火蓋が切って落とされたのである。

いよいよ戦いが始まりました。

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