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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第四章 伝説のはじまり
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17 ボス争奪戦(クラウス対ユーリ)

 ボス争奪戦は、いよいよ決勝戦の一試合を残すのみとなった。


――うおおおぉぉぉ・・・・!


 訓練場にユーリとクラウスの二人が進み出てくると、二人を大歓声が包み込んだ。

 歓声が静まるのを待って、デモルバが名乗りを開始する。


「お待たせしました。これより決勝戦を始めます!

 右翼大隊一番隊、クラウス・ミルド卿!」


「おぉぉぉ、クラウス様!」


「若造なんかに負けるな!」


 クラウスを応援する迫力ある野太い声が木霊した。

 この迫力にエステルも『ヒッ』と怯えたように、(トゥーレ)義姉(リーディア)の間に隠れてしまう。


「お前はユーリの応援をするのではなかったのか?」


「だって・・・・」


 草食動物が警戒しているかのような仕草で周りを見渡し、怯えて兄の背中から出ようとしない。


「エステル様、わたくしも応援しますので一緒にユーリ様の活躍を見ましょう」


「え、ええ。分かりました」


 リーディアが肩を抱いて優しく声を掛けると、引きつった笑顔を浮かべながら漸くトゥーレの影から出てくるのだった。


「左翼大隊一番隊、ユーリ・ロウダ卿!」


――キャァァァァァ、ユーリ様ぁぁ!


 今度は一転して黄色い声援が降り注ぐ。

 訓練場にはいつの間にか使用人や側勤めなど、女性の姿も多く占めていた。

 その女性たちが一斉にユーリの名を呼んで声援を送っていたのだ。


「なっ・・・・」


 まさかの光景に唖然とするエステル。いや彼女だけではなくリーディアやトゥーレですら顔を引きつらせていた。

 彼らの反応は無理もなかった。

 ユーリは背が高く彫りの深い顔立ちのため、サザンにいた頃より密かに女性人気は高かった。ただし額の傷とかつての暴れ回っていたイメージもあって、遠巻きにするだけで近付いてくる者は皆無だった。

 だがここネアンではサザンで付きまとった暴れん坊のイメージはなかった。

 また傷はあるもののトゥーレと一緒に復興に共に汗を流したユーリへの忌避感は薄かったのだ。さらにトゥーレ以上に気さくに住民に接し、頼りがいのある様子にネアンの街や官邸内でも女性からの人気が高まっていたのである。


「クラウス様、ユーリ様などちゃっちゃとやっつけちゃってください!」


 この声援に男性兵士から一斉に怨嗟の声があがったのは言うまでもなく、クラウスへの野太い声援がますます増える事となった。


「んもう、わたくしがいながら何ですかこの声援は!」


「ユーリ様は女性にはお優しいですから。恐らくトゥーレ様を見習ったのでしょうけれど」


「・・・・」


 頬を膨らませたエステルを慰めるリーディアがそう言って軽く横目で睨むと、トゥーレは無言で視線を泳がせて彼女と目を合わせようとしなかった。

 予想外の女性人気を示したユーリだったが、元を辿れば彼の主であるトゥーレもそれ以上に人気が高い。野性味溢れるユーリと違って金髪で童顔のトゥーレは、特に年上の女性からの人気が高かった。

 かといって彼がリーディア以外に目移りするかと言えばそんな事はなく、二人の仲むつまじさは誰もが知っていた。そのためどちらかといえば、二人を微笑ましく見守るような親や親戚のような目線が多くなっているのだった。

 ヒートアップする周りとは裏腹に、訓練場中央の二人は興奮した様子もなく対峙していた。


「さて、挑発に乗ってしまいこんなことになってますが、この勝負をする必要はありますか? 勝っても負けても私はクラウス様の指揮に従いますよ。できれば終わりにしませんか?」


「ふっ、よもや怖じ気づいたのではあるまいな。人がこれほど集まってる中、今更戦いを止めるという選択肢があると思うか?」


「・・・・やっぱりないでしょうね」


「そう言うことだ。覚悟を決めよ!

 因みにこれだけ盛り上がっているのだ。わざと負ける選択肢もないと思え」


 クラウスがそう言って木剣(ぼっけん)を脇構えに構える。


「やれやれです」


 軽く溜息を吐いたユーリも先程と同じ脇構えで腰を低く落とした。


「決勝戦、始め!」


「それでは参る!」


 ピエタリの声と重なるように、先に仕掛けたのはクラウスだった。

 彼は無造作に、しかし素早い動きで間合いを詰めると剣を逆袈裟に振り上げた。


「くっ!」


 予想外の動きにかろうじて剣で受けたユーリだったが、木剣とは思えないその剣の重さに戦慄を覚えた。

 長年トルスター軍を支えてきたクラウスの剣は、一見無造作に見えるが速く正確で重かった。


「まだまだ!」


 ユーリが受け止める事も想定内だったのだろう。クラウスは気にした様子もなく連撃に移っていく。 

 クラウスの流れるような攻撃に反撃の糸口すら見つける事すらできず、ユーリは防戦一方となってしまう。


「ええいっ!」


 苦し紛れに力任せに反撃を試みるが、その動きすら読んでいたかのように難なく(かわ)されてしまった。

 しかし大振りの強引な攻撃をクラウスがバックステップで避けた事で間合いが広がり、ユーリは漸く息を吐く事ができた。


「ふん、虎狩りの腕とはそんなものか?

 何なら今から両手剣に交換してもいいぞ!」


 失望したような表情を浮かべたクラウスが、ユーリに武器の変更を提案する。


「ご冗談を。クラウス様も得意の槍に替えるならともかく、私だけ両手剣に替えたところで意味はないでしょう?」


 替えるならお互いに得意の武器にしないと意味がない。

 ユーリが両手剣を得意とするように、クラウスが得意とする得物は短槍だ。その腕前は生前のザオラルですら敵わなかったと言われる程だ。

 クラウスは短槍を使って多くの戦場で数多(あまた)の兵を討ち取ってきた実績がある。ユーリの言葉にクラウスは思わず苦笑を浮かべた。


「それもそうだ。だがどうする、このまま続けても私には勝てぬぞ?」


「そうですね。今の私の力ではクラウス様に届かない事は確かです」


 ユーリは武器の変更を断り、両手持ちにした柄を顔の横まで引き上げてオクスの構えをとった。切っ先はもちろんクラウスに向けられている。


「なので次は私から攻撃を仕掛けます。現時点での私の全力です。これが通用しなければ負けを認めましょう」


「面白い。潔いのは嫌いじゃないぞ。いいだろう、受けてやる。来い!」


 クラウスはユーリのどのような動きを見逃さないように中段に剣を構える。

 今や立錐の余地のない程見物人が詰めかけていたが、訓練場は異様な程シーンと静まりかえっていた。


「ほう、思い切ったな」


 ユーリの様子にトゥーレが面白そうに呟いた。


「どうしたのですか?」


「ユーリが一か八かの勝負に出るぞ。次の攻撃がクラウスに通用すれば勝ち、駄目ならユーリの負けだ」


「ユーリ・・・・」


 エステルが心配そうな表情で対峙する二人を見つめる。彼女から見ても二人の実力はかけ離れているように見えた。

 このまま戦ったとしてもユーリが負ける確率は高いだろう。負ければ死が待っている戦場ならともかく、木剣ならば悪くても昏倒や骨折程度で済む。あくまでも訓練だと考えれば、一か八かの勝負に出るのも悪くはないように思えた。

 二人の様子に次が最後の攻防になる事を察したのか、周りも静かに固唾を飲んで見守っていた。


「行きます!」


 言うなりユーリが地面を蹴った。


「むっ!」


 ネコ科の動物を思わせる低い姿勢で、一瞬にして距離を詰めたユーリにクラウスの顔色が変わる。

 ユーリの右からの薙ぎ払いをバックステップで躱したクラウスは、すぐさま踏み込んでカウンターの一撃を振り下ろした。

 だがそれを身を(よじ)るようして左に躱したユーリは、そのまま右足でクラウスを蹴り飛ばす。


「くっ!?」


 蹴りという予想外の攻撃に蹈鞴(たたら)を踏んで堪えたクラウスだったが、次に顔を上げた時には既にユーリが目の前に迫っていた。


「ちっ!」


 振り下ろされる剣に咄嗟にカウンターを合わせようとしたクラウスだったが、次の瞬間ぞくりと全身に怖気(おぞけ)が走るのを感じ剣を止める。

 そのクラウスの予感は正しかった。

 振り下ろす途中で膂力(りょりょく)にものをいわせて強引に剣を止めると、クラウスの目の前で後を向いた。そのままくるりと一回転すると、遠心力を利用してそのまま左からの薙ぎ払いへとつなげたのだ。


――ガギッッ!


 木剣のぶつかる音が木霊(こだま)した。

 ユーリ渾身の一撃は、受け止めたクラウスの身体が横に数メートル飛ばされる程の勢いだった。

 彼が防御できたのは偶々(たまたま)だ。

 左上段から振り下ろされる剣に合わせてカウンターを叩き込もうとする中、クラウスは直感に従って瞬間的に右側面の防御へと切り換えていた。

 ユーリの意表をつく動きもあったが、防御は何とかギリギリ間に合った。だが回転運動を加えた薙ぎ払いの勢いは凄まじく、両腕で剣を支えなければならない程だった。そうでなければ受け止める事はできず、吹き飛ばされていたに違いない。

 

「私の負けです」


 若干口惜し気な表情を浮かべたユーリが、そう言って投げやりに木剣を放り投げた。

 砂の上を転がった剣は、彼の膂力に耐えきれずにくの字に折れ曲がっていた。


「だが最後はギリギリだった。ちょっとでも遅れていれば負けていたのは私だった」


「とっておきだったんですけどね。あれを止められればもう笑うしかありません」


 ユーリは結果に納得しているのか、意外にもさばさば表情を浮かべていた。


「いやそうでもないさ」


 クラウスはそう言うと、自分が使っていた木剣を差し出す。

 その木剣は何とか形が保てている状態で、よく見れば所々(ひび)が走りユーリ程ではなかったが若干折れ曲がっていた。

 圧勝に見えた勝負だったが、クラウスからすれば攻め続けながらも最後までユーリの防御を破る事ができなかった。場合によってはクラウスの剣が先に砕けていた可能性もあったのだ。

 ユーリは体躯に恵まれていて力も強い。それでいて獣のようなしなやかさもある。オーソドックスな戦い方もできれば、最後に見せたようなトリッキーな戦い方もできた。

 まだまだ荒削りなところもあるが、今後経験を積んでいく事で名を残すような騎士となる可能性があるだろう。


「此度の手合わせで、お前がイグナーツ卿を討った理由が分かったような気がするぞ」


 クラウスは素直にユーリの強さを認め、右手を差し出した。


「最後のあれは決まったと思ったんですけどね。何故分かったんですか?」


 ユーリも笑顔を浮かべ、二人はがっしりと握手をする。


「ふふ、トゥーレ様の言葉を借りれば『勘』というやつだ。同じ事をやれと言われても二度とできん」


 どうやって防いだと言われてもクラウスにも明確に言語化できなかった。

 これまで何度もトゥーレの勘を目の当たりにしてきた二人だ。それによって窮地を脱したのも一度や二度ではない。

 当人ですら説明の付かない現象で、任意に発動させる事ができないため使い勝手の悪い能力だが、発動すれば的中率はほぼ百パーセントと驚異的だった。

 先程の手合わせの中、ユーリの必勝の手を阻んだのがその『勘』だったのだ。


「なるほど。勘なら仕方ないですね」


「そう言うことだ」


 勘と言われればユーリはもう笑うしかない。

 クラウスも説明できないのだろう。苦笑を浮かべて軽く首を振るしかなかった。


「できればまた手合わせ願いたいですね」


「いつでもいいぞ。ただし次はルーベルトも問答無用で参加させろ! それができれば何時でも相手しよう」


「分かりました。首に縄をかけてでも連れてきます」

 

 そう言って笑うと二人は身を翻して分かれたのだった。


「決勝戦勝者、右翼大隊一番隊、クラウス・ミルド卿!」


――うわぁぁぁぁぁ・・・・


 この日一番の歓声が訓練場に木霊した。

 これが後に戦神と呼ばれ、いるだけで味方の士気を高め、敵軍を恐怖に陥れると言われたクラウスが、全軍の総司令となった瞬間である。

ようやく争奪戦が終わりました。

次回より戦いに向けて動き始めます。

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