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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第四章 伝説のはじまり
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15 ボス争奪戦(ヘルベルト対ユーリ)

「ああくそっ、負けだ負けだ!」


 悔しそうにピエタリが吐き捨てた。

 焦ったピエタリが強引に攻め込んだ瞬間、待ち構えていたヘルベルトのカウンターが決まり勝負が決したのだ。

 長年トルスター軍を支えてきた騎士であるヘルベルトに、簡単に勝てるとはピエタリ自身も考えてはいなかった。それでもヘルベルトとの間には、彼が考えていた以上の技量差があった。

 その余りの差に逆に清々しさを覚えた彼は、ひとつ大きく息を吐くとヘルベルトに歩み寄り右手を差し出した。


「いやぁもう少し通用するかと思ってたんですがね」


「そこまで卑下(ひげ)する必要はないさ。もしあと数分お前の攻勢が続いていれば勝敗は逆になっていたかも知れんぞ」


 握手を交わしたヘルベルトがそう言って汗を拭った。

 実際に対戦している間、表情には出さなかったが彼は内心では舌を巻いていた。

 確かに構えや剣筋からは(つたな)い部分が多かったが、船乗りで鍛えられた足腰の粘り強さはそれを補って余りあるものだったからだ。

 ヘルベルトが口にしたように、攻勢が続いていれば逆の結果となっていたかも知れないというのは、冗談でも世辞でもなかったのだ。


「そんな事言っていいんですかぃ。真に受けて本気で鍛錬しますぜ」


「もちろん、また返り討ちにするがな」


 そう言ってお互いにニヤリと笑顔を浮かべて別れるのだった。


「第三試合、勝者右翼大隊二番隊隊長、ヘルベルト・ニグス卿!」


 その瞬間両者の健闘を称えるように自然と拍手が沸き起こった。

 この試合の開始時より明らかに見物している人数が増えていた。訓練場はまるで闘技場のような興奮に包まれていた。


「素晴らしい戦いでしたね」


「ああ、もう少しあっさりと決着が着くかと思っていたが、ピエタリめ中々やるじゃないか。ちょっと艦隊指揮だけやらせるのはもったいないかも知れんな」


 感嘆の息を吐いたリーディアに同意したトゥーレだったが、ピエタリの意外な使い道を見つけたようにニヤリと口角を上げるのだった。


――うおおおおおおぉぉ・・・・

――きゃあ、ユーリ様ぁぁ!


 人垣から大男が人垣から進み出てくると、周りから男性の野太い喊声と女性の黄色い声援が同時に沸き起こった。


「ほほう、随分と人気者じゃないか」


 トゥーレが苦笑しながら指摘した通り、カントでイグナーツとの一騎打ちを制したユーリは、今や兵にとっては憧れの存在となっていた。

 現に見物人の声援はヘルベルトと互角か若干多いくらいだったが、女性からの声援の数では圧倒的だ。


「ま、間に合いました?」


 トゥーレらが観戦する場所に、この場に似つかわしくないスカート姿の女性が慌てた様子で駆け付けてきた。

 砂地で走りにくかったのか、履き物を両手に持ち素足を晒している。


「エステルか、どうしたこんなところに?」


「んもう、どうしたじゃありませんわ! 危うくユーリの試合に遅れるところだったじゃないですか?」


 のんびりした口調で尋ねたトゥーレにエステルはそう言って頬を膨らませた。

 この争奪戦の話を聞いたのだろう、慌てて駆け付けてきたせいか若干鼻息が荒くなっている。


「ユーリ様は丁度今からですわ、エステル様」


「お義姉様っ! わたくしったらこんなはしたない格好で・・・・」


「今更だろう? それに着替えに戻る時間はないぞ」


 トゥーレがそう告げた時だ。デモルバの呼び出しが始まった。


「第四試合、右翼大隊二番隊隊長、ヘルベルト・ニグス卿」


「おう!」


 先程と同様、気合いの(みなぎ)ったヘルベルトが進み出る。


「左翼大隊一番隊隊長、ユーリ・ロウダ卿」


――わああああああぁぁぁ!


 ユーリの名が呼ばれると、爆発したかのような歓声が沸き起こった。


「人気者であらせられる虎狩り殿と手合わせできるとは光栄ですな」


「冗談はよしてください。たまたま討ち取ったのがイグナーツ様だっただけです」


 皮肉を込めたヘルベルトの言葉に、心底うんざりといった様子でユーリが肩を竦めた。


「ほう、イグナーツ殿を討ったのをたまたまと言うか。流石虎狩り殿は言う事が違うわ」


 だがヘルベルトは言葉の揚げ足を取ってユーリを挑発するように嗤う。


「御託はいいので早く始めましょう」


 見え透いた挑発には乗らずに軽く息を吐くと、ユーリは左足を前に出して両手で腰だめに構え、木剣の切っ先を開いた右足よりも後方にだらりと下げて構えた。

 それを見たヘルベルトは表情を引き締め、ユーリと同じく左足を出して半身になった。ただし構えはユーリと違って両手で握った柄を顔の横まで引き上げ、切っ先はユーリに向けて真っ直ぐにしたオクスの構えをとっている。


「第四試合、始め!」


 開始の合図が下るが、先と違って動きの少ない試合の立ち上がりとなった。

 両者とも僅かに間合いを詰めるが、そこから両者睨み合ったまま動かなくなる。

 お互いに細かい動きを繰り返して相手を牽制するが、剣を打ち合う事もなければ気合いの声を発する事もない。


「よく分かりませんが、何か凄いです」


 緊張に当てられた様子のエステルが硬い表情で呟く。

 一見すればほぼ見合っているだけだが、二人から発散される気は訓練場全体を覆い、誰もが目を離す事ができないでいた。

 素人である彼女にとっては、先程までのような派手な試合の方が面白いし分かりやすいだろう。しかしこの試合の張り詰めたような緊迫感は、そんな彼女でも引き込まれるような力を持っていた。


『これほど成長しているとは。「男子、三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ」というが言い得て妙だな』


 ヘルベルトは内心舌を巻いていた。 

 以前までなら先程のピエタリのような膂力(りょりょく)に頼った戦い方を好み、言葉は悪いが雑な戦い方をしていた。だが目の前のユーリからはそんな気配は微塵もなく、まるでザオラルやクラウスのような百戦錬磨の騎士と対峙しているかのような重圧(プレッシャー)を感じていた。

 構えにも隙がなくなり、迂闊(うかつ)に手を出せば鋭いカウンターの餌食となりそうな雰囲気を纏っている。

 イグナーツとの一騎打ちがユーリの成長を促した事は想像に難くなかった。


『このまま見合っていても埒があかぬ。ひと当てしてみるか』


 ヘルベルトがそう考えた時だ。

 彼が動くより先にユーリが動いた。


「ぬっ!?」


 目の前のユーリが陽炎(かげろう)のように一瞬ぼやけ、次の瞬間にはがら空きの腹部に衝撃が走った。

 ヘルベルトは初期の構えから動く事すらできず、一瞬で間合いに入ってきたユーリを呆然と見下ろしていた。


「そこまで!」


 デモルバの声が響き渡る。

 しかし、誰もが息をする事を忘れたように呆気に取られ、訓練場は静寂に包まれていた。


「申し訳ございません。寸止めするつもりでしたが少し当たってしまいました」


 剣を引いたユーリがヘルベルトに謝罪する。

 当たったとはいえそれほど強く当たった訳ではない。どちらかと言えば勢い余って当たった感じだ。暫く(あざ)ができるくらいで骨や内臓にダメージはないだろう。


「い、いや、大丈夫だ。問題ない」


 我に返ったヘルベルトは、そう言って漸く構えを解いた。

 両者の実力はほぼ互角だと思われていたが、勝負は一瞬で決着が着いた。

 ほんの僅か思考に注力を割いたヘルベルトの隙を見逃さなかったユーリに軍配が上がった。


「驚いたぞ。流石に一番隊隊長は伊達ではないな」


 ヘルベルトは改めてユーリの強さを賞賛した。

 表情に多少悔しさが(にじ)んでいるのは、まだ自身の中で敗北を消化し切れてないからだろう。


「いいえ、流石はヘルベルト様です。今回は私がギリギリ勝利を収めましたが、次やればどうなるかは分かりません」


 ユーリは右手を差し出しながらヘルベルトを称える。

 イグナーツを倒してから自信を深めていたユーリだったが、今回は一瞬の隙が勝負を分けた。次も同じような結果になると考える程ユーリは楽観的ではなかった。クラウスと共に長い間トルスター軍を支えてきたヘルベルトを、ユーリは素直に賞賛するのだった。


「きゃあ、わたくしのユーリが勝ちました!」


「うん、見れば分かる」


 何度も飛び跳ねて喜びを表すエステルに、トゥーレが醒めた様子で答える。

 非常に見応えのあった戦いに内心では興奮しているトゥーレだったが、それを見せればエステルが手を付けられなくなる程興奮する事が解っているため、表向きには平静を装っていた。


「んもう、お兄様はもっと喜んでもよろしくてよ」


 夫であるユーリが勝利したのだ。エステルは兄の冷めた態度に不満そうに頬を膨らませる。


「エステル様、もちろんユーリ様が勝利した事はトゥーレ様も嬉しくない筈はございません。しかしトゥーレ様は領主として特定の者に肩入れする事はできません。どうかお察し下さいませ」


 リーディアは苦笑を浮かべながらやんわりとトゥーレの立場を説く。

 彼女が言うようにいずれか一方に肩入れすれば後の禍根となりかねないのだ。例えどちらも気心が知れていたとしてもだ。本人にはそのつもりがなくとも周りが騒ぎ立てるために意に反して動かざるを得なくなる場合もあるからだ。

 だが今はそれよりもユーリの成長に驚いていた。

 かつてのように激情に駆られて無防備に正面から突っ込む姿はもうどこにもなかった。


「十の訓練よりも一の実戦、か・・・・」


 先日ユーリ自身が言っていた言葉を口にする。

 その時は『何を馬鹿な事を』と考えたが、目の前のユーリを見ていると(あなが)ち間違いでもないのかと思い始めてきた。

 イグナーツとの一騎打ちはそれほどの変貌をユーリにもたらしていたのだった。


「第四試合、勝者左翼大隊一番隊隊長、ユーリ・ロウダ卿!」


 勝ち名乗りが告げられユーリが右手を突き上げると、周りから大歓声が沸き起こった。

エステルはちゃっかりユーリを自分のものだとアピールしています。

次回、決勝戦といきたい所ですが、雰囲気に当てられた脳筋どもの模擬戦です。

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