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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第四章 伝説のはじまり
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11 十の訓練より一の実戦

「さて、どうしたものでしょうな」


 クラウスがそう言って嘆息(たんそく)し、その言葉を受けてヘルベルトも頭を抱えた。トゥーレですら腕を組んで天井を見上げて難しい顔を浮かべている。この三名以外も彼らと同様、深刻な表情を浮かべて黙り込んでいるため部屋には非常に重く沈痛な空気が漂っていた。

 トゥーレの執務室での会議である。

 参加者はトゥーレの他は六名だ。クラウスやヘルベルトに加え、ユーリやルーベルトといった若手たちやピエタリが参加している。またネアンに移ってから新たに重用されるようになっていたケビも参加者として座っていた。

 ケビは四十歳を越えていて、このメンバーの中では最年長だ。

 あのシルベストルの長男であり、父と同様の紳士然とした風貌でありながら武官という、見た目とのギャップが激しい男である。クラウスやヘルベルトと比べてそれほど武力は高くないが、クラウスですら一目置く程の指揮能力に優れた人物であった。

 因みにシルベストルにはもう一人シルヴォという次男がいる。

 ケビと違って彼の方は背も高くがっしりした体格をしているが、彼も武官のような見た目と違って内政官としての能力に優れていて、現在はサザンでシルベストルの補佐をおこなっている。

 兄弟二人揃って()()()()()の外見で、今日はケビだけだからまだいいが、二人が揃っていると見た目に騙されて非常にややこしくなるのだった。


「動き自体は良かったと思いますが・・・・」


「連携面はむしろ悪くなってるじゃないか!」


 そのケビが言葉を濁して意見するが、ヘルベルトはばっさりと切り捨てた。

 ケビが言うように全体的な動き自体は良くはなっている。だが古参の騎兵や歩兵を中心とした主力部隊と、経験の浅い竜騎隊や鉄砲隊との連携は相変わらず悪かった。それどころか連携面で言えば以前よりも悪化していた。

 全体的な兵たちの動きは戦いを経験した事で鉄砲隊の動きは見違える程となっている。装填や廃莢がスムーズになり陣形の変更も素早い。しかし修羅場を生き残ったという自信を持った彼らは、指示通りに動く事はできるようになっていたが、各自の判断に任せた途端に周りを無視して動きだして収拾が付かなくなるという有様だった。

 訓練序盤にはその動きの良さに『ほう!』と感嘆の声を上げていたトゥーレだったが、訓練が進むに連れて口数が減り、最後には見なかった事にしようとする程だった。


「申し訳ありません」


 ユーリの隣に座るルーベルトが居たたまれなくなって頭を下げた。


「どうしてああなった?」


 額に青筋を浮かべたクラウスが、怒りを堪えながら息子に問いただす。

 今回はクラウスの合図に合わせて隊列の変更や突撃、そして整列してからの行進をするだけの簡単なものだ。そのためクラウスを除いた彼らは部隊の指揮を執らずに見物していただけだった。

 その中で一際異彩を放っていたのがルーベルトの鉄砲隊だった。

 彼らは訓練序盤は問題なかったものの、途中で突撃訓練となった途端に『ヒャッハ―!』と奇声を発し暴走し始め、最終的には各部隊を混乱の極みへと叩き込んでしまったのだ。


「カ、カントでの戦い以来、妙な自信を持ってしまったようで・・・・」


 カントの戦い終盤の反転攻勢に出た際、イグナーツの部隊を混乱に陥れデモルバの部隊を壊滅に追いやった。その際、ルーベルトに続けて暴走気味の兵が飛び出していた事をユーリは思い出していた。しかしあの時は多くても十数名だった筈だ。だが今回暴走していたのはルーベルト隊の全員だった。

 戦いから三年経つ間に変態が部隊全体に蔓延した事になる。


「馬鹿者! それを抑えるのがお前の役目だろうが!」


「そ、それは私も分かっております。これまで何度も注意してきましたし、話し合いもおこなってきました。言い訳をするようですが私が指揮する場合に問題が起こった事はございません」


 クラウスの怒声に首を(すく)めながら、ルーベルトは必死で弁明する。彼の言う通りにこれまでの訓練では暴走するような事態にはなっていなかったのだ。そのためルーベルトも自信を持って今回の訓練を見守っていたくらいだ。

 だがその結果が()()()()()()だったのだ。


「それでこうなったというのか?」


 クラウスがわなわなと身体を震わせて天を仰いだ。

 他のメンバーも残念そうに首を振り、大きな溜息を吐いている。

 戦場で統制がとれないというのは致命的だ。それまで優勢で進んでいた戦いが、それがきっかけで一気にひっくり返る事もあるのだ。


「トゥーレ様、ルーベルトの隊は今のままでは作戦に組み込む事は不可能です。火力だけで言えば我が軍随一を誇るため惜しい気持ちはありますが解体するのが最善かと」


「クラウス様。それは少し性急かと存じます」


 部隊の解体を進言したクラウスだったが、ユーリから反対の声が上がる。

 そしてギロリと睨むクラウスに怯む事なく彼は持論を披露した。


「確かに今のままではルーベルト隊を戦場に出すのは危険です。クラウス様の言う通り部隊を解体するのはひとつの手段だと私も考えます。しかし解体するという事はあの者(変態)たちを各隊に振り分ける事になります」


「仕方あるまい。ひとつに固めておけば作戦に支障を(きた)すではないか」


「果たしてそうでしょうか?」


「どういうことだ?」


「・・・・分散させた事で逆にあれが蔓延するという可能性もあるかと」


「まさか!?」


 大きく目を見開いたクラウスが思わずルーベルトを見つめ、他の者も驚愕に息を呑んだ。

 今でこそルーベルト隊だけに留まっているが、解体して各部隊に再配置をおこなうとする。その後、彼らの変態具合が落ち着けばいいが、逆に蔓延してしまった場合は軍全体が制御不能となってしまうかも知れない。


『ゴクリ』


 その恐ろしい想像ができたのだろう。執務室に誰かが生唾を飲む音がやけに大きく響いた。


「やってみなければどうなるか分かりません。私の心配がただの杞憂(きゆう)に終わる可能性もございます。それでもクラウス様は彼らを受け入れるお覚悟はありますか?」


「ここは現状維持としルーベルト隊の運用の判断は保留か、梟隊(ふくろうたい)と同様ルーベルト隊をトゥーレ様直轄部隊とするのがいいのでは?」


 ユーリの言葉に言葉をなくしたクラウスに代わって、ヘルベルトがトゥーレの直轄部隊として独立させてはどうかと提案をする。


「それはいいかも知れませんな」


「ちょっと待て!? 何故そうなる?」


 今まで我関せずと話を聞いていたトゥーレに突然流れ弾が飛ぶと、流石に慌てた様子で顔を上げた。それに対してヘルベルトは落ち着いた口調でその理由を述べる。


「だってそうではないですか。このままでは連携に不安が残ります。先程クラウス様が言われたようにルーベルト隊の殲滅力(せんめつりょく)は我々の切り札に成り得ます。それを活かすならば遊軍に近い役割を与えた方が良いのではないでしょうか?」


「言ってる理由は理解するしその方法が今のルーベルトを最も活用できる方法だろう。だがそれだと今までと変わらないじゃないか。今すぐとは言わんが俺は鉄砲を装備した部隊を主力にしたいんだ」


 遊軍とは遊撃隊ともいい戦列に加わらないが、時機をみて出撃して敵を攻撃したり味方を助けたりする部隊の事だ。

 ユーリが言うように連携に不安のある部隊は単独で運用した方が使い勝手はいいだろう。

 しかしトゥーレは将来的に鉄砲隊を主力としたい考えだった。

 習得には訓練が必要だったが、イグナーツのような名の通った騎士でさえ命中すれば一撃で仕留める事のできる武器が鉄砲だ。ルーベルトのように用途によって鉄砲を使い分けなくても、集団の一斉射撃による面制圧する力は圧倒的だった。

 今はまだ弓の上位互換くらいの考え方が一般的だが、近い将来には槍や騎馬による突撃などは過去のものとなる可能性をトゥーレは見ていたのだ。


「今でこそ三割程度の鉄砲装備率だが、できればこれを五割以上に引き上げていきたいと思っている」


「五割以上、ですか?」


 クラウスやヘルベルトが戸惑ったように顔を見合わせる。

 トゥーレの理想を言えば全兵士が鉄砲を装備し装備率百パーセントとする事だ。だがいくらサトルトで量産体制を整えているとはいえ、全員に行きわたらせる事は現時点では不可能に近い。


「現在の我らの鉄砲装備率はルーベルト隊が八割、次いで私の隊が六割と言った所でこれらでも全軍の三割しかありません」


 ユーリのその説明にトゥーレは頷いた。

 先の戦い時は両部隊とも百パーセント近くの装備率を誇っていたが、その後のメンテナンスや人員の補充によって比率を減らしていたのだ。


「今後は二人の部隊は再び百パーセントの装備率を目指して貰う。だがそれだけでは五割の達成は不可能だ。そのため二人以外の部隊にも積極的に導入して貰いたいと考えているが、部隊の一部だけの転換は考えていない。するなら部隊ごとに取り組んで欲しい」


「ちょっと待ってください。それは我々もですか?」


 思わずといった調子でクラウスが声を上げた。

 ヘルベルトにしろクラウスにしろ、これまでは純粋に個人の武力に頼った戦い方だった。経験からくる指揮能力も高いが、どちらかといえば部隊の先頭に立って敵に突撃していくスタイルだ。


「もちろん将来的にはそうなって欲しいと考えているが今はまだ貴様たちの突破力も必要だろう」


 トゥーレはそう言ってクラウスやヘルベルトに猶予を与えた。

 流石に現在の主力を形成している彼らの部隊を、問答無用で転換させる程周りが見えていない訳ではない。もし彼らにそれを命じれば、トルスター軍での影響力からいって鉄砲への転換が加速する筈だ。だが彼らにはこれまで自らの力で戦場を生き抜いてきた誇り(プライド)がある。そう簡単に事が運ぶとは考えてはいない。下手をすれば戦闘力を大幅に減らすことになるかも知れなかった。

 いかにトゥーレでも、これまでの貢献を無に帰すような命令を下す事はできなかった。


「もちろんルーベルトのように鉄砲を極めたいというなら止めはしないが」


 最後にトゥーレが冗談めかしてた事で笑いが起こった。


「所でルーベルト隊はともかくユーリ隊の動きは見違えたぞ!」


「そうだな。我らの動きに引けを取らなかったあの動き、以前の合同訓練ではなかったものだ。できれば一体どうやって鍛えたのか教えていただきたい」


 話題は先の訓練でのユーリ隊へと変わる。

 ルーベルト隊の暴走状態(ヒャッハ―)衝撃(インパクト)が強すぎて見落としがちとなるが、ユーリ隊の動きも見違えるように良くなっていた。

 最年長のケビがその秘訣を聞きたいと親子程年の離れたユーリに素直に尋ねると、他の者の視線もユーリに集まった。

 いきなり注目の集まったユーリは、居心地が悪そうに身動(みじろ)ぎをすると困ったように指先で頬を搔く。


「何か秘訣があるのでしょう? 勿体ぶらずにご教授願いたい」


「ケ、ケビ様、落ち着いてください。ちゃんとお伝えしますから」


 教える事を渋っていると捉えたのか、ケビは身を乗り出すようにしてユーリに迫る。その勢いに押されるかのように顔を引きつらせたユーリが、両手で押しとどめる仕草でケビを落ち着かせる。

 そして椅子に座り直した事を確認すると静かに語り始めた。


「実は私もあの動きの良さには内心驚いていました。訓練の内容や方法を変更した訳ではないですから。ただ違いを上げるならば一点だけございます。恐らく死線を潜り抜けて来た事が原因かと考えています。ご参考になるかどうかは分かりませんが」


 ユーリとルーベルトの部隊は最重要地と言われたカントの防衛を担っていた。

 そこで隻眼の虎と恐れられたイグナーツと相見え、窮地に陥るも最後はユーリが一騎打ちにてイグナーツを討ち取ったのだ。


「『十の訓練より(ひとつ)の実戦』と言うようにその時の経験が兵の成長を促したのではないかと愚考いたします」


 ユーリのその言葉に一同の頭に一斉に『?』が灯った。


「ん? 十の訓練より、何だって?」


()()()()()()()()()()です。トゥーレ様」


 ユーリがゆっくりとその言葉を繰り返す。


「何となく意味は分かるが聞いた事ないな。誰の言葉だ?」


「私の言葉です。今思いつきました」


 暫く考えていたトゥーレだったが、思い当たる内容を見つけられなかった様子でユーリに説明を求めると、彼はそう言って得意そうに笑うのだった。

ルーベルト菌が蔓延しています。

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