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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第四章 伝説のはじまり
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10 デモルバ・オグビス

 王朝より正式にエリアス討伐を命じられたトゥーレは、レオポルドとの会談後から先送りとしていた軍事面の準備に取りかかることとなった。

 カモフでは長年慢性的に兵力の少なさに喘いでいたが、それは領地の小ささと辺境という過疎地によるところが大きい。だがストール軍からネアンを解放した後、領内でギルド制度が正式に廃止となっている。それに加えて移住者への租税免除と相まって、カモフへと移住希望者が大幅に増えていた。

 ネアンは城壁を取り壊した事と相まって街区が大きく拡大していたため、増えた住民の受け入れが容易だった。またネアンとは別に周囲にも新しい集落ができつつあってネアン周辺が活気づいていた。

 現在は街の建設に多くの人材を投入しているが、流石に何時までも建設ラッシュは続かない。彼らの多くは新しい兵力として転換していく予定だった。

 一方でその活気に乗り遅れたかのような状況となっていたのはサザンだ。

 戦後、定期的に開かれていた市は再開されていたものの、今まで多くを占めていたフォレスの商人が激減していたため、かつてのような活気とはほど遠くなっていた。

 またトゥーレを始めリーディアやエステルなどの若者が相次いでネアンに移っていった影響もあってカモフの中心がネアンへと移りつつあり、岩塩の買い付け部門だけを残してネアンへと本店を移転する商人も相次いでいた。

 それまでサザンの小さな街域に対して過剰な人口密集が長年の問題となっていたのだが、それによって解消されつつあるのは皮肉な話だった。

 サザンの旧領主邸、現在のサザン公館では変わらず多くの使用人や下働きが忙しく立ち働いていたが、馬場を挟んだ別館はリーディアらがネアンに移ってからは閑散としていた。

 馬場に面したテラスに飾り気のない無骨なテーブルや椅子が設置されていた。

 その椅子の一脚に現在の別館の主人が腰を下ろしていた。年齢は三十歳半ばくらい、見るからに武人といった出で立ちで、飾り気のない家具にぴったりな男だった。

 殆どその男専用となっていたテーブルセットだったが、この日は珍しく彼の対面に座る人物がいた。


「負傷の後遺症がないのは幸いでした」


 男の向かいに腰を下ろすトゥーレが涼やかな笑顔を浮かべる。


「正直なところ両足で再び立ち上がる事ができるとは思っていませんでした。それもこれもトゥーレ様に手配していただいた医者のお陰です」


 そう言って髭面の男、デモルバは頭を下げた。

 彼は三年前のカントでの戦いでストール軍の騎士としてユーリたちを大いに苦しめた。だが戦い終盤の乱戦の際にルーベルトによって狙撃されて落馬し、その後トルスター軍の捕虜となっていたのだ。

 落馬の際に馬の下敷きとなり両足を骨折する重傷を負っていたが、手厚い看護とリハビリによって後遺症はなく無事に完治していた。

 現在は別館で他の捕虜と一緒に軟禁状態となっている。常時監視は付いているものの、別館と馬場の間であれば自由に出歩く事も可能だ。許可が出れば外出もでき、今年の春の市も遠目であったがひっそりと見物していた。


「いや私は優秀な人材をこのまま錆び付かせるのは惜しいと感じたまでの事。それよりもリハビリはかなり辛かったと聞いている。以前と変わらぬ程快復されたのはデモルバ様の努力の結果でしょう」


 立場上デモルバは捕虜の扱いであり、今も彼の後方には二人の兵が監視に付いているが、それ以外はデモルバを客人として遇していた。

 収監当初は重傷にもかかわらず監視の目を盗んで、逃亡や自死を選ぼうとすることもあった。

 もちろん彼だけでなく他の捕虜たちもそうだったが、そんな彼らへの献身的な治療によって態度を改め、現在では逃亡を企てるような者はいなくなっていた。

 かつてのエン砦の失陥によって騎士位を剥奪された彼は、対トルスターの急先鋒の筆頭と見られていた。だがそのデモルバも当初の(かたく)なだった態度を一八〇度変えた一人だった。


「いえそれもこれもトゥーレ様に整えていただいたこの環境のお陰です」


「監視を解く事は流石にできないので不自由をかけるが、それ以外であればできる限り対処するよう伝えている。シルベストルに言えば対応してくれるだろう」


「捕虜の身ですのでそれは(わきま)えているつもりです。それどころか先日は馬まで用意していただきありがとう存じます」


 デモルバは快癒(かいゆ)した身体を慣らすため、トゥーレから乗馬の許可を得て先日から馬場に出るようになっていた。

 これは駄目元で依頼したデモルバが逆に訝しんむ程、トゥーレはあっさり許可を下した。


「俺も経験があるがのんびりするのも数日が限界だった。貴殿のように五体が満足なら尚更だろう。動きたくとも動く事のできない辛さは分かるつもりだ」


 かつて自由に出歩く事さえままならなかったトゥーレだ。捕虜扱いとは言え体調が万全な状態で行動を制限される辛さは誰よりも知っていた。


「療養により体力が随分衰えておりましたので助かりました。これで冬の厳しさがなければ言う事なしなのですがね」


「そればかりは流石に慣れてくれとしか言えんな」


 冗談めかして笑顔を浮かべたデモルバに、トゥーレは申し訳なさそうに苦笑を浮かべるしかなかった。

 カモフ生まれのトゥーレにとっては冬篭もりは当たり前の事だったが、リーディアやデモルバにとってはそうではない。冬篭もりしなければならない程の冬の厳しさというのは、体感したとしても信じ難いものだった。


「それで、トノイの様子は何か分かったでしょうか?」


 会話が途切れたタイミングでデモルバがトノイの様子を尋ねてきた。

 最後には味方から切り捨てられたとはいえ、生まれ育った故郷の事は気になるのだろう。また捕虜になった彼らの大半が、恋人や家族をトノイに残してきているのだ。気にするなというのは無理な話だろう。


「先日届いた報告ではラドスラフ殿がトノイ近郊に兵を展開し、クスター殿に退陣を迫っているそうだ。クスター殿とドゥシャン殿との緊張はますます高まり、両者の衝突は最早時間の問題のようだ」


 トノイではドーグラスから後継に指名されていたクスターと、弟のドゥシャンとの間で緊張が高まっていた。

 内政官からの支持が厚く後継として指名されていたクスターと、気性が激しく武官からの人気が高かったドゥシャンとは幼い頃より仲が悪く衝突する事も多かった。

 ドーグラスが討たれた後の混乱時、カモフからいち早く離脱したラドスラフにそのドゥシャンが接触。ラドスラフはトノイに残っていた武官たちを纏め上げてドゥシャンへの支持を表明した。そのためトノイはクスターを推す派閥とドゥシャンを推す派閥によって二分される事となった。

 現在の所、全体的にはクスターが優勢でありトノイも彼が支配しているが万全という訳ではなく、ドゥシャンの方にはラドスラフを始めとする多くの武官が支持を表明しているため武力衝突に発展すればドゥシャンが有利だともっぱらの噂であった。


「内輪で揉めている時ではないだろうに・・・・残念ですな」


 デモルバは無念そうな表情を浮かべた。

 また領都以外でもドーグラス時代に併合していた領地で、旧領の騎士を中心に武力蜂起の動きもあった。こういう状況では兄弟力を合わせて統治していかねばならないが、最早穏便に解決する事は不可能に近い。


「このまま衝突に発展すればどちらが勝つにせよ、今後ストール家は二度と表舞台に立つ事はできないだろう」


 内乱で国力を疲弊させてしまえば、トゥーレが言うまでもなく再び拡大戦略を執る事は難しくなる。それどころかストール家自体、生き残る事ができないかも知れなかった。


「流石に故郷のごたごたは気にはなります。できれば穏便に済んでくれればと思いますが、今の私にとってはもうどうでもよい事です」


 デモルバは意外とさばさばした表情を浮かべていた。

 食客(しょっかく)に近いとはいえ彼らが捕虜となって三年経つが、トノイとの交渉は進んでおらず捕虜返還などの目処は立っていなかった。そのためデモルバらの中では切り捨てられたと諦めの境地に近い気持ちが芽生えていたのである。


「今日はデモルバ殿にひとつ報告があるんだ」


 トゥーレは気分を変えるように笑顔を浮かべた。


「ご依頼されていたご家族の行方を掴む事ができたそうだ」


「それは本当ですか!?」


「ああ、長くかかってしまって申し訳なかったが、貴殿の母君と奥方様それにご子息殿を無事に保護する事ができたそうだ。他に依頼のあった者のうち希望者は全員こちらに向かっている。早ければあと十日程で再会できるだろう」


 トゥーレから説明されたデモルバはホッとしたように眉尻を下げ、大きく息を吐いて背もたれにもたれかけた。

 彼の家族を保護したのは、ボリス率いる梟隊(ふくろうたい)の隊員だった。

 梟隊が選ばれたのは、情報収集や隠密行動に慣れている事もあるが、ボリスを含む数名の隊員が旅商人としてトノイに足を運んだ経験があり多少なりとも土地勘があったからだ。

 事前に要請のあったデモルバは捕虜たちの家族に、彼らは手分けして密かに接触していった。


「流石に最初は信じてくれなかったらしいが、家族宛に書いて貰った貴殿らの手紙が大いに役立ったようだ」


 余所者ならば顔馴染みの者にさえ心を開かないと言われる程排他的なトノイの気質だ。接触できたとしても最初は話を聞いてもらえず、逆にボリスらを通報しようとする者さえいたという。家族宛に書かれた本人の手紙がなければ、これほど簡単には事が運ばなかっただろう。


「・・・・ありがとう存じます」


「気にする事はないさ。愛する者と逢えない辛さは分かるつもりだ。それに打算もない訳じゃないしな」


 以前からデモルバらにトゥーレは麾下(きか)に加わるよう要請していた。所謂(いわゆる)スカウトである。

 だが麾下に加われば彼らの家族に刃を向けなければならなくなる可能性もあり、彼らはその要請をキッパリと断っていた。それ以来トゥーレがその事を口にする事はなく、彼らを客人として扱ってきたのだった。


「以前俺が言った言葉はまだ有効だ。気が変わったと言うなら何時でも歓迎するぞ」


 トゥーレはそう言って(おど)けて見せ、続けてデモルバも驚愕する提案をおこなった。


「何にせよ家族と合流を果たす事ができれば貴殿らを解放する予定だ」


「なっ!?」


「ウンダル方面で忙しくなりそうだからな。交渉に応じる気のないトノイに何時までもかまけてはいられない。何、暫く生活に困らないくらいの手当は弾むつもりだ。トノイに戻るもよし冬の穏やかな地に移るのもよし。其方(そなた)らの自由にするがいい」


「よ、よろしいのですか? 再びトゥーレ様に刃を向けるかも知れませんよ」


「残念だがそれは仕方ない事だ。俺は其方らの家族を人質に取ってまで従わせようとも思わん。もちろん麾下に加わるというなら喜んで迎え入れよう。だが、再び我らの前に立ち塞がるというならもう一度打ち破るまでだ!」


 戸惑った声を上げたデモルバにトゥーレは突き放すように挑戦的な笑みを浮かべた。


「では家族が到着するまで楽しみに待つがいい」


 トゥーレはそう言うと席を立ち足早に歩き出す。


「トゥーレ様!」


 デモルバはトゥーレの背中に思わず声を掛けていた。


「これだけの恩を賜りながら黙って去る程私は恩知らずではないつもりです」


 そして決意の篭もった目でトゥーレを見上げる。

 この日、旧デモルバ隊の捕虜三十二名全員がトゥーレの麾下に加わった。

エン砦での見事な進退を見せ、カントでもユーリらを大いに苦しめたデモルバがトゥーレの配下に加わることになりました。

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