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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第四章 伝説のはじまり
184/204

8 勅令下る(1)

 ネアン官邸は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなっていた。

 原因は十日前に届いた先触れを告げる手紙だ。

 現アルテミラ王の第三王子であるレオポルドが、ネアンへの下向を伝えてきたのだった。

 一方的に告げられた日程によれば、旅程が順調ならば本日には到着する予定となっていた。だが王族を迎えるには十日では流石に準備期間が短すぎた。

 レオポルドがそれほど格に頓着しない性格だとはいえ相手は王族だ。

 先触れでも気遣い無用と記されていたが、迎える側としてはそれをそのまま受け取る事はできない。彼に従う多くの側近らも主人と同じ考えではなく、万が一不興を買えば簡単に首と胴体が離れ離れとなってしまうからだ。

 レオポルドが滞在する事になる部屋の調度は、王族の格に合う最上級の品に全て取り替えられた。面会に使う広間も清められ、レオポルドが座る事になる椅子や絨毯も大急ぎで入れ替えられた。

 当然全ての調度品が短期間で用意できる物ではなく、足りない分はサザンから運び入れて何とかギリギリ期限内で体裁だけは間に合わせたのだった。


「できればこういった短納期の依頼はこれっきりにしていただきたく存じます」


 相変わらず青い顔を浮かべながら胃の辺りを(さす)っていたルオだったが、ホッとした表情を浮かべながらも流石に珍しくオレクに愚痴を(こぼ)した。


「正直約束はできかねるな。殿下はトゥーレ様と同じだからな」


 表情を緩めたオレクがルオの肩に手を置いてニヤリと笑う。

 『トゥーレと同じ』そう言われるだけで、ルオは胃の痛みが増していくように感じる。

 トゥーレ相手ですらいまだに胃が締め付けられるような緊張を強いられているのだ。それが王族となればどうなるか想像も付かない。


「だが正直助かった。ニオール商会(ルオ)でなければ殿下を迎え入れる準備は終わらなかっただろう。請求はたっぷり乗せてくれて構わない」


 その言葉でルオはこの十日間の苦労が報われた気持ちになった。

 無茶ぶりされる事が多い彼だが、今回の件はこれまでと別格だった。指示された調度に関してはすぐに準備できるものばかりだ。だが問題は王族に対する品格が必要なことだ。普段納品している以上の高級素材で取りそろえる必要があった。

 ルオはすぐに職人や知り合いの商人に声を掛けて、寝る間も惜しんで用意させたのだった。

 以前の彼の許容量を確実に超える仕事量だったが、幸いな事にコンチャが三年間の間に鍛えた番頭たちはルオが思っていた以上に優秀だった。ルオが指示を出さなくとも先を読んで動き、彼の負担を大幅に軽減する事に役立ったのである。

 ニオール商会が面目を施したその翌日、予定より一日遅れてレオポルドがカモフの港へ降り立った。


「久しぶりだな。息災そうで何よりだ」


 桟橋に立ったレオポルドは、出迎えたトゥーレに長旅の疲れも見せずに機嫌良さそうに笑顔を見せた。


「殿下もお変わりなく、いえ、見違えました。一瞬殿下とは気付きませんでした」


 ザオラルの葬儀以来となるレオポルドは、トゥーレが言うように見違える程の偉丈夫へと成長し、誰だか分からない程の変貌を遂げていた。

 背丈はトゥーレよりも高くなり、神経質そうに見えた表情にも自信に溢れている。鍛錬も欠かしていないのだろう、肩幅も広く全体的にがっしりとした印象となって武官と言っても差し支えない程だった。


「そうだろう? これでも苦労したのだ。ま、貴様ほどではないがな」


 そう言ってレオポルドは豪快に笑った。

 以前のどことなく自信なさげで常に警戒していた様な姿を知るトゥーレらは、本当に同一人物なのかとお互いに顔を見合わせるのだった。




「殿下には初めてご挨拶させていただきます。ウンダル亡命政府の代表を務めております、リーディア・ストランドと申します。以後お見知りおきを」


「ふむ、挨拶は初めてだったか? オリヤンの葬儀以来だな。その様子だともう大丈夫そうだな?」


 場所を官邸に移しての公式な謁見の席だ。

 トゥーレはリーディアと並んでレオポルドの前に跪き、二人の後には重臣たちが並んでいた。

 レオポルドは公には公表していないリーディアの目の疾患を(おもんぱか)って、敢えてぼかした言い方をした。そのためこの場に列席していた事情を知らない者たちにはオリヤンの葬儀での塞ぎ込んだ姿か、サザンに逃れてきた当初の昏睡していた姿を気遣ったものだと映った。


「はい、殿下が薬師(くすし)の手配をしてくださったと聞いております。その節はありがとう存じます」


 彼女もレオポルドの気遣いに笑顔で答えると、隣に並ぶトゥーレと共に頭を下げた。


「いや残念ながらそれほど役に立つ事ができなかったと嘆いていたぞ」


「リーディアの件だけでなく、薬師様には先端を行く王都の知識を惜しみなく披露していただき、こちらの薬師や医者の見聞を広げるために大いに役立ちました」


「王都に戻ってきてからも其方らの事を気にかけていた。そう言って貰えると彼らも面目が立つ事だろう」


 自分で推薦した手前バツが悪かったのだろう。レオポルドはトゥーレからカモフの医療に役立ったと聞いて安堵したような表情を浮かべた。


「さて」


 そこでレオポルドの雰囲気が一変した。

 柔和な雰囲気が消えて表情が引き締まり、鋭い目付きで並んで跪く二人を見据えた。

 それに気圧されたように思わず『ひゅっ』と喉を鳴らしたリーディアと、勿体ぶったレオポルドの演出にうんざりしたように軽く溜息を吐いたトゥーレが揃って頭を下げる。


「以前要請のあった件だが・・・・」


 頭を下げる彼らの前で仰々しい仕草で口を開いた。


「この度ウンダル亡命政府がアルテミラ王朝から正式に承認された」


 そう言って蝋封された羊皮紙をレオポルドが彼の側近に手渡し、その側近からリーディアがそれを恭しく受け取った。

 羊皮紙には獅子の紋章で封をされていて確かに王の任命書に違いなかった。

 リーディアは封を切ると丸められた任命書を開く。

 そこには『リーディア・ストランドをウンダル亡命政府代表に任命する』と簡潔な一文が書かれていたが、任命書の体裁はアルテミラ王朝の正式なものとなっていた。


「誠にありがとう存じます。殿下にはお手数をおかけいたしました」


「父に正式に認めさせるのに四年、随分と時間が掛かってしまったがこれでリーディア妃が正式にダニエルの後を継いでウンダル領を継ぐ事が確定した。今後はエリアスは逆賊あるいは簒奪者(さんだつしゃ)と呼ばれる事になるだろう」


 現王朝を否定する考えを持つトゥーレからすれば、レオポルドに頼る事はいわば最終手段だった。

 しかしフォレスを取り戻したいというリーディアの願いを叶えるためには、現在のトゥーレの力では叶える事ができないのが現実だったのだ。

 それに以前会談した際に、彼はレオポルドの評価を改め、ある程度信用してもよいと考えるようになっていた事もある。そのためウンダル亡命政府の承認をレオポルドに求めたのだった。

 内定自体は四年前の時点で既に得られていたが、今回は王朝から正式にウンダル領主として追認されたものだった。


「但し、それに合わせてリーディア妃にはエリアス討伐の命が下った!

 ウンダル亡命政府は早急に軍を興して逆賊エリアスを討ち取れとの事だ」


 続けて発せられたレオポルドの言葉に、トゥーレを始め居並ぶ重臣たち全員が息を呑んだ。

 現状、ウンダル亡命政府とは画餅のような状態でしかなく軍と呼べるものも持っていなかった。

 亡命政府が承認されて公式にエリアスが逆賊と決定した事で、今後亡命政府軍の整備が進んでいくだろうが、現状では精々ゲリラ戦を展開するのが精一杯だ。


「もちろん単独で軍を進めても返り討ちに遭うだろう。そこは婚約者と協力して事に当たるがいい」


 戦力が足りない事は王朝としても充分把握しているのだろう。レオポルドはそう言ってトゥーレにも別の命令書を渡した。


「これは!? ・・・・よろしいのですか?」


「そう書いてある筈だが?」


 戸惑った声を上げたトゥーレにレオポルドがニヤリと笑う。

 陪臣同士の戦いを禁じている筈のアルテミラ政府が、トゥーレに亡命政府と協力してエリアス討伐の命を下すものだったのだ。

他領侵攻への大義名分を得たトゥーレ。

いよいよ彼の伝説が始まります。

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