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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第四章 伝説のはじまり
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5 冬篭もり

閑話にしようかと悩みつつ本編に入れます。

厳しい冬のひととき。

「はぁ・・・・」


 もう何度目の溜息となるだろうか。

 午後のお茶の時間だというのに雨戸で閉ざされているせいで室内は薄暗く、朝からランプの灯が欠かせない。窓の外は相変わらず轟々と強風が吹き荒れていて、戸板を叩く音が途切れる事なく続いていた。

 事実、小さな頼りない明かり取りの小さなはめ(ごろ)しの窓から見える景色では、官邸の周りに植えられていた防風のための植栽が、風によって為す術もなく激しくしならせていた。

 カモフでは珍しくもない冬の日常だった。

 雪はそれほど降らないが身を切るように気温が低く、山から吹き下ろす暴風が吹き荒れるこの季節は、僅か十日程しか外に出る事ができないのだ。

 

「はぁ・・・・」


 赤々と燃える暖炉に手をかざしながら、ロッキングチェアで暖を取っていたリーディアはまた溜息を吐いた。

 カモフに移って三年目。

 これまでは目を患っていた事もあって殆どを屋内で過ごしていた彼女にとって、回復してから初めてのカモフの冬だった。


「姫様、お気持ちは分かりますが辛気臭(しんきくさ)いのでおやめください。皆に悪影響を与えます」


 長く彼女の側勤めを務めるセネイが腰に手を当てて苦言を(こぼ)す。

 部屋にはセネイの他に四名の側勤めがいるが、皆フォレスにいた頃から仕えていて気心が知れている。そのためセネイの言葉も普段とは違って辛辣(しんらつ)だった。


「去年まではそれほど気にならなかったのに、目が見えるようになるだけでこれほど手持ち無沙汰になるとは思いませんでした。これならまだ見えていない方が過ごしやすいです」


「あら、それでしたらこの冬はトゥーレ様とは離れて過ごす事になっていましたが、姫様はそれでよろしかったのですか?」


 目が見えるようになったからこそサザンからネアンへと移って来られたのだ。

 セネイが指摘するように見えないままだったなら、それまでと変わらずサザンで冬篭もりしていたことだろう。


「うっ、そ、それは嫌ですけれど」


「ならば見えていない方がよいなどと二度と口にしないでくださいませ」


「はい、ごめんなさい」


 セネイに叱られたリーディアは、小さくなって素直に謝罪をおこなった。

 彼女以外は既に二度カモフの冬を経験していて、過ごし方も分かってきている。しかしリーディアは目が見えるようになって初めて過ごす冬となるのだ。

 去年までは目の不調を悟られないよう行動範囲を屋内に限定していたが、不調が癒えた現在は制限もない。ましてや見えるもの全てが物珍しい他領での生活である。

 しかし癒えるタイミングが悪かった。

 目が見えるようになって慌ててネアンへの引っ越し準備に取りかかり、漸く引っ越しが終わったと思えば十日もせずに風に閉ざされてしまった。

 リーディアは好奇心を持て余し、悶々(もんもん)とした冬を過ごす事になってしまったのだった。

 

「はぁ・・・・」


「姫様!」


「い、今のは違います。ちょっと考える事が多くてつい出ちゃった溜息なのです」


 言った側から出てしまった溜息。

 思わず目を吊り上げたセネイに慌てて苦しい言い訳をする。

 トゥーレと同様に領主という立場のリーディアだったが、実際に治める土地がなければ仕事は殆どない。毎日忙しくしているトゥーレと違い、午前の数時間もあればその日の仕事はなくなってしまう。

 それ以外にはアレシュやベルナルトと一緒にイザークに教えを請い、屋内訓練場で訓練に励んでいたが、いくら腕を上げているといえども女性であるリーディアと彼らでは訓練の強度が違う。あまり顔を出せば彼らの訓練にならないため、頻繁に顔を出すのは遠慮していた。

 カモフと違ってリーディが生まれ育ったウンダルは、精々大雪が降った際に数日間外に出られなくなるくらいだ。そのためリーディアがこうして悶々としている間にも、ウンダルではエリアスが精力的に動いているのではと考えると、身体に問題がない分焦りに似た気持ちに支配されてしまうのだった。


「そうやって焦っても仕方がないとトゥーレ様も仰っていたでしょう?」


「ええ、それは分かっています。分かっていますが中々難しくて」


 上手く考え方を切り替えられず、リーディアはそう言って軽く舌を出した。

 目の不安もなくなった今、外に出る事ができないことがこれほど精神的にキツいとは思ってもみなかった。

 本格的に冬篭もりの始まった冬の初め、冬篭もりに慣れた彼女の周囲が普段の様子と変わらない中、自分だけがポツンと取り残されたような錯覚に陥った。

 リーディアは言いようのない焦りにも似た不安に苛まれ、不安を払拭するために取り憑かれたように思考の海に潜っていった。

 だが冬のカモフでは考えが浮かび計画を立ててもそれを実行できるのは春になってからだ。その状況に歯嚙みしながら苛立ちを募らせていた。

 そんな彼女を救ったのがトゥーレだった。


「気持ちは分かるが思い詰めてもいい事はひとつもないよ。色々企んでもここでは冬の間何もできないのだから」


 軽く肩を竦めたトゥーレが零した何気ない言葉だったが、それまで沈みがちだったリーディアの気持ちがふと軽くなったように思えた。

 冬の間何もできないのはもちろん彼女だけではない。カモフに住む者に等しく訪れる。冬篭もりで時間だけはたっぷりとある中、堂々巡りの思考に陥り誰もが気を滅入らせる。

 実際にトゥーレも冬の間にあれこれと画策するものの、実行に移すには春を待たねばならず、それまでの間に計画自体が立ち消えになったり、折角実行したものの思っていた程の結果が得られない事も多かったのだという。


「冬の間にしっかり考えておかなければいけない事もあるし、考えるなと言うのは無理な話だ。だからそういうときはできるだけシンプルに大枠だけを決めておくのがコツだよ」


 冬の間は時間だけはうんざりするほどあるため、気がつけば色々と考え込んでしまう。だがその際は綿密な計画は立てるのではなくて、ザックリとしたアウトラインだけを決めておいた方が計画の変更をする際にも修正がしやすいのだそうだ。


「やってみればわかるけど、実はそれがなかなか難しいんだけどね」


 トゥーレがそう言って片目を(つぶ)った。

 慣れるまでは本当に難しく、気がつけば細部に及んでしまう思考にリーディアは何度苦笑したか分からない。

 トゥーレですら何年も繰返し重ねてきて今があるのだ。彼女が簡単にできないのも無理はなかった。トゥーレからその話を聞いた彼女は、それ以降思い詰める事が明らかに少なくなった。

 しかし、それとできる事がないというのは別の話だ。

 体調に問題がない中で、ジッと引き籠もっているしかできないのがもどかしかった。


「冬の食事はまだ我慢できますけれど、単純に外に出る事ができない事がこんなに辛いとは思わなかったです」


 カモフでは早ければ夏の終わり、遅くとも秋になれば冬篭もりの準備が始まる。

 冬の間殆ど外に出られなってしまうため、その間過ごすための大量の薪や食料の備蓄が必要となるのだ。

 冬籠もりの間は燻製(くんせい)や塩漬けされた肉や腸詰め(ソーセージ)などの加工肉のみとなり、パンは日持ちするように水分を飛ばした固いものばかりとなる。

 もちろん加工にはカモフで採れた岩塩がふんだんに使用されるため、味はそれほど酷くはない。だが冬の間に薪や食料が尽きてしまうとすぐに補充することが難しく、そしてそれはそのまま死を意味するため冬篭もりの準備は非常に重要なのだ。

 リーディアらは準備の終わった冬の初めに急遽ネアンへの移動が決まった。

 そのため新しい公邸には彼女らのための薪や食料の備蓄が足りず、サザンで彼女らのために準備されていた大量の物資と共に大移動してきたのだった。




「それでしたら、トゥーレ様にお薦めいただいた本を読めばいいのでは?」


「あの、・・・・今日はそういう気分ではありません」


 セネイの言葉にリーディアは動揺したように視線を泳がせる。

 その様子に側勤めたちからくすくすとした笑いが起こった。


「姫様は読書が苦手ですからね」


「そ、そんなことはありません!」


「あら、この間は静かに読書なさってると思ってみれば、居眠りしてたじゃないですか?」


「そうそう、それも読み始めて二ページ目でしたわよね」


「そ、それは言わないでくださいませ!」


 側勤めから口々に暴露されると、リーディアは恥ずかしさの余り顔を両手で覆って(もだ)え、部屋には暖かな笑い声が響くのだった。

カモフの冬は何もできない日々が春になるまで続きます。

冬篭もりの様子を詳しく書いてなかったので、初めて経験するといってよいリーディアの視点でのカモフの冬の様子を書いてみました。


次回はいよいよあの暴走姫がネアンへとやってきます。

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