18 キビキの大乱
回想回
『王宮騎士団に入った新人が、なにやら凄いらしい』
シルベストルが官吏となって五年。
生来の生真面目な性格から、賄賂などの裏工作を良しとしないシルベストルは、そのため有力な貴族の後ろ盾も得られず、有能という評価を得ながらも下級官吏の身分に甘んじていた。
そのような折、騎士団に入団したばかりの新人の噂を耳にした。
その人物はエリート揃いの王宮騎士団の中でも、抜きんでた実力を持っているという話だった。
それが当時、旧姓のラコアンを名乗っていた若きザオラルだった。
アルテの王宮騎士団は有力な騎士の子息のほか、将来有望な騎士が全土より集められるエリート集団であるが、その分排他的で選民意識が強かった。
そんな中に実力は群を抜いているものの、辺境出身の騎士が入団してきたのだ。しかもその人物は、元々騎士ではなく平民上がりだということで、噂好きな官吏たちの話題に上っていた。
ザオラルは模擬試合で騎士団全員を打ち倒すなど、圧倒的な技量で瞬く間に頭角を現すほどだった。だが傑出した実力があるが故に、エリート意識の高い騎士団の中では妬みの対象となってしまい、決して活躍の場を与えらることはなかった。
それでも日々黙々と鍛錬に励むザオラルの姿を多くの人が目撃していたのだった。
「排他的な騎士団の中で風当たりが強いだろうに」
シルベストルはなんとなく自分と境遇が似ている彼に興味を覚え、機会があれば一度話をしてみたいと考えるようになっていた。
彼にとって幸運なことは、その機会は程なく訪れたことだ。
しかしそれはアルテミラにとっては王国の支配体制の転換点となる大事件だった。
この年アルテミラの治世が三〇〇年を迎え、王都では治世三〇〇年を祝う式典が開催されるなど、祝賀ムードに包まれていた。その一方で王都以外では、ギルドの圧政により人々の不満は高まる一方だった。
ギルドを牛耳る商人たちは、私服を肥やすために規定を超えるような租税を課すことが公然とおこなわれているほどだった。
王国には既にギルドを制御するつもりもなく、ましてやギルドからの多大な献金の恩恵に与っているため、それを手放すことを惜しんで声を上げることさえしなくなっていた。
そのような中、アルテ東方にあるキビキという町で、暴徒が商人ギルドを占拠し立て籠もるという事件が発生した。
暴徒の一団は町に火を点け、逃げだそうとした商人を、家族諸共惨殺してギルドを占拠したのだ。
暴動の人数は当初わずか数十名という小規模だったが、アルテとは指呼の間ということもあり、迅速な鎮圧を狙ったアルテミラ政府は王宮騎士団に討伐を命じた。
政府からの命を受けた騎士団は五〇〇名の討伐部隊を編成し、意気揚々とキビキへと出陣していく。
士気高く出陣していく王宮騎士団だったが、ザオラルはこの時点では討伐軍の選抜からは漏れていた。手柄を上げさせないため、また嫌がらせのために敢えて彼を留守役としたのである。
暴徒の人数も少ないことから、余裕を持って討伐に向かった騎士団だったが、その驕りと油断により、キビキを目前にして暴徒からの奇襲を受け大敗を喫してしまう。
この事は王朝の威信に傷が付くだけでなく、各地で圧政により燻っていた反抗勢力の一斉蜂起を招くきっかけとなり、反乱が全国へと拡大する事態を引き起こしてしまった。
状況の悪化を受けて政府は、王国軍の編成を急ぐとともに各地の領主に賊軍の討伐を命じた。さらに当時の王カルラにミラー騎士の出動を要請することになった。
ミラー騎士とは、アルテミラ王国において騎士位の最上級とされ、騎士を超える騎士としての象徴と位置づけられてる称号だ。王家に連なる者しか許されない獅子の紋章を持つことを許されるだけでなく、戦時下では王の全権代理人として軍の指揮をとることもできる存在だった。
ミラー騎士には王のみが任命でき、また唯一王の命令のみに従うことが許されている。そのため王に次ぐ絶大な権力を持っていた。
権力と引き替えに自由を失ったものの、ギルドの顔色を窺わねば国政すら動かせない王が、唯一自由に動かすことのできるものがミラー騎士なのだ。謂わば王による、王のための私設騎士だった。
ミラー騎士のその歴史は、アルテミラ建国に功績のあった十七名の騎士を任命したことが始まりとされる。
建国当時の混乱期はともかく、国内が安定していくにつれてその数は減少し、一時は三十二年間不在だった時期もあるなど、アルテミラの治世でもわずか六十八名しか存在しない。
騎士を超越したその権力は絶大で、ミラーの名の下には犯した殺人ですら罪に問われることはない。そのため王に比肩する巨大な権力に取り憑かれてしまい、大悪人として歴史に汚名を残す者や在任半ばに討伐されてしまう者も少なからず存在するほどだ。
その重みは任命する王にとっても諸刃の剣といってよく、歴代の王の中で在任中にミラー騎士を任命せずに世を去った王の方が多いほどでなのだ。
国が安定すればその数を減らし乱れれば増える事から、睨み合う二頭の獅子の紋章とミラーという名も相まって、その存在は王国を映す鏡だと言われていた。
出動の要請を受けたカルラ王は、すぐにミラー騎士オリヤン・ストランドにキビキ奪還と反乱鎮圧を命じた。
当時のミラー騎士は、歴代最強と名高いオリヤンが唯一その任に就いていた。
ギルドの圧政に喘ぐ声は多かったものの、王国としては安定した治世が続いていた時期だ。そのため長い間新たなミラー騎士が任命されることがなく、オリヤンは先々代のフリート王により任命されて、二十年の長きにわたり在任していた。
命を受けたオリヤンはすぐに討伐軍の編成に入ると、壊滅的な被害を受けた王宮騎士団から新たにザオラル唯一人を抜擢した。
そして輜重部隊の役人としてシルベストルも従軍することになり、彼は初めてザオラルと顔を合わせることとなったのだった。
オリヤンにより新たに編成された討伐軍三〇〇〇名は、ほどなくキビキ近郊にて賊軍と対峙した。
賊軍は緒戦の勝利以降、近郊の反乱軍を吸収し王宮騎士団撃破からわずか数日の間に、五〇〇〇名を超える規模へと膨らんでいた。しかし数は多くとも寄せ集めに過ぎず指揮系統もはっきりしない賊軍は、戦端が開かれると瞬く間にオリヤンたちに鎮圧されてしまう。
この戦いでオリヤンは、ザオラルに約一〇〇〇名の兵を預け一隊を任せていたが、彼はその期待に見事応えオリヤンとの息の合った連携をとり賊軍撃破に貢献した。
その後オリヤンの信用を得たザオラルは彼と共に各地を転戦し、反乱鎮圧に多大なる貢献をしたとして、カルラ王よりミラーの称号を与えられ、二十年振りとなる新たなミラー騎士の誕生となった。
またシルベストルも高い事務処理能力をみせ、一年に渡る転戦に関わらず補給線を滞りなく維持し続けたことで評価を高め、上級官吏へ推薦されることになる。
しかし軍に帯同中ザオラルにすっかり惚れ込んでいたシルベストルは、その話を辞退すると官吏の職もあっさり辞し、半ば押し掛けに近い形でザオラルの元へと参じたのだった。
以来三十年、ザオラルがミラー騎士を返上してサザンへと帰還した際も、黙って付き従ってきたのだった。
ザオラルとシルベストル、そしてオリヤンの三人が出会うことになったこの戦乱は、発端となった町の名を取ってキビキの大乱という。
この乱が発端となり、中央の支配体制が綻び始めているのを露呈することになった。そしてそれを敏感に察した各地の領主が、独自に動き始めることに繋がっていく。




