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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第四章 伝説のはじまり
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1 新領都ネアン

最終章のはじまりです。

 ドーグラスを討ってから二年の月日が経っていた。

 カモフの新しい領都となったネアンの再建は順調にすすんでいて、領主官邸を含んだ街の中心部には真新しい街並みが現れていた。

 かつての公館が建っていた場所に三階建ての新しい官邸が出現し、その傍ではトゥーレの居館となる領主公邸の工事が急ピッチで進められていた。

 旧公館を囲っていた城壁は完全に姿を消し、代わりに水を湛えた堀と数メートルの高さの塀に置き換わっている。

 街の中央部にあった円形広場は残されているが、官邸と接する北側の一部は官邸へと繋がる立派な門が作られたため現在は半円に近い形となっていて、もはや円形広場と言えなくなっていた。

 街を東西に横断していた大通りと港へと続く港通りに加えて、やや道幅は狭くなるが広場から斜めに延びる通りも新たに整備された。これにより官邸から見れば、広場を挟んで五本の通りが放射状に延びる形となっている。

 街の中心部から離れた外縁部付近にはまだ更地が目立っているものの、現在も多くの大工や人足が働いていて、いたる所から槌音(つちおと)がかしましく響き、徐々に新しい建物が現れ始めていた。

 トゥーレが官邸の建設に取り掛かったのは、街の区画整理が一段落ついてからだった。

 街の再建と平行して建造が進められた官邸が完成し、盛大な完成式典が執り行われたのはこの年の春の終わりの事だ。

 これによりそれまでサザンで代行していたカモフの公式行事が、漸くネアンで執り行えるようになった。それを一番喜んでいたのはもちろんシルベストルだ。


「これでやっとサザンは静かになります」


 行事の度に準備に奔走していたシルベストルは、心底ホッとしたように愁眉(しゅうび)を開いたのである。

 ネアンで行事が執り行える事になったとはいえ公邸は建築中のため、トゥーレの住まいは未だに仮屋敷のままだ。公邸の建築工事は進んでいたが、トゥーレが相変わらず街の復興に優先的に人を回していたからだ。

 それでも定期的に視察(監視)と称してやって来るシルベストルの手前、余り後回しにする訳にはいかず、何とか今年中には完成する目処(めど)が立っていた。


 全体的に見れば復興半ばといった(おもむき)が色濃く漂っているネアンだったが、それでも新たな人の流入によって街には活気が満ちていた。

 トゥーレはネアンに領都を移すにあたって、まずカモフ領全体でギルド制度を撤廃した。

 撤廃とはいっても既にギルドはザオラルの手によって骨抜きにされて十年近く経っていた。またネアンのギルドは、先の戦いの際に有力者が力を失っていた事もあって激しい抵抗などはなく、静かにその役目を終える事となった。

 そしてかつての父の政策に(なら)って、新たにネアンへ移住してくる者には三年間の租税の免除を布告したのだった。

 岩塩の中継地として発展してきたネアンは、谷の中に位置するサザンよりも遙かに交通の便がよく、そのため布告直後から多くの商人たちが流入することとなった。

 ネアンは元の街域自体もサザンより広かったが、今ではかつての一・五倍ほどにまで街が広がっていたのである。


「トゥーレ様、ご無沙汰しておりました」


 官邸の真新しい小広間で、ニオール商会のルオが挨拶をおこなっていた。

 相変わらず顔色が悪く胃の辺りを押さえている。知らない人が見れば非常に心配になるが、彼の場合は何時会ってもこのような様子だ。トゥーレはこれがルオの通常だと、随分前から気にしない事にしていた。

 彼の少し後には妹のコンチャが笑顔を浮かべて控えている。


「久しぶりだな。どうだ、転居は終わったか?」


「おかげさまで(つつが)なく終わりましてございます」


 ニオール商会は領都の移転に合わせて、この度ネアンへと本店を移していた。

 新しい本店は円形広場の傍にあり、引っ越しの準備や細々とした作業のため、ルオはここ一ヵ月近くサザンとネアンを忙しく行き来していた。

 疲労の浮かんだ顔色は少なからずその影響もあるのだろう。


「サザンの方も引き継ぎは順調にいきそうか?」


「はい、元々サザンで店を構えておられたので問題ありません」


 今回移転するに当たってサザンのニオール商会は、最初暖簾分(のれんわ)けではなく店舗ごとそのままオレクの両親に譲って、かつてのヤルトール商店を復活させようとした。

 しかし『もう終わったこと』としてオレクを含め彼の両親は、ヤルトール商店の復興を頑として聞き入れなかった。そのため最終的には暖簾分けすることになり、オレクの両親はニオール商会のサザン支店長として店を任されることとなったのだった。


「サトルトはどうするつもりだ? ここからでは少し距離があるだろう?」


「戦いが終わった今、火急の用件がそれほどあるとは思えません。余程の事がございません限り定期的な訪問で充分かと存じます。また、後任の育成を進めております故それほど負担増とはならない筈です」


「ほう、漸くか?」


 苦笑したトゥーレが軽く驚いた表情を浮かべた。

 ルオといえば苦労を買ってでも抱え込むような人物だ。

 何でも自分で決済しなければ気が済まない性分であり、そのせいで一時は疲労困憊(ひろうこんぱい)で見ていられない状態にまでなっていた。その時はトゥーレが強引に出仕禁止にしたため事なきを得たが、そうでもしなければあの時どうなっていたか分からない。

 オレクに嫁いで間もなかったコンチャを、ルオの補佐として戻したのもその様子を見ていられなかったためだ。しかしその年の秋までとしていた手伝いの期限を切っていたものの、結局現在も変わらずコンチャが継続して仕事を手伝っていたのである。


「ようやく兄も人の使い方を覚えなければと悟ったようです。あたしもまさか三年も手伝う事になるとは思いませんでしたけれど」


 兄をチラリと睨みながら頬を軽く膨らませた。

 彼女の皮肉にルオは大汗をかきながら小さくなる。


「ははは、そう言ってやるな。流石に何時までも其方(そなた)をオレクと引き離しておくのは忍びないと考えていた所だ。これに懲りたならしっかり部下の育成に励むことだ」


「はい。半年ほどのお約束だったにもかかわらず、三年もの長きに渡りコンチャをお貸しいただき感謝の念に堪えません。全ては妹という事で甘えていた私の不徳の致すところであります」


「そう思うならまず謝る相手はオレクとコンチャの二人だろう?」


 ニオール商会にとってトゥーレは最大の顧客でありスポンサーだ。

 ルオは顔を上げることもできず、平身低頭して頭を下げ続ける事しかできない。


「そうですわ。そのせいであたしが子を産むことができなくなればお兄様の責任ですからね!」


「おまっ、こんな所で何を口にするんだ!」


 あっけらかんと口にするコンチャに対してルオは真っ赤になりながら慌てて振り返る。

 しかし三年間で随分と溜まっていたのだろう。コンチャはスイッチが入ったように早口で兄やオレクへの不満を口にし始めた。


「だってそうでしょう?

 あたしは新婚でしたのにお兄様のお手伝いのせいで三年も子作りできなかったんですよ。それなのにオレク様が何も言われないからってお兄様ったら本当にオレク様やあたしに甘えすぎだと思いますわ!

 オレク様もオレク様です。何時まで経ってもあたしを迎えに来ないんですもの。ホントにあたしの事愛しているのかと何度も不安になりましたわ!」


 デリケートな内容のため周りの者も微妙な表情を浮かべるだけで、止めに入るタイミングを掴みかねていた。


「ははは・・・・コンチャ、それくらいにしておいた方がよいぞ。それとも其方の赤裸々な話が周りに聞かれてもよいのなら止めぬが」


「あら、あたしったら、今の話は忘れて下さいませ」


 苦笑を浮かべたトゥーレが諫めると、コンチャも流石に真っ赤になって漸く口を閉じるのだった。


「ルオ、これ以上妹に私的な事(プライベート)をぶっちゃけさせたくなければ今後ともしっかりと精進するんだな」


「し、承知いたしました。今後は妹に頼らずに済むよう努力いたします」


 脱線していった会談もトゥーレの軌道修正のお陰で無事に終了する事ができたのである。

 しかし会談終わりのルオのその顔は、今にも倒れそうなほど悪くなっていた事は言うまでもない。

 何とも締まらない会談となったが、これでもルオール商会は現時点で既にカモフでも一、二を争うほどの商店へと成長していた。

 さらに今後その勢いはますます盛んとなっていくのであった。

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