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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
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74 ネアン解放(1)

「暴徒どもが公館前に集まって来ています!」


 その報告が入ったのは、ジアンがクスターの前を辞去しネアン防衛の指揮に向かおうとしていた時だった。

 現在は公館を取り囲む城壁が暴徒を阻んでいるが、公館へと繋がる門の前には、多くの住民たちが思い思いの得物を手に集まってきているという。


「ヒュダはどうした?」


「ヒュ、ヒュダ様は暴徒に襲われ行方不明です」


「まさかヒュダが!?」


 これにはジアンだけでなくクスターも驚愕の表情を見せた。

 現状で全軍を率いる事ができる騎士はヒュダとジアンのたった二人だけだった。

 万難を排して挑んだはずのカモフ遠征だったが、ドーグラスが討たれ、イグナーツは重傷のため離脱、デモルバは生死不明で行方が分からなくなっている。そしてラドスラフは既に戦線を離脱しトノイへと帰還の途についていた。七人の軍団長で六万の将兵とともに臨んだカモフ侵攻だったが、もはや三名の軍団長しかいなくなっていたのである。

 将兵の数で言えば未だ三〇〇〇〇名を有しておりトルスター軍を凌駕しているストール軍ではあったが、軍団を任せられる騎士は驚く程少なかった。

 ドーグラスを筆頭に選民思想の蔓延(はびこ)るストール軍では、軍団長としてドーグラスより信任されるためには譜代の騎士である必要があり、外様というだけで越える事のできない壁が存在していたのである。

 その数少ない軍団長の資格を有するヒュダの行方が分からなくなった今、ストール軍の命運はジアンの双肩に委ねられる事となった。

 この緊急時に際し数多(あまた)いる騎士の中から有力な騎士を抜擢する事も可能だったが、この状況下でいきなり指揮を任せるには荷が重かった。また任命したらしたで、他の騎士からのやっかみも激しく、場合に寄っては足を引っぱられる事になるかも知れなかった。

 選民思想は強力な求心力となって今まで結果を残してきたが、それも強力なリーダーシップを持ったドーグラスがいたからだ。それが破綻した途端、次の人材が育っていないという事態に直面したのである。


「ぐぬぬ・・・・」


 苦悶の表情を浮かべるジアンだったが、更に彼らを絶望へと突き落とすような一報が舞い込んできた。

 『隻眼の虎』との異名を誇り、他領にもその名を轟かせイグナーツが息を引き取ったのだ。


「馬鹿な!?」


 その報告を受けてジアンは立ったまま絶句し、クスターは手にしていた(つるぎ)を取り落とした事にも気付かない程呆然と立ち尽くしていた。

 ユーリによって切り落とされたイグナーツの右肩は、波打ったフランベルジュの切り口によって見た目以上に損傷が酷く、医師団の治療が困難を極めた。そのため懸命の治療の甲斐なく、多量の失血により帰らぬ人となったという。

 疲れ切った表情で報告をおこなったチェスラフの目は、泣き腫らしたのか真っ赤だった。


「・・・・信じられん」


 ジアンがようやく絞り出したその言葉が、この場にいる皆の心情を代弁していた。

 ドーグラスの下で多くの戦線を支えてきたイグナーツの存在は大きく、多くの将兵に安心感と信頼を与えていた。不利な戦況でもイグナーツがいれば兵は奮い立ち、実際に様々な困難を打ち破ってきた実績もあった。

 そのイグナーツが亡くなったという事実は、長年彼と共に戦陣を支えて来たジアンにとっても大きな衝撃だったのだ。




「ようし、撃てぇ!」


 ピエタリが濁声(だみごえ)を張り上げた。

 ジャンヌ・ダルクの船首に新たに取り付けられた漆黒の大砲から、拍子抜けするような気の抜けた音と共に一発の砲弾が発射された。

 オレンジ色の光跡を引いた砲弾は、南門を固く閉ざしていた扉にゆっくりと吸い込まれるように命中すると、無音のまま五メートル程の火球を開かせた。


「うわぁ!」


(かんぬき)が!?」


 扉の裏にいた兵が火球に飲み込まれ、火が消えた後には火球の形に真っ黒に炭化した扉だけが残された。

 扉を固定していた太い閂がボロボロになり、その傍にいた筈の数名の兵も真っ黒に炭化して崩れ落ちた。


「敵が来るぞ!」


「門を守れぇ!」


 城壁の上に立つ兵が声を張り上げ、兵が南門に群がって開かないよう扉を内側から押さえつける。

 そこに衝角(しょうかく)を抱えたトルスター軍が勢いよく突っ込んで来る。

 望楼からも門扉に近寄らせまいと矢の雨を降らせるが、トルスター軍も銃撃で援護射撃を行って突撃をアシストする。


――ドガンッ!


 魔砲弾の攻撃で既にボロボロになっていた門扉は、衝角の威力に耐えることができずに一撃で崩壊し、扉の後にいた多くのストール兵を巻き込みながら崩れ落ちた。


「よし突撃だ! ストール軍を追い出せ!」


 南門前に陣取っていたトゥーレが突撃の命令を下し、一〇〇〇名に満たない部隊が南門へと殺到していった。その部隊の先頭にはクラウスの姿があり、彼本来の得物である長槍を手に勢いよく突撃していく。


「くっ、本来なら私も行く筈だったのに」


 トゥーレの隣ではヘルベルトが、口惜しそうに歯嚙みしていた。


「流石に負傷者を働かせねばならぬほど追い詰められてはいないぞ。今回は大人しくしておけ」


 トゥーレが苦笑を浮かべて手持ち無沙汰にしているヘルベルトを振り返った。

 彼だけでなく負傷者は、今回の突撃では総じて待機や療養を命じられていた。そのためヘルベルト以外の負傷者は、今回ネアンには連れてきていない。

 見た目以上に重症だったヘルベルトにも当然のことながら療養を命じたのだが、彼が頑として首を縦に振らなかったため、仕方なくトゥーレの護衛として帯同を許したのである。

 敵の兵力はまだ三〇〇〇〇名程残っているため楽観はできないものの、残る敵はネアンに籠もるストール軍だけだ。しかし総数でいえば既に半減しており、士気も低下し全体的な動きも鈍かった。

 戦いはまだ終わってはいなかったが、ドーグラスを討ったことでストール軍の士気は下がりきっていて、街中での騒動と相まって抵抗が鈍くなっている。


「ぶっつけだったが()()()試射(テスト)はうまくいったようだな」


 突入していく兵を見送ったままトゥーレは、ボサボサの黒髪を風に(なび)かせながら傍にやってきたピエタリに声を掛ける。


「ええ、ほぼ想定通りです。これなら大砲と違って反動も殆どないため船が揺れて照準が乱れることもなさそうですぜ」


 浅黒い顔に人懐っこい笑顔を浮かべたピエタリが、そう言って満足そうに頷いた。

 昨日までギリギリの戦いを続けていた反動という訳ではないが、このネアンでの戦いには改修が済んだばかりのジャンヌ・ダルクと開発中の新兵器である大砲サイズの魔砲、通称大魔砲を投入し試験運用していた。

 とは言ってもジャンヌ・ダルクの改修は終わったばかりだということと、折角の大魔砲だったがまだ開発途中の新兵器のため肝心の魔砲弾が一発分しかないため、直接戦闘には参加させず大魔砲の試射のみの参戦となった。

 今回の戦いでここまで出番のなかったピエタリは、試射を見届けると船を下りて護衛としてトゥーレの下へと駆け付けたのである。


「そろそろ我々も行きましょう!」


 気持ちが逸っているのを隠すことなく、ヘルベルトがトゥーレを促した。


「お前、どさくさに紛れて暴れるつもりじゃないだろうな?」


「そんなつもりはありません。キチンとトゥーレ様の護衛を務めさせていただく所存です」


 ヘルベルトはキッパリと否定しつつも、若干視線を逸らしてトゥーレを呆れさせた。


「まあいい。ピエタリ、ヘルベルトから目を離すなよ」


「承知いたしました。持ち場を離れるようなら縄でその場に括り付けてやりますよ」


 ピエタリが笑いながら軽口を叩く。

 ヘルベルトとピエタリの付き合いはそれほど長くはなく、これまで接点もそれほど多い訳ではなかった。しかし世代的に二人は同世代であり、この戦いの準備で何度か顔を合わせている内に冗談を言い合う程の仲になっていた。


「それならちょっとばかり暴れても大丈夫そうですな」


「おい!」


「冗談ですよ。トゥーレ様と違って自分の具合くらいは分かってます。今日だけは我慢しますよ」


 そう言って笑顔を見せながら片目を(つぶ)ってみせる。

 その言葉に逆に頬を膨らませたのはトゥーレだ。


「ヘルベルト、それはどういう意味だ?」


「おや、トゥーレ様は散々我々を心配させている事を自覚しておられぬようだ」


「シルベストル様も苦労される訳ですな」


 ヘルベルトはそう言ってピエタリと顔を見合わせ、ピエタリも苦笑を浮かべて同調した。


「・・・・」


 何も言い返せないトゥーレは、肩を落として項垂(うなだ)れるしかなかった。

 その後、トゥーレは二人を伴って南門からネアン市街へと進入を果たしたのだった。

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