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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
168/204

72 暴動(1)

 街の複数箇所から同時に出火した不審火は、徐々に被害を拡大させていた。

 敵が攻め寄せてきたタイミングに合わせての不審火、それが街の至る所で起こった。

 流石にこれをトルスター軍の破壊工作と分けて考える方が不自然だろう。


「辺境の田舎者はこすっからい事が得意と見える。よいか、必ず犯人を見つけ出して広場に晒してやるのだ!」


『はっ!』


 ヒュダは焦りを(にじ)ませた声を張り上げて指示を出し、兵たちは数人ごとに別れて捜索に散っていった。

 トルスター軍を田舎者と(さげす)んだもののそんな事でヒュダの表情は晴れない。

 このまま手をこまねいていては、ネアンの防衛にも支障が出てくる。早急に対応する必要があった。

 昨日引き上げて来た味方の軍勢に紛れて街に入ったのだとすれば、どれだけの工作兵が入っているか分からない。

 トノイのように排他的な土地ならともかく、ネアンは商業都市で多くの人々を受け入れてきた歴史がある。元々トルスター軍の支配地域であり、ここでは余所者はヒュダらストール軍の方だ。今のところ商業ギルドとは友好的な関係を築けてはいたが、それが街の総意ではないことは理解しているつもりだった。

 昨夜は強硬に主戦論を唱えていたヒュダだったが、現在ではその気持ちが揺らいでいた。

 ドーグラスを討たれた事で全軍の士気が想像以上に下がっていたのもあるが、彼にとって最も大きかったのはイグナーツが敗れたという事実だった。

 ヒュダにはどれだけ劣勢に立たされようとも、イグナーツがいれば何とかできるという妄信に近い考えがあった。そのイグナーツが一騎打ちで敗れて右腕を失ったという知らせは、ヒュダの主戦論を根底から覆すほどのショックだったのだ。


「くそっ、こんな辺境で負ける訳にいかぬわ!」


 ヒュダは頭を振って自らを奮い立たせるように叱咤する。

 そこにトルスター軍の攻撃が始まったとの連絡が飛び込んで来た。


「慌てるでない! 兵力はこちらの方が多いのだ! 敵の脅威は火力だけだ。落ち着いて対処すれば早々遅れは取らぬ!」


 ヒュダは顔を紅潮させながら兵を一喝し、落ち着かせるように指示を出す。

 トルスター軍の魔砲はストール軍の中では未だに謎の火力兵器だった。

 鉄砲と同様に弾丸を射出する兵器だという事までは把握しているが、その原理が解明できていなかった。当然ながら鹵獲の命令が全軍に出てはいるが、現在までの所そこまでは至っていなかった。

 その脅威はあるがトルスター軍は如何(いかん)せん絶対的な兵力が足りなかった。城門さえ突破されなければ恐れるに足りないのだ。

 一方のストール軍は兵の数こそ多いが、問題は全軍の指揮を執れる者が不足していた事だ。

 現状では全軍の状況を見て適切な指示を出せる者は、ヒュダとジアンくらいしかいない。代わりの者については部隊の指揮を執る事はできるだろうが、全軍となれば流石に荷が重い。改めてイグナーツ不在の影響が悔やまれる所だった。

 ヒュダは迎撃と不審火の捜査の指揮の効率化を図るため中央広場に総指揮所を設置した。

 サザンと同時期に建てられたネアンは、サザンを一回り大きくしたような街で、市街の構造も城郭都市となっていてサザンに酷似していた。

 街の中央に円形広場があるのはもちろん、東西の門と港のある南門に向かって大通りが走っているのも同じだ。違いがあるのは領主邸の周りに水堀があるサザンに対し、ネアンは公館を囲む城壁があることぐらいで、ほぼ相似形といってよかった。

 円形広場に簡易テントであるユルトを建てると中央に丸テーブルを設置し、上に羊皮紙を広げて簡易的なネアンの地図とトルスター軍の配置を書き込んだ。そうして見るとトルスター軍のある狙いが感じられた。

 トルスター軍の陸上兵力が布陣しているのは東門に偏っていて、西門と南門付近には水軍が並んでいた。

 対照的に北門側には一兵も配置していなかった。荒野となっている街の北側はすぐに山間部となり、そのまま登って行けばエンの峠に辿り着く。


「金髪の小童(こわっぱ)は余程我らをこのカモフから追い出したいと見える」


 トルスター軍の戦力的に街を包囲する事ができないとはいえ、あからさまに偏った兵力の配置に、ヒュダは思わず苦笑を浮かべた。


「消火作業はどうなっている?」


「懸命に当たっておりますが、次々と延焼していて埒があきません! このままでは手遅れとなってしまいます。ど、どうか協力をお願いいたします!」


 消火の指揮を執っていた商業ギルドの役人が、状況を確認したヒュダに焦った様子で金切り声を上げた。

 市街で起こっている火災だが、殆どがギルドの建物やギルド役員を務める商人の邸宅で起こっていた。当初は軍の介入を嫌ったギルドが率先して消化に当たっていたが、徐々に被害が拡大し今では商人たちの手に余る火勢へと強まっていたのだ。


「お前たちが協力を拒んだのであろう。今更泣きつくのは違うのではないか」


「そ、それはそうなのですが。なにぶん火勢が強く・・・・」


「くどいぞ!」


 ヒュダが怒鳴ればその役人は『ひっ』と引きつった声を上げて何も言えなくなり俯いてしまった。

 そこに人の良い笑顔を浮かべた好々爺(こうこうや)といった雰囲気の老人が静かに進み出てくる。


「ヒュダ様」


「ベドジフか」


 ベドジフは役人に何事か指示を出して下がらせると、笑顔を浮かべてままヒュダに近付いてくる。


「我々の初動の対応が(まず)かったのは認めます。彼らには私から言い聞かせておきますので、そう目くじらを立てないで下さいませ」


 ギルド側の非を認めてはいるが、細められた目の奥は冷たい刃のような瞳が光っている。ヒュダでさえも一瞬背筋をぞくりとさせるような眼光でありながら、あくまで(へりくだ)った態度は崩さない。


「小童への対応がありこちらも忙しい。街のことは貴様たちに任せているのだ。そちらで何とかするのが筋であろう」


「ええそれはもう重々承知しておりますとも」


 そう言いながら更に近付くとヒュダの右手に小さな巾着袋を握らせた。その大きさに見合わずずしりとした重みが伝わり、ヒュダの眉が一瞬ぴくりと震える。


「ですので、これはほんの手付けでございます」


 そう言うとベドジフは相好を崩してニヤリと下卑た笑みを浮かべる。


「ふっ、貴様なかなか分かっておるではないか」


「私どもとしましても窮屈だったトルスターの支配には戻りたくございません。できればこのままよい関係を築いていきたいと考えておりますれば」


「ふむ、であるか」


 短く言葉を零したヒュダは右手を素早く懐に潜り込ませ、近くにいた兵を呼ぶ。


「百名ほど連れてベドジフ殿とともにギルドと協力し消火に当たれ!」


「は、はっ!」


 命じられた兵は一瞬虚を突かれたような顔を浮かべたが、すぐに兵を集めるために走り去っていった。


「ご配慮感謝いたします」


「なに、礼には及ばんよ。我らもどこぞの小童と違ってギルドとは持ちつ持たれつの関係でいきたいと考えているのでな」


 ギルドとの関係を精算し距離を置くトルスター家と重視するストール家。ギルドにとっても為政者によって結果を大きく左右することとなる。ギルドとの関係を重視するとのヒュダの発言に、ベドジフは安心したように眉尻を大きく下げた。


「ベ、ベトジフ様っ大変です!」


 そこに商人の男が血相を変えてユルトに飛び込んできた。

 無遠慮な態度にヒュダは眉間に皺を刻み、それを見たベドジフが慌てて男を叱責した。


「ば、馬鹿者! ここはヒュダ様の御前だぞ!」


「申し訳ございません。ですが、至急お伝えしたい案件がございます!」


 叱責にも怯まない様子に、ベドジフは横のヒュダをチラリと伺う。商人のただならない様子にヒュダは不本意ながら頷くしかなかった。

 その様子にホッとした様子のベドジフが促すと、商人はヒュダも驚く程の情報を口にした。


「じ、住民が大挙して商業ギルドに殺到し、焼き討ちに遭っています!」


「なっ!?」


 ヒュダもベドジフもその予想外の言葉に口をあんぐりと開け、すぐに次の言葉が出てこなかった。


「焼き討ちだと!?」


 聞けば戒厳令を出して外出を禁じていた住民たちが蜂起し、ギルドの施設に押し寄せて略奪や放火などをおこなっているという。

 商人から話を聞いた直後から、兵による報告も続々と上がり始める。内容は商人からのものと殆ど同じだ。住民たちは数十人単位でギルド施設やギルドとの繋がりが強い商人の店を襲っているという。


「ヒュ、ヒュダ様! ど、どうかお助けいただきたい。このままでは私の店が!」


 顔を真っ青にしながらベドジフが懇願するようにヒュダに縋り付いた。

 丁度ユルトの正面広場に面したベドジフの店に、松明や赤い魔炎石を手にした住民が殺到するのが見えた。

 住民は固く閉ざされた扉を叩き壊して店舗に侵入し、中から従業員と思しき人物を次々に引きずり出して行く。そこから引きずり出されて来た老婦とそれを守ろうとした息子らしき壮年の男だったが、後から羽交い締めにされて引き離されて暴行されていた。


「ああ、妻と息子が!」


 暴行される家族の姿を認めたベドジフは、悲痛な声でそう叫ぶと血相を変えてユルトを飛び出していった。

 暴徒と化した住民は他の従業員たちも引きずり出すと店内に魔炎石を投げつける。

 程なく店舗から炎が立ち上り、瞬く間に燃え広がった炎はすぐに二階や三階へと燃え広がっていく。


「お、おのれっ! 我らの目の前で巫山戯(ふざけ)た真似をしおって!」


 怒りで顔を真っ赤に染めながら、ヒュダは兵を暴動鎮圧に向かわせた。

 しかしこのことがヒュダの命運を決める悪手となるのだった。

住民たちが一斉に蜂起しました。

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