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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
165/204

69 決着

「イグナーツ様!?」


「ユーリ!?」


 やがてイグナーツ側から心配そうな顔を浮かべた側近が数名、ピクリとも動かないドーグラスの下へと馬を走らせてくる。少し遅れてルーベルトたちもユーリの下へと駆け付けていった。


「ユーリ、大丈夫か?」


 ルーベルトらが駆け付けてみると、ユーリは苦しそうに激しく肩で息をしていた。


「ぜぇぜぇ・・・・つ、疲れた。・・・・もう指一本動かせねぇ」


 ユーリは疲れ果てて大の字に寝転がったまま、しかしやりきったという充実の表情で応えた。

 普段の丁寧な言葉遣いが乱れているが、本人はそのことにも気付かないほど疲労困憊(ひろうこんぱい)のようだった。

 ユーリの傷を確認するが、あれだけ防戦一方の戦いが続きながら、最後に負った左肩の傷以外に目立った外傷は見えない。


「よくも無事で」


「無事なもんか。全身色んなところが痛ぇ!」


 感嘆したように言葉を零したアールノに対して、ユーリは悪態を吐いて口を尖らせた。

 彼は馬に跳ね飛ばされた際に全身を強く打ち付け、暫く呼吸ができなかったらしい。今も身体中に痛みがあって動けないそうだ。

 逆にあれだけの勢いで跳ね飛ばされて、よくもそれだけですんだものだとルーベルトらが呆れるほどだった。


「ルーベルト、後を頼むぞ」


「嫌ですよ。面倒じゃないですか」


「お前なぁ」


 ユーリがルーベルトに後事を託すが、間髪を入れず心底嫌そうな顔で拒否する彼に皆非難するように声を上げた。


「ここにはユーリを除けば騎士はルーベルト様しかいません。ユーリはこれ以上指揮を執れそうにありませんし、何より傷の手当ても必要です。ルーベルト様が引き継ぐしかありません」


「いえ大丈夫です。イザーク様がいらっしゃるじゃないですか。年齢や経験からいってもイザーク様に指揮を執って頂くのがいいかと存じます」


 ユハニの言葉にルーベルトは直ぐにイザークを推した。

 確かに彼らと対立するギルド派とはいえ、長年トルスター軍を支えて来たイザークなら指揮官として充分な実績を持っていた。


「あぁルーベルト様、気持ちは分かりますが・・・・」


「イザーク様はカントに引き上げました」


 アールノとユハニが苦笑いを浮かべて、イザークは率いていた援軍と共に既にカントに引き上げてしまったことを告げた。

 経験も実績も充分だったイザークだが、今回は援軍でウンダル亡命政府軍の騎士として参戦していた。

 そのためルーベルトが言うようにユーリの代わりに指揮官を依頼したとしても、その立場ではないため実現はしなかっただろう。


「はぁ!? マジですか?」


 ガックリという擬音が幻視できるほど落ち込んだルーベルトが、力なく肩を落とした。


「そういう訳だから頼む」


「今回だけですからね」


 アールノに背負われたユーリが笑いを噛み殺しながら慰めると、ルーベルトは何度も『今回だけ』と念押ししながら渋々承諾するのだった。

 余談だがルーベルトのこの希望は叶えられることはない。彼はユーリとともにトゥーレの近衛軍団を率いる筆頭騎士に抜擢され、活躍(こき使われる)していくことになる。


「誰か来ます」


 彼らを護衛していた兵の一人が、ストール軍から近付いてくる者がいると告げた。

 見れば白旗を掲げた騎馬と槍を持った歩行(かち)の護衛が二名、ユーリたちにゆっくりと近付いて来るのが見えた。


「交渉の使者だ」


 交渉役の騎士一人と護衛二人が形式に則って白旗を掲げて近付いてきていた。ルーベルトは即座に全軍に手出し無用を伝え、面倒くさそうに溜息を吐きながらも直ぐに交渉の用意に取り掛かる。

 騎士は騎槍(スピア)こそ装備していなかったが、イグナーツのように全身鎧(プレートメイル)に身を包んでいた。


「一騎打ちお見事でした。両者とも動けそうにありませんがイグナーツは戦える状況ではありません。我が軍の敗北を認めます」


 警戒するユーリたちに近付いてきた騎馬は馬上のまま、先ほどのユーリの戦いを賞賛しあっさりと敗北を認めた。

 結果的に最後まで立っていた者はいなかったため引き分けを主張してもよかった筈だが、その騎士は淡々とした口調でイグナーツの負けを素直に認めるのだった。

 使者はイグナーツの側近の一人でチェスラフと名乗った。

 その理由を聞けば、絶対的な信頼のあったイグナーツが敗れた事で、イグナーツ隊は崩壊寸前まで士気が下がり、最早戦いを継続できる状況ではないのだという。


「イグナーツが負傷のため若輩ながら私が今回の交渉役を任せられました」


 チェスラフは三十歳前後に見え、落ち着いた物腰とは裏腹にイグナーツの側近を務めているだけあってがっしりした体格をしていた。

 彼は下馬すると護衛の一人に手綱を渡し、鈍色に輝く(ヘルム)を脱いだ。浅黒い肌に濃い臙脂の髪色をした男だった。

 若干緊張した表情を浮かべているのは、こう言った交渉ごとの経験が少ないためだろう。もちろんそれはユーリたちにもそのまま当てはまるのだが。


「ユーリに代わって交渉役を務めるルーベルトです。よろしくお願いいたします」


 トルスター軍はチェスラフよりもさらに若い、二十歳になるかならないかのルーベルトが名乗ると驚いた表情を浮かべた。


貴卿(きけい)がか? こう言っては失礼だが交渉できるのか?」


「私も受けたくはありませんでしたが、この隊にはユーリの他に騎士が私しかおりませんので」


 ルーベルトもこういった反応があることは分かっていたのだろう。特に反応を見せることなく淡々と返事を返す。


「チェスラフ様、ルーベルトが申したようにこの場に騎士は私の他はこの者しかおりません。ご不満もあるでしょうがご理解頂きたい」


 アールノに背負われたままのユーリがそう告げる。

 ルーベルトとそれほど変わらない若いユーリにも一瞬驚いた顔を浮かべたが、チェスラフはルーベルトを交渉役として認めるのだった。


「それでは古き一騎打ちの約定に従い、勝者であるユーリより要求を伝える」


 ユーリが退場していくと、改めて毅然とした表情でルーベルトが口上を述べた。

 その姿は普段の残念な姿を見せているルーベルトとは見違えるものだった。

 普段の彼を知る者たちはその変貌に初めは呆気にとられ、次いでその余りのギャップに笑いを噛み殺すのに必死で小刻みに肩を振るわせていた。

 ルーベルトが彼らを軽く睨むがユハニたちは知らん顔だ。そんな様子にチェスラフは怪訝そうな表情を浮かべたものの、そのまま直立不動の姿勢を取ってルーベルトの次の言葉を待った。


「ストール公を討つという我が方の目的を果たした今、ストール軍は速やかにカントの陣地を引き払いネアンへ撤退することを望みます。それを飲んでいただけるなら我々は追撃はせず見送る事を約束いたします」


「・・・・!?」


 その言葉を聞いてチェスラフは拍子抜けしたように戸惑った表情を浮かべた。

 

「あの、それだけで本当によろしいので?」


 あまりにも破格と言っていい条件に逆に思わず問い直した程だ。


「はて? 厳しいですか?」


「逆です! 甘すぎです。本当にこれでよろしいのですか?」


 ストール軍が勝利した場合は、敵の側近を含めて幕僚全員の自害を求める事が多く、その後は残りの兵力をそのまま自軍に引き入れることが殆どだった。そうして引き込んだ新戦力は、ストール軍にとって使い勝手の良い消耗品として、激戦地に投入したり無理矢理突撃させるなど過酷な扱いをおこなってきた。

 それがあったため死ぬ覚悟を持ってこの会談に臨んでいたチェスラフは、ルーベルトの出した条件を頭から信用できなかったのだ。

 彼のその態度に逆に戸惑ったのはルーベルトの方だ。彼はユハニらと顔を見合わせると軽く息を吐いた。


「甘すぎると言われればそうなのでしょう。とは言ってもストール軍と我々では軍勢の規模も目的も違います。まだ戦いが続くならばともかく、先ほども言いましたが我々の目的は達成されました。これ以上の犠牲は必要ありません。これは我らが主トゥーレも望む条件です」


「馬鹿な! これだけの兵力をみすみす見逃すと言うのか!? 失礼だがこれだけの兵力があれば今回のように苦戦する事もなかったのでは? また今回見逃しても今後ネアンで再び対峙する事になりますぞ!」


 理解できないという風にチェスラフが首を振る。

 ネアンを囲む砦を始め、今回トゥーレは各所で涙を呑んで見殺しにした戦力は多い。

 総勢でも六〇〇〇名余りの戦力しかないトルスター軍は、半数の戦力と最大限の火力を集中させて最も重要なカントを死守した。そしてカント以外の戦力をギリギリまで削ることによって千載一遇(せんざいいちぐう)の好機を掴み、ドーグラスを討つことに成功したのだ。


「チェスラフ様の仰るように兵力の少なさに苦しんだ我が軍にとっては喉から手が出るほど欲しい兵力には違いありません。ですが今の我々にとって多すぎる兵力は持て余してしまいます。それに将来の禍根となるような原因を抱え込む余裕は正直言ってありません」


 多くの兵力と国力を有するストール軍なら問題ない兵力でも、トルスター軍の総兵力と同等のイグナーツ隊を取り込めば、ルーベルトの言うように現在のトルスター軍では持て余すことになるだろう。

 寡兵(かへい)に苦しんでいたのがいきなり万を越える兵力を有することになるのだ。その半数がこれまでのトルスター軍とは思想の違う軍勢から取り込んだ兵力となる。

 軍略に(うと)いユハニらでも軋轢(あつれき)を生む将来しか思い描けなかった。

 また資源に乏しいカモフでは、彼らに食わせるための兵糧も心許なかった。この戦いでカモフ唯一と言っていい穀倉地帯であるコッカサは、ストール軍によって散々に荒らされていた。今後少なくとも数年間にわたって自給率が下がる事が確定している現在、余剰な兵力は負担でしかないのだ。


「分かりました、その条件を呑みましょう。ですがもう一度言いますがネアンで再び対峙する事になりますよ」


 正直言ってチェスラフは、立場の違いもあってルーベルトの言う意味が完全には理解できなかった。このまま会談を続けて折角の甘い条件が悪化してはたまらないと考えていたが、最後にそれだけは聞いておきたかった。


「分かっています。もちろんその時も我々が勝利します」


 ルーベルトはそう言うと不適に笑うのだった。

 ここに後に言う『カントの戦い』は終結したのである。

 人的損害はトルスター軍がおよそ五〇〇名、ストール軍は五〇〇〇名近くを数えた。

 途中苦戦し窮地に追い込まれはしたものの、終わってみればトルスター軍の大勝利と言ってよい結果に終わった。

たまにしか見せないキリリとしたルーベルト

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