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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
163/204

67 一騎打ち(2)

「お、おい、あれって」


「左目の眼帯! まさか!?」


 近付いてくる騎士の姿がはっきりしてくると、トルスター軍の兵たちが騒然となった。

 黒髪の眼帯姿の騎士がたった一騎、威風堂々(いふうどうどう)と進んできていた。

 馬具に騎槍(ランス)を尖塔のように立て、頭部以外は完全装備の重装騎兵スタイルだった。


「マジか!?」


 騎士の姿を確認したユーリは、すぐにその意味する所を理解しうんざりしたように天を仰いだ。

 対照的に興味深そうな表情を浮かべたのはルーベルトだ。彼はユーリに顔を向けると、悪戯っぽい笑顔を浮かべニヤリと笑う。


「撃ちますか?」


「馬鹿、止めておけ」


 軽くルーベルトの頭を小突いたユーリは軽く溜息を吐くと、側近に防具を取ってくるように命じた。


「受けるんですか?」


「相手はあの隻眼(せきがん)(とら)ですよ!?」


「仕方ないだろう。その()()()()殿が態々(わざわざ)出て来られたんだ。相手しなきゃそれこそ失礼だろう」


 覚悟を決めた顔を浮かべるユーリに、驚きで軽く目を見開いたルーベルトが声を掛ける。ユハニも心配そうに声を上げるが、ユーリは達観したように肩を軽く(すく)めてみせた。

 カントから彼の防具が届けられると、ユーリはすぐに籠手(ガントレット)を取り出して装着し始めた。

 古来より両陣営から一人あるいは複数名ずつ出して雌雄(しゆう)を決する一騎打ちという方法がある。

 一騎打ちの人数については特に決まりはなかったが、陣営の威信を賭けて戦う事になるため部隊の最上位の者かそれに準じる者との暗黙の了解があった。

 結果にその戦いの勝敗を賭ける事もあるが、単純に騎士同士の力比べの意味もあり、一騎打ちに掛かる軽重もその時々で異なる。

 もちろん受ける受けないは自由だったが、その時点で優勢な陣営からすれば敗れた場合のリスクが高過ぎるため一騎打ちが成立することは少なかった。そのため歴史を紐解(ひもと)いても数える程しか記録は残っていない。

 カントの戦況はストール軍が戦力でも戦況でも勝っていて、この戦いがあと半日続いていればストール軍が勝利を収めていた可能性が高かった。しかしドーグラス死去の報が入ってからは流れが一変し、トルスター軍の逆襲によって逆に敗北の危機を迎えていた。

 主だった幕僚が討ち死にあるいは負傷している状況で、満足に動けるのはイグナーツのみという状況だ。敵に対して数倍の戦力は維持しているとはいえ、イグナーツ一人では流石に統率する事は難しかった。その状況を打破するためにイグナーツは自ら前線に進み出たのだ。

 平民の抗夫上がりと噂されるユーリが相手ならば、努々(ゆめゆめ)負けることはないとの打算も働いていた。

 そのイグナーツは両軍の中間点で歩みを止め、敵陣を鋭い隻眼で睨みながら静かに待っていた。

 一騎打ちの約束を取り交わしたわけでないため、敵が受けないだけでなく襲撃される恐れもあった。

 だが敵将のユーリはまだ若く実績に乏しいため、功名心に駆られて彼という餌に釣られるだろうとイグナーツは予想していた。

 イグナーツの出で立ちは、鎖帷子の上にプレートメイルを着用し、馬にも馬鎧(バーディング)を装着していて最近では珍しい重騎兵の完全装備だった。

 武装は先端にいくにつれて鋭くなる円錐状の騎槍(スピア)だ。

 騎槍は騎兵専用の武装で、基本的には刃は付いておらず馬上からすれ違いざまに突き刺して相手を突き落とす武器だ。馬の走力を乗せて相手を突くため柄の部分も含めて頑丈な鉄製となっている。一般的な騎槍は二メートルほどだが、イグナーツのそれは三メートルの長さがあった。

 刀剣よりも重量がありそれを揺れる馬上から正確に突き、しかもその衝撃に耐えなければならないため、見た目以上にかなりの体力と技術を必要とされる武器であった。

 片手武器の中では最長の射程を誇るが取り回しが悪いため乱戦には向かない。また万が一騎槍を失った場合を考慮して片手剣(ショートソード)も携行していた。

 果たしてイグナーツが予想した通り、しばらくするとトルスター軍から一人の大男が進み出てきた。騎馬ではなく徒歩だったが、背中に大剣を担いでいた。

 もちろんその大男はユーリだ。

 ユーリは全身を覆う鎖帷子(チェーンメイル)の上に青地のサーコートを羽織り、腕と足には籠手と脛当て(グリーブ)だけを装着していた。

 額当ては目深に被り、背中に背負った両手剣(ワカゲノイタリ)と腰に巻いた刀帯(ソードベルト)に予備の武器である片手半剣(バスタードソード)()き、右肩から斜交(はすか)いに盾をぶら下げただけのやや中途半端なスタイルだった。

 胸当て(ブレストプレート)背当て(バックプレート)などは装備されておらず、サーコートの中に着込んだ鎖帷子と左胸にぶら下げた小さな盾が胸部を守る防具だった。


「お待たせしました」


 十メートルの距離で対峙したユーリは、緊張した面持ちでイグナーツと向き合った。

 イグナーツは全身に鈍色(にびいろ)全身鎧(プレートメール)を装着しているが、頭だけはフードも額当ても着用しておらず、黒髪を(なび)かせ左目の眼帯や傷跡も晒したままだった。

 ユーリには逆にそれが歴戦の戦士を感じさせ、その威圧感に思わずゴクリと生唾(なまつば)を飲み込む。


「名を聞こう」


「ユーリ・ロウダと申します」


「我が陣営で噂になっておったが、元抗夫というのは本当か?」


「間違いありません」


「ふん、金髪の小童(こわっぱ)も大変だな。どこの馬の骨とも知れぬ奴に部隊を任せねばならぬとは」


 ユーリが元抗夫だと認めた途端、イグナーツはあからさまに馬鹿にするような態度に変わり、トゥーレの事もストール軍で浸透している渾名(あだな)で呼んだ。

 ユーリはもちろんその渾名の事は知らなかったが、金髪との事からトゥーレの事だと理解した。


「そのどこの馬の骨とも知れぬ輩に、隻眼の虎殿は勝てなかったのでは?」


 平民出身だと見下す態度を隠すことのないイグナーツに、ユーリは口角を上げて挑発的に言い返した。


「おのれっ! 貴様誰に口を利いておる」


「おっと虎だと思ったがもしかして猫だったか」


 顔を真っ赤にし激高するイグナーツに対して、ユーリは(おど)けた調子で挑発する。


「この下賤(げせん)が!」


 トゥーレばりのユーリの人を食った態度に激高したイグナーツは、騎槍を馬具から引き抜いて右脇に構えると拍車を当てて馬を突進させた。

 全身鎧に加えて馬鎧まで装着しているが、彼の愛馬は苦もなく速度を上げていく。

 十メートルを一瞬で詰めたイグナーツは、すれ違いざまに騎槍を突き入れた。


「死ねぃ!!」


 鋭い騎槍の一撃をユーリは紙一重で躱し、地面を一回転して素早く体勢を立て直す。


「やべぇ、怒らせすぎたか」


 ユーリはどこかのんびりした声を上げて素早く体勢を立て直す。だがその口調とは裏腹に、イグナーツの鋭い攻撃に内心冷や汗を浮かべていた。

 イグナーツの乗る馬も普通よりも巨軀でありながら、馬力だけでなくスピードも備えていた。おまけにユーリは歩行(かち)で得物も両手剣だ。速さでも射程距離でも圧倒的に不利だった。

 まずは馬を何とかしないと刃が届かないが、本来機動力の落ちる馬鎧を着てあれだけの速度で走る馬だ。相当鍛えられた馬なのだろう。


「馬が疲れるのを待ってはくれないよな」


 最初の一撃を(かわ)したとはいえギリギリだった。馬が疲れてくるまで同じように躱し続けられるとは思えない。

 集中力を高めるように軽く息を吐くと、背中の両手剣をゆっくりと抜くのだった。

 正眼に構えながら、一騎打ちを受けたことを内心で早くも後悔しているユーリだった。

騎馬対歩行という圧倒的に不利な状態で一騎打ちが始まりました。

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