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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
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66 一騎打ち(1)

 カントでのトルスター軍は、専守防衛に徹していても陥落寸前まで追い詰められていた。

 ドーグラスを討ったという報告はそんな彼らを大いに勇気づけ、苦戦を強いられていた戦場にあっという間に伝わった。

 待ち望んでいた待望の知らせが届き、疲弊していたトルスター軍は沸き立った。

 その勢いのまま攻勢に出ると、奪われていた塹壕をあっという間に取り戻して見せたのだ。

 兵たちの現金な働きに苦笑を浮かべたユーリだったが、その様子を見てこの戦いで初めて攻める事を決断するのだった。


「よし、動くぞ!」


 弾薬は十分すぎるほど残っていた。戦意もこれまでになく高まっている。

 何より守りに徹していた鬱憤(うっぷん)をユーリ自身抑えきれなくなっていたのだ。

 その方針転換を最も喜んだのはもちろんルーベルトであった。


「その言葉を待ってた!」


 ルーベルトはひと言そう言い残すと複数の鉄砲を手に、真っ先に塹壕から飛び出していったのだ。


「ひゃっはぁ!」


 すると奇声を発しながらルーベルトを追って次々と飛び出していく兵が現れた。

 その殆どが彼の配下となっていた兵たちだ。


「変態が増殖している・・・・」


 自らも塹壕を這い上がったユーリは、嬉々としてルーベルトを追っていく兵を見て思わずそう呟いた。


「魔炎弾装填、ここまでの鬱憤を晴らすぞ! ってぇぇぇぇ!!」


 ルーベルトの指示で仰角(ぎょうかく)を大きくとった魔砲弾が一斉に放たれる。

 午後の空に無数の帚星(ほうきぼし)橙色(オレンジ)の尾を引いて静かに飛翔していった。


「馬鹿め! 気を抜きすぎだ!!」


 帚星は見上げるデモルバの頭上を越えてイグナーツ隊の真上に降り注いだ。

 兵の多くは撤退の準備に追われて何が起こったのか把握していなかった。

 気付く間もなく火球に飲み込まれた者は、一瞬で逝けた分幸運だったかも知れない。


「うわぁ!」


 隣にいた同僚が突如として炎に包まれた。

 突然の事態に傍に居た兵は思わず尻餅を付いた。

 余波によって自分の頭髪がチリチリと燃え、顔や手が赤く(ただ)れていることにも気付かず、呆然と真っ黒になった同僚を見つめていた。

 ユルトが火を噴き、炎に包まれた馬が狂ったように走り回っている。

 イグナーツ隊の其処彼処(そこかしこ)で同じような地獄絵図が展開されていた。


「カハッ!」


 直撃こそしなかったものの驚いた愛馬から放り出されたミハルは、背中をしたたかに打ち付けた。

 肺の空気が一気に押し出され、呼吸ができなくなった。

 酸素を求めて口を開くが、意思に反して僅かにも取り込むことができず、顎が上下に動くだけだった。


「ミハル! しっかりしろ!?」


 悶絶するミハルに、サムエルが慌てて駆け寄った。

 ミハルを(うつぶ)せにしたサムエルが背中を(てのひら)で思いっきり叩く。


『コホッ!』


 咳き込んだミハル。しかし渇望(かつぼう)していた酸素が取り込まれ肺を満たしていく。


「はぁはぁ、すまない助かりました」


 そう言って顔を上げたミハルの目に映ったのは、変わり果てた本陣の景色だった。

 誰だか分からないほど原型を留めていない焼け焦げた無数の遺体や、熱波に焼かれて苦しむ多くの兵たちの姿があった。


「うぐっ・・・・」


「サムエルっ!」


 ミハルを介抱したサムエルも、背中が真っ赤に(ただ)れる程の火傷を負っていて、そのまま力尽きたように倒れ込んだ。

 呼吸が落ち着いたミハルだったが、投げ出された際に腰を強打していたため起き上がることができず、直ぐに二人揃って医療兵の下へと運ばれていった。


「くそっ! 仕方ない、出るぞ!」


 自分たちの頭越しに加えられた攻撃によって、混乱している自軍の状況にデモルバは焦りを覚えていた。

 不意を突かれたとはいえ、意識の外からの攻撃で一気に戦況をひっくり返されたのだ。

 油断していた友軍が悪いのは明白で、損害を受けたのが彼を邪険に扱っていたイグナーツ隊だった事で一瞬溜飲を下げたが、このままでは殿(しんがり)の役目すら果たすこともできない。

 デモルバは馬上へと上がると前方を睨む。

 敵の火力の威力は嫌というほど知っている。

 このまま無策に突っ込んだところで恰好の的になるだけだ。だが敵の注意を引きつけることはできる。

 部隊は壊滅的な損害を受けるだろうが、イグナーツが無事ならばその隙に撤退できるだろう。


――ワァァァァ・・・・


 デモルバが右手を前方に伸ばすと、彼が率いる三〇〇〇名は狙撃を警戒して若干距離をあけた状態で突撃していった。


「ようし、ルーベルト来たぞ!」


 デモルバの動きを予想していたユーリは、敵の動きを察知するとルーベルトに指示を出した。


「任せてください」


 直ぐに隊列の先頭に出たルーベルトは、膝立ちとなって愛用の鉄砲を構える。

 照準の先には指示を送りながらこちらを鋭く睨むデモルバの姿を捉えていた。他の兵たちもルーベルトから少し下がった位置で、思い思いの姿勢で鉄砲を構える。


「これでこの戦いを終わらせるぞ! 撃てぇぇぇぇ!!」


 ユーリの号令の下、一斉に鉄砲が咆哮(ほうこう)した。


「止まるな、的になるぞ!」


 デモルバの近くでも着弾があり、側近が何名かが犠牲となった。

 凶悪な火器兵器に向かって突撃するのは恐怖でしかないが、留まっていても状況はそれほど変わらない。

 二者択一ならばより困難な方を選ぶことをデモルバは好む。

 銃撃の恐怖に(すく)む兵を叱咤(しった)し、デモルバは前方を見据えて愛馬に拍車を入れた。


「っ!?」


 しかし前を見据えた瞬間、得体の知れない悪寒を感じて無意識に手綱を引いていた。

 愛馬が(いなな)きながら竿立ちになるが、流石に振り落とされる事はなく手綱を引き寄せて危なげなくコントロールする。

 しかしホッと安心する間もなく、次の瞬間一発の銃弾が愛馬の額を打ち抜いていた。

 糸が切れたように後足から崩れ落ちる馬から慌てて飛び降りたデモルバだったが、運悪く飛び降りた先に馬が倒れ込んできた。


「ちっ!」


 必死で(かわ)そうと身体を捻ったデモルバだったが、馬体を躱す事ができずに下敷きとなってしまう。


「デモルバ様!」


 慌てて駆け寄った側近たちが必死で馬体をどかせるが、デモルバの右足はあらぬ方向に曲がっていた。

 助け起こそうとする側近たちだったが、そこにイザーク率いるウンダル亡命政府軍の騎馬軍団が乱入して暴風のように暴れ回り、デモルバ隊は為す術もなく蹴散らされていった。


「くそっくそっくそっくそっ!」


 イグナーツは崩壊していく自隊の体たらくに馬上で歯嚙みしていた。

 自分も含めて油断していたことは否定しない。

 しかし隙を突かれたとはいえ、これほど(もろ)く浮き足立っている自隊の惨状(さんじょう)は記憶になかった。

 ドーグラスが討たれて以降、まるでストール軍全体に呪い(デバフ)が掛かったのではないかと思う程だ。

 捨て駒として使い潰すつもりだったデモルバも敵を食い止めることができず、それどころか彼の頭越しの攻撃によって自隊の混乱に拍車が掛かってしまっている。

 全体の状況を把握したいが、先ほどからサムエルなど他の幕僚と連絡が取れなくなっていた。息子であるミハルの姿も見えず側近の姿も(まば)らとなっている。

 イグナーツは知らなかったが、トルスター軍の攻撃は部隊中枢付近に重点的に着弾していた。それによりサムエルやミハルといった多くの騎士が負傷したことで、指揮系統が壊滅的な打撃を受けていたのだ。

 さらにユーリからイグナーツにとって屈辱的な申し出がもたらされる。


「降伏、だと!?」


 その知らせを受けたイグナーツは愕然(ごうぜん)となった。

 今まで多くの敵を撃破してきた。

 当然幾度となく降伏を勧告してきたイグナーツだったが、まさか自身が勧告を受ける側になるなど思いもよらなかった。

 混乱し統制が取れていないとはいえ、いまだに相手の数倍の兵力を有しているのだ。イグナーツにとっては屈辱以外の何者でもなかった。

 しかしドーグラスが討たれネアンへの撤退命令が出てる以上、支援がないままイグナーツ隊単独で戦い続ける無謀を冒す訳にはいかない。

 頭では理解していても、降伏という選択は彼の矜持(プライド)が許さなかった。




「遅いですね。もう一度撃ち込みますか?」


 油断なく鉄砲を構えるルーベルトが顔を動かさずに、隣に立つユーリに判断を仰ぐ。

 降伏の使者を送ってからそろそろ一時間ほど経っていた。

 敵陣は動きを止めていたが、不気味に沈黙したままで返事も返ってきていなかった。


「どうやら来たようだぞ」


 そう言ってユーリが顎を(しゃく)って見せた。

 前方を伺うと敵陣から騎馬が一騎、ゆっくりと彼らに近付いてきているのが見えた。

次回、ユーリとイグナーツの一騎打ち

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