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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
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65 捨て石

「閣下が討ち死にされただと!?」


 タステ山を挟んだイグナーツの陣へも、その日の内にドーグラスの訃報は届いていた。


「信じられん・・・・」


 その一報にイグナーツを始め、彼の幕僚やデモルバは呆然と立ち尽くしていた。

 百戦錬磨のイグナーツですら暫く動きを止めていたのだ。中には膝から崩れ落ちる幕僚らもおり、彼らの衝撃の大きさが分かろうというものだろう。


「そ、それで我々はこれからどうしますか?」


 青い顔を浮かべたミハルが震える声で尋ねる。

 その声に幕僚たちの目が一斉にイグナーツに集まった。

 皆口を(つぐ)んでいるが、今後に不安を覚えているのはその表情を見れば明らかだった。

 強力な集権体制によってドーグラス政権というべき体制を築き上げたが、そのドーグラスが道半ばにして(たお)れた。

 クスターが後継者として指名されているが、彼を指名した後も変わらずストール軍で権力を握っていたのはドーグラスだった。そのため経験の少ないクスターを皆で支えていかなければ、政権運営すらままならないだろう。

 しかしそれぞれが一癖も二癖もあるドーグラスの幕僚たちだ。

 ドーグラスでなければこれほど(まと)まっていなかった筈だ。現にヒュダはドーグラスの訃報を耳にすると、いち早くクスターに取り入る動きを見せていた。

 ヒュダだけでなく、それぞれが少しでも今後の自分の立場を有利に持っていくため、これから神経をすり減らすような権力闘争が始まるのだ。

 それを考えるとイグナーツは早くもうんざりした思いに囚われるのだった。


「一旦ネアンに引き上げる。このままでは我らは敵地に孤立してしまう」


 ヒュダからもネアンでの軍勢の立て直しを提案してきていた。現にクスターを伴ってタステ狭道から引き上げ始めるという連絡も来ていた。

 イグナーツの後に詰めていたヒュダが引き上げてしまった以上、ここに留まっていれば補給もままならなくなる恐れがあることを意味していた。


「ならば我が隊が殿(しんがり)となって敵を食い止めましょう」


 重たい空気が支配する中、それまで憮然(ぶぜん)とした表情で黙り込んでいたデモルバが口を開く。

 その言動から主戦派の筆頭と見られていたデモルバだったが、戦況を読めないほど愚かではない。今回の行軍中でも血気に(はや)った言動が目立っていたが、それは先年のエン砦での手痛い敗北の影響があったからだ。

 その汚点からイグナーツなどから煙たがられてはいたが、将来性を高く評価していたドーグラスは、騎士位を剥奪した後もそれとなく気に掛けていた。今回の遠征に合わせて再叙任されたのは偶然ではなかったのである。


「やってくれるか?」


「閣下亡き今、イグナーツ様にはクスター様を支えていただかねばなりません。トノイに残っている妻や年老いた母親は悲しむでしょうが、ここは(それがし)が適任でしょう」


 イグナーツの問いに爽やかに笑みを浮かべたデモルバが答えた。

 敵の目の前で転進し、背中を見せて撤退することは当然ながら困難を極める。

 その危険な退却時に敵の追撃に備えるのが殿だ。少しでも多くの味方を逃がすために、凶暴な敵の攻撃を盾となって受け止めるのだ。必然的に損耗率(そんもうりつ)が跳ね上がり、場合によっては全滅もあり得る危険な役目となる。


「ご家族の事は心配するな、私が責任を持って保護させて貰う。貴殿の事はクスター様にも伝えておく」


 デモルバが殿をするのはさも当然という態度を隠す事なく、イグナーツはそう言うと急ぎ撤退準備を命じるために立ち上がった。


「くっ!」


 それぞれが準備のために動き始めると、もうデモルバを顧みる者はいなかった。

 かつての上官の明け透けな態度に(こぶし)が白くなる程強く握り込んだデモルバは、(きびす)を返すと怒りに表情を歪めながら退出していった。


「ふん、我らが撤退するまで精々役に立ってくれよ」


 イグナーツはそんなデモルバの背中に(あざけ)りを含んだ視線を送ると、小さな声で独り言ちるのだった。




「イグナーツ様に理不尽な要求でもされたのですか?」


 自隊に戻ったデモルバを出迎えたカレルは、不機嫌な態度を隠そうともしない主人に思わず声を掛けた。

 彼はデモルバが初陣を迎えた頃から仕えている古参の男だ。かつてのエンの攻防戦でもデモルバと共にしていた人物だ。そのためイグナーツやヒュダから、今回デモルバがどういう扱いを受けてきたか知っていた。


「いや、想定通りの対応に呆れていただけだ」


 デモルバはそう言って溜息を吐く。


「やはり我らは捨て石にされるのですか?」


「いや余りにも見え透いた態度だったからな。こちらから殿をすると言ってやった」


 自分の事のように憤慨(ふんがい)しているカレルに苦笑を浮かべたデモルバは、先ほどの遣り取りを語って聞かせた。


「イグナーツ様は(はな)から私に殿を任せるつもりだったのだろう。私が切り出すとこれ幸いとばかりに飛びついたわ」


「隻眼の虎と異名を持つ男が何と卑劣(ひれつ)な! デモルバ様を便利使いしただけでは飽き足らず、遂には捨て石にするとは!」


 淡々と語るデモルバと対照的にカレルは顔を真っ赤にして怒りを露わにした。


「すまんな。貧乏くじを引かせてばかりの無能な主人で申し訳ない」


「いえ、我らは最後までデモルバ様とご一緒できて光栄です」


 カレル以外にも一兵卒に落とされてもデモルバに従った者は多かった。ただイグナーツによる理不尽な命によってその多くが命を落としてしまい、今回デモルバと共に従軍している側近は僅かしか残っていなかった。

 その数少ない側近たちの誰もが覚悟した表情でカレルの言葉に大きく頷いていた。


「よし、不本意な気持ちもあるだろうが、最後に我らの意地を見せてやろう!」


 それは誰に向けての言葉だったのか。

 側近たちを見渡したデモルバはそう檄を飛ばすのだった。


「!?」


 隊列を整えていたデモルバだったが、ふと異様な雰囲気を感じてふと顔を巡らせた。

 すると今まで亀のように塹壕(ざんごう)に身を隠すばかりだったトルスター軍がその塹壕から姿を現していた。

 緒戦でラドミール隊を壊滅させた以降は完全に防御に徹していたため、肉薄しなければ殆ど敵兵の姿を見ることができなかった。そのトルスター軍が塹壕を出てくるというのは、デモルバだけでなくストール軍にとっても想定外だった。

 敵の攻勢に備えていたデモルバ隊はともかく、イグナーツ隊は撤退の準備に取り掛かっている最中のため無防備だ。今攻められるのは非常に危険だった。


「くっ、奴ら攻勢に出るつもりだ! イグナーツ様に知らせ!」


 急いで退却をおこなうにも、狭いタステ狭道に軍勢が殺到する事になる。最悪の場合人が折り重なる二次災害が起きる可能性があった。

 撤退の時間を稼ぐためにも攻勢に出ることも必要かも知れない。

 デモルバが逡巡を巡らせていた矢先、更なる事態に思考を強制的に中断させられた。


「撃ってきた!」


 敵陣から多数の光弾が上がったのだ。

 異様に弾速の遅いそれはオレンジ色の尾を引きながら、警戒するデモルバたちの頭上を越えて行った。


「まさか!? 狙いは本隊か?」


 弾速が遅いとはいえ流石に伝令よりも光弾の着弾の方が早い。

 そのためまだ事態を把握していない兵が、のんびりと仲間と談笑しながら荷物を(まと)めている姿が、デモルバの陣から見えていた。


「馬鹿め! 気を抜きすぎだ!!」


 撤退が決まったことで敵地にも関わらず警戒を(おろそ)かにしてしまっている友軍の姿に(いきどお)りを感じる。

 果たして光弾は彼らの上に、静かにそして容赦なく降り注ぐのだった。

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