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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
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64 クスター閣下

カントの決戦の前に存在感の薄いクスターの動向です。

 懸念していたクスターの動向だったが、結論を言えばトゥーレらの心配は杞憂(きゆう)に終わった。


 コッカサにほど近い、タステ狭道の入口付近に布陣していたクスター隊に訃報がもたらされたのは、ドーグラスが討たれてから三〇分ほど経った頃だった。

 その情報が伝わった直後、クスター隊は大混乱に陥っていた。

 ドーグラスの仇討ちを主張する者、敵の逆襲を恐れトノイへ帰還しようとする者など、それぞれが勝手な主張してまったく統制が取れなくなってしまったのだ。

 本来であれば、それらを束ね導いて行かなければならないのが隊を率いるクスターだ。


「父上がそんなに簡単に討たれる筈がない」


 彼は当初、父の死をデマだと決めつけて全く信じなかった。

 しかし続々と同様の情報がもたらされてくると幕僚たちに説得されて、渋々だがコッカサに斥候(せっこう)を放つ事にした。


「ば、馬鹿なっ! 父上が、そんな・・・・」


 やがて訃報が正しかったことが判明すると、今度は激しく動揺して側近や幕僚の前で激しく取り乱し、指揮を執る状況でなくなってしまった。

 クスターがそのような状態では部隊として動く事ができず、それが先に書いたように統制が取れなくなっていた原因である。

 この重大な局面に対してクスターは明らかに経験不足であった。

 歳は三十五歳を超えているがこれまで隊を率いた経験はなく、彼は今回のカモフ遠征で初めて部隊長に任命されたのだ。

 今回が彼の初陣という意味ではない。

 それまではドーグラスとともに数多くの戦いに参加してはいた。

 ドーグラスとしては傍で自分の采配を振るう姿を見せることで、軍略を学ばせようという意図があった。しかしクスターにとって戦場とは采配を学ぶ場ではなく、安全な本陣で采配を振るう父の姿を見る事だったのだ。

 またドーグラスが全ての決定権を握っているため、時に意見を求められることはあっても自ら決定を下すこともなかった事もその姿勢に拍車をかけた。

 そのため父亡き今、ストール軍総大将という立場へ変わったという自覚は、まったくと言っていいほどなく、いきなり真っ暗闇の中へと放り出されたような不安だけが彼の心を支配していた。


「父上、なぜ・・・・」


「クスター様」


「ヒュダ・・・・」


 いつの間に来ていたのか、第二軍を率いるヒュダが慟哭(どうこく)するクスターの目の前に膝をついていた。

 彼はドーグラスの訃報を耳にすると()る物も()()えず、すぐにクスターの元を訪れていたのだった。

 ぼんやりと焦点の定まらない視線を向けるクスターだったが、相手がヒュダだと分かると(すが)()くように()り寄っていった。


「ヒュダ、父上が! 父上が!」


「ええ、私も信じられない気持ちです。まだまだこれからというところで・・・・本当に、残念です」


 不安に押しつぶされてしまいそうなクスターを、ヒュダは沈痛な表情で慰める。

 将来この国を手に入れるための試金石となるかも知れない戦いでドーグラスが討たれたことは、ヒュダにとっても痛恨だった。しかしそれ以上に心配だったのは、ドーグラスを継ぐはずのクスターの状態だ。

 怒りに任せて仇討(あだう)ちを主張するならまだしも、今は完全にその悲しみに飲まれてしまっていた。

 父が討たれて悲しいことは理解できるが、後継者になったという自覚もないためこのままでは指揮を執るどころではないだろう。

 もしヒュダが訪れなければ、軍勢を立て直すどころかバラバラに離散していたかも知れない。

 今後どうするのかさえ決まっていない状況なのだ。まずはクスターに総大将としての自覚を促さなければ、トノイから遠く離れたこのカモフで、更に多くの兵を失ってしまうことだろう。


「クスター閣下」


 ヒュダは敢えてクスターに敬称を付けて呼んだ。


「前閣下はもうおられません。今後はクスター閣下の命令で全ての将兵が動きます」


 呼び名が変わったことに思わず目を()いているクスターを尻目に、ヒュダはクスターの覚悟を促すように言葉を続ける。


「これからのストール家を導いていくのはクスター閣下を置いて他にありません。これからは皆がクスター閣下の一挙手一投足を注視していくのです。いつまでも嘆いていてはドーグラス前閣下に顔向けできませんぞ!」


「し、しかし・・・・」


 ヒュダの言葉にも不安そうな表情は晴れない。怯えたように小刻みに首を振って後退(あとずさ)る。

 それはそうだろう。自覚も責任も持てない状況で今から全ての采配を振るえと言われても、恐怖と戸惑いしか生まれない。

 ヒュダはそれでも辛抱強く諭し続ける。

 ここでクスター以外に誰が指揮を執っても、主張の激しい軍団長たちの反発を招くだけで(まとま)る事はないだろう。そのような醜聞(しゅうぶん)が露呈してしまえば、この遠い辺境の地では軍勢を維持することすら困難となる。

 最低限トノイに退却するまでは、クスターを中心に纏まる必要があったのだ。


「そのために我らがいるのです。私だけではなくイグナーツ様もラドスラフ様も皆、前閣下と変わらずクスター様に忠誠を誓います。ですから今は私を、我らを頼ってください」


「・・・・わ、わかった。ならばこの後はどうすればいい?」


 ヒュダの必死の説得が功を奏したのか周りの騎士が支えていくと言われ、ようやくクスターの瞳に力が戻ってきた。


「まずは全軍に撤退の命令を出してくださいませ」


「撤退!? 正気か?」


 まさかヒュダから撤退の提案が出ると思わず、クスターは思わず目を見開いた。


「我々は今敵地にいます。前閣下が討たれたという情報は伏せたとしてもすぐに広まりましょう。情報が広まれば味方は浮き足立ち、敵は勢いに乗ってきます。精鋭揃いの我が方とはいえ勢いに乗った相手では苦戦は必至。であるならば余力のあるうちにネアンへ一旦兵を引いて体勢を立て直すべきかと愚考いたします」


 ヒュダはネアンでの兵力の立て直しを提案した。

 攻勢に出ている時はよいが、その勢いが止まり敵地の真ん中に取り残されたと感じれば、どれだけ精強な兵といえど崩れるのはあっという間だ。

 ましてや絶対的な君主として君臨していた総大将(ドーグラス)が討たれたのだ。ヒュダにしてもどれだけの影響が出てくるのか正直想像もつかなかった。ここは余力のあるうちに速やかにネアンに撤退するのが最善の策だったのだ。


「な、なるほど。そうだな」


「サザンへ再侵攻をするにせよ、侵攻を諦めトノイへ帰還するにせよ、まずはネアンに軍勢を集結させ、クスター閣下の下にもう一度纏まる必要があります。そのためにはネアンにてクスター閣下自ら全軍に命令を下していただく事が肝要かと存じます」


「わ、わかった。ネアンへの一時撤退を行おう」


 その後、クスターはヒュダの助言を受けながら何とか部隊を纏めると、ネアンへと兵を戻していった。

 それを見送ったヒュダも、後を追うようにタステ狭道から兵力を引き上げた。

 この時点では、クスターにせよヒュダにせよ、ネアンに兵力を再集結させればもう一度サザンへの再侵攻は可能だと考えていた。しかし、ネアンでは更なる困難が彼らを待ち受けているのだった。

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