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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
159/204

63 勝鬨

 その瞬間、戦場とは思えないほどの静寂に包まれた。

 兵たちも動きを止め、頬を撫でる風だけが戦場に動くものの全てだった。


――わあぁぁぁぁ


 一拍のちに戦場は大歓声が響き渡った。

 仲間と喜びを爆発させるトルスター軍の傍では、呆然と膝をつくストール軍の兵士たちの姿があった。

 ドーグラスの側近や親衛隊の中には、守り切れなかった無力さと主を失った喪失感に(むせ)()いている者が多くいた。


「コンラート、よくやった!」


 クラウスが人を()き分けるようにして、揉みくちゃにされていた男に抱きついて、嬉しそうに頭や肩をバシバシと叩く。


「ク、クラウス様!」


 コンラートと呼ばれた男は戸惑ったような声を上げるが、特に抵抗することなく笑顔を浮かべてクラウスの為すがままにされていた。

 コンラートはクラウスと同世代の古参の兵士で、若い頃はクラウスの護衛も務めていた人物だ。

 仲間の面倒を見るなど面倒見のいい男だった。しかし人が良すぎて上に立つほどの厳しさがなかったため今も小隊長クラスの役職に留まっていたが、クラウスはコンラートに信頼を寄せて傍に置き続けるほどだった。


「まさかお前が大仕事をやってのけるとはな!」


 昔から知るコンラートの大手柄に、槍斧(ハルバード)で身体を支えるヘルベルトも我が事のように喜んでいた。


「いえ、私一人の力ではありません。クラウス様やヘルベルト様を始め、皆様がお膳立てしていただけたからこそです」


「ったく、こういうときは誇っていいんだぞ」


 大手柄を立てたというのに普段と変わらないコンラートの姿に、クラウスもヘルベルトも呆れたように苦笑を浮かべた。

 コンラートの実力は二人とさほど変わらないと言われていた。

 もし彼があと少し運があり、ほんの少し我を通す頑固さを持っていたなら、ヘルベルトと一緒にクラウスの隣に立っていたかも知れなかったのだ。


「お役に立てたのですからこれで十分です。これ以上は分不相応(ぶんふそうおう)というものでしょう」


「まぁこれ以上は言うまい。だが祝杯には付き合ってもらうぞ」


 彼の普段と変わらない様子に二人ともそれ以上何も言わず、他の兵たちに拉致されて揉みくちゃになるコンラートを笑顔で見送るのだった。


「クラウス、ヘルベルト!」


 喜びに沸く彼らの元にトゥーレが駆け寄ってきた。

 トゥーレの動向を心配していた二人は、満面の笑顔で駆け寄ってくる彼の姿に安堵したように笑顔を見せた。


「トゥーレ様っ!」


 勢いのままクラウスに飛びついたトゥーレは、何度もクラウスの頭を叩いて喜びを爆発させる。叩かれているクラウスも笑顔を浮かべてされるがままだ。


「よくぞご無事で」


 傍に立つヘルベルトも笑顔でトゥーレに声を掛けた。彼は笑顔こそ浮かべているが顔色が悪く、杖代わりの槍斧なしでは立っていられなかった。

 腹部の傷に布を当てて押さえているが、その布が赤く染まるほどだ。失血により何時意識を失うか分からなかった。


「ヘルベルトこそ大丈夫か? 無理せずもう休んでおけ」


「なぁに、これくらい唾を付けておけば直ります。と言いたい所ですが、流石にこの状態では戦うことができません。今回はお言葉に甘えさせていただきます」


 気丈に話してはいたが重傷には変わりなく、内臓が傷ついているなら致命傷となりかねない。

 普段弱音を吐かないヘルベルトだったが流石に立っているのも辛そうで、すぐに担架に乗せられて戦場を離脱していった。

 ヘルベルトが運ばれていくのを見送ったクラウスがトゥーレに向き直る。


「さて、ストール公は討ち取りましたが、戦いはまだ終わってはいません」


「そうだな」


 クラウスの言葉にトゥーレは辺りを見渡した。

 歓喜に沸く味方の姿が目立つが、その数は僅か一〇〇名ほどしかいない。戦意を喪失しているとはいえまだ彼らは敵陣の真っ只中にいるのだ。

 失意に沈む敵兵を鼓舞する者が現れればあっという間に状況がひっくり返されてしまうだろう。


「ストール軍の将兵に告ぐ!」


 トゥーレは未だに衝撃から立ち直れていないストール兵に向けて、大音声(だいおんじょう)で呼びかけた。


「ドーグラス・ストール殿は我々トルスター軍が討ち取った! この戦いは我らの勝利だ!」


 その瞬間、少数のトルスター兵が割れんばかりの歓声で応え、改めて事実を突き付けられたストール兵は鉛を飲み込んだように表情を歪めた。

 トゥーレは続ける。


「貴殿らは我々と同じく、国元に帰れば愛する家族や恋人がいることだろう。我々の目的が達した以上、これ以上血が流れる戦いは望んではいない!

 よってこのまま矛を収めて大人しく退却するならば追撃しないことを約束する。しかし、ストール公に殉じて最期まで戦うという意思がある者には容赦はせぬ。

 もう一度言う! この戦いは我らの勝利だ! 大人しく退却するなら追撃はしない!」


 先にも書いた通りこの場にいるトルスター軍は、一〇〇名を少し越える程度だ。

 ドーグラスの仇討ちを企図する者が現れれば簡単に成し遂げられた事だろう。現に血気に逸る兵もいて味方を鼓舞していたが、それ以上にドーグラスが討たれた衝撃が大きく少数に留まったために主流派とはなれなかった。

 ストール軍の多くの将兵は国元に無事に帰ることを望んだのであった。

 その後主戦派と撤退派で多少の混乱は見られたものの、実際にトゥーレらに刃を向けるような剛の者は現れず、軍勢はドーグラスの亡骸とともにネアンへと静かに引き上げて行った。


「ふぅ、何とかなりましたな」


「ああ、そうだな」


 更なる血が流れることを回避できたことで大きく息を吐いたクラウスに、トゥーレも安堵したような表情で応える。

 戦いが止まるかどうかは一種の賭けだったが、もし戦いが止まらなければ彼らの命はなく、サザンも炎に包まれていたに違いなかった。


「取り敢えず後はカントでの戦いとネアンの奪還ですな」


「まだまだ気を抜く事はできんが、俺は隻眼(せきがん)(とら)殿はユーリが何とかしてくれると思ってるよ」


 ここコッカサでの戦いは終結へと向かったが、ドーグラスの訃報が伝わっていない箇所ではまだ対峙が続いていた。

 特に激戦が繰り広げられていたカントでは、イグナーツがユーリを追い詰めていたのだ。

 これから訃報が伝わったとしても、イグナーツがサザンへの侵攻を諦めなければカントを守るユーリらは全滅の可能性もあった。

 しかしトゥーレはカントでの戦果を楽観視しているようだった。


「得意の()ですか?」


「勘というよりは状況を読んだだけだな。ストール公を討ち取った事で少なくとも敵陣に動揺は広がるだろう。士気が下がりここと同じように兵の中に里心が芽生えるかも知れない。そうなれば隻眼の虎殿といえど戦い続けることは難しくなる筈だ」


 そうなると取れる策は限られてくるとトゥーレは指折り数えて考え得る行動を示して見せた。

 その中のいくつかはユーリの能力に関わってくるのだが、それを見ればトゥーレの中でのユーリの評価はクラウスらが考える以上に高いのだと感じるのだった。


「それよりもすぐそこにいるクスター殿がどう動くかが気になるな」


「確かに事前の情報が殆どありませんでしたからな」


 ドーグラスの息子であるクスターは、今回初めて軍勢を率いていた。

 緒戦でのウロ砦での戦いでは失態を演じたクスターだったが、その後の苛烈(かれつ)な報復によってウロ砦を守っていたツチラトを初めとする五〇〇名は一兵残らず全滅していた。

 クスターの戦歴としてはその戦いが唯一のもので、彼の戦い方はもちろん性格や考え方なども掴み切れていなかったのである。

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