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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
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62 ドーグラスの最期

「ぎゃあぁぁぁぁ」


 落下の勢いまで使ったトゥーレ渾身(こんしん)の一撃は、ドーグラスを左肩から右脇腹に掛けて袈裟(けさ)に切り裂いた。


「ちぃっ、浅い!」


 しかし剣から伝わった手応えに、着地の瞬間にトゥーレは軽く舌打ちして不満を浮かべた。だが落下の勢いを殺すため地面を数回転がらねばならず、すぐに追撃に移ることができない。

 慣性力を殺したトゥーレが振り返った時には、既に敵の側近や親衛隊たちにって人垣が作られていたため、ドーグラスがどうなったかまでは判別できなかった。

 一撃で討ち取れなかったのは残念だったが、致命傷を与えたという確かな感触は両手に残っていた。しかしこの戦いはそれだけでは駄目なのだ。確実にドーグラスを討ち取らなければならない。

 トゥーレは黄色い信号弾を一発打ち上げると片手半剣(バスタードソード)を構え直し、未だ混乱しているその場所へと突入していった。


「閣下!?」


 側近の一人が慌てて駆け寄ると、ドーグラスは血塗れで仰向けに倒れていた。

 左肩から右脇腹に掛けてサーコートとその下に着込んでいた鎖帷子がざっくりと割け、共に鮮血で真っ赤に染まっていた。

 最悪の状況を想像した側近だったが、幸いにもドーグラスには弱々しいながらもまだ息があった。

 傷を確認すれば左の鎖骨が砕かれているが、左胸を切り裂いた剣は幸いにも肺や心臓には達していない。大きく裂けた腹部も、出血は酷いが内臓には届いていないようだ。

 足場のない空中で振るわれた分、僅かに踏み込みが足りなかったのと身に(まと)っていた彼の分厚い脂肪がドーグラスの命を救ったのだった。

 しかし重傷であることに変わりはなく、一刻も早く止血して手当てをしなければドーグラスの命脈は遠からず尽きてしまうだろう。


「軍医を呼べ!」


 動かすと致命的な損傷となりかねない。

 側近は瞬時にドーグラスを避難させる事を諦め、治療をおこなうため兵に帯同している医者を呼びに行かせた。


「ここが正念場だ! 敵の数は決して多くはない。加えて周りは全て味方だ、時間を稼げば続々と駆けつけてき来るだろう。閣下は怪我の治療が終わるまで動かせない。それまで閣下を死守し、敵を根絶やしにするぞ!」


 側近の檄に周りから『(おう)!』という声が上がった。

 再びお互いの意地を賭けた戦いが始まった。

 両軍の中で特に獅子奮迅(ししふんじん)の働きを見せていたのがクラウスだ。ストール軍の必死の防戦を尻目に、彼は薙刀(グレイブ)を振り回し、着実にドーグラスへと近付いていた。

 彼の傍では負傷したヘルベルトも懸命に槍斧(ハルバード)を振るい、クラウスを援護していた。槍を受けた脇腹からは流血が止まらず、時折苦痛に顔を歪ませていたが、それでもここが分水嶺(ぶんすいれい)だと自らを叱咤(しった)するように得物を振るい続けていた。

 一方、ドーグラスを挟んで反対側にいたトゥーレは、思うような戦いをできていなかった。


「くそっ、失敗した」


 スピードを活かした戦いを得意とする彼の一番の武器は、刺突武器である細剣(レイピア)だ。ドーグラスに一撃を与えたものの、片手半剣では本来の彼の能力を発揮できず、敵に押されて徐々にドーグラスから離されていっていた。


「ここに金髪の小童(こわっぱ)がいるぞ!」


「カモフの総大将を討ち取れ!」


 カモフ軍総大将であるトゥーレが敵中のど真ん中にいるのだ。

 彼の存在に気付いた敵兵が目をぎらつかせながら、手柄を立てようと群がってきていた。


「あっちこっちと、まるで蟻かよ!」


 それでも彼が天賦の才に恵まれていることに変わりはない。多くの兵を相手にしながらも致命傷となるダメージだけは受けてはいなかった。

 それでもドーグラスから離れていっている事に変わりはなかったが、多くの敵兵を引きつけてクラウスらを援護することになるならと既に考えを切り替えていた。

 ドーグラスへの強襲は、いつの間にかどちらの総大将を先に討ち取るかの戦いに変わっていた。

 重傷で動けない代わりに多くの兵に守られているドーグラスか、そのドーグラスに一太刀を浴びせる事に成功したものの護衛からはぐれたため、単独で群がる敵兵への対処を迫られるトゥーレか。

 いずれにせよ決着の時間はすぐそこまで迫っていた。


――乱戦


 一言で表現すればこれに尽きるだろう。

 ドーグラスを守る敵兵は、必死で声を枯らしながら目の前の敵と刃を交えていた。混乱した中到着した軍医が先ほどよりドーグラスの容態を診ているが、顔色を見る限り楽観はできそうもなかった。

 トルスター軍が撃ち上げる信号弾の数が減ってきてはいるが、目の色を変えて集まって来ている兵の姿を見れば本来の役目は十分果たしているのだろう。

 勢いは確かにトルスター軍にあるが、兵力では断然ストール軍の方にあった。

 ストール軍は人数を頼りに、ここが正念場と人垣を作ってドーグラスを守っていた。


「トゥーレ様は無事か!?」


「分かりません」


 クラウスが周りの者に確認するが、誰も確実な答えは持っていない。

 敵の勝鬨(かちどき)が聞こえない事が、現状ではトゥーレの無事を知らせる唯一の手段だった。

 トゥーレの決死の一撃は致命傷を与えたが、ドーグラスを仕留めるまでには至っていない。逆に無理をしたツケかトゥーレと離ればなれになってしまった。

 あの時トゥーレが無茶をしなければドーグラスへ刃は届かなかった。それについては仕方がないと考えていたが、その後トゥーレを守るために合流するかドーグラスへトドメを刺すか、クラウスは一瞬迷ってしまった。その一瞬がこの現状を生み出したともいえた。


「ええい、このままでは!」


 精兵(せいへい)といえど疲労には(あらが)えない。

 クラウスですら息遣いが荒くなってきていた。傍で戦っているヘルベルトは、傷の影響から動きが鈍く、槍斧を杖代わりに身体を支える時間が多くなっている。休ませてやりたかったが、敵陣ど真ん中ではそういう訳にもいかない。

 それ以外にも手傷を負う者が増えてきていた。

 当初あった勢いも今では互角に近い。このままでは時間が経つほど不利となるのは目に見えていた。


「ヘルベルト」


「・・・・」


 振り返ったクラウスに、大きく息を吐いていたヘルベルトが苦しそうに顔だけを向ける。口を開くのも億劫そうだったが、目の光はまだ失われてはいない。


「ちょっと()()を付けてくる。一人で大丈夫か?」


 気遣い不要とばかりに不用意に接近してきた敵兵を槍斧を一閃して葬って見せ、追い払うように右手を振った。


「すぐに戻る」


 苦笑を浮かべながらそう言い残すと、クラウスは防御陣が敷かれている敵へと向かった。


「おおおおぉぉぉぉ・・・・」


 腹の底から響いてくるような唸り声を上げ、残った力を振り絞り四肢に力を込める。薙刀を振り回しながら分厚い守備陣形に突撃していった。


「わぁぁぁ・・・・」


 何処にこれほどの力が残っているのか、暴れ回るクラウスに対抗できる兵がストール軍には見当たらず、たちまちのうちに陣形が崩れていく。


(ひる)むな、押し返せ!」


 親衛隊が必死に声を上げて立て直そうとするものの、クラウスの圧倒的な武威(ぶい)の前にどうすることもできない。

 そしてクラウスたった一人によって、ついに陣形にぽっかりと穴が開いた。


「今だ、突っ込めぇ!」


 当然その隙をクラウスが見逃すはずはない。

 素早く手勢を突入させて敵の陣形をズタズタに引き裂いていく。誰もが疲れている筈だがドーグラスという獲物がすぐそこにある。兵たちは皆ぎらついた凶悪な目で敵に襲いかかっていく。

 本来技量に優れるドーグラス親衛隊だったが、その勢いに飲まれて為す術もなく次々と打ち倒されていった。


「か、閣下を守れぇ!」


 側近の悲痛な叫びが戦場に木霊(こだま)する。

 声を枯らしながら叫んでいた側近も、すぐに敵兵に囲まれて討ち取られてしまう。

 本来圧倒的な兵力を有していたストール軍だったが、この局地戦に限れば兵力差を生かし切れていなかった。

 加えて指揮を執るはずのドーグラスが瀕死の重傷を負い、参謀であり作戦の立案を担当していたイザイルも既にいなかった。

 トップダウンの強力な集権体制を敷いていたがゆえに、そのトップが機能しなくなった途端に巨大な組織が機能不全を起こしてしまったのだ。

 側近や親衛隊は必死でドーグラスを守り戦っていたが、本陣一五〇〇〇名の殆どは異変を把握していたものの、命令がないため動くことができなかった。

 結果としてこれがトルスター軍に僥倖(ぎょうこう)をもたらした。

 凶暴な捕食者の群れとなった僅か数十名のクラウスの手勢は、防御陣形を突破すると必死で延命措置をおこなっていた軍医をも討ち、無防備となったドーグラスに遂に刃を突き立てたのだ。

 王国中にその名を轟かせ、次期王との呼び声も高かったドーグラス・ストールは、辺境の地カモフにて、名もない雑兵の手によってこの世を去ったのである。

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