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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
157/204

61 トゥーレ跳躍

「トゥーレ様!」


 トゥーレの顔を見て安心したのかその場に崩れ落ちそうになったボリスをトゥーレが慌てて抱きかかえた。


「大丈夫か?」


「流石に疲れました。やはり私には兵の真似事は向いていませんね」


「そんなことはない。ここまでよく頑張ってくれた! ここからは俺たちの仕事だ、後は任せて休んでくれ」


 疲れきった表情で呟いたボリスに、トゥーレは安心させるように笑顔を見せて大きく頷く。

 肩を貸されながら後方に下がっていくボリスを見送り、振り向いたトゥーレが見据える先には混乱の中でも辺りを威圧するように掲げられている獅子の紋章があった。

 どれほど渇望(かつぼう)したとしても、目に入れることすら叶わなかったドーグラスの居場所を示す旗印がすぐそこにあった。


「いよいよですな!」


 興奮した声でクラウスが腕を()した。


「やっとここまで来た。ドーグラスを討って必ずサザンに帰るぞ!」


「ならば、露払(つゆはら)いは私が務めます」


 いつの間にかイザイルの得物だった槍斧(ハルバード)に持ち替えていたヘルベルトが、そう言って何度か素振りをしながら前に出る。


「行くぞ!」


 気合いの掛け声を合図に疾走を始めた一団は、(とき)の声を上げてその勢いのままドーグラスを守る槍衾(やりぶすま)へと突入していった。


「邪魔をするなぁ!」


 叫んだヘルベルトが槍斧を一閃すると、半ばから切断された槍が幾つも吹き飛んだ。その中には腕が付いたままの槍も複数見受けられた。

 ヘルベルトの一撃で防御陣が崩れ、鉄壁の守備網に綻びが生じた。


「今だ、行けぃ!」


 その合図とともにトゥーレらが雪崩(なだれ)を打って敵陣へと突っ込んで行く。


「閣下を守れ!」


 親衛隊の一人が声を張り上げて守備兵を叱咤(しった)する。

 討ち取りたい攻め手と脱出させたい守り手の、意地と意地のぶつかり合いが始まった。

 トゥーレも前線に立って槍を振るうが、流石にドーグラス直掩(ちょくえん)の親衛隊は体格に優れ力も強い。

 その人垣の向こうにドーグラスの姿が見え隠れしているが、中々その守りを突破することができない。

 ましてや敵陣のど真ん中での戦いだ。周りは敵だらけなのだ。

 時間が経つにつれて異変に気付いた敵兵が獅子を(かたど)った戦旗を目指して集まってきていた。


「このままでは(らち)があかん、私が突破口をひらく!」


 敵兵は数を頼りに真綿で首を絞めるように攻囲を狭めてきていた。

 少しずつ味方の損害が増え始めている状況に焦りを覚えたヘルベルトは、クラウスが止めるのも聞かず、槍斧を振りかざし強引に突入していく。


「待てヘルベルト、一人で行くな!」


 ヘルベルトを引き留めようと手を伸ばしたクラウスだったがその左手は空を切った。

 すぐにでも後を追いたかったが、クラウスまでトゥーレの傍を離れる訳にはいかない。


「トゥーレ様」


「ここが勝負所だ! あの先にドーグラスがいるんだ。ヘルベルトに続くぞ!」


 振り向いたクラウスに、トゥーレは大きく頷いて彼の背中を押した。

 クラウスは喜色を浮かべ、トゥーレと共にすぐにヘルベルトの後を追って行く。

 強引に進もうとするヘルベルトに、敵は当然のようにその行動を阻止しようと槍衾を立てて立ち塞がってきた。


「どけぃ!」


 ヘルベルトが再び得物を一閃すると多くの敵の槍が折れた。彼は更に一歩踏み込んでさらに槍斧を振るう。


「うわぁ!!」


 鎧など無意味に思えるほどの無慈悲な一撃は、悲鳴と共に多くの兵を文字通り吹き飛ばした。

 彼が一歩二歩と歩を進めるたびに敵兵がジリジリと後退していく。


「隊列を乱すな!」


「閣下に近づけさせるな!」


彼奴(あいつ)を討ち取れば褒美(ほうび)は思いのままぞ!」


 乱れた隊列を立て直そうと躍起(やっき)になって、隊長らしき男が必死で声を張り上げて叱咤をおこなう。だが圧倒的な膂力(りょりょく)で進むヘルベルトの迫力に、腰が引けた兵は気持ちとは裏腹に下がり続けていくのだった。


「むん!」


 怖気(おぞけ)を覚える風切り音と共に大きく振り下ろされた槍斧が人垣を割る。

 そしてその向こうに探し求めていた人物の姿を遂に捕らえた。

 すぐに隙間が埋められてしまったためそれは僅か一瞬のことだったが、ヘルベルトの目はしっかりと金色に染められたサーコートを捉えていた。


「そこをどけぇ!」


 閉じた人垣に強引にねじ込むように身体を入れたヘルベルトの目の前には、怯えた表情を浮かべたドーグラスの姿があった。


「ひっ」


「閣下はお下がりください」


「閣下を守れ!」


 迫り来るヘルベルトの迫力に、ドーグラスは恐怖を貼り付けた顔で蹈鞴(たたら)を踏んで後退(あとずさ)る。

 彼の側近たちが主人を庇うように前に出て人垣を作り、ヘルベルトの視界を塞ぐ。


「邪魔だ!」


 文字通り肉の壁として立ち塞がる兵に苛立(いらだ)ちを見せながら、それでも足と手を動かし続け、ヘルベルトは一歩一歩確実にドーグラスへと近付いていく。

 側近たちが命を省みず必死の抵抗を見せるが、ヘルベルトの暴威(ぼうい)はそんなものを物ともせず蹴散らしていき、再び目の前にドーグラスの姿を捉えることに成功した。


「ひぃっ!」


 後退りしながら尻餅をついたドーグラスが見上げる先に、全身から湯気を立ち上らせるヘルベルトが、目を爛々(らんらん)と輝かせながら仁王立ちしていた。


「く、来るな!」


 震える手で槍を投げるが、尻餅を付いたままでは大した威力にはならない。槍斧でヘルベルトは難なく振り払う。

 彼が大きく足を踏み込みながら近付いて行くと、ドーグラスは地面に落ちている小石や砂を投げつけて逃れようと足掻(あが)く。

 いつの間にか失禁して股間を濡らしていたが、恐慌をきたしたドーグラスはそれすらも気付いていない様子だ。


「ストール公、お覚悟!」


 スッと目を細めたヘルベルトが槍斧を振りかぶった。


「ぐっ!?」


 しかし、膝をついたのはヘルベルトの方だった。

 痛みに顔を(しか)めながら見れば、死角から突き出された槍が、彼の右脇腹を貫いていた。


「ヘルベルト!?」


「大丈夫か!?」


 すぐにクラウスが敵兵を討ち取り、少し遅れてトゥーレも駆けつけると辺りを警戒しながら顔を動かさずにヘルベルトに声を掛けた。


「すみません、油断しました」


 脇腹を手で押さえ、左手に持ち替えた槍斧を杖代わりに立ち上がったヘルベルトは、顔を歪めながら無念そうに呟いた。

 絶体絶命の危機を脱したドーグラスは、側近に()()られながらその場を離脱(りだつ)していく。


「クラウス!」


「応!」


 折角ヘルベルトがここまで追い詰めたのだ。ここでドーグラスを逃せばこれほどの機会は二度と訪れないかも知れない。

 トゥーレが声を掛けると、クラウスもそれは理解しているようですぐに行動に移した。


「逃がさん!」


 薙刀(グレイブ)でドーグラスを守る親衛隊を確実に(ほうむ)りつつ着実に迫っていく。


「閣下を守れ!」


 ドーグラスの側近たちが声を張り上げて必死で食い止めようとしているが、既に腕に覚えのある兵たちは(ことごと)く討ち取られてしまっていた。精兵揃いの親衛隊といえどもクラウスを止められるような傑物(けつぶつ)は既に残っていなかった。

 無人の野を()くが如く突き進むクラウスが、遂にドーグラスを捉えた。

 長く鍛錬を怠っていたのが祟り、ドーグラスは既に息も絶え絶えといった様子だ。彼は二人の側近に肩を支えられながら、もつれたような足取りでクラウスに背中を向けていた。


「これ以上は!」


 側近の一人がドーグラスから離れてクラウスへと突っ込んでくる。


「邪魔だ!」


「ぐはぁ!」


 難なく退けたクラウスだったが、側近はクラウスの薙刀を身体に受けながら、そのままクラウスに飛び付いてきた。


「くそっ、離れろ!」


 振り払おうとするが、側近は血塗(ちまみ)れになりながら必死にクラウスにしがみついて離れない。


「邪魔だっ、どけぇ!」


 普段のクラウスならば、あっさり身体を取られるミスはしなかっただろう。

 焦りもあって乱暴に振りほどこうとするクラウスだったが、その兵は虫の息になりながらもその手を離さない。

 彼は多くの兵を()()るようにしてドーグラスへと近付いていく。が、その間にも何名もの兵がクラウスを食い止めようとしがみついてくる。


「くそっ届かん!」


 クラウスが右手を一杯に伸ばすがドーグラスにはほんの僅かな差で届かなかい。それどころか今度は少しずつ押し返され逆に距離が開いていく。


「うぉぉぉぉぉ!!」


 徐々に開いていく距離にクラウスは焦り、大声を上げて兵を振り払おうと藻掻(もが)く。

 あと一歩、あと数センチ、そのほんの少しが足りなかった。

 一瞬前までの希望が嘘のように消え失せ、開いていく距離と共に絶望が急速に広がっていく。


「くそっ、ここまでして届かんのか」


 諦めた訳ではなかったが、力が抜けたように突進が止まる。

 遠ざかっていくドーグラスに、口惜しさを(にじ)ませたクラウスが呟く。

 そんな時だ。


「背中を借りるぞ!」


 その言葉と共に腰の辺りに衝撃が走った。次いで右肩へと続いた後、その影はクラウスだけでなく目の前に壁となっていた敵兵の頭を飛び越えていった。


「なっ!? トゥーレ様?」


 一瞬何が起こったか分からなかったクラウスだったが、すぐに声の主の大胆な行動に呆気(あっけ)にとられた。

 分厚い人垣を飛び越えたトゥーレは、空中で短槍を捨てると腰の片手半剣(バスタードソード)を引き抜き、そのまま上段に構える。

 彼の落下地点にはこの戦い最大の目標であるドーグラスが、呆然(ぼうぜん)とした表情でトゥーレを見上げていた。


「ぎゃあぁぁぁぁ」


 次の瞬間、トゥーレ渾身(こんしん)の一撃が遂にドーグラスに届いた。

やっとドーグラスに刃が届きました。

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