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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
156/204

60 ドーグラス発見

 前方から黄色い尾を引く信号弾が打ち上がったのは、来た道を戻り始めてすぐのことだった。


「あれは!?」


 指差したヘルベルトが振り返ると、額当てを上げたトゥーレがその色を確認して笑顔を浮かべた。


「どうやら当たりだったようだ」


「思っていたよりも近いですな」


「勝機が見えました。急ぎましょう!」


 黄色い信号弾はドーグラス発見の合図だ。

 その位置は彼らから百メートル程度と想像していたよりも近い場所だった。

 一度は風前の灯火かと思われた望みだったが、今は灯台のように力強く彼らの行く手を照らしていた。四肢にこれ以上ない力が(みなぎ)ってくるのを感じる。


「この戦い勝てるぞ!」


 トゥーレは戦いが始まって初めて『()()()』と口にした。

 彼のその言葉に、周りにいる兵の顔色が明らかに変わった。


「行きましょう!」


 ヘルベルトは紅潮した顔を浮かべ、(はや)る心のままに先を急かした。

 その言葉にトゥーレも力強く頷き、一行は足早に信号弾の示す場所へと駆けていった。




 少し時間を遡る。

 トゥーレらがまだイザイルと対峙していた頃だ。

 ボリスらトゥーレ子飼いの諜報隊員は、敵陣の動きに目を光らせていた。


「まだか?」


 トゥーレらが突入してからまだ数分しか経っていなかったが、様子の分からないもどかしさにやきもきしながら、身を隠して陣の動きを見守っていた。

 たった数分とはいえ、一〇〇〇〇名を越える敵陣の真っ只中だ。混乱している今は良いが、立て直されれば一五〇名の軍勢など一瞬で消滅してしまう。その前にドーグラスを討ち取り脱出を果たさなければならないのだ。

 戦闘力の低い彼らでは戦況を見守ることしかできず、今か今かとそのときを待ち焦がれていた。

 そんな時だった。

 右往左往(うおうさおう)とする兵の中を、一塊となった一団が目の前を通り過ぎていこうとしていた。


「なんだ!?」


 一団は四方に鋭い視線を飛ばして、中央にいるたった一人の騎士を護送するように移動していた。

 中心にいるその騎士は、華やかな装飾が施された額当てと煌びやかなサーコートに身を包み、太った身体のためかのっそりとした動きで周りから急かされるまま、せかせかと手足を動かしていた。


「まさか、ストール公か!?」


 戦場に似つかわしくない体型と黄金に輝く派手な軍装を(まと)った騎士。そしてそれを守るように囲む多くの兵たち。

 伝え聞く特徴から、トゥーレが狙っているドーグラス当人に違いなかった。


『トゥーレ様は失敗したのか!?』


 一瞬、不穏な考えが頭を過ぎるがすぐに打ち消すように首を振った。

 突入して僅かな時間しか経っていない。加えて目の前の彼らの異様なまでの警戒具合から恐らくまだトゥーレは健在、兵らは突入したトゥーレからドーグラスを逃がそうとしているのだろう。

 そう考えればボリスの行うことはひとつだ。

 彼は腰に吊した信号弾用の鉄砲を取り出し、いくつか種類のある信号弾のなかから『黄色』と記された弾丸を取り出した。

 薬室を開くと手慣れた仕草で弾丸をセットし銃身を戻してラッチを閉じると、上空に向けて迷いなく引き金を絞った。


――ピュウリリリイイイィィィィィィィィ・・・・


 黄色い煙を吐き出しながら、甲高い音を立てて信号弾が垂直に立ち上っていく。

 こちらに気付いた近くの敵兵が指差しながら何事か叫んでいた。

 すぐに敵の一部がこちらに向かって駆け出してくる。

 それ以外の兵はドーグラスを両脇から抱くように抱えて、慌てた様子でその場から離脱をはじめた。


「全員逃げつつストール公を追尾だ! 信号弾で位置を知らせ続けろ!」


 矛盾した要求だと分かっていたが、トゥーレら突入した本隊が戻ってくるまでは、ドーグラスの位置を知らせ続ける必要があったのだ。

 追撃を(かわ)しつつドーグラスを追尾するのは困難を極めることはボリスにも分かっていた。しかしそれを完遂できなければ彼らは路頭(ろとう)に迷うことになる。

 元商人だったボリスと違い、彼の部下の多くが抗夫や農夫たちだ。彼らはトゥーレに拾われてなければ、路傍(ろぼう)物乞(ものご)いをしているか、盗賊に身を落としてもおかしくない連中ばかりだった。トゥーレによって仕事を与えられ、ようやく人として暮らしていけるようになった者も多い。

 トゥーレだからこそそれまでの履歴に関係なく登用し、能力によっては重要な地位にも就くことができる。もしこの戦いでトゥーレが敗れれば、ボリスも含めた彼らに未来はなかった。

 もしこの戦いで自分たちが全滅したとしても、トゥーレが勝てば残された家族が飢えることはないだろう。それどころかトゥーレに認められれば、子供たちが将来登用される事もあるかも知れない。

 彼はもう一発信号弾を放つと、追撃してきた兵の攻撃を転がるようにして(かわ)した。地面を転がってその勢いを利用して立ち上がりそのまま駆け出す。

 走りながら排莢(はいきょう)をおこなって新たな信号弾を装填(そうてん)する。

 そうこうする内に周囲から幾つもの黄色い信号弾が上がり始めた。

 ボリスだけでなくもちろん他の者たちも、この戦いの重要な局面だと理解していたのだ。


「逃げ回るだけの卑怯(ひきょう)な奴らめ!」


 守備兵はドーグラスを守らなければならないため、彼らを深追いする訳にはいかない。

 仕留めきれない苛立ちから捨て台詞(せりふ)を吐き、苦々しい顔を浮かべながら隊列に戻っていく。

 ボリスらは泥にまみれながら必死で逃げ回り、守備兵が深追いしてこないとみるやすぐに反転して近づいていき、信号弾を放ってドーグラスの居場所を知らせ続けた。

 決して刃を交えることなく敵からも卑怯と罵られるなど、地味で泥臭く華々しい活躍とは無縁だったが、不格好でもこれが彼らの戦い方であった。


「ぐぁあっ!」


 逃げに徹していても時間と共に、(くし)の歯が欠けるようにひとりふたりと敵の(やいば)(たお)れていく。

 ボリスも左脇腹に受けた槍の傷を手で押さえながら大きく肩で息をしていた。

 信号弾の手持ちも残り僅かとなっていた。

 黄色い弾丸は残り一発、体力的にもこれ以上逃げ切る事は難しいだろう。

 ボリスは大きく息を吸って息を整えると、決意の籠もった目をドーグラスの守備隊に向けた。


「トゥーレ様、どうやら最後までお供できそうにありません」


 そう小さく呟くと最後の接近を試みた。


「いい加減しつこいぞ!」


「くっ、しまった!?」


 敵の対処が思いの外早く、気付いたときには信号弾を撃つ前に兵に囲まれていた。

 何度も同じ事を繰り返しているうちに敵が慣れてしまったのもあるだろう。また疲れから思っている以上に動きが鈍くなっていたのかも知れない。

 ボリスは視線を左右に巡らせて脱出路を探すが、すぐにそれは不可能だと悟った。


「散々手こずらせてくれたが、貴様もこれでおわりゅ、ばぉ・・・・」


 舌舐(したな)めずりをするようにしながら不用意に近づいてきた兵に向けて、ボリスは装填済みの信号弾を放った。

 口径は五式銃と共通のサイズだ。

 弾速は遅く殺傷力は低いが、当たればその質量により相応のダメージは受ける。

 果たしてまともに胸部で受けた敵兵は、黄色い煙に塗れながら後方に吹っ飛ばされていった。

 素早く薬莢を排出したボリスは、続けざまに信号弾を装填すると囲んでいる敵兵に向けて牽制する。

 黄色の弾丸が尽きていたため装填した弾丸は別の色だったが、追い込まれているこの状況では何色だろうと最早関係なかった。

 流石にこの状況から生き残れると楽観はしていない。血走った目で油断なく銃を構えるボリスだったが、ゆっくりと近づいてくる自らの死を感じていた。


『ここまでか・・・・』


 しかし、そう呟く彼に死が訪れることはなかった。


「ぐぁあっ!」


 囲んでいた敵兵の一角が崩れ包囲に穴が開いたのだ。

 そしてそこに見知った顔を見つけたボリスは破顔した。


「悪い、待たせた!」


 そう言ってトゥーレが精兵を率いて包囲を突破してきたのだった。

次回いよいよ決戦

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