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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
154/204

58 乱戦

「ん? どうした!?」


 二百名に満たない兵たちが、駐屯している陣の間を縫うように静かに疾走していく。

 本陣に突入していくトゥーレたちの姿は、実は多くの人間に見られていた。

 だが、これほど少ない兵力で本陣を強襲(きょうしゅう)して来るとは夢にも思ってもいなかったストール兵たちは、不審に感じたもののただの『()()』だと決めつけ気にも留めなかったのである。

 邪魔をされることなく目的の場所に辿り着くことができた彼らは、遂にその牙を()いて襲いかかった。


「邪魔する者以外は相手をする必要はない! よいか、敵はストール公ただひとりだ!」


『おぅ!!!』


 短槍を頭上に掲げたトゥーレが叫び、彼を先頭に一五〇名の精兵が鬨の声(ときのこえ)を上げながら、敵本陣に雪崩れ込んでいった。

 移動準備中という隙を突かれたストール軍は攻撃を受けて尚、何が起こっているか把握できずに全体的に反応が鈍かった。そのため多くの兵たちが、突入していくトゥーレらを阻むことなく通してしまうのだった。


「おいっ! あれは敵じゃないのか!?」


「敵? 敵・・・・!? て、敵だ!」


 漸く異変に気付いた兵が騒ぎ始め、各所から襲撃を知らせる笛の音が響き渡り、のんびりと準備していた兵たちが慌てて得物を手に駆け出していく。


「邪魔をするな!」


 それまで敵兵を一切無視するように進軍していたトゥーレたちだったが、立ち塞がる兵には容赦なく襲いかかっていく。

 其処彼処(そこかしこ)で戦闘が発生し始めていたがトルスター軍の勢いは凄まじく、殆ど一方的でストール軍は進撃を食い止める事ができない。

 トルスター軍強襲の報告は、すぐにドーグラスにも伝えられた。


「敵襲だと!? 斥候(せっこう)は何をしておった!?」


「お叱りは後で。ここは我らが食い止めます。閣下はクスター様の陣へ避難を!」


 敵襲の報告に激高するドーグラスを鎮めるように、イザイルは抑揚を抑えた声でクスターの陣への待避を提案した。

 三〇〇名という人数しかいない本陣だ。すぐに行動に移さなければここまですぐに敵が殺到してしまう。


「クスターのところだと!? 襲撃を受けている最中によりによって前線へ向かうのか?」


「はい、敵は少数で前方より強襲しております。後方へ逃れることは敵も想定しているでしょう。敵と遭遇してしまうリスクがありますが、上手くいけば敵の裏をかくことができるかと」


 襲撃が起こった時点で、イザイルは敵の狙いがドーグラス一人だと確信していた。そうであるなら彼らの勝利条件はドーグラスを守り切る事だ。

 小部隊に分けた事が仇となって敵に肉薄を許したとはいえ周りは友軍ばかりなのだ。僅かな時間さえ稼ぐことができれば、少数の敵などどうとでもできるだろう。

 イザイルは真っ直ぐにドーグラスを見つめ回答を待つ。


「・・・・わかった。必ず(ひね)(つぶ)せ!」


 暫く不機嫌そうにイザイルを睨み付けていたドーグラスだったが、時間が惜しいのは十分承知していた。そう短く言葉を残すと側近たちに護衛されながらユルトを出て行くのだった。

 イザイルは残った兵を集めると檄を飛ばす。


「ここが正念場だ! 時間が経てば経つほど我らに有利となる。十分、いや五分でいい。その間閣下を守り切れば我らの勝ちだ!」


『はっ!』


 イザイルの檄に応えるように、口々に気合いを入れた側近や兵たちがユルトから飛び出し迎撃に向かう。その後を追うようにイザイルも外に出ると、攪乱(かくらん)のためドーグラスとは反対方向へと向かった。

 トゥーレたちが一際立派なユルトを発見し、突入したのはそれから間もなくのことだった。

 既の所(すんでのところ)でドーグラスを捉えられなかったトゥーレだったが、その距離は僅か十メートルと離れていなかったのだ。


「くそっ! いないか!?」


「時間を取られすぎましたな」


「手分けして探しますか?」


 ユルトの中はもぬけの空だった。

 調度が散乱している事から敵は慌てて逃れていった事が分かる。まだそれほど遠くまで逃れたとは考えにくい。今すぐ追えば程なく捉える事ができるだろう。

 イザイルが看破(かんぱ)していたように、彼らの目的は最速でのドーグラス打倒だった。時間が経てばそれだけ彼らに不利となっていく。


「いや、このまま追う」


 暫く考えた末にトゥーレが出した答えはこのまま追うというものだった。

 方針が決まると彼らはユルトに火を放ち、ドーグラスを求めて敵陣の奥深くへと追って行く。

 突入直後は混乱もあり順調に進めていたが、流石に精鋭の揃ったドーグラス本陣である。程なく立て直すとそこからは乱戦となっていた。

 今はまだ突入の勢いが勝っているが、それも何時まで続くか分からない。彼らは精兵とはいえ僅か一五〇名。コッカサにはその百倍の敵兵が(ひし)めいているのだ。

 トゥーレはただでさえ少ない人数を、更に分散させてしまうリスクを嫌ったのだが、この判断間違いが彼らを窮地に追い込むことになる。


「邪魔をするな!」


 取り回ししやすい短槍から、敵から奪った薙刀(グレイブ)へと持ち替えていたクラウスが、群がってくる敵を横薙ぎに払う。

 トルスター軍の中でも抜群の膂力(りょりょく)を誇る彼にかかれば、群がってくる敵兵がまるで麦穂のように刈り取られていく。その間隙を突いてくる兵もヘルベルトが素早く仕留め、誰一人としてトゥーレに近づけさせなかった。


「お前たち、俺の護衛はいいと言っているだろう!」


「そういう訳にはいきません。ここでストール公を討ち取ってもトゥーレ様に万が一が事があれば、我々は死んでも死にきれません!」


 傍を離れず護衛に付いている二人に苦言を(こぼ)すトゥーレに、クラウスはまた一人敵兵を葬りながら言葉を返した。


「トゥーレ様はお一人になると無茶をして我々をやきもきさせますからな。お傍を離れる訳にはいきません!」


 ヘルベルトも冗談めかしながらもトゥーレの傍を離れず、今も彼の死角から襲ってきた敵兵をしっかりと返り討ちにしている。


「無茶をしているのは、まぁ認めなくもないが・・・・。もう少し信用してくれても罰は当たらんぞ!」


 危機を脱したトゥーレが、冷や汗を浮かべながら軽く左手を挙げてヘルベルトに礼を送りるが、二人の正確なトゥーレの評価に思わず口を尖らせる。


「お言葉ですがトゥーレ様の何処(どこ)を信用しろと?」


「我々が普段どれだけ心配していると思っているんですか!?」


「おおぅ、藪蛇(やぶへび)だったか・・・・」


 間髪を入れず二人から総突っ込みが入ると、トゥーレは流石に肩を竦めることしかできなかった。

 散々シルベストルから自重(じちょう)を促されても、行動を変える事のなかったトゥーレだ。普段は彼の行動を後押しする事が多いクラウスたちだったが、彼らは例え自重を訴えてもトゥーレが聞かないと分かっていたからかも知れない。


「とりあえず信用云々(うんぬん)は、この戦いを生き残ってからにしましょう」


「そうですね。ストール公を取り逃がしてしまっては元も子もありませんからね」


 二人は軽口を叩きながらも手は止めず、トゥーレを護衛しつつ敵を葬っていく。

 長い準備の末に掴んだ千載一遇(せんざいいちぐう)のこの好機(チャンス)だ。肝心のドーグラスを取り逃がすことになれば、敵だらけの戦場ではあっという間に()(つぶ)される事は火を見るより明らかだ。軽口叩くほどほど楽観できる状態ではなかったのだ。


「そうだな。信用して貰うのはそれからでも遅くはないか」


 トゥーレは気合いを入れ直すと前方を見据えた。

 視線のその先にはイザイルが手勢を引き連れ、彼らを待ち構えていた。

トゥーレ痛恨の判断ミス

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