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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
153/204

57 敵陣突入(2)

 カントで戦いが始まってから四日目の朝を迎えた。

 戦いは連日激しい攻防が繰り返されていたが、タステ山を挟んで北側では立ち籠めた(もや)の中、ストール兵がのんびりと朝餉の支度を行っていた。


「この先、左右に陣が構えておりますが、その間を抜けおよそ二〇〇メートル行った先に、ストール公の陣があります」


 少し窪地(くぼち)になった(やぶ)の中に潜んでいたトゥーレたちは、ボリスからそう言って説明を受けた。夜は明けきっていないため、敵陣までは見通すことはできなかったが、僅か数百メートルの距離に目標がいると思うといやが上にも緊張感が増してくる。

 しつこく立ち()め続ける靄はドーグラスの姿を隠していたが、昨日まではなかった風が吹き始めていた。夜が明けるにつれて靄も晴れていくだろう。

 トゥーレが率いる突撃隊は僅か一五〇名程度だった。

 当初は余りにも兵力が少ないことに、強襲を反対していたクラウスたちだったが、『どれだけ兵力を隠していても、カントが落とされれば意味がない』と反対意見を頑として聞き入れず、余剰の兵力は全てカントなど余所(よそ)へと割り振っていたのだ。

 トゥーレは息を潜め、前方を猛禽(もうきん)のような目で睨む。

 靄に煙る視線の先はどこまでも白かったが、彼の瞳はしっかりと獲物の姿を捉えているかのようだった。


「風が出てきたな」


 自分に(あて)がわれていたユルトから出たイザイルは、誰ともなく呟いた。

 ここ数日の間彼らを悩ませていた靄が、風でゆっくりと流れていく。このまま靄を押し流してくれれば、今日は久しぶりに太陽の姿を見ることができるかも知れない。

 ドーグラス本隊一五〇〇〇名を小さく分ける策を進言したのはイザイルだった。

 ジアンが懸念していたように、彼も無防備となる移動中にドーグラスへ強襲される事を警戒していた。

 公称十万という大軍勢は、余所から見れば負ける要素がないように見えるが、実際のところドーグラスがいなければこれ程(まと)まった軍勢を維持することはできないだろう。実際当初はこれほどの大軍勢を編成するつもりもなく、いつものように数万の兵力を動員すれば充分にカモフは落とせると踏んでいた。

 これほどの勢力となったのは、各地の勢力への示威行動が目的でもあったが、軍勢自体が急速に勢力を拡大していた弊害で、新たに組み込まれた勢力がまだ信用出来なかった事が大きい。そのためカモフへの遠征でそれらの勢力から目を離す訳にいかず、目の届く範囲に置いておきたかったのだ。

 ストール家はアルテミラ王家の傍系とはいえ、現王家の威信が失墜(しっつい)しているのと同様、ドーグラスが継ぐまでは没落(ぼつらく)の一途を辿(たど)っていた。

 ドーグラスの拡大戦略が奏功し、次期王の候補に上るほどにまで復興を果たしたのだが、逆を言えば勝ち続けることでこの勢力を維持しているに過ぎないのだ。

 拡大を続け勢いのまま飲み込んできたかつての敵勢力が、いつの間にか軍勢の半分以上を占めるようになっていた。カモフへの遠征でドーグラスが数ヵ月カントを不在にしている間、それらの勢力がどのような動きをするか予想がつかなかった。

 ドーグラスの居場所を隠したのは、何もカモフ側の攻撃だけを警戒していた訳ではなかったのである。

 当初はすぐにでもカントに入れると考えていたイザイルも、想定外のコッカサでの滞在となっていた。だがそれでも立ち籠めていた靄が味方したため、イザイルが予想していた以上にドーグラスの姿を隠してくれたが、靄が晴れれば敵にも味方にもドーグラスの居場所が知れるだろう。


「やはり動かねばならぬな」


 風に流れる靄を見つめ、イザイルは気乗りのしない表情で呟いた。

 彼の前にはドーグラスから呼び出しを告げに来た伝令が控えている。

 夜が明けきらぬ内から呼ばれたということは、昨夜提案した通り間道を抜ける進路をとることになるのだろう。

 獣道を切り開いたような間道は、人ひとり通れる程度の道幅しかない。さらに四つん這いになって進まなければならない難所も複数存在するとデモルバからの報告にはあった。

 その報告通りだとすれば、恰幅の良いドーグラスが単独で間道を踏破できる可能性は(いちじる)しく低いと言わざるを得ない。

 今更翻意を促したところでドーグラスが前言を翻す可能性は低く、動けなくなった彼が途中で癇癪(かんしゃく)を起こす姿が目に見えるようだ。

 彼は大きく溜息を吐くと、伝令を伴ってドーグラスの下へ向かった。

 ユルトに入るとドーグラスは食事を摂っていたが、イザイルの顔を見るなり満面の笑みを浮かべた。


「晴れそうだぞ、いけるな!?」


「はい、朝餉(あさげ)が終わればすぐにでも」


 先程までの憂鬱(ゆううつ)さは露ほども出さず、彼はドーグラスの言葉を肯定する。

 翻意することを考えていたイザイルだったが、既に鎖帷子を着込み準備万端に整えているドーグラスを見ると、説得を諦めるしかなかった。

 それに留まっていることの危険性が高まっている今、動くことで回避できるならその方がよいかも知れない。

 そう頭を切り替えると、そこからの彼の指示は早かった。

 一五〇〇〇もの兵を間道に入れる訳にいかないため、随行するのはドーグラスの進路を塞ぐように展開していた部隊のみとし、それ以外の部隊は再編成してこの地に待機するように命じた。

 そして事前に少しでも道を(なら)しておくため、工兵を先行して間道に投入するように手配をおこなう。

 彼の指示の下、それぞれの兵士たちが動き始めると、全体に蔓延(まんえん)していたのんびりした雰囲気が、緊張感によりピリリと締まる。


弛緩(しかん)していた空気が一変したわ」


 それまで緩んだ空気を引き締めるために苦労していた各部隊長を思い、イザイルは思わず苦笑を浮かべた。

 しかし、皮肉にも移動の準備を命じた事で僅かながら周囲への警戒が(おろそ)かになってしまうのだった。そしてそれは、近くに潜んでいたトゥーレたちに、千載一遇(せんざいいちぐう)の好機を与えることに繋がるのである。




 夜はまだ明けきってはいなかったが、周囲が(にわか)に動き始めていたように、活動するには充分な明るさとなっていた。

 しつこく居座っていた靄も、明け方から吹き始めた風に流され今は気にする必要もないほどだ。

 敵陣では活発に伝令が行き来し始め、朝餉(あさげ)を終えた兵が慌ただしく移動の準備を始めていた。

 靄が晴れてきたことでトゥーレらの警戒感は増していたが、慌ただしく動く兵士たちは逆に警戒が薄れているのか、すぐ傍を駆けて行く者がいるが気付かれることがなかった。

 トゥーレは変わらず窪地に身を潜めながら、敵陣の動きを見つめていた。

 周りには早くも移動し始める部隊が出る中、ドーグラスがいる部隊はまだ動く気配がなかった。しかし活発な兵の行き来があり、慌ただしく走り回る者がいるなど動く予兆は感じられる。

 彼らは『見つかりはしないか』と冷や冷やしながらも、ジッとその時が来るのを待った。

 そして待望の時が程なく訪れる。

 トゥーレが黙って右手を挙げたのだ。

 兵たちはその右手に注目しながら、緊張がいやが上にも高まっていった。


『ゴクリ・・・・』


誰かの生唾(なまつば)を飲む音がやけに大きく響く。


 そして・・・・


 トゥーレの右手が静かに、そして素早く振り下ろされた。

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