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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
151/204

55 確信(2)

「何、坑夫共が来ているだと?」


 イザイルはその報告を受け、自慢のカイゼル髭を(しご)きながら怪訝(けげん)な表情を浮かべた。


「是非とも閣下に取り次いで頂きたいとの事ですが、追い払いますか?」


 ドーグラスの居場所は最重要機密のため一部を除いて味方にも秘匿(ひとく)されていた。それでなくても敵地での布陣中であり、部外者との接触はできるだけ避けたいところだった。

 しかしこれまでの占領地でもそうであったように、戦陣中から現地の住民が(よしみ)を通じてくることは多々あった。彼らは占領後少しでも楽な暮らしを求め、先を争うように強者へのご機嫌伺いに参じるのだ。

 イザイルにとって命がけで戦っている最中から、そこの領主を見限りドーグラスのご機嫌伺いをおこなうような輩は唾棄(だき)すべき存在だった。しかし新たな為政者(いせいしゃ)として君臨した後の事を考えれば、無下にできないのも事実だった。

 とはいえ正体の分からない者をいきなりドーグラスに合わせる訳にもいかない。万が一敵の敵の決死隊だった場合、取り返しのつかないことを引き起こすとも限らないからだ。


「分かった、私が会おう」


 暫く考えたイザイルは、顔を上げると伝令に案内させて坑夫の下へと向かうのだった。


其方(そなた)らか? ドーグラス閣下へ取り次いで欲しいという者は?」


 陣の外縁部に到着すると、薄汚れた格好をした坑夫が三名跪いて控えていた。格好は坑夫のそれであり、外見や落ち着きなくそわそわする挙動からは不審な点は見当たらない。


「へ、へぇ」


 中央の初老の男が愛想笑いを浮かべながら返事をする。

 イザイルが先入観を持っているせいなのだろう。彼には無理矢理下卑(げび)た笑みを顔面に貼り付けている卑屈(ひくつ)幽鬼(ゆうき)にしか見えなかった。


「それで、どうしてこの陣へ来た?」


「ど、どうしてと言われましても、たまたまとしか・・・・」


 詰問(きつもん)するような口調にしどろもどろになりながら、抗夫たちはこれまでいくつか陣地を回ったが、どこからも相手にされなかったこと、ここを訪れたのは偶然だと言うことを語った。

 射貫くような視線で抗夫たちが語る様子を観察していたが、不審そうな素振りは感じない。警戒を緩めることはできないが、嘘をついているとは思えなかった。

 ヒュダは先を促した。


「して、どのような用向きだ?」


「へぇ、ド、ドーグラス様がこの地を治められる際には、ぜ、是非ともこれまで通り領主様の直轄(ちょっかつ)事業として、岩塩坑を取り扱って頂きたく存じます」


 横柄な態度を隠そうともしないイザイルに対し、男は愛想笑いを崩すことなく自分たちの要望を伝えた。


「直轄事業とはどういうことか?」


「へぇ、儂ら坑夫は以前は街の商業ギルドに牛耳られていたんですが、ある時そのギルドの暴走によって大勢の坑夫が死んじまったんです。それ以来サザンではギルドが廃止され、塩坑は領主様の直轄として管理されるようになったんです。ですから・・・・」


「我らの土地となった以降もその制度を維持して欲しいと?」


「へ、へぇ。そうです」


「以前、大きな暴動が起きたことは我らも聞いている。しかし果たしてその結果としてギルドが廃止されるほどのことなのか?」


 かつてジャハの暴走が引き起こした暴動は、ドーグラスが治めるトノイでも噂として聞いていた。しかしギルド経由で恣意(しい)的に流された情報では、あくまでもギルドに都合の悪い事は隠されて伝わり、あくまでも悪いのは抗夫となっていた。

 当然イザイルとしても頭からその情報を信じていた訳ではないが、他領で起こった事であり、そこまで詳しく調べた訳ではなかった。そのためギルドの暴走という本当の理由は知る由もなかったのだ。


「もし万一ギルドが岩塩坑を管理することになるのならば、できれば岩塩に精通したギルドにおこなっていただきたく」


 抗夫はイザイルにジャハの乱をかいつまんで説明し、最後にギルドの管理となるなら独立したギルドとなるよう訴えた。


「なるほど、そういう事情があったのか。ならばギルドに対する忌避感(きひかん)もわかろうというものじゃ」


 イザイルの言葉に抗夫たちはホッとした表情を浮かべるが、次の言葉で表情が凍り付く。


「じゃが流石にお前たちの話をそのまま鵜呑(うの)みにはできんな。儂が聞いた話では、ギルドは弁解の機会すら与えられずに一方的に騒動の責任を負わされ、サザンから追い出されたと聞いておるからの」


「そ、そんな・・・・」


「ま、しかし、その話も全面的に信じる訳ではないがの。どちらが正しいかなどは儂にとっては正直どうでも良いのだ」


 そう言うとイザイルは含んだような笑みを浮かべながら、後に控える側近にわざとらしく呟いた。


「辺境の田舎者は人に物を頼む方法を知らぬと見える」


「いかにも。真っ直ぐ訴えるのは好感が持てますが、それでは我らには通用いたしませぬ」


 側近も勿体ぶった言い方で、小馬鹿にしたように(あざけ)り笑う。

 抗夫は吹き出てくる汗を拭きながら、思い出したように軽く手を打つと顔を上げた。


「おっと、これは失礼いたしました。ここしばらくは必要なかったためすっかり忘れておりました」


 そう言うと懐からずしりと重そうな革袋を取り出し、地面へ置いて下がる。


「ほほう、分かっておるではないか」


 袋を拾い上げた側近が、(うやうや)しい仕草で革袋をイザイルへと手渡す。

 受け取ったイザイルはその袋の重さに内心驚いたが、表情には出さずに男に視線を向けた。


「これは?」


「我が領主様も知らぬ事でございますが、塩鉱山では時折、特別な鉱脈に出くわすことがございます」


「それがこれだと?」


 男は何も言わずに目を伏せただけだが、イザイルを始め彼の側近たちも肯定の意味として捉えた。

 興味深そうに改めて袋を見ると、緩んだ口元から黄金色(こがねいろ)の輝きが覗いていた。

 思わず口を綻ばせながら顔を上げると抗夫の男と目が合ったため、ヒュダは慌てて口元を引き締めた。


「ドーグラス様への取り次ぎの件、なにとぞお願いいたします」


 男はそれに気付かなかったようにすぐに頭を下げると、再度ドーグラスへの取り次ぎを懇願した。


「・・・・分かった」


 しばらく迷いを見せていたイザイルだったが、渋々といった様子で了承の言葉を口にする。だがこの場でのドーグラスへの取り次ぎは拒否した。


「今は戦時中だ。こうしている今も我らの軍勢はカントにて戦っておる。ドーグラス閣下には必ず謁見(えっけん)させよう。我らがサザンに入った頃にもう一度来るが良い」


 イザイルはそう言うと腰に差した短剣を外して抗夫に差し出した。


「これは?」


「サザンに来た際にこれを城の衛兵に見せろ。儂に取り次ぐように手配しておく」


 (いぶか)しんだ男を安心させるように笑顔を浮かべたイザイルが、手ずから短剣を手渡すのだった。




 会談が終わり、イザイルの背中を見送った彼らは大きく息を吐いた。

 まだ敵陣内であるため安心はできないが、緊張から解放され安堵が広がっていた。


「結局ストール公の居場所は(つか)めませんでしたね?」


 ストール軍の軍師でドーグラスの信頼が厚いと言われるイザイルへの面会はおこなえたものの、結局ドーグラスへの謁見は叶わなかった。そのため、敵陣が靄に見えなくなると、残念そうに部下が(こぼ)した。

 しかしそれに異を唱えたのはボリスだ。


「いや、あの陣にいるな」


 断言するボリスに部下は驚く。

 確信に至った理由を説明するのは難しいが、一言で言えば『勘』と言えばいいだろうか。

 イザイルとの会話の中で彼が一瞬見せた視線の動き、何より取り次ぎを頼んだ際に迷うことなく短剣をボリスに手渡したことだ。

 ()った意匠が施され、鞘には獅子の横顔が(かたど)られている。獅子の紋章はアルテミラ王家に連なる者しか許されず、ストール家が王家の遠縁に当たることを示していた。

 おそらくドーグラスから下賜された短剣だろう。この短剣が質に流れようものならイザイルの首は簡単に胴体から離れることになる。

 そんな大事な短剣を馬鹿にしていた辺境の抗夫に預けたのだ。ボリスが手渡した金塊はそれほど魅力的に映ったに違いなかった。


「イザイル公の居場所が分かったんだ。一回分の市が開けるほどの金塊だったが安いものだ」


 そう(うそぶ)くとボリスは不適に笑みを浮かべるのだった。

ドーグラスの居場所を遂に発見しました。

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