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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
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54 確信(1)

 激戦が繰り広げられていたカント近郊とは違って、コッカサ付近には未だに(もや)が立ち籠めていた。

 南にあるタステ山が暴風壁の役目を果たし、ここコッカサでは冬でもサザンのように強風が吹き荒れる訳ではない。この数日はそれがより顕著で、風がそよとも吹かなかったため土地を靄が覆い隠し、ドーグラスの姿を隠すことに繋がっていたのだった。


「まだ見つからないのか?」


 薄暗い部屋の中でヘルベルトがテーブルを叩いた。

 タステでの戦いは三日目が終わろうとしていた。

 敵の主力をタステで足止めし、その間に別働隊がドーグラスを強襲するというのが当初計画していた作戦だった。

 早々にドーグラスがネアンを発ったとの報告に、早期決着が見込まれ皆色めき立ったが、現状ドーグラスを強襲するどころか居場所すら見つけられずにいた。


「もう三日目が終わる・・・・」


 クラウスが苦悶の表情で呟いた。

 ストール軍との戦力差もあり、当初からカントでの足止めは三日が限度だと考えていた。優先して火器兵器を回していたとはいえ、イグナーツを相手に若いユーリやルーベルトがそれ以上持ち堪えられるとは思えなかったからだ。

 まだ彼らに報告は来ていなかったが、実際にカントでは敗北寸前にまで追い込まれていた。予備兵を投入してかろうじて持ちこたえたものの、このまま発見できなければ明日にも敗北となるのは目に見えていた。


「・・・・」


 トゥーレは無言のまま至る所に既にバツ印が付けられているコッカサの地図を睨み付けていた。

 印の付けられた箇所は彼直属の諜報機関、オレクの情報網の他、クラウスやヘルベルトの子飼いの組織など、使える限りのありとあらゆる斥候(せっこう)を動員して調べたものだ。それでも未だにドーグラス発見まで至っていなかった。

 ドーグラスがコッカサを離れタステ方面に向かっていたり、逆にネアンに引き返しているという可能性も考慮したがいずれも既にそれらによって否定されている。


「それほど広くはないコッカサで、これほど見つからぬとは」


「靄が晴れてくれれば・・・・」


 ここ数日晴れることのない靄が彼らの想定以上にドーグラスの姿を隠し、皮肉にも地の利のある彼らに不利に働いている現状に、ヘルベルトが地団駄(じだんだ)を踏んで悔しがる。


「こちらが強襲する可能性も想定していたんだろう。加えてこの靄だ、時間が掛かるのは仕方がない。だがいつまでも隠れていられるものか! 今は味方を信じて待つしかない」


「それしかできないのが歯痒(はがゆ)いですがね」


 自らに言い聞かせるようにトゥーレが口を開き、クラウスも同調するように頷く。

 ドーグラスは軍勢を小部隊に分け、分散して布陣させていた。

 分散させてる分それぞれの部隊の兵力は小さいが、部隊を発見しただけではドーグラスがそこにいるのかどうか判別できなかった。

 斥候は発見した部隊に近付いて、ドーグラスがいるかどうか慎重に探らねばならなかった。そのため探索に時間が掛かっていたのである。




 トゥーレ子飼いの諜報部隊を束ねる初老の男は、焦燥感を(にじ)ませた表情を隠そうともせずにその報告を聞いていた。


「この部隊も駄目か」


 報告に来た斥候を(ねぎら)った彼は、一人になると大きく溜息を吐き地図にバツ印を入れた。

 痩せぎすの体格で薄くなった頭頂部など、貧相(ひんそう)な外見からはとてもそうは見えないが、彼はトゥーレ子飼いの数百名の諜報部隊を束ねる男だった。

 彼の出自などはトゥーレしか知らず、ユーリたちですらボリスという名前以外詳しく教えられていない。しかしトゥーレからの信頼は厚く、カモフ内でトゥーレへの襲撃が(ことごと)く潰されてきたのは彼らの活躍が大きかった。

 広げられたコッカサの地図には、碁盤の目状に区切られた升目(ますめ)が切られ、既に半分近くが黒く塗りつぶされていた。それ以外の枡目も細かい多くのバツ印で埋め尽くされていた。

 比率でいえば地図の中央部に黒く塗りつぶされた箇所が多く、周囲はバツ印が広がっている印象だ。

 ドーグラス本隊は一五〇〇〇名をわざわざ五〇〇から数百名の部隊に分け、ほぼコッカサ全域に分散配置させていた。当初はドーグラスを護衛する観点からコッカサ中央部や五〇〇名など比較的大きい部隊を中心に探らせていたが、そのどれもが空振りに終わった。

 そのため今は持てる人員を総動員して虱潰(しらみつぶ)しに探索を行わせていたのだ。それでもこの三日目も収穫はなく時間ばかりが経過していた。

 部隊を発見してもそこにドーグラスを確認するまで確認が終わらない。しかし靄に煙る中ではその確認の困難さに拍車を掛け確認に手間取っている間に、敵に発見されて犠牲になる者も後を絶たなかった。

 しかし現在、これまでで最もドーグラスのいる可能性の高い部隊を発見したと報告が入った。

 それは三〇〇名とコッカサの中では中規模の部隊だった。だがこれまで以上に警備が厳重で近づくことも困難だという。

 その場所はコッカサの地図でいえば端の方に近く、彼らが想定していたよりもタステに近かった。拠点としてるこの隠れ家からもそれほど離れていない。


「残ってる未確認の部隊の数からすれば、可能性は限りなく高いな」


 そう呟いたボリスは、暫く考える素振りを見せると直接指揮を執ることに決め、報告してきた斥候を伴って拠点を出て行くのだった。

 ここでドーグラスを発見できなければ、カントでの戦いはもう持ち堪える事ができない。そうなれば敵の軍勢がサザンへと到達してしまう。

 天候の悪戯(いたずら)があったとはいえ、ここまで自慢の情報収集能力が発揮できていない。ここで成果を上げねば直属部隊としての取り立ててくれたトゥーレに申し訳が立たなかったのだ。


「あれか?」


 靄の中、斥候が指差す先にいくつかのユルトと共に、歩哨が目を光らせる敵の部隊が見えた。

 部隊は報告にあった通りおよそ三〇〇名くらい。ドーグラスが潜んでいるにしてはそれほど大きな部隊ではない。だが他と違う厳重な警戒と漂う緊張感が彼らが潜む茂みからでも分かるぐらいだ。


『これは当たりかも知れない』


 可能性が高いとはいえ、まだドーグラスの姿を確認した訳ではない。男は唾をゴクリと飲んで自らを落ち着かせると敵の陣から少し離れる。


「可能性は高そうだ。だがストール公が確実にいることを確認しなければ!」


「しかしボリス様、警戒は厳重でこれ以上はとても近づけません」


 斥候の言う通り他の部隊とは違って警戒が非常に厳重で、先程の場所まで近付くのが精一杯だったのだ。

 ボリスは暫く腕を組んで考える。

 初日に比べると多少は晴れてきていたとはいえ、靄は敵部隊の詳細を覆い隠している。他の部隊との警戒具合の違いから、恐らくドーグラスはこの部隊に隠れていることは間違いないだろう。しかし今のままでは強襲したものの、万が一ドーグラスが居なければ逆に我らが滅んでしまうのだ。必ず居るという確実な証拠が欲しかった。

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