15 都市伝説の正体(2)
「この方は領主であるザオラル様のご長男のトゥーレ様だ。名は聞いたことがあるだろう?」
「は!? ト、トゥーレ様!?」
皆一斉に金髪の少年、トゥーレを凝視した。
彼らは驚きの余り、胸に付くかと思えるほど口を大きく開き、そして固まった。
「ん? なんだ知らなかったのか?」
惚けたようにそう言ってカラカラと笑うトゥーレに、髭の騎士を始め他の騎士や従者たちは、溜息を吐いてがっくりと項垂れる。
「知らなかったのかじゃないでしょう?」
髭の騎士は疲れた表情でそう呟くと『トゥーレ様に任せるんじゃなかった』天を仰ぐ。最初の印象と違い随分と老けたように見える。
「トゥーレ様っていやぁ、噂話では色々話は聞いたけどよ・・・・」
衝撃から立ち直ったユーリは、そう言いながら戸惑ったように仲間と顔を見合わせる。彼の周りでは、いち早く現実に戻ってきた者が、まだ戻ってこれない仲間を必死で介抱していた。
「都市伝説並の噂話ばっかりだもんな」
街で聞いた噂としては、『領主邸の隠し部屋に潜み、皆が寝静まった夜に街を徘徊している』といった話や『人目を避けるため塩坑の奥深くで人知れず育てられている』というものから、『ギルドが懸賞金を掛けてまで探している』『幼い頃に暗殺された』といった真偽不明の噂。果ては『ザオラル様の隠し子らしい』というものから『フォレスの姫様を救ったのがトゥーレ様らしい』という眉唾な話まで枚挙にいとまがない人物だ。
それだけ広く語られる中で、そのどれにも共通しているのは、その者の名はトゥーレと言うがその姿を見た者は誰もいないというものだ。都市伝説で語られているような人物が、目の前の少年だったと言われた所で、俄には信じられないのも無理はなかった。
「ほ、本当にトゥーレ様なのか?」
呟くように発せられたユーリの疑問に、当のトゥーレは困惑したように肩を竦めた。
「ま、信じられないのは理解するが、信じて貰わねばこちらも困るんだがな」
彼としても危険を冒してまで、彼らを仲間に引き入れたのだ。今更信じないと言われてしまってはどうしようもない。
「だって、なぁ?」
困惑しながら顔を見合わせる彼らに、馬場で馬を走らせていた騎士が、騎馬のままゆっくりと近付いてくる。
それを目にしたトゥーレを始め騎士や従者たちが、場所を空けるようにさっと広がり一斉に膝を付く。
「っ! まさか!?」
近付く騎士を見ていたオレクが、慌てた様子で彼らと同じように跪いた。
「どうしたオレク?」
「りょ、領主様だ!」
オレクの突然の行動に訝るユーリに、青ざめた顔で告げながら仲間たちに跪くよう促す。これほど取り乱しているオレクの姿をユーリは知らなかった。
「商人時代に父と共に一度だけ目通りしたことがある。領主様で間違いない!」
『ええっ!?』
オレクの言葉に皆慌てて一斉にオレクの真似をして膝をついた。
ギルドが廃止された現在、塩坑は領主の管轄となっているため、視察に訪れる領主の姿がよく見られるようになっている。だがユーリがいた当時はまだギルドが牛耳っていた時代だ。領主は身近ではなく遠目に姿を見かけるくらいしかなかった。
そんな遠い存在の人物が、不意打ちのように近付いてきていたのだ。慌てて跪いたがユーリは、緊張で頭が真っ白になっていた。
「トゥーレ、彼らがそうか?」
ザオラルは近くまで来ると馬を下り、手綱を従者に預けるとトゥーレに声を掛けた。
漆黒の髪を靡かせ、日に良く焼けた褐色の肌と彫りの深い目鼻立ちはトゥーレにあまり似ていない。体格も成長期のすらっとしたトゥーレと違い、精悍でガッシリしている。
「はい父上」
トゥーレが肯定を示すと、ユーリたちが跪いている場所へ無造作に近付いてくる。余所者といっていい彼らに無防備が過ぎるが、髭の騎士を始めその場にいる誰もそれを咎めなかった。ザオラルにとってはいつものことなのだろう。
逆にユーリたちは緊張感で心拍数が跳ね上がり、心臓が口から飛び出しそうだった。
「其方らがトゥーレに恭順の意を示してくれたこと感謝する」
手を伸ばせば触れられるような場所まで近付くと、ザオラルは薄汚れた格好をした彼らにも嫌な顔を見せずに謝意を示し頭を下げた。
「も、勿体ないお言葉にございます」
商人時代に領主邸にも出入りしていたことのあるオレクが代表して答える。
ユーリたちでは言葉遣いや態度で、取り返しがつかないことになるかも知れないとの判断から率先して発言をおこなう。もちろん彼とて騎士の言葉遣いは知らないが、粗野な坑夫の言葉よりも商人言葉の方が印象はいいだろうとの判断だ。
「其方らが知っての通り、トゥーレは長い間出自を隠さざるを得なかった。そのため信頼できる部下が少なくおまけに世間知らずだ。だが其方らが支えてくれるならば心強く思う。これから先よろしく頼む」
「勿体ないお言葉、ありがとう存じます。至らぬ所もございますが、精一杯お仕えさせていただきます」
オレクの言葉に合わせて全員が一斉に頭を垂れていた。
今まではみ出し者として疎まれて生きてきたのが、領主から感謝の言葉を賜ったのだ。彼らは身が震えるような感激に包まれていた。
だがそんな彼らを見て、ザオラルはニヤリと口角を上げた。トゥーレに視線を送り、口調も砕けた調子にいきなり変わった。
「とはいえ、トゥーレは悪巧みだけは私をとうに越えている。そこだけはやり過ぎないようしっかりと諫めて欲しい。後、こやつに振り回される覚悟だけはしておいた方がいいぞ」
「ちょっ!? 父上、何言ってるんですか!? 折角いい感じにまとまってたのに!」
トゥーレは慌てて父を諫める。
「毎日のようにお前に振り回されているシルベストルの苦労を思えば、それほど言い過ぎではないつもりだが?」
ザオラルの言葉に後ろに控える側近が、肩を振るわせ笑いを堪えていた。
ムスッと拗ねたような膨れっ面を浮かべるトゥーレはそれこそ年相応の表情で、その表情を初めて見るユーリたちは驚きを浮かべて見つめていた。
こうして驚きの連続だったが、半信半疑だった彼らもザオラルの言葉でトゥーレの正体をようやく信じたのであった。
『なんだ、知らなかったのか?』
そう言ってトゥーレは惚けていたが、都市伝説で語られるような人物が目の前にいるなど流石に思いはしない。彼らは文字通り開いた口が塞がらなかったのだ。
「ならば聞くが、初めから俺が名乗ったとして貴様は素直に従っていたか?」
「ふっ・・・・。聞かなかったでしょうね」
悪そうな笑みを浮かべ問い掛けるトゥーレに対し、少し考えたユーリは同じような笑みを浮かべてそう答えた。
あの決闘がなければ、あの河原での再会がなければ『一緒に来い』と、伸ばした彼の手を掴むことはなかっただろうと確信できた。
「なら、そういうことだ」
トゥーレがそう言うと船上に笑い声が広がった。
笑い声は周りの闇に吸い込まれていくが、押し潰されそうな重苦しい闇では無くなっていた。
なんだ知らなかったのか?
詐欺のように仲間に引き入れられたユーリたち。




