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都市伝説と呼ばれて  作者: 松虫 大
第三章 カモフ攻防戦
149/204

53 夜間の激戦(2)

――うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ・・・・


 ユハニが迷いを見せたのは僅か一瞬だったが、その間にも敵兵が喊声(かんせい)を上げて迫ってきていた。


「くっ、全員迎撃だ! 急げ!」


 闇の中から聞こえてくる声に、負傷者を退避させている時間は既になくなった事が嫌でも悟った。ほんの僅かの間に負傷者を含めて迎撃態勢を取らせるしかもう選択肢が残っていなかった。

 ユハニは傍に落ちていたヨニの鉄砲を拾い上げると、付着していた土を軽く払って持ち主に差し出す。


「無理はするなよ」


「ああ、任せろ」


 ヨニは無理矢理笑顔を見せると左手で鉄砲を受け取り、右肩に矢を突き刺したまま迎撃に加わった。

 僅かな時間とはいえ迎撃態勢の乱れは、敵に絶好の機会を与えていた。それ以降、明らかに肉薄してくる兵が増え、敵の息遣いや殺気がより近くに感じられるようになったのだ。


「こ、このままでは!」


 ユハニは早くも迎撃の判断を後悔していた。

 ユーリ直属部隊として編成された彼らの部隊には、ヨニをはじめ抗夫時代からの見知った顔が多く配属されていた。

 ユーリと共に馬鹿をやっていた頃から一緒だった奴らもいる。そんな旧知の仲間から懇願され、ユハニは僅かな時間だったが判断を一瞬躊躇(ためら)った。その僅かな時間に迎撃しかできない状況へと追い込まれてしまったのだ。

 負傷したヨニは、今も彼の隣で必死になって引き金を引き続けているが、銃撃のたびに右肩に加わる衝撃と激痛に顔を歪めていた。

 彼以外の負傷者も多少の差はあれど同様だった。

 塹壕(ざんごう)まで敵が殺到するようなことになれば、満足に迎撃できず全滅するのが落ちだ。


『今からでも撤退するか?』


 もたげてきた考えを首を振って即座に否定する。

 先ほどで撤退のギリギリのタイミングだったのだ。今撤退すれば敵と乱戦となるのは必至。そのままカントまで敵を引き連れて行くことになってしまう。それだけは絶対に避けなければならなかった。


「皆すまない、覚悟してくれ!」


 ユハニは迎撃を続けながら叫んだ。

 遅かれ早かれ敵がここに殺到してくることだろう。

 撤退するタイミングは既に逃し援軍もない彼らに残されているのは、玉砕のみだった。

 彼の言葉に兵たちは射撃によって応えた。ユハニ同様こうなった以上、撤退することが難しいことは全員理解していた。

 部隊長のひとりとして抜擢してくれたユーリには感謝しかなかった。

 ただ折角右翼を任せて貰いながら、その期待に応えられず申し訳ないという思いだけがあった。

 そのユーリ率いる中央にチラリと目をやる。

 暗くて分かりにくいが、こちらほどではないにせよ同じように苦戦している様子が窺えた。それでも撤退の合図がないのを見ると、まだ戦えるという判断を下しているのかも知れない。


『ずっとユーリを支えたかったが、ここまでみたいだ』


 平民から騎士となったユーリは叙任された当時部下が極端に少なく、しばらくはそれまでと変わらずトゥーレの護衛を務めていた。

 そのため同じような立場だったオレクと一緒に『トゥーレ様の腰巾着(こしぎんちゃく)』などと影で揶揄(やゆ)されていた。

 ユーリがエステルと婚約してからはそれがエスカレートし、無視などはもちろん直接的に嫌がらせなどを受けることもあったのだ。

 ただの嫉妬ややっかみだったのだが、特に古くから仕えている者からの仕打ちが酷く、トゥーレがいないときは殆ど孤立した状況だった。

 そんなユーリの数少ない味方がユハニでありヨニだった。

 同じ抗夫村出身という気安さもあるが、ジャハの乱でユーリと同じく家族を失うなど共通点が多く、村を出奔(しゅっぽん)した時から二人はユーリに従ってきた。

 トゥーレに心酔していったユーリと違って、二人はトゥーレの考えを理解できずに距離を置いていた。

 それでもユーリから離れることはなく、彼の従者として従ってきた。そしてユーリも変わらず慕ってくれる彼らを信頼し重用してきたのだった。


 銃撃をかいくぐった敵兵の姿が、篝火(かがりび)に浮かび上がるようになってきた。

 喊声(かんせい)を上げて迫り来るその姿にも、容赦なく銃撃が加えられ敵の接近を阻む。しかし櫛の歯が欠けたように防衛網に穴がいくつも開いていて、敵を押し返すまでには至らなかった。


「来るなっ!!」


「くそっ! 止まらない!!」


「ああああああ・・・・」


 目に見えて接近してくる敵の姿に、恐怖に目を見開きながら狂ったように鉄砲を撃ち続ける隊長格の男。涙を流し失禁しているのも気付かず、それでも敵から目を逸らすことなく鉄砲を構える若い兵たち。奇声を発し半ば錯乱(さくらん)しながらも、繰り返し叩き込まれた所作で機械のように射撃を繰り返す新兵。

 生への望みが薄くなった中で、それでも絶望に染まることなく圧倒的な敵兵に立ち向かっていた。


「うわぁ!」


 しかしそれも長くは続かず、遂に敵兵が塹壕へと到達してしまった。

 最初の兵は勢いよく飛び込んで来たため体勢を崩してしまい、起き上がろうとしたところを素早く討ち取られた。

 しかしホッとするのも束の間、敵兵は決壊した堤防のように次から次へと殺到し始め、塹壕内では血生臭(ちなまぐさ)い白兵戦が繰り広げられた。


「うわぁ・・・・」


 敵兵と切り結ぶ者がいる一方で、銃撃を続ける者は敵兵に背中を晒していた。敵はそんな無防備な銃兵を次々に討ち取っていく。


「くそっ!」


「誰か来てくれ、手が足りない!」


 味方は必死で迎撃しているが、敵兵は次々に雪崩(なだ)れ込んでくる。たちまちのうちにその一角は敵兵に制圧されてしまった。

 元々雪崩れ込まれた敵への対処はとられていなかった。戦況が不利になればカントへの撤退が基本線だった事もあり、取り回しのしやすい短槍(たんそう)を僅かばかり準備していたくらいだ。

 しかし、侵入した敵への対処を優先すれば、攻め寄せてくる敵への対処がおろそかになる。逆もまたしかりだ。要するに兵力が足りないことに行き着くのだった。


「させるかよ!」


 ヨハニが密集する敵に向けて魔砲を放つ。

 魔砲弾は兵がひしめく塹壕内に着弾し、一瞬にして多くの敵を消滅させた。

 狭い塹壕には逃げ場がなく、惨劇を目の当たりにした敵兵は恐慌をきたし、我先にと塹壕をよじ登ろうと藻掻(もが)く。しかし多くの味方が攻め寄せている中では混乱するだけだ。衝突や押し合いしながら塹壕へと落下し、負傷する兵が後を絶たなかった。

 そこに向けてさらに数発の魔砲弾を撃ち込んだヨハニが、味方に落ち着いて対処するよう促す。


「落ち着け! 迎撃は継続だ! 侵入した敵には待機中の者が当たれ! 混乱すれば敵の思う壺だ!」


 その声に落ち着きを取り戻した兵たちは、そこからは組織だった抵抗を見せはじめる。時折、突破されることもあるが冷静に対処して崩壊を防ぐ。

 それでも苦しいことに変わりはなく、徐々に対処が難しくなってきていた。


――ドドド・・・・


「・・・・!? 何の音だ?」


 ヨニが怪訝な表情を浮かべた。微かに騎馬の地響きのような音が聞こえていた。

 正面の敵の音ではない。右方の闇の中から聞こえてきていたのだ。


「まさか敵の増援、なのか?」


「この忙しいときに!?」


 喊声を上げて正面から迫る敵は、その音に気付いていないのか、それとも味方だと分かっているのか分からないが今のところ変化はなく、変わらず力攻めをしてきている。

 今でもギリギリ対処できている状況だ。これ以上敵が増えれば対応どころの話ではなく、為す術もなく蹂躙(じゅうりん)される未来しか思い浮かばない。

 そのうちに騎馬の地響きがはっきりと聞こえる程にまで近づいていた。

 多くの兵たちも気付き始めたようで、右側を気にする素振りを見せ始めていた。

 それは攻め寄せる敵も同様だった。突撃中の敵兵がしきりと左側を気にするようになっていた。中には無防備に棒立ちとなりこちらの恰好(かっこう)の標的となってしまう兵まで出ていた。


「敵、ではないのか!?」


 敵も戸惑っている様子に、ユハニは思わずヨニと顔を見合わせた。

 敵でないならありがたいが、昨日のように強引に間道を突破してきた敵軍ということもあり得る。


――ドドドドドド・・・・


 闇の中、(ひづめ)の音がさらに近づいてくる。

 正体不明の存在の接近に、敵も味方も固唾を飲んでその正体を注視していた。


「友軍だ!」


 やがて騎馬の集団が姿を現すと、その正体を知ったヨハニたちから大歓声が上がり、敵の軍勢は慌てて迎撃しようと試みる。

 軍勢はその勢いのまま迎撃準備の整っていない敵軍の横っ腹へと突撃を敢行した。

 そのまま右から左へと横断していった軍勢は、勢いを保ったままぐるりと転進すると、今度は左から右へと再び突撃した。

 そして悠々と塹壕陣へとやってくると、先頭の騎士が額当てを外して素顔を晒し、芝居じみた仕草で笑顔を見せた。


「皆の者、待たせたな!」


「イ、イザーク様!?」


 顔を見せたのは長くギルド派としてザオラルと対立することの多かった老騎士イザークだった。

 その後にはアレシュとベルナルトのウンダル亡命政府軍の二人も見える。イザークが彼らを率いて援軍として派遣されてきた理由が分からず、思わず動きを止めてしまった。


「これ、話は後じゃ! ここは儂らが食い止める。今のうちに負傷者を後方へ下げろ!」


「は、はい!」


 イザークに一喝されたユハニらは、慌てて負傷者をカントへと移動させるのだった。

待望の援軍の登場です。

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